原文は


http://www.paulgraham.com/unions.html


です。


「はてな」で英文チェックをお願いしており、Kumappus様が全文を書き直し、korompa様、maxthedog様に協力をいただきました。


http://q.hatena.ne.jp/1185544555


労働組合のもう1つの説明


2007年5月


貧富の格差が広がりつつあることを心配している人たちはたいてい20世紀半ばこそ黄金時代だったのだと振り返る。その当時、平均収入を引き上げていたのは労働組合に加盟している数多くの高収入の製造業雇用者だった。組合のおかげで賃金が高かった、という説は幻想とまでは言わないが、その説を力説する人は考えすぎだと思う。


奇妙な話だが、高賃金の組合仕事というものがなぜあったのか、私が理解できるのは、ベンチャー企業と仕事をしてきたからだ。成長の早い市場では、効率についてはさほど気にかけられない。早く成長することの方がよほど重要だ。つまらない問題があったとして、少々高くつくにせよ簡単な解決策があったなら、とっととそれを使って、もっと大事なことをどんどん進めた方がよい。eBayはサーバー代を節約して競合他社に勝ったわけじゃないんだ。


今となっては想像できないかもしれないが、製造業は20世紀半ばには成長産業だったのだ。自動車からお菓子まで、そういったものを作っていた小さな会社が、国家的な広がりと巨大なスケールメリットを持つ新種の企業へ整理統合されていった時代だった。早く成長しなければ死あるのみ。それらの企業にとって労働者は、インターネットベンチャーのサーバーに相当するものだった。低コストよりも安定供給のほうがずっと重要だったのだ。


1950年代の自動車会社の役員の頭の中をのぞけたとしたら、中身はこんな感じだったに違いない: 新型モデルが遅れないなら、彼らがほしがるものはなんだってくれてやるよ、うん。


言い換えると、そういう労働者の賃金は、労働に見合っていなかったのだ。そういう状況では、労働に見合った賃金しか払おうとしない企業は愚かだっただろう。


もし、この現象の、より反論が少なそうな例が欲しいなら、インターネットバブルの時期にウェブ構築コンサルタントとして働いたひとになら誰にでも聞いてみるといい。90年代後半には些細な事を作るのにもものすごい額のお金が支払われることがあった。そしてそういう現場にいた人で、いつかまた同じような日々が来ると期待しているひとがいるだろうか? いないよなあ。絶対みんなあれは一時的な異常事態だったと理解しているはずだ。


労働組合の時代も、これらと同じ異常事態だったようだ。ただそれはより長く続いた。それにいろんなイデオロギーとごちゃ混ぜになっているため、バブル時代のコンサルティング業を見るように冷静には見られないだけなのだ。


基本的に、労働組合はちょうどRazorfish社みたいなものだった。


労働運動が英雄的な組合の指導者たちの創造物だと考える人々は、説明の必要な問題にぶちあたっている。なぜ今、労働組合は縮小しているのか。せいぜい、文明が没落したのだというありがちな説明に頼るしかないのではないか。我々の祖先は偉大だった、とか。20世紀初頭の労働者は、今では失われている真の勇気を持っていた、とか。


実はもっと簡単な説明がある。20世紀初頭の状況は高成長のベンチャーがインフラに支払いすぎるのと同じようなものだったのだ。そして私たち現代人は没落した人々などではなく、よくわからない高潔な原理みたいなものを捨てたせいで組合を組織しなくなってしまったのでもない。我々は単に高成長企業が違う何かに金を使いすぎる時代に生きているだけなのだ。