ポール・グレアム「ベンチャー・キャピタルの苦境」を翻訳しました。


http://d.hatena.ne.jp/lionfan/20070205


翻訳にあたって、NAPORIN様、korompa様、moonan様、p_question様、あらいしゅんいち様のご協力をいただいております。ありがとうございました。




原題は「The Venture Capital Squeeze」で、原文は以下です。


http://www.paulgraham.com/vcsqueeze.html




ベンチャー・キャピタルの苦境




2005年11月




今後の数年間、ベンチャー・キャピタル・ファンドは、4方向から締めつけられることになるだろう。今でさえ、バブル末期に調達したものの、まだ投資に回していないあり余った資金のせいで、売り手市場で立ち往生してしまっている。このこと自体は、まだ致命的な問題ではない。VCの世界ではよくある問題が、単に極端になっただけにすぎない。つまり、投資資金は有り余っているのに、肝心の投資対象の方がずっと少ないという状況だ。




あいにく、それらわずかな取引相手も、ベンチャーの起業するコストがとても安上がりになっているため、ますます必要な資金の額は減っている。原因は4つで、ソフトウェアを無料にするオープン・ソース、ハードウェアを幾何級数的にタダに近づけるムーアの法則、良いものを無料で広めるウェブ、開発費をずっと安くする良い言語だ。




私たちが1995年にベンチャーを立ち上げた時、最初の3つに最も経費がかかった。私たちは、ネットスケープ・コマース・サーバ(当時セキュリティ保護付きのhttp接続をサポートした唯一のソフト)に5000ドルを支払わなければならなかった。90MHzのCPUと32MBのメモリのサーバに3000ドルを払った。また私たちは、サービスの開始を宣伝するためにPR企業に約30,000ドルを払った。




今ではこれら3つをすべて無料で手に入れることも可能だ。ソフトはタダで手にはいるし、人々は私たちの最初のサーバより強力なコンピュータを捨てるようになったし、何か良いものを作れば、私たちの最初のPR企業が印刷メディアで生みだした10倍ものトラフィックをネットの口コミによって生みだせる。




そしてもちろん、平均的なベンチャーにとって大きな変化は、プログラミング言語が、もっと正確に言えば普通のプログラマが使うような言語が大きく改善されたことだ。10年前のほとんどのベンチャーでは、ソフトウェア開発とは、C++でコードを書く10人のプログラマーのことだった。現在、同じ仕事はPythonかRubyを使って1人か2人でできる。




バブルのときに多くの人々が、ベンチャーはインドに自分たちの開発を外部委託するだろうと予測した。私の思うに未来のよりよいモデルは、(訳注:Ruby on Railsを開発して)自分の開発をより強力な言語に外部委託したデビッド・ハイネマイヤ・ハンソンだと思う。現在では多くの有名なアプリケーションは、BaseCampのように、たった1人のプログラマによって書かれている。また、1人でやればグループでやったときの1人当たり分よりもコストを抑えることができる。というのも、第一に、一人なら会議に時間を費やす必要がない。第二に、おそらく当人は起業家だろうから、自分自身には何も払う必要がないからだ。




ベンチャーの起業は非常に安上がりだから、現在ベンチャーキャピタリストは、しばしばベンチャーが必要とする以上のお金を投資しようとする。VCは一度に数百万ドルを投資したがる。しかしあるVCは、たったの50万ドル程度しか投資を受けなかった起業家と話したあとで「どうしよう。資金の一部を返さなきゃ」と私に言った。これは資金を提供してくれた機関投資家に一部を返すということであり、すべてを投資できる見込みもないのがその理由だ。




このすでに悪い状況に、さらにサーベーンズ=オックスリー法という3番目の問題が加わる。サーベーンズ=オックスリー法はバブルのあとに成立した法律で、株式公開企業における規制の重荷が激増した。年間少なくとも200万ドルになるコンプライアンスのコストに加え、その法律によって役員を脅かす法的な公開制度が導入された。経験を積んだ知り合いのCFO(訳注: 最高財務責任者)はきっぱりと言った。「私は今、株式公開企業のCFOになりたくない」と。




責任ある企業統治にやりすぎなどないと思うかもしれない。しかしどんな法律にもやりすぎはあり、そしてサーベーンズ=オックスリー法はやりすぎていると私はこの発言によって確信した。このCFOは私が知っているかぎり最も賢く、また最もお金にクリーンな人だ。彼のような人物がサーベーンズ=オックスリー法によって株式公開企業のCFOになりたがらないことは、この法律がめちゃくちゃであることを十分に証明している。




主にサーベーンズ=オックスリー法のせいで、現在、株式を公開するベンチャーはほとんどない。すべてのベンチャーの現実的な目標として、現在、成功は買収されることと等しくなった。現在、VCは2~3人の小さく有望なベンチャーを見つけ出し買収に1億ドル必要な会社に育て上げることが仕事になってしまった。それは彼らの仕事が進化したものにすぎず、そんな仕事をするつもりはなかったのだ。




したがって4番目の問題とは、卸売りで買えると買収者たちが気づきはじめたことだ。なぜ買収者は、VCがベンチャーの値段をつり上げるのを待つ必要があるのだろうか? VCが加えるほとんどのものは、買収者にはどうみても必要ない。買収者にはもうブランド認知と人事部がある。彼らが本当に求めているのはソフトウェアと開発者であり、それは凝縮されたソフトウェアと開発者という初期のベンチャーの状態そのものだ。




例によってGoogleはこのことにいちはやく気づいたようだ。「ベンチャーを早めに私たちに持ってきてください」とGoogleの演説者は起業スクールで言った。Googleはその件に関して非常に明確だ。GoogleはシリーズAラウンドに出ようとしている時点のベンチャーを買収することを好むのだ。(シリーズAラウンドは、現実のVCが投資する第一ラウンドであり、たいてい起業した最初の年に行われる)それは賢い戦略であり、他の技術系の大企業も真似したがっていることは確実だ。自分たちのランチを今以上にグーグルに食べられたいと思ってるのでなければの話だが。




もちろん、Googleはベンチャーの買収に有利な立場にいる。Googleの社員の多くは金持ちか、あるいはオプションが与えられたら金持ちになると予期される人たちだ。一般企業の社員が買収の提案をするというのは非常に難しい。自分は給料のために働いていながら、20歳の若造どもが金持ちになるのを見るのは辛すぎるからだ。たとえ会社のためには買収すべきであっても。






解決策




今まで見てきたように状況は悪いが、VCが助かる方法はある。VCは2つのことをする必要があるのだが、VCは1つをあたりまえと、もう1つを呪われたものと思うだろう。




あたりまえの方から始めよう。サーベーンズ=オックスリー法の緩和に向けたロビー活動だ。この法律はIPO市場を破壊するためではなく、エンロンの再発を防ぐために作られた。この法案が成立したとき、事実上、IPO市場は冷え切っていたから、この法律の悪影響がほとんど分からなかった。しかし現在ハイテク業界は不況から回復したので、サーベーンズ=オックスリー法が障害となりつつあることがはっきりわかる。




実のところベンチャーはひ弱な苗なのだ。経済の木に成長するから、この苗は保護する価値がある。経済成長の多くはベンチャーの成長によるものだ。私は政治家の多くはそのことを知っていると思う。しかし政治家は、ベンチャーが非常に脆弱であり、またある問題を是正するための法律がいとも簡単に副作用をもたらすことを理解していない。




さらに危険なことに、ベンチャーを潰しても、ほとんど物音がしない。石炭業界のつま先を踏めば悲鳴が聞こえるだろう。しかし不注意にベンチャー業界を押しつぶしても、未来のGoogleの起業家が起業するかわりに大学院に留まりつづけるだけだ。




2番目の提案はVCには衝撃的だろう。シリーズAラウンドのラウンド中に、起業家に一部、株を現金化させるのだ。VCがベンチャーに投資するとき、VCが得る株はすべて新規に発行され、資金はすべて起業に向かう。起業家からある程度の株を直接、買ってもいいんじゃないか。




ほとんどのVCは、ほとんど宗教的なまでにこれに反対する。VCは、企業が買収されるか株式を公開するまで、起業家に一円でも渡ることを好まない。VCは管理に取りつかれており、起業家にお金を持たせたら管理しづらくなると心配しているのだ。




これは愚かなプランだ。起業家に少々の株を初期に売らせれば、起業家はリスクに対する姿勢をVCとともに調整するから、実際には一般的に企業にとってより良いだろう。現状のままにしていたら、リスクに対する姿勢は、VCと起業家と正反対になりやすい。何も持っていない起業家は、20%の確率で1000万ドルをもらえるよりは、確実に100万ドルもらう方を好むが、「合理的に」判断する余裕があるVCの方は、前者を選択してしまうのである。




起業家がシリーズAラウンドに進むかわりに会社を早々に売却する理由は、起業家が何と言おうと、前払いを望むからだ。この最初の100万ドルは、後からもらえるものよりもずっとずっと価値がある。起業家に初期に株を少し売ることを許せば、彼らは喜んでVCの資金を受け取り、残りでより大きな賭けをするだろう。




だから起業家に初期に100万ドル、せめて50万ドルを持たせたらどうか。VCの人々は払ったお金と同じだけの分け前を受け取るだろう。だから資金の一部が企業ではなく起業家に行ったっていいじゃないか。




一部のベンチャーキャピタリストたちは、資金はすべて企業を成長させるために使って欲しいから、そんなの許せないって言うだろう。しかし実際のところ、現在のVCが巨額の投資をしているのはVCファンドの構造による決定であって、ベンチャーが必要としているものではない。これらの巨額の投資は、しばしば企業を育てるのではなく、潰すことになってしまう。




私たちのベンチャーに資金を投資した個人投資家は、ある程度の株を直接、起業家から買ってくれ、それは全員にとって良い取引だった。エンジェルは、その投資によって大きな収益を得たから幸福だ。そして私たち起業家にとって、 やる気になるよりもむしろ不安の種となるような、一か八かというベンチャーの恐ろしさを緩和してくれた。




起業家が株の一部を現金化することをベンチャーキャピタリストたちがそんなに恐れているのなら、もっと怖いことを言ってやろう。「あんたは今、直接Googleを相手に戦ってるんだぜ」と。






この原稿を読んでくれたトレヴォー・ブラックウェル、サラ・ヘレン、ジェシカ・リヴィングストン、ロバート・モリスに感謝する。