ポール・グレアム「個人の見分けがつく社会」を翻訳しました。
原文はThe High-Res Societyです。
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個人の見分けがつく社会

2008年12月

過去のほぼ全ての時期で、社会的な成功は、大きく秩序だった組織を作る能力に比例していた。一般的に規模の経済に賭けた者が成功したから、最大の組織がいちばん成功する組織ということになった。

あまりにも物事が変わったために信じ難いが、わずか数十年前までは、最大の組織が最も進んだ組織であることが多かった。1960年に大学を卒業した大志を抱く若者は、フォード社、GE社、NASAの巨大な輝くオフィスで働きたがった。小さいことは三流を意味した。1960年の時点では、小さいとはクールで小さなベンチャーのことではなかった。それは「シドおじさんの靴屋」のことだった。

私が成長していた1970年代には「職制」というアイデアはまだ健在だった。普通の人生設計は、良い大学に入ろうと頑張り、何らかの組織に属して、少しずつ責任ある地位に昇進する、というものだった。野心のある人は、同じ階段を単に早く上ろうと考えた。 [1]

だが20世紀後半に何かが変わった。規模の経済だけが仕事の力ではないとわかってきた。特に技術の世界では、小さくなることで進化のスピードを手に入れた集団が大きな集団に勝つようになりはじめた。[1]

未来は私たちが1970年に想像したようにはならないと判明した。私たちが想像したような、半球形の都市や飛ぶ車は現実のものとなっていない。だが幸いなことに、ジャンプスーツに付けたバッジが職業と階級を示すようにもなっていない。未来の経済は、少数の巨大な階層化された組織に支配されるのではなく、より小さく独立した単位の流動的なネットワークになるようだ。

大きな組織が完全に無効になったというわけではない。ローマ軍やイギリスの東インド会社のような有名な成功した組織だって、現代の同じサイズの組織と同程度に手続きや政治に苦しんでいなかったという証拠はない。だが彼らは、新しい技術を発見することで急速にルールを変えることができないような相手と競争していた。現在では「大きく規律がある組織が勝つ」というルールには「変化が遅いゲームなら」という追加の制約が必要だ。変化のスピードが十分になるまで、誰もそのことに気づかなかった。

史上初めて、大きな組織が最高の人々を得ることができないので、今後、大きな組織はますますダメになるだろう。現在、大学を卒業する野心ある若者は、大企業で働きたがらない。彼らは急速に成長しているホットなベンチャーの1つで働きたがっている。本当に野心あふれる若者は、自分でベンチャーを起業したがっている。 [2]

大企業がなくなるのではない。ベンチャーが成功するということは、大企業が存在するってことだ。というのも、成功したベンチャーは大企業になるか、または大企業に買収されるからだ。[3] だがおそらく大きな組織が20世紀の最後の四半世紀で演じたような主役を演じることは二度とないだろう。

そんなに長年、続いたトレンドがなくなることにはちょっと驚かされる。何千年間も続いた規則の極性が反転することが、どれほどあるっていうだろう?

何千年も「大きいほど良い」という時代が続いたため、現在では時代遅れになってしまっているものの、深く根付いてしまった多くの慣例がある。つまり野心ある人は、今はそれらで利ざやを稼げるってことだ。今どの考えは捨てず、どの考えは捨ててもいいかをちゃんと理解していれば、すごく貴重だろう。

注目すべきは、小ささの流行が始まったところ、つまりベンチャー業界だ。

どんな時代でも、特にアメリカでは、昇進の階段を上るのではなく階段を作る野心ある人々が時々あらわれた。しかしこれは最近まで、変人しか通らない変則的な道だった。19世紀の偉大な経営者が正規の教育をほとんど受けていないのは、偶然の一致ではなかった。最終的には大企業になったにせよ、最初は彼らは、本質的には整備士と店長だった。大学教育を受けた人なら、できれば避けるような社会的地位に過ぎなかった。技術のベンチャー、特にインターネットのベンチャーが隆盛になるまで、教育を受けた人が自分でビジネスを始めるのは、たいへん珍しかったのだ。

フェアチャイルド・セミコンダクター社を設立するためにショックリー・セミコンダクター社を退社した8人の男たち(シリコンバレーのベンチャー第1号)は、最初のうち企業を設立しようとさえしなかった。彼らは自分たち全員を雇ってくれる会社を探していた。そのうち彼らの両親の1人が、「彼らが起業するなら資金を探す」と提案した投資銀行に彼らを紹介したため、彼らは起業した。だが彼らにとって起業とは異様な考えだった。何か譲歩したような感じだった。[4]

スタンフォード大学かバークレー大学でプログラムの仕方がわかるほとんどすべての学生は、少なくともベンチャーを起業しようと考えたことがあるんじゃないかと私は思う。東海岸の大学もそれほど遅れているわけではなく、イギリスの大学もその少し後にいるだけだ。このパターンは、スタンフォード大学とバークレー大学の姿勢が異常なのではなく、先行指標であることを示唆している。これは世界が向かっている方式なんだ。

もちろん、インターネットのベンチャーは世界経済の一部分にすぎない。それに基づいたトレンドがそんなに力を持てるものだろうか?

私はそう思う。ベンチャー業界では、やるべき仕事の総量に、いかなる限界だって、存在すると思う理由など全くない。科学と同様、富はフラクタル的に大きくなるようだ。ワットが蒸気機関を発明したとき、蒸気の力はイギリスの経済のほんの一カケラだった。だがワットの仕事はさらに仕事を生み出し、そのカケラはかつてその一部だった経済全体よりも大きく成長していった。

同じことがインターネットで起こりうる。インターネットのベンチャーが野心ある人々にまたとないチャンスを提供したら、多くの野心ある人々は起業するだろう。そしてこの経済のカケラは、おなじみのフラクタル流に膨張するだろう。

インターネット関連のソフトが世界経済の10%にしかならなくても、その10%が残りの部分にも影響を及ぼすだろう。経済の最も成長している部分はいつだって、給料から服の流行まで、すべてに影響を及ぼす。名声のためだけではなく、経済的にもっとも成長している部分が本質的に持つ原則が、そうなる性質を持っているからだ。

将来、有望なのは個々人の能力を測定可能な、小さい自立した集団のネットワークだろう。そして成功する社会は、もっともインピーダンスが低い(訳注:変化への抵抗が少ない)社会となるだろう。

オリジナルの産業革命と同様、いくつかの社会では、他の社会よりさらに発展するだろう。イギリスで始まった産業革命は、1世代のうちにヨーロッパと北アメリカに広まった。だがそれは至る所で広がったわけではなかった。この新しい方式はそのための準備が整った地域にしか定着できなかった。それはあらかじめ強力な中産階級を持っていた地域にしか広まらなかった。

1960年代にシリコンバレーで始まった変化にも、似たような社会的な要素がある。そこには2種類の新技術が見られた。回路を集積する技術と、新しい技術を開発するために設計された、新しい種類の企業を設立するためのテクニックだ。集積回路を作る技術はすぐに他の国に広まった。だがベンチャーを作るテクニックはそうではなかった。50年後が経ち、ベンチャーはシリコン・バレーとその他ほんの一部のアメリカの都市に遍在しているものの、世界の大部分では、ベンチャーはいまだに特異だ。

ベンチャーが産業革命ほど広範囲には広まらない理由の一部(もしかしたら主な理由)は、ベンチャーの社会的な革新性だ。産業革命は多くの社会的な変化を持たらしたが、「大きいほうが良い」という原則と対立したわけではなかった。むしろ正反対で、産業革命と「大きいほうが良い」という原則は仲良く手を組んだ。新しい企業は、軍隊や公的なサービスといった既存の大きな組織の慣習を改良し、その混合は結果としてうまくいった。「仕事の将軍」は「労働者の軍隊」に命令し、各人は自分が何をすべきか知っていた。

ベンチャーは社会的にその原則に、もうちょっとだけ反するようだ。商人階級から好き放題に搾取する人々が支配していた社会で産業が栄えにくかったのと同様、階級と安定を重視する社会では、企業家は繁栄しにくい。産業革命が起こったときは、いくつかの国はその段階を過ぎていたのだが、今回は多くの国がその段階を過ぎているとは思えない。


注釈

[1] このモデルの奇妙な結果の1つは、より金を稼ぐ普通の方法は管理者になるということだった。これはベンチャーが修正するものの1つだ。

[2] アメリカの自動車会社が日本の自動車会社よりもはるかに悪い理由はたくさんあるが、少なくとも理由の一つについては楽観的になれる。アメリカの卒業生には、日本より多くの選択肢があるのだ。

[3] 企業が、多くの社員を増やすことなしに大きく収益を増やすこととは可能だが、そのような傾向はまだ始まったばかりだ。

[4] クリストフ・レキュヤー「シリコンバレー創生」MIT出版、2006年

原稿を読んでくれたトレバー・ブラックウェル、ポール・ブックハイト、ジェシカ・リビングストン、ロバート・モリスに感謝する。