ポール・グレアム「『芸術家は出荷する』のもう一つの意味」を翻訳しました。
原文はThe Other Half of Artists Shipです。
現在、「人力検索はてな」やコメント欄でpracticalscheme様から2回にわたる詳細なコメントをいただき修正しています。ありがとうございます!!


「芸術家は出荷する」のもう一つの意味

2008年11月

大企業とベンチャーの違いの1つに、概して大企業は、失敗から自社を保護するように発達させた手段を備えているということがある。ベンチャーはよちよち歩きの幼児のように歩き、しょっちゅうものにぶつかって転ぶ。大企業はもっと慎重だ。

組織がだんだんチェックを増やすのは、チェックしているものが原因で組織や自分の組織と似たようなところに起きた大きな災難を繰り返さないための学習の一種だ。たとえば納入業者と契約した後で彼らが破産し納入が行われなかったら、会社はすべての納入業者に対し、入札前に資力の立証を要求するかもしれない。

会社が成長するにつれ、そんなチェックは増える一方だ。それはかつて経験した災難に対処するためか、もしくはもっとありがちなのだが、新たな災難を防ぐ習慣を持つもっと大きな企業の人を雇ったせいだ。

組織が誤りから学ぶのは当然だ。問題は、新しいチェックを提案する人は、めったにチェックのコストを考えないということだ。

どんなチェックにもコストがかかる。例えば納入業者に資力を証明させるケースを考えよう。用心に越したことはないって? でも現実には、それにはかなりのコストがかかるかもしれない。納入業者にも、納入業者の資力の証明をチェックする側にも、時間という直接コストがかかることは明らかだ。だが真のコストは、決して表面化しないものだ。つまり最高かもしれない納入業者が、確認のための努力を割くことができず入札をあきらめる場合だ。あるいは最高の納入業者かもしれないのだが、チェックを増やすことによるコストの増加が見えにくいために、つい高めに設定してしまった資力にわずかに及ばない場合だ。

組織の一員が「新たなチェックを加えろ」と提案するなら、どんなときも利益だけではなくコストも説明するべきだ。このメタチェックがどんなに下手でも、少なくともコストの存在を意識し、注目するようになるだろう。

企業がこのメタチェックをし始めたら、いくつかの意外な発見をするだろう。ジョエル・スポルスキーは最近Y Combinatorで、ソフトを法人の顧客に販売する件について話した。スポルスキーは、多くの会社では管理者は個人の判断で最高1000ドルまでのソフトを買うことができると話した。その金額を超したら、ソフトの購入は委員会の承認が必要となる。しかしソフトのベンダーに、委員会の承認プロセスを遵守させると非常に高くつき、5万ドル未満のソフトにそんなことをしても意味がない。だからみなさんは5000ドルを請求すれば十分なソフトであっても、5万ドルで売る必要がある、と。

おそらく委員会の目的は、会社に無駄な金を使わせないことを保証することなのだが、結果として会社は10倍の金を支払う。

売り込むのが難しいものほど、チェックにコストがかかるため、購入のチェックはいつも高くつく。そしてそのコストは、単に線形に増えるのではない。売り込むことが困難なら、もの作りが最高に上手い人は、それ以上、売る努力をしたがらない。それでも売ろうとするのは、販売を専門とする企業だけとなる。だからあなたは新しいレベルの非能率に悩まされる。市場にはもう良い納入業者がいないため、市場原理の力に頼ることができなくなるのだ。

そういったことはしょっちゅう大きな組織、つまり政府に起きている。しかし政府のチェックは、過剰な支払いよりもはるかに悪い問題となることがある。政府のチェックが国の経済全体を弱体化させることがあるのだ。中国は1400年頃まではヨーロッパよりさらに豊かで、技術も進歩していた。ヨーロッパが中国を追い抜いた理由の1つは、中国政府が商売目的の長距離の船旅を制限したことだった。だからヨーロッパ人だけが、中国を含む世界の残された他の国々を探検して支配することができた。

もっと最近の話なら、サーベンス・オクスリー法は現実にアメリカのIPO市場を破壊した。それはサーベンス・オクスリー法を書いた立法者の望んだことではなかった。立法者は単に株式を公開する企業のチェックを少し増やしたかっただけだった。しかし彼らはコストを見落としていた。彼らは、株式を公開しようとする企業は普通ギリギリの状態で、GM社ならどうってことのない追加のチェックも、もっと若い会社にとっては株式公開の十分な妨げになるということを忘れていた。

いったんチェックのコストについて考え始めたら、他の面白い質問も思いつくだろう。コストは増加しているか、それとも減少しているか? ある分野では他の分野より高いだろうか? コストが急に増えるのはどの時点でだろうか? 大きな組織がそのような質問を始めたら、いくつかの恐ろしいことがわかるだろう。

私は、現実にチェックのコストは上昇しているだろうと思う。その理由は、ソフトが会社で果たす重要性はますます増しており、そしてソフトを書く人はとりわけチェックによる被害を受けやすいからだ。

最高の人材が、本当に一生懸命、働きたがるという点で、プログラマは多くの種類の労働者とは異なっている。これはほとんどの仕事では見られないことだろう。私はファーストフード店で働いていたとき、忙しくなることが好きではなかった。そして私は昔はよく芝生を芝刈りしていたのだが、1週間ずっと雨が降り続いた後の芝生が伸びた状態が本当に嫌いだった。

ところがプログラマーは、より多くのコードを書くことを好む。もっと正確に言えば、プログラマーは多くのコードをリリースすることを好む。プログラマーは違いを生み出すことが好きだ。とにかくプログラマーは良い奴なんだ。

良いプログラマにとってベンチャーで働いていて最高なことの1つは、リリース前のチェックがほとんどないということだ。真のベンチャーには、まったく外部のチェックがない。朝、新しい機能を思いついたら、昼食の前に本番サーバにそれを書いて公開していい。それが可能だと、もっと多くのアイデアが浮かぶようになる。

大企業では、ソフトをリリースする前に様々な承諾を得る必要がある。その費用は膨大になる可能性があり、実際に急激に跳ね上がる。数年前、大企業に買収されたベンチャーのプログラマの3人組と私は最近話した。彼らは「独立したままだったら、すぐに変更をリリースできたかもしれない。でも今では本番サーバにコードをリリースするのに、最短でも2週間かかる」と言った。

彼らの生産性が落ちただけではない。買収者のために働くことを嫌にさせてしまったんだ。

プログラマがどれほど一生懸命に働くのが好きかというしるしがある。彼らは、昔のようにコードをすぐにリリースできるなら、そのために金を払っても良いとさえ思っていたんだ。「すぐにコードをリリースする権利として買収価格の10%を支払え」って言われたら? と聞くと、3人はすぐにみんな「乗る」と言った。私は「最高で買収価格の何%を支払ってもいい?」と尋ねた。彼らは「どれほど高い値になるか知りたくないから、それについてはこれ以上考えたくない」と答えた。私はもしかしたら50%になるかもという印象を受けた。

プログラマーはより多くのソフトをユーザに提供できるようにするために、何十万ドル、たぶん数百万ドルを犠牲にするかもしれない。でもプログラマーにそうさせたって、全然問題なかったじゃないか。ほんとうは買収者は、もっと儲かってたのに。プログラマに好きにリリースさせても、ソフトをめちゃめちゃにすることはないばかりか、ずっと多くの仕事をしただろう。だから実際には買収者は、より多くのコストをかけて、かえって効率を悪くしていたんだ。まさしくソフトの購入を承認する委員会と同様だ。

そして売り込みへのハードルを上げてしまうことの最大の問題が、支払いすぎではなく最高の納入業者が売ろうとさえしなくなることであるのと同様、プログラマにあまりに多くのチェックを求めることの最大の問題は、プログラマの生産性が落ちることではなく、良いプログラマがあなたの元で働こうとしなくなるだろう、ということなのだ。

「本物の芸術家は出荷する」というスティーブ・ジョブスの有名な格言は、二重に効いてくる。芸術家は単に出荷するのではなく、出荷をしたがっている。だから出荷をさせなければ、芸術家そのものがいなくなってしまう。