ポール・グレアム「なぜ賢い人が愚かな考えにハマるのか」を翻訳しました。原題は「Why Smart People Have Bad Ideas」で、原文は以下です。
http://www.paulgraham.com/paulgraham/bronze.html

treky様、moro様、ken911kojima様、hkamis様に翻訳協力をいただきました。ありがとうございました。
http://www.hatena.ne.jp/1118592695


「なぜ賢い人が愚かな考えにハマるのか」

2005年5月

今年の夏、私は友達と実験として、起業する人たちに対する多額の資金を公募した。実験っていうのは、ほとんどの投資家ならお金を出さないような、若い起業家にも投資するからだ。それが私たちが夏に公募を行った理由だ。大学生も参加できるからね。

GoogleとYahooは大学院生がみごとに起業した例だ。私たちは経験から、大学生の一部はほとんどの院生にも負けないくらい賢いと知っている。投資家にとって起業を許せる年齢の下限は、どんどん引き下げられてきた。私たちは下限を見つけようとしてるんだ。


締め切りが過ぎ、私たちは227の申込を選別している最中だ。最初はそれらを二つのカテゴリーに分けられるんじゃないかと思っていた。見込みがあるものと、そうじゃないもの。でも私たちはすぐに三番目のカテゴリーが必要だと知った。見込みのないアイデアにハマった、見込みのある人たちだ。[1]


Artix社の経験

予想するべきだった。起業者が「人々がお金を払うような何かを生み出さなきゃいけない」ってことを悟る前に、つまらないアイデアにハマるのはよくあることだ。事実、私たちがそうだった。

ViaWeb社は、ロバート・モリスと私が始めた最初のベンチャーじゃない。1995年1月に私と数名の友人はArtixという会社を始めた。ギャラリーをウェブ化するっていうアイデアだった。なんて愚かなことに私たちは時間を浪費してしまったのだろうと思うよ。ギャラリーは10年後になった今でも、それほどウェブに興味を持っていない。連中はアンティーク・ショップとは違って、訪問者みんなに自分たちの在庫を見せるつもりはなかったんだ。[2]

さらに言えば美術商という人種は、世界一の技術恐怖症だ。難解な自然科学の課程を終えてから美術商になろうなんて人はいないからね。「ギャラリーをWeb上に作ってはいかがですか」と私たちが言うまで、彼らの大部分はWebを一度も見たことがなかった。コンピュータを持っていない連中さえいた。販売は困難をきわめた・・・という言葉さえ甘すぎる。私たちは無料でサイトを作る作業に没頭せざるを得なかった。そしてそれさえも、美術商には理解できないことだったんだ。

だんだん私たちにもわかってきた。望みもしない連中のためにウェブサイトを作るのはやめよう。望む人たちのために作ろうじゃないか。つまり、自分たちのサイトを作りたい人向けのソフトウェア。そこで私たちはArtix社に引導を渡して、オンラインストア作成用のソフトを作るために、新しい会社Viaweb社を起業し成功したんだ。

良い仲間がいたのは幸いだった。マイクロソフト社は、ポール・アレンとビル・ゲイツが始めた最初の会社じゃなかった。最初のはTraf-o-data社って言った。

私はTraf-o-data社の結果をよく知らないけど、マイクロソフト社が当時言っていたほどには成功しなかったんだろうと思う。

慎重なロバートはArtix社には懐疑的だった。私が彼を引きずりこんだんだ。[3] でも、そんな彼でさえ楽観的だった過去もあった。当時29歳と30歳の私たちでさえ、すごくまぬけな考えに興奮していたくらいだから、21歳や22歳のハッカーがほとんどお金になりそうもないアイデアを売り込んで来たって、私たちは驚きゃしないんだ。


静物画効果

なんでそんなことが起きるんだろう? どうして賢いハッカーが、ダメな商売のアイデアを持ってくるんだろう?

私たちのケースで言おう。ダメなアイデアに固執した1つ目の理由は、それは私たちが最初に思いついたアイデアだったからだ。当時、私は貧しき芸術家になろうとしながらニューヨークにいて(まあ「貧しき」は簡単に達成できたんだけどさ)、ギャラリーにたびたび行っていた。私がウェブのことを知ったとき、2つを結びつけるのは自然に思えた。ギャラリー経営者のためにサイトを作る・・・これこそ黄金の鍵だ!

「何年間も仕事をするつもりなら、最初のアイデアに飛びつく前に、少なくとも数日は別のアイデアの検討に費やしたほうがいい」って思うかもしれないね。「あなたは」そう考えるんだろう。でも一般的な人々はそうじゃないんだ。実際これは静物画を描くとき、よくある問題だ。あなたはテーブルの上にいろんな物をどさどさ置き、よさそうに見えるまで多分5分か10分を、配置に費やす。でもとても気がせいていて、はやく描き始めたい。最初の10分の並べ替えをすごく長く感じる。だから、あなたは描き始めてしまう。3日後。20時間も静物をじっと眺め続けたあとで、なんてぶざまで平凡な構成にしてしまったんだろうと、自分を蹴りとばしたくなるけど、もう手遅れ。

問題の一部は、大きなプロジェクトはしばしば小さいものから成長するってことだ。ヒマな時間に、ささっとスケッチをするみたいに静物を配置する。そしてその後の数日間はそれを描くってわけだ。私はかつて、約4分で配置した静物画の3枚のバージョンを描くのに、1ヶ月をかけたことがある。いろんな時点(1日、1週間、1カ月)で私は「もう多くの時間をかけてしまったから、いまさら変えられない」って思った。

したがって悪いアイデアの一番の理由は「静物画効果」だ。適当なアイデアを思いついて、それにのめり込む。各時点(1日、1週間、1カ月)で「これだけ多くの時間を割いたのだから、これがベストの考えであるに違いない」と思う。

どうすればそれを修正できるだろう? 「のめり込み」を捨てるべきであるとは思わない。あるアイデアにのめり込むのはいいことだ。もう一方の極端に、解決策がある。何かに時間を費やしたからって、必ずしも良くなるとは限らないと悟ることだ。

これは名前の場合に、最もはっきりする。Viawebは元々、Webgenという名前だった。でも誰かが、すでにそういう名前の商品を持っていた。私たちはWebgenという名前をすごく気に入っていたので、その名前を使わせてくれるなら、会社の5%をあげようと彼に申し出たくらいだ。でも彼は拒否した。そこで私たちは別の名前を考えなければならなかった。[4] 私たちが考え抜いてつけた名前が「Viaweb」だった。でも最初のうちは、そのViawebって名前が大嫌いだった。新しい母親ができたような感じだ。でも3日後には私たちはその名前が大好きになっていた。そしてWebgenはダメで古くさく聞こえた。

名前のような単純なものでさえ変更しにくいなら、あるアイデアを捨てることがどれほど困難か想像できるだろう。会社の名前は頭に一カ所でしか繋がっていない。でも会社のアイデアは、思考に織り込まれてしまう。だからしっかりと割り引かなきゃいけない。のめり込もう。でも朝の容赦ない光の中で、自分の考えの再検討を忘れないでほしい。人々はこれにお金を払うだろうか? これは私たちが提供できるもののうち、人々がいちばん多くお金を支払いたがるものだろうか?




次に行こう。私たちがArtix社でやった2番目の誤りも非常によくある間違いだ。ギャラリーのウェブ化はクールに思えたんだ。

父が私に教えてくれた古いヨークシャーのことわざは、最も貴重な教えだった。「カネは糞の中にある」不愉快な仕事は儲かるっていう意味だ。そして重要なのは、逆もまた真なり、ってことなんだ。人々が好きな仕事は需要と供給の関係でたいして儲からない。最も極端なケースはプログラミング言語の開発だ。プログラミング言語の開発は一文にもならない。みんなそれが大好きで、ただでやるからだ。

Artix社をはじめたとき、私はビジネスに関してどっちつかずだった。私は片足を芸術の世界につっこんでいたかったんだ。なんて大きな誤りだったのだろう。事業を始めるのはハンググライダーの離陸に似ている。全力でやるか、最初からやめておくか。会社の目的は、特に最初のうちは、お金を稼ぐことだ。集中力を分散させちゃいけない。

スパムメールの送信とか、特許権侵害による訴訟を唯一の目的とするような、うんざりすることきわまりない仕事をしろって言っているわけじゃない。

私が言いたいのは、何かクールなことをする会社を始めようっていうなら、目標を「クールで、できれば儲けたい」じゃなくて「儲けて、できればクールになりたい」にしておけってことさ。


ハイエナ

Artix社の件での私たちの深層心理を調べると、「臆病」という3番目の誤りが見つかる。

もしあなたが、当時の私たちに「電子商取引のビジネスに参入しろ」と言っていたら、私たちはそのアイデアを恐ろしいと思ったかもしれない。そんな業界は、まちがいなくベンチャーキャピタルから5億円ずつ支援されているような恐ろしい会社が独占しているだろうから。「ギャラリー向けのサイト作成」という競争の少ない分野なら、なんとか生き残れると強く思いこんでいたんだ。

私たちはあまりに安全にこだわりすぎた。結局、ベンチャーキャピタルに支援された会社はそんなに怖くなかった。彼らはお金を使い切るのに忙しくて、ソフトウェアを書いてるヒマなんてなかったんだ。1995年の電子商取引ビジネスは、業界紙を見るとすごく競争が激しいように見えたけど、ソフトウェアという点で見れば、さして競争は激しくなかった。ぜんぜんそんなことはなかった。Open Market社(脳みそが腐ってる)のような大会社は、製品を作っている会社のフリをしていたコンサルティング会社であり[5]、実際に市場で提供されていたのはPerlなら200~300行程度のシロモノだった。Perlだから200~300行なのかもしれない。事実、それらはC++やJavaで書かれており、何万行にもなっていた。思い切って電子商取引の世界に飛び込んでみたら、実際は競争は驚くほどラクだとわかった。

ならば、どうして私たちはそんなに恐れていたんだろう? 私たちはプログラミングが上手だと知っていたけれど、私たちが「ビジネス」と呼んでいる神秘的で、分析不可能な能力には自信がなかったんだ。「ビジネス」なんてものはない。あるのは販売、宣伝、マーケティング、価格決定、顧客サポート、請求書の支払い、顧客への請求、法人化、資金運用なんかだ。そしてその組み合わせは見かけほど難しくない。というのは、資金調達や法人化などのいくつかの仕事は、規模の大小には関係ない。労力はO(1)で済むからだ。また販売や宣伝のような他の仕事では、特殊な訓練よりエネルギーと想像力のほうが重要だ。

Artix社は、ライオンを恐れ、死体の肉で生きるハイエナそっくりだった。オンライン・ギャラリーは、歯がないライオン以外には、死体の肉の価値さえなかった。


身近な問題

これらの間違いをまとめると、私たちがくだらない会社のアイデアにハマったのも不思議じゃない。・最初の考えにハマった ・ビジネスへの取り組みがどっちつかずだった ・競争を避けるあまり、不毛なマーケットを選んだ

Summer Founders Programに寄せられたアプリケーションに、これら3つの特徴すべてを見ることができる。でもダントツで1番目の問題が多い。アプリケーションの大部分に対して私はこう問わずにはいられない。「お金を稼ぐあらゆる手段のうち、これは最高のものなんですか?」と。

彼らにArtix社での経験があったら、そう自問することを学んでいただろうに。美術商の反応でようやく私たちはそれを知った。今度こそ人々が望む物を作ってやるんだ。

1週間も「ウォール・ストリート・ジャーナル」を読んでいれば、誰でも新しい起業のアイデアが2つや3つは思い浮かぶ。記事のままじゃ、解決すべき問題が山積みだ。でも応募者の大部分は、そこからたいして先に進んでいるようには思えない。

私たちは、いちばんありがちなアイデアは、多人数参加型のオンライン・ゲームだと予想していた。そしてその予想は、さほど外れてはいなかった。これは2番目に多かった。最もありふれていたのは、ブログ、スケジュール表、出会い系サイト、ソーシャル・ネットワーキングの何らかの組み合わせだった。誰にでもわかる重要な未解決問題があるのに、どうしてひねくれ者たちは、霧の中をさまよい歩くんだろう? なぜ誰も小額決済の新しいアイデアを提案しないんだろう? たぶん野心的なプロジェクトなんだろうけれど、あらゆる代替案を考えつくしたとは思えない。新聞や雑誌のアイデアのままじゃ、解決策にはほど遠いんだ。

どうしてほとんどの応募者は、顧客が本当に欲しいものについて考えないんだろう? 私の考えでは、問題の多くは20代前半の時期に人生をまるごと、サーカスの輪っかくぐりの訓練に費やすからなんだ。彼らは15年から20年を、他人が用意した問題を解くのに費やす。でもどの問題か解くのに値するかを考えるのに、どれくらい時間を費やしたんだろう? 2~3単位くらいかな? 彼らは問題を解くのは上手いけど、選ぶのは下手なんだ。

私はそれは訓練のせいだと信じている。もっと正確に言えばランク付けのせいだ。効率的にランク付けしたいなら、みんなが同じ問題を解く必要がある。そしてそれは、問題をあらかじめ決めておくってことを意味する。学校が問題をどう選ぶか、そしてどう解決するかを学生に教えているなら幸いだが、私はそんな授業を実際にどう行えばいいのかわからない。


銅とスズ

いいニュースは、問題の選択法は学習することができるってことだ。私の経験からそれが言える。ハッカーは顧客が望むものを作ることを学ぶことができるんだ。[6]

これは議論になりそうな意見だけど、ある起業の専門家は私に次のように言った。「起業する時は、ビジネスの経験がある人を含むべきです」彼らだけが、顧客が欲しいのをはっきり知ることができるから、なんだってさ。ある人のメールを引用すると永久に彼とオサラバすることになっちゃいそうだけど、やってみよう。彼のメールは、こういう意見の典型だからね。

 集団に少なくとも1人のビジネス人がいれば、MITが生み出す80%の製品は成功するでしょう。

 ビジネス人は「顧客の声」を代表して、技術者と商品開発の関係を適正に保つのです。

私の意見ではこの意見はデタラメだ。ハッカーは信号を増幅するビジネス人なしでも、まったく問題なしに顧客の声を聞くことができる。ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンは、コンピュータ科学の大学院生で、おそらく「技術者」だった。でもGoogleはビジネス野郎が顧客の望みを彼らの耳元でささやいていたから成功した、なんて信じられるかい? Googleにいちばん貢献したビジネス野郎は、Googleの起業時に、ご親切にもAltavistaの業績を悪化させてくれた奴らだったと思うよ。

顧客が何を欲しがっているのかを知るのが難しいのは、それを見つけ出さなければならないからだ。でもそれはすぐに学ぶことができる。それはいろんな見方ができる絵のもう1つの解釈を知るようなものだ。だれかが「アヒルじゃなくてウサギがいる」って言ってくれれば、すぐに気づくだろ。

ハッカーがいつも解いている問題に比べりゃ、顧客が何を望んでいるかを知ることなんて簡単だ。最適化コンパイラを書くことができるなら、意識をそこに絞りさえすれば、ユーザを混乱させないユーザ・インターフェイスの設計もできるだろう。そして、いちどあなたの知力を、小さいけれど有益な問題に注ぎ始めたら、すごい勢いで金持ちになれる。

これが起業の本質だ。才気あふれている人々に、それにふさわしい仕事をさせておくこと。大企業はまともな人間を雇おうとする。ベンチャーが勝つのは、大企業がしないことをするからだ。ベンチャーは大企業で「研究」しているすごく賢い人々を引き抜いて、その代わりにもっと緊急の、俗っぽい問題を解かせる。アインシュタインに冷蔵庫を設計させるようなもんだね。[7]

人々が何を望んでいるかを学びたいなら、デール・カーネギーの「人を動かす」を読んで欲しい。[8]友人がこの本を推薦したとき、私は「ふざけてる」と思った。でも彼は、その本は良いと言うから、私は読んだ。そして彼は正しかった。その本は人間にとって最も難しい問題を論じている。ひとりよがりではなく、いかに客観的に物事を見るか、だ。

ほとんどの賢い人々は、それほどこれが得意じゃない。でも生の頭脳にこの能力を加えるのは、銅にスズを加えて青銅にするようなものだ。ずっと硬くなって、まるっきり違った金属のようになるんだ。

どう作るかではなく、何を作ればよいかを学んだハッカーは、とんでもなく強い。それはお金儲けに限らない。Firefoxっていう小さいボランティア集団が成し遂げたことを見てごらん。

何も飲まなければ、そのうち水がどれほど大切か解るだろう。Artix社の教訓はそれと同じくらい、人々が欲しいものを作ることがどれだけ重要か教えてくれる。でも私たちの失敗を繰り返さないで済むなら、つまりArtix社のような失敗をスキップし、お客の望むものをまっすぐ作ることができるなら、そちらのほうがみんなにとってより良い。それこそが今年の夏に、本当に経験してほしいと私が願うことなんだ。彼らがそう理解するまで、どれほどかかってしまうのだろう?

私はSFPのTシャツを作ると決めた。いま背中に入れる文字について考えているところだ。こんな文章にしようと思っている。

 この文章を読めるのでしたら、私はいま役に立っているはずです。

 

でも、こっちにしようと思う。

 人々が望む物を作りなさい。


注釈

[1] SFP志願者に。私たちがあなたのアイデアを却下したからといって悪いアイデアだとは思わないで欲しい。この最初の夏はベンチャー数を少なくしたいので、いい提案も拒絶しなければならないだろう。

[2] Dealers try to give each customer the impression that the stuff they're showing him is something special that only a few people have seen, when in fact it may have been sitting in their racks for years while they tried to unload it on buyer after buyer.

[3] 一方、彼は、Viawebにも懐疑的だった。私はそのことを確かに言える、というのも最初の数ヶ月のは時点で、私たちは賭けをしたからだ。もしViawebで100万ドルを儲けることができたら、耳にピアスするといった。私たちは勘弁しなかった

[4] 私は、3文字単語と「Web」の組合せをすべて作るプログラムを書いた。そして私は、ほとんどの3文字言葉が悪いことを知った。Webpig、Webdog、Webfat、Webzit、Webfug。しかし、それらの1つがWebviaだった。入れ替えてViawebにした。

[5] 録音物を販売して生計を立てるより結婚式で演奏して生計を立てるほうが簡単なのと同様、サービスの販売は製品の販売よりはるかに簡単だ。しかし利益は製品のほうが大きい。だからバブルの時期には多くの会社が、コンサルティングで利益を上げていたのに、自社製品の販売の成果としていた。そのほうがIPOによりふさわしい物語を作れたからだ。

[6] トレバー・ブラックウェルは次のような起業のレシピを示した。「お金を持っている人々の使い方を観察しよう、そして何に時間を費しているかを見て、解決策を見つけ出し、彼らに売りつけよう。利益を生む解決策は驚くほど小さく、またまだ手つかずだ」

[7] 凄い人々に退屈な仕事をさせるためには、特に多くの報酬を支払う必要がある。そのためベンチャーは、たいてい正当な給料ではなく株式で払う。

[8] 現代版ではなく、1940年代か50年代の古い版を買って欲しい。現行版は現代に合うように書き直されている。オリジナル版には政治的に正しくないと見なされる考えもいくつかあるが、通常、過去の時代の本であることに留意しつつオリジナルの本を読むほうが、保護のために殺菌された現代バージョンを読むより良い。

この原稿を読んでくれたビル・カバ、トレヴォー・ブラックウェル、ジェシカ・リヴィングストン、ロバート・モリスに感謝する。