権威

大人が子供につく嘘のうち、最も許しがたいのは権力を維持するための嘘だ。こういった嘘は時として、子供にいたずらした痴漢が、何をされたか人に言ったら自分が困るよというのと同様、本当に腹黒い。他の嘘はこれよりはマシだ。それは、大人が自分たちの権力を維持するために、どれくらい嘘をどの程度つくか、そして権力を何に使っているかによる。

ほとんどの大人は、自分たちの欠点を子供から隠す努力をする。通常、動機は複雑だ。たとえば一般に、浮気をしている父親は子供からそのことを隠そうとする。動機の一部は、子供を心配させたくないからだし、一部はセックスの話題だからだ。そして一部の本人が認めるよりも大きな理由は、子供が自分を見る目を曇らせたくないからだ。

子供たちに「問題」について教えるために書かれた本のほとんどすべてを読めば、子供たちがどんな嘘をつかれてきたかがわかる。[7] ピーター・メールの「どうして離婚するの?」もそういう本だ。それは離婚について3つのことを覚えていることから始まる。その1つはこうだ。
離婚が決してどちらか一方のせいではない。だから親の片方を非難してはいけない。[8]
本当? 夫が秘書と一緒にかけおちしたら、いつも妻にも責任の一端があるの? だが私は、メールがなぜそう言ったかを理解できる気がする。たぶん子供が親を尊敬するのは、親について真実を知るより重要なのだ。

しかし、大人が自分たちの欠点は隠すのに子供には高潔な振舞いを求めたなら、多くの子供は、自分たちはダメだと感じながら成長することになる。実際には周りの大人の多くが、もっとずっとひどいことをしているのに、子供たちは、汚い言葉を使ってしまったのはひどくいけないことだと悩む。

これは道徳的な問題と同様に、知的な問題でも生じる。自信がある人ほど「私はそれを知らない」と答えられるようになる。あまり自信がない人は、答えないとバカにされてしまうと感じる。私の親は、何かを知らなくてもかなりそのことを認める方だったが、このテの嘘の多くは教師が私についてきたに違いない。というのも私は大学に入るまで、めったに教師が「私はそれを知らない」と言うのを聞かなかったからだ。ある先生がクラスの生徒全員の前でそう言うのを聞いてすごく驚いたので、覚えているのだ。

教師にもわからないことがあると私が最初に知るヒントとなったのは、小学校6年生のときだった。私が学校で学んだことについて、父が否定したときだった。私は「先生は反対のことを言ってたよ」と言うと、父は「そいつは自分が教えたことを理解してなかったのさ・・・しょせん、小学校の先生だしな」と言った。

しょせん先生? その言葉はほとんど文法的に間違っているように思えた。先生は自分たちが教えていることについては、すべてを知ってるんじゃなかったの? でなきゃなんで教えてるの?

悲しい事実だが、一般的に米国の公立学校の先生は、自分たちが教えていることをちゃんと理解していない。いくつかのすばらしい例外はあるが、原則として教職につきたがる人は、学問的には、大学のランクの下のほうにいる。だから私が11歳のときでさえ、教師は絶対であると思っていたという事実は、システムが私の脳にどんな仕事をしたかを示している。

学校

子供は学校で嘘の塊を教わる。いちばん罪がないのは、学びやすくするため単純化したものだ。問題は、単純化の名のもとに多くのプロパガンダがカリキュラムに入り込むことだ。

公立学校の教科書は、子供に何を教えるべきか主張するさまざまな強大な集団の妥協の産物だ。ほとんどの嘘はあからさまではない。通常、それらは省略されるか、他のものを省いてある話題を過大に取り上げるという嘘だ。私が小学校で教わった歴史は、強い勢力を持つ各グループの代表を最低1人は含む、いいかげんな偉人伝だった。

私が覚えている有名な科学者は、アインシュタインとキュリー夫人とジョージ・ワシントン・カーヴァーだった。アインシュタインの業績は原子爆弾につながるほどすごかった。キュリー夫人はX線を発見した。だが私はカーヴァーであれっと思った。ピーナッツの仕事をしただけじゃないか。

今ではカーヴァーがリストに載っていたのは黒人だったからだとわかるが、(さらに言えばキュリー夫人がいたのも女性だったからだ)、子供のころ、私は長年、なぜカーヴァーがいるのか不思議だった。「黒人の有名な科学者はいない」という事実を教えてもらわないほうが良かったのだろうか? アインシュタインとジョージ・ワシントン・カーヴァーの格付けが同じだったので、科学を誤解したばかりか、私はカーヴァーが生きていた時代の黒人差別についても誤解することになった。

テーマがよりソフトになると、嘘はいっそうひどくなった。政治や現代史を教わるころになると、私たちが教わったことのほとんどは単なるプロパガンダだった。たとえば私は、政治的なリーダーを、特に最近、迫害されたケネディとキング牧師を聖人と見なすよう教わった。後に彼らは、どちらも女にだらしなく、その上ケネディはめちゃくちゃなスピード狂であったと知って仰天した。(キング牧師の盗作を知るころには、私は有名人の悪行に驚かなくなっていた)

私は、嘘なしで現代史を教えることなど可能なのだろうかと思う。なぜって現代史では、みんなが自分の意見を持っているため、ある種の解釈が入ってしまうからだ。歴史の多くは解釈からなる。現代史を教えるなら、たぶん事実についての事実として教えたほうがよい。

おそらく学校で教わる最大の嘘は、「規則」に従うことが成功する秘訣、というものだ。実際には、そのような規則のほとんどは、巨大な組織を運営するときのコツにすぎない。

平和

大人が子供に嘘をつくあらゆる理由のうち最も強力なのは、たぶん大人につくのと同様の世俗的な理由だ。

人が他人に対して嘘をつくのは、意識的な戦略と言うよりは、真実を知った人々が激しく反応するからだ。子供は定義からして自分を抑えられない。子供はいろんなことに激しく反応するために、いろいろな事について嘘をつかれる。[9]

何年か前の感謝祭で、私の友人は、説明した子供に嘘つく複雑な動機の完璧な例となる状況に直面した。七面鳥のローストがテーブルに出されたとき、驚くほど賢い5歳の息子が突然「七面鳥は死んでもいいと思ってたの?」と尋ねた。来るべき災難を予見して、私の友人と奥さんは、すぐに嘘をでっちあげた。ああ、七面鳥は死んでうれしいんだ。七面鳥はほんとうのところ、感謝祭のディナーになるために生まれてきたんだよ。そして、その話は(ふぅーっ)それで終わりだった。

嘘をつくのが子供を守るためであるときは、たいてい大人の平和を守るためでもある。

このテの不安を静めるタイプの嘘によって、子供は恐ろしいことでも普通だと思うように育ってしまう。心配しないように訓練されたことに関しては、大人になっても焦らなくなる。10歳のころ、私は環境汚染に関するドキュメンタリーを見てパニックになった。地球は取り返しがつかないほど台無しになっているように思えた。そこで私は番組を観た後で、これが本当なのか母に尋ねた。母が何を言ったか覚えていないが、母は私を安心させたので、私は心配するのをやめてしまった。

たぶん怯える10歳に対しては、それがいちばんいい方法だった。しかしコストについても知るべきだ。こういった嘘は、悪いものが放置されている主な理由の1つだ。みんな、それを無視するように訓練されてしまったのだ。

解毒

レースでスプリンターはほぼすぐに「酸素不足」状態に陥る。身体は定期的な酸素呼吸よりも速い、非常時のエネルギー源に切り替わる。しかしこのプロセスは、さらなる酸素で分解することになる廃棄物を生み出すため、レースが終わると、回復するために立ち止まってゼーハーする必要がある。

私たちはある種の真実不足な状態で大人になる。私たちを大人にするために、そして親が子育てを切り抜けるために、子供時代に多くの嘘がつかれた。あるものは必要だったかもしれないが、一部は必要なかった。しかし、私たちは皆、嘘のいっぱい詰まった脳で大人になる。

大人があなたを座らせて、言ったすべての嘘について説明することは決してない。大人は嘘の大部分を忘れてしまっているからだ。だから自分の頭からこれらを消去するためには、自分で消去する必要がある。

ほとんどの人はそうしない。ほとんどの人は自分たちの心を堅い殻で守り、一生、嘘について知ろうとはしない。たぶん子供のころに言われた嘘を完全に消去することはできないのだろうが、やる価値はある。私はつかれた嘘を消去できたとき、いつだって他のいろんな事も明らかになった。

幸い、いったん大人になれば、自分がどんな嘘を言われてきたかを理解できる貴重な新しいリソースが手に入る。今、あなたは嘘をつく側の一員だ。大人として、次世代の子供たちが見ている世界を裏側から見ることができる。

自分の頭をきれいにする第一歩は、自分がぜんぜん客観的ではないと自覚することだ。高校を卒業したとき、私はすごい懐疑論者であると思っていた。私は高校は糞だと思った。私は、自分のすべての知識を疑う準備ができていると思っていた。しかし私は、どれほど自分の頭にゴミが残っていたかについては無知だった。自分の心がまっさらの黒板だと思うだけではダメだ。意識して消去する必要がある。

注釈

[1] 私がそんな身もふたもない簡単な言葉に固執するのは、大人が子供に言う嘘は、私たちがおそらく考えているほどには無害ではないからだ。かつて大人が子供に言ったことを調べたら、どれほど嘘をついたか衝撃を受けるだろう。私たちと同様、彼らは最高の善意でそれを行った。だから私たちが子供に対して、可能な限り合理的であると思っているなら、たぶん自分をだましている。おそらく今後100年間で私たちが言う嘘のいくつかは、100年前に言われた嘘に対して私たちが受ける衝撃と同じくらいの衝撃を与えるだろう。

どれが嘘になるかは予測できない。だが私は、100年後にはたわごととなるエッセイを書きたくはない。そこで私は、嘘と書かずに特別な婉曲語法を使う現在の流儀ではなく、単に私たちのついている嘘を嘘と書くことにした。

(私は1つのタイプを省略した。子供のだまされやすさをからかう嘘だ。これらはウィンクとともに言われる嘘から、弟を怖がらせる兄の嘘に至るまで、本当の嘘ではない。これらに関してはたいして述べたいことはない。最初のタイプの嘘はなくなって欲しくないし、2番目のタイプがなくなるとも思わない)

[2] アリス・キャラプライス編「アインシュタイン語録」プリンストン大学出版局、1996。

[3] なぜ子供は汚い言葉を使ってはいけないのかを親に尋ねたら、それほど学歴のない親はふつう「それは良くないから」と答える。しかし学歴のある親は、もっと巧妙な合理化をした答えをする。実際のところ、学歴の高い親ほど、かえって真実から遠ざかるようだ。

[4] 小さい子供と一緒にいる友人が指摘したとおり、小さな子供は時間が非常にゆっくり流れていると感じているため、自分たちは死なないと考えるのは簡単だ。3歳のころの1日は、大人の1カ月のように感じる。 だから子供には「80年」は、私たちが2400年と聞いたときのように聞こえる。

[5] 私は、宗教を嘘だというとすごい反発をくらって大変な目にあうと承知している。ふつうの人は、充分に長い間、充分にたくさんの人に信じられてきた嘘は、通常の真実の基準には影響を与えないというような感じで言葉を濁し、この問題を回避しようとする。しかし未来の世代が、どの嘘は許せないと考えるかがわからないので、私は安全のために、どんなタイプも省略できない。そりゃ宗教が100年後には廃れるなんてありそうもない。だが1880年の人は、1980年には学生はオナニーはすごく正常なことで悪くおもうことなんてないと教えられるようになるなんてありそうもないと思ったのと同程度だろう。

[6] 残念ながら、弾頭には良いものもあるが悪い習慣もある。たとえば、アメリカのあるグループは「白人らしい振舞い」とする品性がある。事実上、同じくらい正確にそれらの大部分を「日本人らしい振舞い」と呼ぶことができまるだろう。そのようなはっきりとした白人らしい習慣など何もない。古い歴史を持つ街に住むものならどんな文化でも共通の性質だ。だからあるグループが、自分たちとは反対の行動をアイデンティティの一部とみなすような集団に掛けるのは、たぶん損だ。

[7] この文脈では、「問題」とは基本的に「意図的に嘘をつくつもりのもの」を意味する。それがこれらの話題に特別な名前がある理由だ。

[8] ピーター・メール「どうして離婚するの?」ハーモニー出版、1988.

[9] 皮肉なことに、これは子供が大人に嘘をつく主な理由だ。誰かが驚くようなことを言うとき、あなたがひどく取り乱すとしたら、みんなはあなたにそれを言わなくなるだろう。ティーンエイジャーは、親が感謝祭の七面鳥に関する真実を5歳の子供に言わないのと同じ理由で、親が友人の家にいると思っていた夜に何をしていたかを自分の両親に言わない。知ったら取り乱すからだ。

この原稿を読んでくれたサム・アルトマン、マーク・アンドリーセン、トレバー・ブラックウェル、パトリック・コリソン、ジェシカ・リビングストン、ジャッキー・マクドナー、ロバート・モリス、デヴィッド・スローに感謝する。 そして、いくつかの議論となりそうなアイデアがあり、ここに書かれたことすべてに同意した人は一人もいなかった、ということを付け加えておこう。