ポール・グレアム「就職なんてもう古い」を翻訳しました。

原題は「Hiring is Obsolete」で、原文は以下です。
http://www.paulgraham.com/paulgraham/hiring.html

treky様、mjt様、ogijun様に翻訳協力いただきました。ありがとうございます。
http://c.hatena.ne.jp/1118592695


「就職なんてもう古い」

2005年5月

(このエッセイは、2005年5月のバークレーCSUAでの講演を元にしています)

今、インターネット上の3大勢力はYahoo、Google、マイクロソフトだ。その3社の起業時の年齢を平均すると24歳だ。大学院生がベンチャー企業を設立することは、だいぶ普通のことになった。大学院生が起業できるなら、なんで大学生じゃダメなの?

技術の世界ではなんでもそうだけど、起業に必要なコストは劇的に減少した。現在では起業に必要なコストはとても少ない。雑費として処理できるくらいだ。ウェブ・ベースの起業に必要な主なコストは食費と家賃だ。つまり起業のコストは、怠けているときと大差ないってことだ。ラーメンをすすって生活する覚悟があれば、たぶん100万円程度の資金で起業できるだろう。

起業にコストをかけずに済ませれば、出資者の顔色をうかがわなくて済む。だから今は、かつてないほど多くの人々が起業可能だ。

最も面白い集団は20代前半の連中だ。起業家には、何はなくても知性とエネルギーが必要だからだ。起業に必要なコストが引き下げられたことによって、いちばん見込みが出てきたのは、経験はなくても、それ以外は投資家が望むすべてを持っている連中だ。


市場の相場

私はかつて、オタクは中学校じゃモテないと言ったことがある。その主な理由は、オタクは人気者になることよりも大事なことをしているからだ、と。そのとき「あんた、オタクが聞きたがってたことを言ってあげたんだろ?」って言う人もいた。ああ、今回はもっと大々的にやってやろう。私はね、大学生は過小評価されてると思ってるんだ。

より正確に言うなら、ほとんどの人は「20歳」にはピンからキリまでいることを、よく理解していないと思う。そりゃ一部はそんなに有能じゃない。でも他の20代は、ほとんどの30代より有能だ。[1]

だが問題は、有能な20代を選別するのが難しい、ってことなんだ。過去に戻れるなら、世界中すべてのベンチャーキャピタルはマイクロソフトに投資しただろう。でも誰が、当時のマイクロソフトに投資したっていうんだ?いったい何人が、あの19歳の若造がビル・ゲイツだと見抜けただろう?

若者の判断は難しい。というのも(a)彼らは急速に変化するし、(b)ピンからキリまでいるし、(c)人間として未成熟だからだ。ことに最後が大問題。若いときは、利口な奴でさえときどきバカなことを言う。だから多くの投資者や雇用者が無意識に使っている「バカなことを言う奴はダメ」フィルターを使うと、多くの有能な若者をも排除してしまう。

ちゃんと大学を卒業する人々を雇うほとんどの組織は、22歳の人々の平均値しか知らず、「それほど有能じゃないなあ」なんて思ってる。だからこそ20世紀のほとんどの時期では「若者はみんな初心者レベルの仕事を、見習いとして始める」ことになっていた。組織は入社する若者たちの質がさまざまであることは理解していたが、その考えを追求せず、押さえ込んだ。最も優秀な若者でも、最下層からスタートさせたほうが思い上がらなくて良いと信じた。

最も生産的な若者は、大きな組織ではいつも過小評価される。なぜって、若い人はまだ評価されるような仕事をしていないからだ。だから彼らの能力を推定すると、どうしても平均寄りにみなす過ちをおかしてしまう。

じゃあ特に生産的な22歳は、どうすればいいんだろう? 1つの策は、組織のボスなんか飛び越えて、直接ユーザのところに行くことだ。あなたを雇う会社は、金銭的には顧客のプロキシの役割を果たしている。組織は意識していないかもしれないが、あなたに組織が付ける評価額は、ユーザがあなたにつける評価額を推測したものだ。でもその判断に対し、異議申し立てができる。望むなら自分の会社をつくって、ユーザに直接評価してもらうことを選べるんだ。

市場のほうがずっと賢いし、差別もしない。インターネット上なら、自分が犬だってことは誰にもわからない。もっと重要なのは、誰も自分が22歳であることを知らないってことだ。ユーザが注目するのは、サイトかソフトウェアが、望むものを与えるかどうかだけだ。ネットの向こうにいるのが高校生かどうかなんて気にしない。

もし本当に生産的ならば、雇用者に自分の市場相場を支払わせたらどうだろう? 大会社でフツーの社員として働く代わりに、ベンチャー企業を立ち上げて彼らに買い取らせたらどうだろう?

ほとんどの人々は「ベンチャー企業」というと、株式を公開した有名企業について考える。だけど、ほとんどの成功したベンチャー企業は買収されているんだ。それに普通、買収側は技術だけじゃなくて、技術者も欲しがる。

ベンチャー企業が利益を上げる前に、大企業が買収をすることはよくある。そんな場合は、明らかに利益が目当てじゃない。開発チームと、それまでに作ったソフトウェアが欲しいだけだ。もしベンチャー企業が半年で2~3億円で買収されれば、雇われたときのボーナスよりもずっと多いだろう。

この種のことはますます起こるし、その方が皆にとって良いだろうと思う。起業する人にとってはもちろん良い。大金を得られるからね。でも買収者にとってもいいんじゃないか。大企業の重大な問題は、小さな会社ほど生産的じゃないってことで、その主な理由は、各人の仕事を評価することが難しいからだ。生まれたてのベンチャー企業を買収すれば、その問題は解決する。開発者が自分たちの有能さを証明した後に買収者は金を払うわけだから、最悪の事態は避けられるし、利益の大部分を手にできる。


製品開発

ベンチャー企業を買収することは、大企業が悩んでいる別の問題も解決する。大企業は製品開発がうまくできないんだ。既存の製品から儲けを得ることは上手くても、新製品を作るのは下手だ。

どうしてだろうか? これはベンチャー企業の存在理由だから、詳しく研究する価値がある。

第一に、ほとんどの大企業は守るべき基盤を持っているが、それが開発の意思決定を歪めがちなんだ。たとえば今、ウェブ・ベースのアプリケーションはホットだ。でもマイクロソフト社内では、ウェブ・ベースのソフトというアイデアは、デスクトップを脅かすから、反感も強いに違いない。だからマイクロソフトが最終的に出すウェブ・ベースのアプリケーションは、Hotmailのようにおそらく外部で開発されたものになるだろう。

もう1つ、大企業が新製品の開発を苦手とする理由がある。開発型の人間は、たまたま社長だった場合でもないかぎり、大企業ではあまり権力を持てないからだ。めちゃくちゃ凄い技術は、めちゃくちゃな人間が開発する。でもそんな奴らは大企業で働かないか、社内のイエス・マンに負けてしまうため、影響力がほとんどない。

また大企業は、たいてい各分野の商品を1つずつしか作らないために失敗する。1つのウェブ・ブラウザしか開発してないなら、リスキーなことは何もできない。10社のベンチャー企業に10のウェブ・ブラウザを設計させて、いちばんいいものを採用したほうが、たぶんいいものができる。

この問題のより一般的なバージョンは、企業にはあまりに多くの新しいアイデアがあって、全部を試してるヒマはないってことだ。マイクロソフト社に買収させようと思ってる会社は、現在500社もあるかもしれない。マイクロソフト社でさえ、たぶん組織内で500もの開発を管理することなんてできないだろう。

それに大企業は、社員に正当な支払いをしない。大企業で新製品の開発をする人は、成功しようが失敗しようが、おしなべて同じ報酬を受け取る。でもベンチャー企業では、製品が成功したら大金持ち、失敗したら無報酬と覚悟しているんだ。[2] だから当然だけど、ベンチャー企業の人は、ずっと熱心に働く。


大企業の大きさそれ自体は弊害だ。ベンチャーでは、開発者は望もうと望むまいと、しばしばユーザと直接対話する。販売とサポート要員が他にいないからだ。
販売は苦痛だ。でも人々に何かを売ろうとすることは、調査レポートを読むよりも勉強になる。大企業はなにもかも下手だから、もちろん製品開発だって下手だ。大企業では万事が遅い。でも製品開発はすばやく行わなきゃいけない。良いものをつくるためには、 多くのトライ&エラーが必要だからだ。


傾向

私は、今後大企業は、ますますベンチャー企業を買収するようになると思う。それを妨げるいちばん大きな障害は、大企業のプライドだ。ほとんどの会社は、少なくとも無意識では、社内の人材で開発すべきだと思っている。そしてベンチャー企業を買収することは、失敗の証拠だと思っている。したがって人々が失敗を認めるときのように、できるだけ長いこと、それを延期する。失敗を認めることが遅れれば遅れるほど、ベンチャー企業の買収は高くつく。

ベンチャーキャピタルがそのベンチャー企業を何億円にもしてしまう前に、大企業は外に出て、若いベンチャー企業を見つけるべきだと思う。ベンチャーキャピタルがつけ加える価値の大部分は買収者には必要ない。どうして買収者は、何億円も支払う代わりに、若い会社の未来を予測し、10分の1か20分の1の価格で買うようにしないんだろう? どんなベンチャーが成功するかわからないから? 20分の1を等しく払うと仮定した場合、20分の1の確率で予言できればいい。それくらいなら、なんとかなるだろう。

技術を追求する会社は、生まれたてのベンチャー企業に追随することを徐々に学ぶだろう。大企業は、必ずしもベンチャーをまるごと買収する必要はない。ベンチャーに投資して、利益の一部を受け取るというハイブリッドが答えかもしれない。たとえば、会社の大部分を買っておいて、残りは後で買うという選択肢だってある。

大企業がベンチャーを買収すれば、効率的に社員の採用と製品開発ができる。また私は、社員の雇用と製品開発は別々に行う方が効率的だと思う。それらの仕事に真剣に関わっている人々を、いつでも得られるからだ。

おまけにこの方法は、仲良く働いている開発チームを基盤に置くことになる。どんな対立も、起業時の熱いアイロンの下では、取り除かれてしまうから。買収者がベンチャーを買うころには、互いに言いたいことを言い終えているだろう。そのことはソフトウェアでは貴重だ。バグはしばしば異なる人々の書いたプログラムのつなぎ目で生じるからだ。


投資家

起業コストがますます引き下げられれば、ハッカーだけでなく、関連する起業家や投資家にも、もっと多くの力を与える。

「ハッカーは自分で会社を経営すべきではない」というのが、一般的なベンチャーキャピタルの考えだ。起業家は、上司にMBAを迎い入れ、最高技術責任者のような肩書きを与えたがる。これがよいアイデアである場合もあるだろう。だが起業家は以前ほど投資家のお金を必要としなくなったので、彼らの影響力はだんだん弱まっていくだろう。

ベンチャーは比較的、新しい現象だ。フェアチャイルド・セミコンダクター社は最初にベンチャーキャピタルの支援を受けたベンチャーだと考えられる。フェアチャイルド・セミコンダクター社は今から50年弱前の1959年に設立された。社会変革に必要な時間のスケールで測定すれば、現代の起業法はまだまだ未完成なα版だ。だから私たちは、現代のベンチャー企業を、昔のやり方で起業する必要があると考える理由はない。

フェアチャイルド社は起業時に多額の資金を必要とした。実際の工場を建設する必要があったからだ。でもウェブ・ベースのベンチャー企業創設に資金を提供するベンチャーキャピタルは、何を支援するっていうんだろうか。お金がたくさんあれば、もっとソフトウェアを速く書けるわけじゃない。設備にも資金は必要ない。それらは今、すごく安上がりで済むからだ。お金で買えるのは販売員とマーケティングだ。販売力には何らかの価値があることは、私も認める。だけどマーケティングと資金は、あまり関係がなくなりつつある。インターネットでは、本当に良い物はうわさとして伝わる。

投資家が力を持つのはお金を出すからだ。起業に必要なお金が減れば、投資家が起業家に及ぼす影響力は弱くなる。だから未来の起業家は、嫌なら新しいCEOを受け入れなくても良くなる。ベンチャーキャピタルは失墜するだろう。でも失墜する人々はたいていそうだけど、本当はそのほうが彼らにとってもよいのかもしれない。

Googleは未来の兆候だ。投資家は資金提供の条件として、CEOとして年上の経験豊かな人を雇うことを要求した。しかし私が聞いた限りでは、Googleの創立者はベンチャーキャピタルに屈服しなかった。ベンチャーキャピタルが選んだ人なら、すぐに誰でも受け入れたわけじゃなかった。受け入れはまる1年も遅れた。とうとうベンチャーキャピタルはコンピュータ科学の博士号を持った奴を連れて行ったので、Googleの創立者たちは彼をCEOに迎え入れた。

この話から、Google創立者は会社でいちばん強い権力者であることがわかる。Googleの業績から判断する限り、若さと経験の無さで損したようには思えない。もしGoogleの設立者たちがベンチャーキャピタルの望み通り最初の資金を得たらすぐ、MBAに仕事をさせていればうまくいっただろう。でも実は、それ以上にうまくやってきているんじゃないか。

ベンチャーキャピタルに任命されたビジネス人が無能だと言ってるわけじゃない。そりゃ力量はあるんだろう。でもCEOになって創立者の上司になる必要はないんだ。今後ますます、CEOというより、むしろ最高責任者としてベンチャーキャピタルに任命される役員は増えると予想する。創立者たちは技術的に突っ走って、最高責任者が他の面倒を見るんだ。