ポール・グレアム「ベンチャー・キャピタルは不景気の犠牲者になるか?」を翻訳しました。
原題はCould VC be a Casualty of the Recession?です。
なお翻訳に当たり、uehaj様、hozu様、koguro様、okemos様、yasuoyamasaki様、tko様のアドバイスをいただいております。ありがとうございます!!

ベンチャー・キャピタルは不景気の犠牲者になるか?

2008年12月

(本来このエッセイは起業家気質に関する調査書を作成する企業の要請を受けて書いた。残念なことに彼らはこのエッセイを読んで「あまりに議論となるので掲載できない」と結論したのだった)

今までの不景気と同様、今回の不景気でベンチャー・キャピタルはある程度、干上がるだろう。だが今回はちょっと結果が異なるかもしれない。今回は新たなベンチャーは減らない可能性がある。だがベンチャー・キャピタルには致命的となりうる。

インターネット・バブルの後でベンチャー・キャピタルが干上がった後に、ベンチャーもまた干上がった。2003年に起業したベンチャーはそれほど多くない。だがベンチャーは10年前のようにはベンチャー・キャピタルと結びついてはいない。現在ではベンチャー・キャピタルとベンチャーは分離可能だ。そしてもし分離したら、景気が回復しても再び結合しないかもしれない。

ベンチャーがもはやベンチャー・キャピタルにあまり依存しない理由を、ベンチャー業界の人はみんな知っている。ベンチャーの起業は今ではずっと安くなったのだ。主な理由は4つで、ムーアの法則がハードを安くした、オープンソースがソフトをタダにした、ウェブがマーケティングとソフトの流通をタダにした、より強力なプログラミング言語によって開発チームを少人数にできた、というものだ。これらの変化はベンチャー起業の経費を雑費レベルに押し下げた。多く(Yコンビネータの資金を受けたもののほとんど)のベンチャーで最大の経費は単に起業家の生活費だ。私たちのベンチャーの中には、月に3000ドルの売り上げで黒字だったものもあった。

3000ドルは売り上げとしてはごくわずかだ。月に3000ドルしか売り上げのないベンチャーなんて、誰も歯牙にもかけない? いや、売り上げとしてはわずかだが、この金額になったらベンチャーの資金状況をガラリと変えることができる。

ベンチャーを経営している人は「滑走路」がどれくらい残っているかを心の奥でいつも計算している。-銀行の預金がなくなるまでにどれくらい持つだろう? その間に黒字化するか、さらなる資金を調達するか、廃業するかを選ばなくてはならない。いったん損益分岐点をわずかでも超えてしまえば、滑走路は無限となる。それは企業がワープ可能な速度まで加速するときに、星が線に変わり見えなくなるような質的な変化だ。いったん黒字化したら投資家のお金は不要となる。そしてインターネットのベンチャー経営はとても安くなったので、損益分岐点の敷居は問題にならないくらい低くなりうる。つまりインターネットのベンチャーの多くは、ベンチャー・キャピタル規模の投資は不必要ということだ。多くのベンチャーにとってベンチャー・キャピタルの資金は、ベンチャー・キャピタル用語で言えば、「必要資金」ではなく「あれば嬉しいという程度の資金」となってしまった。

この変化はだれも見ていない時に起き、そしてその影響は今のところ隠されている。起業が問題にならないくらい非常に安くなったのは、インターネット・バブル後の不景気の時期だったが、起業が時代遅れだったため、わずかな人しかそれに気づかなかった。2005年頃、起業が再び流行り始めると、投資家は再び小切手を書き始めた。そして起業家は、以前ほどにはベンチャー・キャピタルのお金は要らないかもと思いつつも、くれるなら貰っておこうと考えた。その理由の一部は、昔からベンチャーはベンチャー・キャピタルから資金を得ることになっていたからであり、また理由の一部は、ガツガツしたベンチャーは機会さえあれば何でも飛びついたからだった。ベンチャー・キャピタルが小切手を書く限り、起業家は、自分たちが必要とする資金がどれほど少なくて済むかの限界を開示するよう強制されることはまったく無かった。特殊な事情のおかげで、たまたまこれらの限界を示したベンチャーもいくつかあった。最も有名なのは37signalsだ。彼らはコンサルティング企業から始めたため、つまり製品を出す前に利益があったという通常とは異なる経緯でベンチャーを起業したため、限界に達することになった。

ベンチャー・キャピタルと起業家は、かつては一緒にボルトで絞められていた2つの部品に似ている。2000年頃にボルトは外された。部品に以前の力がかかっているため、今でも結合しているように見えるが、本当は1つはもう1つの部品に支えられているだけだ。大きな衝撃があると、その2つの部品は分離して飛ばされるだろう。そして今の不景気がその衝撃になるかもしれない。

Y Combinatorはスペクトルの最端にいるため、起業家と投資家の分離の兆候を最初に見つけられるし、実際にそれを見ている。たとえば株の暴落によって投資家はより用心深くなったようだが、ベンチャーを起業しようとする人の数にはまるっきり影響していないようだ。私たちは6カ月ごとに資金の提供を行う。今回の資金提供は10月17日に締め切り、その間、市場は非常に悪化したのだが、1年前の40%増しという記録的な申し込み数だった。

もし景気が悪くなり続けたら、この先1年で事情は変わってくるかもしれないが、今のところ起業家志望の人々の関心はまったく薄れていない。それは2001年の雰囲気とは違っている。当時は企業家志望の人々には、ベンチャーは終わり、大学院に行ったほうがいいという雰囲気が広まっていた。今回はそうではない。その理由の一部は、不景気の時であっても月に3000ドルを稼ぐ何かを作ることはそれほど難しくないからだ。投資家が小切手を書かなくなったからって、誰が気にする?

また私たちは、資金を提供した既存のベンチャーの態度から、起業家と投資家の分離の兆候を見ている。-信じられないことに、起業家が自分たちの83(b)をちゃんとファイルしたかどうかはっきりしなかったという理由で-投資家が「自分たちが優位に立った」と考え、土壇場にささいなことで契約を撤回されてしまった、起業家の1人と私は最近話した。だがこのベンチャーはかならず成功するだろう。トラフィック量と収益のグラフは飛び立つジェット機のようだった。そこで私は「他にも投資家を紹介しようか?」と尋ねた。驚いたことに彼らはノ-と言った。「投資家への対応にまるまる4ヶ月を無駄にしたが、投資家との交渉に時間を費やす必要がなくなって、かえってせいせいした」と。投資家の資金で雇いたかった友人がいたが、現在、それは延期する必要がある。だがそれさえあきらめれば、彼らは黒字化までに充分な預金があると考えた。より大事をとるため、彼らはもっと安いアパートに引っ越す予定だった。そしてこの景気なら、良い取引をしたと私は思う。

私は最近、話した数人のYCの起業家からこの「投資家と面倒な取引をする価値はない」という雰囲気を感じた。最新の(夏期の)募集では、VCどころかエンジェルの資金さえ必要としないかもしれない。TicketstumblerはY Combinatorの1万5000ドルの投資で黒字化し、それ以上は欲しがっていない。これには私たちでさえ驚いた。YCはベンチャーの起業は安いという考えに基づいているが、YCの資金だけを受けている時期にベンチャーを成功させるとまでは考えていなかった。

起業家が、ベンチャー・キャピタルに手間を掛ける価値がないと決めたら、ベンチャー・キャピタルには痛手となりうる。景気が数年後に回復し、再び小切手を書こうとしたとき、ベンチャー・キャピタルは、起業家が去ってしまったことに気づくかもしれない。

ベンチャー・キャピタルにコミュニティーがあるように、起業家にだってコミュニティーがある。互いに知り合いだから、テクニックはあっという間に広まる。ある者が新しいプログラミング言語か新しいプロバイダを使って効果があったら、6ヶ月後には半分以上が使っている。同じことが資金調達にも起こる。現代の起業家はベンチャー・キャピタル、特にSequoia社からの資金を欲しがる。というのはラリーとセルゲイはベンチャー・キャピタル、特にSequoia社から資金を得たからだ。次のホットなベンチャーがベンチャー・キャピタルからの資金をまったく貰わなかったら、ベンチャー業界がどうなるか想像して欲しい。

ベンチャー・キャピタルは自分たちはゼロサムゲームをしていると思っている。だが現実にはゼロサムですらない。Benchmark社に負けたのなら、その契約では負けだが、ベンチャー・キャピタル業界はまだ勝っている。だが「資金不要」という選択肢に負けたのなら、すべてのベンチャー・キャピタルの敗北だ。

今回の不景気は、インターネット・バブル後の不景気とは違うかもしれない。今回、起業家は起業し続けるかもしれない。そして起業家が起業し続けたら、ベンチャー・キャピタルは小切手レベルの小額投資を続けるか、役立たずになるかのどちらかだ。


この原稿を読んでくれたサム・アルトマン、トレバー・ブラックウェル、デヴィッド・ホーニック、ジェシカ・リビングストン、ロバート・モリス、フレッド・ウィルソンに感謝する。