ポール・グレアム「今年の夏にしたこと」を翻訳しました。


原題は「What I Did this Summer」で、原文は以下です。


http://www.paulgraham.com/paulgraham/sfp.html


翻訳にあたり、yunoha609izumi様、Kumappus様、rawwell様、ogijun様、kokezaru753様、komasafarina様、UltraKitchen様からアドバイスをいただきました。


http://www.hatena.ne.jp/1137014692


http://www.hatena.ne.jp/1137057373


本当にありがとうございました。






今年の夏にしたこと


2005年10月




第1回のSummer Founders Programは終了した。驚くほどの大成功だった。ベンチャーを起業しても成功できるのは約10%だ。でも、もし今、予想しろって言うんなら、私たちが資金を提供したベンチャー8社のうち、3~4社は成功するだろうと思う。




もっと資金が必要なベンチャーは、ほとんどすべてのところは資金提供を取り付けたか、まもなくその予定のはずだ。すでに2社は、(安く見積もり過ぎの)買収の提案を断った。




もし夏の終わりまでに8社のうち1社だけしか将来有望なところがなかったとしても、私たちは満足だっただろう。どうなってんだ? 今年の夏は例外的に、たまたま良い応募者が集まったのだろうか? ずっと気にはなってるが、理由はわからない。今年の冬にはっきりするだろう。




夏の間は、驚いてばかりだった。いちばんうれしかったのは、私たちの仮説が正しそうだ、ということだ。若いハッカーでも、成長可能な企業を設立できるんだ。これは2つの理由で良いニュースだ:(a) それは勇気づけられる考えだし、(b) Yコンビネーターのアイデアもダメじゃない、ってことだからだ。






年齢




より厳密には「起業における成功は、主に賢さとエネルギッシュさに依存し、年齢やビジネス経験は、それほど大きな要因ではない」という考えだった。今までのところ、結果はその仮説を裏付けている。夏期の起業者は18歳~28歳(平均23歳)の間に分布し、年齢と実績に相関関係はなかった。


それほど驚くべきではないのかもしれない。




ビル・ゲイツとマイケル・デルが彼らの名前を有名にした会社を設立したのは、どちらも19歳のときだった。起業家が若いのは、最近の現象じゃない:コンピューターが大学生でも買えるほど安くなると同時に、その傾向は始まっていた。




もう1つの仮説は、大方の予想より少ないお金でも起業できる、というものだ。他の投資家たちが耳にして驚いたことに、私たちは起業家グループに、最高でも2万ドルしか与えなかった。でも私たち自身、Viaweb社を1万ドルで起業した経験があるから、少額でも起業できるとわかっていた。




そのことは今年の夏に証明された。3か月の運営資金があれば、ギアをセカンドに入れるのに十分だ。私たちは、出資してくれそうな人たちのために10週目にデモの日を設定した。8グループのうちの7グループは、プロトタイプ版を完成させていた。そのうちの1つ、Reddit社のアプリケーションは、すでにリリースされており、本物のサイト上でデモをした。




ある研究者はSFPのベンチャー企業を調査したあとで、「みんな、とんでもなく熱心に働くね」と言った。この年代の若者は普通は怠け者だと思われている。仕事に対する意欲はあるのだが、与えられた仕事がやる気を起こさせない、というケースもあるんじゃないかと思っている。




SFPの体験が示しているのは、やる気のある人間に真の仕事を与えれば、年齢にかかわりなく、人は一生懸命働くということだ。ある起業家はこう言った。「グレアムさんは自分の本で『ベンチャーの起業でクタクタになった』と書いていらっしゃいましたよね。でも自分でやってみるまで、まったくわかりませんでした」と。




もし自分があれほど人をこき使う上司だったら、うしろめたく思っただろう。でも私たちは彼らの上司じゃない。みんな、自分たちのために働いているんだ。彼らは私たちのためじゃなく、ライバルと競争するために働いている。優れたスポーツ選手のように、コーチにうるさく言われるからではなく、自分が勝ちたいから頑張るんだ。




私たちには上司ほどの権力はない。でも起業家は従業員より熱心に働く。みんなが勝利したように思える。ただ一つの落とし穴は、雇われ社長は株価上昇分のほぼ全てを報酬として得るのに対し、起業家は、わずかに5~7%程度しか受け取れない、ということだ。(その5~7%という数をかける元の数字はもっと大きいと見込んでいる)




懸命に働いているうちに、彼らはみんな、非常に責任感のある集団に変化した。ミーティングの時間に遅刻する、といったことでさえ、彼らは約束を破ったことがない。これは世界がまだ知らない別の教訓だ。起業家の1人は、「携帯電話の大企業の重役と会見の手配をする時にいちばん大変だったのは、レンタル会社が『若すぎる』という理由で車を貸してくれなかったことです」と言っていた。




ここで問題となっているのは、アパート暮らしの無気力な若者とほとんど同じことだろう。与えられる仕事が不適当だから、無気力に見えるんだ。権限を与えられていないから、無責任な行動をする。一部の若者は、いつだって無責任だろうけどさ。しかし、ここまでのところ我々には、20代についてひとつの実例しかないが、20代前半に自分で自分自身の上司になれば、若者はチャンスを生かして這い上がってくる。






意欲




この夏の起業家たちは、概してみんな、非常な理想主義者だった。また、金持ちになりたいという願望もすごく強かった。それって両立できるの? と思うかも知れないが、両立するんだ。彼らは金持ちになりたがっている。でも、世界を変えることで金持ちになりたがっているんだ。株への投機で儲けようなんて思っちゃいなかった。(ま、8グループのうちの7グループは、ね) 彼らはみんなが使ってくれるような何かを作りたいんだ。




このような信念は、起業家をより輝かせる。金のために働くのと同じくらい、彼らは自分たちの動機に従って熱心に働くだろう。ベンチャーの起業で成功するには、動機が非常に重要だ。だから逆説的だけど、お金に対する執着がない奴が儲かる可能性がいちばん高い。




たとえばKiko社の起業家は、Ajax calendarに取り組んでいる。彼らは金持ちになりたいと思ってはいるが、お金儲けだけの動機でつくられるカレンダー以上にもっと丁寧な作り方をしている。モチベーションを見ればわかるだろう。




今年の夏にはじめてそう思うようになったのだが、ハッカーはMBAよりも、よい企業経営をするようだ。ハッカーの方が技術を深く理解しているから、というだけじゃない。ハッカーの方が強い動機で働いているからなんだ。前にも言ったが、マイクロソフト社は誤解を招きやすい例だ。奴らのケチな企業文化は、独占しか考えていない。Googleの方が良いモデルだ。今年の夏の起業家は、この業界の海において鮫であるはずなのに、競争相手をとても恐れているかを知って、私たちは驚いた。




でも思い起こしてみれば、私たちがViaweb社を始めたころも怯えていた。最初の1年は、新たな競争相手が現れるたびに、ああこれで俺たちは終わりだ、と思ったものだった。憂鬱症(心配性)の人が、いやな病気になったと診断されるまで、その症状を大げさに大げさに捉えるように、競争相手に慣れていないと、怪物のように思ってしまう。




ここでベンチャー企業のための便利なルールを教えよう。ほとんどの競争相手は、見た目ほどには危険じゃないんだ。ほとんどは、退治するまでもなく自滅する。また、ライバル社が何社あろうと関係ない。マラソンでトップ・ランナーの後ろに何人いようと関係ないだろ?




ある起業家が心配そうに言っていた。「とても競争の激しい市場なんです」


私は尋ねた。「君はいま市場のトップにいるの?」


「ええ」


「君より速くソフトウェアを開発できる奴はいるのか?」


「たぶん、いません」


「じゃあガンガン行け。ホントにいちばん速いなら、ずっとトップをキープできるさ。他の奴らがうじゃうじゃいたところで、何だってんだ?」




またあるグループは、いつかソフトウェアをゼロから書き直すハメになるんじゃないかと恐れていた。私は「もしゼロから書き直すことがないなら、それこそマズい」と言ってやった。最初のバージョンのメインの機能は、ふつう書き直すものなんだ。




だから私たちは、最初のうちは拡張性や国際化対応、堅牢なセキュリティといった問題は無視していいとアドバイスする。[1]


「ベストの方法」派なら、「最初からこういったことも考慮しておけ」って言うんだろうなあ。


彼らの言うことは正しい。でもベンチャーがソフトのデザインを試行錯誤しているときは、ソフトの主要な機能を妨げない限り、という但し書きが付く。




国際化や拡張性のために機能追加しなければならないのは確かに苦痛だろう。でも最初のバージョンを巨大かつ精密にしたために、ユーザの希望どおりに進化させることができず、そっぽを向かれてしまったら、もっと苦痛だろう。




これがベンチャーが大企業を打ち負かす理由の1つじゃないんだろうか。ベンチャーは社会的責任がないため、軽いバージョン1をリリースし、それを改良することができる。大企業だと、過剰に作り込むような圧力がかかってしまうんだ。






学んだこと




「ベンチャー起業家たちは、どこを支援して欲しいんだろう」というのが、この夏に知りたかったことの1つだ。それは、ベンチャーによってまるっきり異なることが判明した。何人かには、たとえばアプリケーションを多数のサーバー上で動かす方法といった、技術的な助言をした。特許や要求、譲歩といった戦略的な質問に関しても、多くの創業者の質問に答えた。ほとんどの人は、未来の投資家との取引についてアドバイスを求めた。未来の投資家の取り分はどれくらいですか? 投資家はどんな条件を期待するでしょうか?




でも、起業家たちはあっという間に、特許や投資家といった些末な問題への対処法を学習した。こういった問題は、なじみがないだけで、本当は難しくない。




彼らがあまりに素早く学習したので、ちょっと怖くなったくらいだ。投資家が参加するプレゼンの日が迫った週末に、私たちは実際にデモに立ち会い、全グループのプレゼンを見た。さんざんだった。どうすれば改善できるか、必死に説明したけれど、あまり期待してはいなかった。だから私はデモンストレーションの日、集まった個人投資家とベンチャー・キャピタルたちを前に、こう言った。「彼らはハッカーであって、MBAじゃないんです。ソフトウェアは最高ですが、上手いプレゼンテーションを期待しないでください」




その後、起業家たちは、鮮やかなプレゼンテーションをしてのけた。もうソフトの特徴を、くどくど読み上げたりはしなかった。まるで先週、演劇の学校に通ったかのようだった。いまだに信じられない。何があったんだろう?




たぶんお互いに他のプレゼンを見て、自分のプレゼンのまずいところを悟ったのだろう。夏の創立者たちは、大学時代のようにお互い多くを学びあった。それは私たちから学んだ以上のことかもしれない。投資家とのつきあい方からJavascriptのハックの仕方まで、多くの問題は共通だった。




この夏にぜんぜん困難なことは無かった、とは思わないで欲しい。起業につきものの間違いがたくさんあった。あるグループはベンチャー・キャピタルから、とんでもないタームシートを受け取った。また大企業と取り引きをした起業家たちのほとんどは、大企業では万事に異常なくらい時間がかかることを悟った。(これは当然のことだ。大企業が有能ならば、ベンチャーが存在する理由はない)もちろん、サーバーに関してはお決まりの悪夢があった。




でも要するに、この夏の失敗は、幼児の麻疹(はしか)みたいなもんだった。夏の8つのベンチャーのうち、何社かは結局、潰れるだろう。8社がぜんぶ成功したら、異常ってもんだ。彼らが失敗するとしたら、衝撃的な外部の脅威によってではなく、実力を十分に発揮できないといった、ありふれたことや内部事情だろう。




でもまあ、これまでのところ、いいニュースばかりだ。ホントにびっくりするくらい、めちゃくちゃ楽しい夏だった。楽しかったのは、私たちは起業家が大好きだったからだ。本当に熱心で、本当に勤勉だった。彼らもわれわれを気に入ってくれたんじゃないかな。これは、雇用より投資のほうがよいという別の利点だ。上司と部下の関係よりも、私たちと起業家たちの関係のほうが、はるかに良かったんだ。つまるところ、Yコンビネーターは親よりも兄貴のような存在になった。




紹介にどのぐらいの時間を費したかと思うとびっくりだ。幸運なことに私は、ベンチャーが誰かの助けを必要とした時も、最悪でも1回のたらい回しで、適当な人を紹介できた。私は、どうして友達がそんなに偉くなっていたのか、不思議に思ったのを思い出す。で、すぐに気づいた。ああ、私ももう40歳だもんな。




もう1つ意外だったのは、夏休みという3か月の制約が、かえって良かったということだった。私たちがYコンビネーターを始めた時、他のベンチャー企業と同じ方法で投資するつもりだった。提案を受け、評価し、Yes/Noを決定する。SFPは事を起こすための単なる実験だった。でもこの方法はすごくうまく行ったので、私たちの全ての投資は夏と冬の1回ずつやることにした。私たちにとっても効率的だし、ベンチャーにとってもその方がいいだろう。




起業家の一部は、私たちとの毎週の夕食会が、ベンチャー起業家に共通の悩みを救ってくれた、と言った。つまり、猛烈に働くために、社会的な生活ができない、ってことだ。(ああ、私もそうだったんだよ!)私たちはこのようにして、最低でも週に一度の、社会的な生活を保証したってわけだ。






独立




Yコンビネーターをインキュベーター(起業家育成家)と考えている人もいるようだ。実際には正反対だ。インキュベータは、ベンチャー・キャピタルよりも管理したがるが、私たちはできるだけ管理をしない。とりわけインキュベーターは、普通、起業家たちを自分たちのオフィスで働かせたがる。だから「インキュベーター(孵卵器)」という言葉を使うんだ。でもそれは間違ったモデルだと思う。投資家が深く関わりすぎると、ベンチャー企業ならではのパワーが窒息死する。これは自分たちの会社なんだ、という実感がなくなってしまうんだ。




インキュベータはバブル期の大失敗だった。バブルのせいなのか、インキュベーターというアイデアそのものがダメなのかに関しては、意見が分かれるが、私は「インキュベーターというアイデア自体がダメ」に一票だ。インキュベーターは間違った人を選ぶから失敗すると思う。私たちがベンチャーを始めたとき、インキュベーターから資金をもらおうとは思わなかった。「ありがとう。でもオフィスはもう見つけてあります。お金だけください」こういった気概をもつ奴らが、ベンチャーを成功させるんだ。




まったくのところ、すべての起業家に共通していたのは、この独立心だった。私はずっとそのことを疑問に思ってきた。もともと独立心の強い人がいるってことなんだろうか? それとも、独立の機会を与えられたら、誰でも独立心が強くなるんだろうか?




たいていの「遺伝か環境か」問題と同じで、この疑問の答えは「一部は遺伝、一部は環境」だろう。でもこの夏の経験から、私の結論は「たいていの人が考える以上に、環境の要因が強い」というものになった。私は、起業家たちが一夏でどれだけ変わったかによってその点を確認できた。ほとんどの若者は、20年かそこら、やるべきことを命令され続けて育った。完全な自由を手に入れて、すこし戸惑ったようだった。でも彼らは、実にすばやく成長した。何人かは、夏の初めよりも10cmほど高く見えるくらいだ。(比喩的に、だよ)




起業家たちに「何にいちばん驚いた?」と尋ねたら、ある若者はこう答えた。「起業できちゃったこと!」




何かに詳しくなりたいなら、体験するのが一番だ。でも、多くのハッカーも、そうすることができたんだ。独立さえさせてあげれば、各自で自分の能力を磨けたんだ。崖から突き落としたって、自分たちには翼があることに、落下中に気づくだろう。




これが目新しく聞こえるのは、同じ力が別の方向に働いてしまっているからだ。ほとんどのハッカーは会社に勤めているうちに、起業なんて不可能だと思うようになってしまう。起業を経験すれば、誰だってベンチャーを起業できる人間に変わるのと同様だ。




私が正しければ、ハッカーって言葉は、20年後は現在とはちょっと異った意味になる。「企業経営者」という含みが強くなるだろう。Yコンビネーターは、いつか必ず起こる出来事を前倒ししているだけなんだ。お金を扱う人から技術を創る人へと、パワーはシフトしている。私たちの夏の経験が、何かのお役に立てれば幸いだ。






注釈




[1] ここでは「堅牢なセキュリティ」とは、真に悪意のある攻撃者に対する防御という意味で使っている。


写真: 2005年・夏の起業家たち、共同出資者のMark Nitzberg、Olin Shiversと共に、Kate Courteauデザインの9mの長机で。http://store1.yimg.com/I/paulgraham_1879_13863081


(撮影者 Alex Lewin)


この原稿を校正してくれたSarah Harlin、Steve Huffman、Jessica Livingston、Zak Stone、Aaron Swartzに感謝する。




Hamachiya2様、匿名様、akiyan様、ichan様、brazil様、ポイントありがとうございます。


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