ポール・グレアム「新種のベンチャー・アニマル」を翻訳しました。
原題は「A New Venture Animal」で、原文はhttp://www.paulgraham.com/ycombinator.htmlです。
なお、はてなhttp://q.hatena.ne.jp/1211974598とコメント欄で、punkaholic様、shiro様、akamegane様のアドバイスと協力を受けています。ありがとうございます。

新種のベンチャー・アニマル

2008年3月

(このエッセイは自分たちが何をしているか、自分で整理するために書いたものを発展させたものだ。現在Y Combinator設立から3年が経つが、いまだに意味を探している)

私は最近「Y Combinatorはベンチャー向けのシードファンドをしている」という説明を読んでイライラした。特に不愉快だったのは、それを書いたのは私だということだ。これは私たちがしていることを本当には伝えていない。なぜ不正確かと言うと、逆説的だが、起業直後のベンチャーに資金を提供するとき、重要なのは資金ではないからだ。

Y Combinatorがベンチャー向けのシード・ファンドをしているというのは昔のモデルに基づく言い方だ。まるで自動車を馬なし馬車と呼ぶようなものだ。

動物を拡大・縮小するとき、そのまま単純に拡大・縮小することはできない。たとえば体積は身長の3乗に比例するが、表面積は2乗にしか比例しない。だから動物を大きくすると、体温の発散に苦労するようになる。それがネズミとウサギは体毛に覆われているのに、象とカバが体毛に覆われていない理由だ。象を縮めるだけではネズミにならないのだ。

YCは新種の、より小型な動物に相当する。だからすべての法則も異なる。

私たちが現れる以前は、ベンチャー・ファンド・ビジネスの大部分はベンチャー・キャピタル・ファンドだった。一般にベンチャー・キャピタルは、私たちよりも後の段階の企業に資金を提供する。ベンチャー・キャピタルは非常に多額の資金を提供するため、他の重要なこともするかもしれないが、ベンチャー・キャピタルを資金源と見なしてもそんなに間違いではないだろう。良いベンチャー・キャピタルは「賢い資金」だが、それでもベンチャー・キャピタルは資金にすぎない。

良い投資家はみな、資金と支援の両者を提供する。しかしこれらは、体積と表面積のように異なって比例する。後の段階で投資する投資家は、多額の資金提供と比較的、少なめの支援を行う。株式を公開しようとしている企業が中間ラウンドで50億円の資金を得るとき、取引はほぼ完全に資金に関するものとなるのが普通だ。ベンチャーの資金獲得をより早期の段階へとずらして行くと、企業のニーズが変わってきて、資金より支援を必要とするようになる。創立したての企業は小さいし経費もかからないので、あまり資金を必要としないが、いつ命運が尽きるともわからないため、より多くの支援が必要だ。ベンチャー・キャピタルが第一ラウンドで、たとえば2億円の資金提供をしたとき、一般に彼らは資金と共に相当大きな支援が必要だと考える。

Y Combinatorはスペクトルの最初期を領域にしている。私たちはベンチャー・キャピタルよりも少なくとも一歩、通常は二歩手前に存在する。(一部のベンチャーはY Combinatorから直接、ベンチャー・キャピタルに行くが、一般的には個人投資家ラウンドに向かう) そしてY Combinatorと第1ラウンドは、第1ラウンドと中間ラウンドほどに違う。

私たちが資金を提供する起業直後の段階では、資金はほとんど重要ではない。この段階のベンチャーには、ふつう創立者しかいない。企業の主な経費は生活費だし、創立者のほとんどは30歳未満なので生活費は安い。しかしこの初期段階では、企業は多くの支援を必要とする。事実上、あらゆる問題に答えがない状態だからだ。私たちが資金を提供した企業の中には、一年以上もソフト開発をしていた企業もあった。しかしどんな仕事をするか決まってなかったり、創立者が誰かさえ決まっていない企業もあった。

あるベンチャーが大きくなってから、広報担当者や新聞記者にその歴史について語らせると、最初はどれだけ不確実だったかを過小評価するのが常である。わざと誤解させているわけではない。Googleのような企業が、かつては小さく無力だったと想像しづらい。そりゃ以前はガレージの数人だったかもしれないが、当時から彼らには未来の成功は約束されており、ただ運命のレールに乗って走ればよかったと考える。

それはぜんぜん違う。最初はとても有望に見えたにもかかわらず失敗することになったベンチャーもたくさんある。現在、Googleにはすごく勢いがあるから、誰もGoogleを止められないように思える。しかし初期のGoogleなら、Googleの2人の従業員が6ヶ月間間違ったことに集中するだけで、会社自体が無くなっていたことだろう。

私たちは、起業直後のベンチャーがいかに脆いものかをよく知っている。かつて私も通った道だからだ。奇妙な話だが、それが創立者がすごい金持ちになる理由なのだ。報酬はいつもリスクに比例する。そしてベンチャーの起業直後は、とてつもなく危険なのだ。

私たちがY Combinatorで本当にしているのは、ベンチャーをちゃんと発進させることだ。多くの比喩のうちY Combinatorにあてはまるのは、航空母艦の蒸気式射出機だ。私たちはベンチャーを離陸させてやる。辛うじて飛べる程度ではあるけれど、それに充分なだけ加速できるようにしてやるんだ。

飛行機を発進させるとき、ちゃんとセットアップする必要がある。でなけりゃ単なるモノの発射だ。甲板にまっすぐ配置し、ちゃんと翼を整え、エンジンを全開にして、パイロットも準備完了にする。これが私たちの扱う問題だ。ベンチャーに資金を提供した後、私たちは3ヶ月間、密接に働く。本当のところ、彼らが私たちについてくるほど密接だ。(訳注: Y Combinatorの参加者は、開催地 夏:ボストン、冬:シリコンバレー に引っ越す必要がある) 私たちが3ヶ月でしているのは、確実に発進できるようにすることだ。共同設立者同士の対立があれば、私たちは仲介役となる。必要な書類をばっちりそろえる、後で顔が青くなるような問題が出ないようにしておく。創立者が目標を絞りきれていなかったら、何を目標にすべきか見極めようと努力する。目前に障害があるなら、解決もしくは回避する。目標はいろんな面倒を片付け、浮いた時間で創立者に、何かすごいものを作らせる(もしくは完成させる)ことだ。そして約3ヶ月後、私たちはデモ・デーという形で発進ボタンを押す。そこで手がけているベンチャーがシリコン・バレーのほとんど全ての投資家に対してプレゼンする。

起業の立ち上げは新製品の販売と同じではない。製品の販売戦略にも時間を費やすが、ベンチャーの立ち上げにおいては、次のラウンドの資金を得るまでにまだ他にも時間がかかるものがある。私たちが資金を提供した中で最も有望なベンチャーは、まだ製品を販売していないが、会社としては確実に創業しはじめた。

起業直後は、ベンチャーにはわからないことがいっぱいあるだけではなく、内容も後に持つ疑問とは異なる。もっと後になると、質問は取引、雇用、組織についての質問になる。起業直後の段階では、技術やデザインに関する質問が多い。何を作ればいいのだろう? それが最初に答える必要がある問題だ。だから私たちの標語は「人々が求めるものを作れ」なのだ。これは会社にとって常に良いことだが、起業直後ではとくに重要だ、というのも、他のあらゆる質問の領域を定めるからだ。誰を雇い、どれたけ増資し、どう売り込むか・・・これらは皆、何を作るかによる。

初期の問題は技術とデザインに関するものが非常に多いので、私たちと同じ仕事をするなら、おそらくハッカーである必要がある。技術を知っているベンチャー・キャピタルは何人かいるが、今でもプログラムを書いているベンチャー・キャピタルを私は知らない。ベンチャー・キャピタルの専門知識はビジネス面のものであり、それは第1ラウンドと(運がよければ)IPOの間で必要となる専門知識なので、それはそれでいい。

私たちはベンチャー・キャピタルとはあまりに異なるため、ほとんど別の生き物だ。この新しいタイプのファンドのほうが、創立者たちをより成功に導くと言って良いだろうか? 私はかなり、その答えが「Yes」であると確信している。というのもY Combinatorは、私たちがベンチャーでやったことの改良版だし、私たちのベンチャーは特殊なケースではなかったからだ。Viawebの起業資金の1万ドルは、友達のジュリアンから調達した。彼は弁護士で書類を全部作ってくれたので、私たちはプログラミングに専念できた。バージョン1の完成に3ヶ月かけ、増資するために投資家にそのバージョンをプレゼンした。どこかで聞いたような話だろう? だがY Combinatorは、そこをかなり改善した。ジュリアンは法とビジネスには詳しかったが、起業家ではなかったので、それ以上のアドバイスは得られなかった。だから私たちは初期段階でいくつかの基本的なミスをした。投資家にプレゼンしたとき、来た投資家はたった二人だった、というのもそれしか知らなかったからだ。当時、未来の自分がいて、励ましと助言をくれ、プレゼン用のデモ・デーがあったなら、すごく助かったにちがいない。おそらく3~5倍の資金を調達できただろう。

私たちが資金を提供した会社から会社の6%をもらった場合、創立者は次の増資ラウンドまでに、ほんの6.4%だけ改善すればよい。私たちは確実にそうさせている。

それでは私たちがもらう6%は誰が支払うのだろうか? もし創立者がトータルで企業価値を増しているなら、創立者が払うのではない。次の段階の投資家からか? そう。彼らには6.4%以上、払ってもらう。でも私が思うに、企業の価値が本当に上がっているから払うんだ。次の段階の投資家にとっては、それで問題ない。ベンチャー・キャピタル・ファンドの収益は、買収時にどれくらい値切ったかではなく、投資した企業にどれくらいの価値があったかで決まるからだ。

私たちのしていることがそんなに役に立つなら、なぜ誰もしていなかったのだろうか? その答えは2つある。1つは、昔はみんな、より小規模に、行き当たりばったりなやり方でそうしていたというものだ。私たちより前は、シード・ファンドは主に個人投資家が行っていた。たとえば、ラリーとセルゲイは、自分たちのシード資金をSunの創立者の1人でもあるアンディ・ベクトルシェイムから得た。ベクトルシェイムは起業家だったので、おそらくラリーとセルゲイに貴重なアドバイスも与えた。しかし個人投資家から資金を調達するのは博打だ。それは個人投資家の本業ではないので、年に少ししか契約せず、自分たちの投資した企業にあまり多くの時間を費やさない。どこの馬の骨ともしれないベンチャーの持ちかけるビジネス・プランに煩わされたくないので、投資家に会うことは難しい。Googleの連中は幸いなことに、ベクトルシェイムと共通の知人がいた。一般的に個人投資家との個人的な紹介が必要なのだ。

私たちと同様のことを誰もしていなかったもう1つの理由は、最近まで、ベンチャーの起業にははるかに資金を必要としたからだ。私たちはバイオテクノロジーのベンチャーにはまったく資金を供給していない。まだ高価だからだ。しかし技術の進歩によって、ウェブのベンチャーは、150万円で起業可能なほど安くなった。最低でも飛び立てるなら、だが。

だから本当に起きたのは、生態学的なニッチができ、Y Combinatorはそこに移住した新種の動物ということだ。私たちはベンチャー・キャピタル・ファンドの代替物ではない。新たなニッチに適応したのだ。そして私たちのいる領域は、ベンチャー・キャピタルのいる領域とはぜんぜん違う。扱う問題が違うだけではない。ビジネスの構造そのものが違う。ベンチャー・キャピタルはゼロサム・ゲームをしている。彼らは皆、限られた数の投資先を求めて争っている。それで彼らの行動の多くの説明がつく。私たちの標準的なやり方は、ハッカーに就職させるかわりに自分でベンチャーを起業するよう励ますことで、新たな投資先を作り出すことだ。私たちはベンチャー・キャピタルとではなく、企業の採用担当者と競争している。

この現象は起きるべくして起きた。ほとんどの業界は発展するにつれ、より専門化・細分化する。ベンチャー業界の歴史はたかだか数十年で、もちろんそういった業界の1つだ。現在のような業態のベンチャー・ビジネスはせいぜい40年程度だ。まだ発展すると考えるのが自然だ。

そして新しいニッチは、そこに住みついたものからでさえ、始めのうちは古い用語で呼ばれるのも当然だ。でも本当のところ、Y Combinatorはベンチャー・ファンド・ビジネスじゃない。実は私たちは、小型でふさふさした毛に覆われた蒸気式射出機なのだ。


原稿を読んでくれたトレバー・ブラックウェル、ジェシカ・リビングストン、ロバート・モリスに感謝する。