ポール・グレアム「良い後回し、悪い後回し」を翻訳しました。
原題は「Good and Bad Procrastination」、
原文はhttp://www.paulgraham.com/paulgraham/procrastination.html です。
Kumappus様、rawwell様、kokezaru753様、shiro様に翻訳協力をいただいています。ありがとうございました。
http://www.hatena.ne.jp/1136302262


2005年5月

(このエッセイは、2005年5月のバークレーCSUAでの講演を元にしています)


良い後回し、悪い後回し

2005年12月

知り合いで仕事ができる人は、みんな後回しの達人だ。だからもしかしたら、後回しは必ずしも悪くないのかもしれない。後回しについて論じたほとんどの人は、後回しを無くす方法について論じた。でも、きっちり締め切りを守るなんて、できっこない。やることなんて無限にあるし、何かしてたら、他のことは何もできない。だから後回しを回避する方法ではなく、良い後回しをする方法について考えよう。

ある仕事のかわりに何をするかで、3種類の先送りがある。(a)何もしない (b)あまり重要でないことをする (c)もっと重要なことをする で、最後の奴は良い後回しなんだ。「うっかり博士」は、面白い問題を考えこんで、ヒゲ剃りや食事、どこに行くつもりだったのかさえ忘れてしまう。頭が別の世界でフル回転してるから、現実の世界に心がないんだ。

私の知るもっとも素晴らしい人々はみんな後回し屋だ、というのはそういう意味だ。彼らはCタイプの人間なんだ。大きな仕事のために、小さな仕事を放っておく。

「小さな仕事」って何? 荒っぽい言い方をするなら、自分の死亡記事でまず触れられることが無いような仕事だ。最高の仕事になるかどうかを、その仕事に携わっているときに言いあてるのは難しい。あなたの最高の仕事は、シュメール風寺院の素晴らしい建築かもしれないし、匿名で書いた探偵スリル小説かもしれない。でも、そのような候補から確実に外せる仕事がある。ヒゲ剃り、洗濯、家の掃除、お礼状書き・・・ぜんぶ雑用だ。

雑用を避け、本当の仕事をするのが「よい後回し」なんだ。

少なくとも、ある意味においては良い。あなたに雑用を頼んでいる人は、そうは思わないだろう。でも何か仕事を成し遂げたいなら、雑用を頼んでくる人をイライラさせることになるだろう。どんな穏健な人だって、本当の仕事をしたい時が来たら、雑用をほったらかす非情さを持ち合わせている。

手紙の返事書きのような雑用は、放っておけば消えてなくなる。ま、友達もなくなるかもしれないけどね。芝生刈りや確定申告などは、締め切りを延ばしても、状況が悪くなるだけだ。基本的には「真の仕事のためなら後回しさせてもいい」という原則を、後者のタイプの雑用に当てはめてはいけない。結局、いつかやるハメになるのだから。

支払い期限の過ぎた請求書に書いてあるように、今すぐやればいいのでは? 後者のタイプの雑用さえ延期していい理由は、真の仕事には2つのものが必要だからだ。まとまった時間と、いい雰囲気だ。ある仕事に霊感を受けたら、そのために数日間、義務的な仕事をぜんぶ放り投げたってかまわない。そりゃ、そんな雑用を後回しにしたら、後でもっと時間をかけて片付けることになるだろう。でもその数日間がんばれば、結果的には、より生産的だったんだ。

本当のところ、それは量の差ではなく、質の差かもしれない。霊感がひらめいた時は、日常のこまぎれな時間ではなく、まとまった長い時間でなければできない仕事かもしれないんだ。経験的にそう思える。私が知っているかぎりでは、偉大なことを成し遂げた人々が「やることリスト」を片付けていくようにやっていたとは思えないんだ。何かいいアイディアをするために、こっそり抜け出していたように思う。逆に、雑用を締め切りどおりにやってたら、生産力は制限されてしまう。雑用によって中断される損失は、雑用にかかる時間だけじゃなく雑用前や雑用後にもついてくる。

誰かが難しい問題に取り組むのを妨げたいなら、日に2~3回、雑用をさせれば十分だ。なぜベンチャー企業は、アパートの一室でわずか数名が事業を始めたばかりの頃が、一番生産的なのだろう? と私はよく考えてみたものだった。一番の理由は、彼らを邪魔する人はまだ誰もいないってことなのかもしれない。理屈の上では、創立者が十分なお金を貯めたら、仕事を分担してもらうために人を雇ったほうがいい。でも、中断よりは働きすぎのほうがマシかもしれないんだ。

ベンチャーをBタイプの社員で薄めると、会社全体が彼らの波長で動くようになってしまう。彼らは割り込みに反応して動く人間で、そしてすぐに自分自身もそのような人間の仲間入りだ。雑用は大プロジェクトの抹殺にすごく有効で、そのために雑用をする人も多い。たとえば小説を書こうと思い立ったときに、急に掃除をしたくなるかもしれない。小説を書けない人は、白紙の前に何も書かず、何日も座ってるから書けないんじゃない。猫にエサをやったり、アパートに必要なものを買ったり、友達とコーヒーを飲んだり、電子メールをチェックしてるから書けないんだ。そのくせ「大きな仕事をしている時間がないんだ」って言う。そして確かに時間は無いんだ。時間が無くなるように自分で仕向けているんだから。

(もう1つの言い訳は「働くための適当な場所がない」って奴だ。(この言い訳の治療法は、有名人の仕事場を見て、いかにひどい場所で働いていたかを知ることだ)

私は何度かこれらの言い訳をしたことがある。私は過去20年にわたり、自分に仕事をさせる多くの秘訣を学んだ。しかしその今でさえ、私はいつも自分自身に勝てるわけじゃない。本当の仕事ができるときもあれば、雑用で食い尽くされてしまう時もある。自分自身欠点だと知ってはいるがどうにもならない。難問に向き合いたくないから、一日を雑用で埋めてしまうんだ。

最も危険な状況は、Bタイプの後回しに気がつかないことだ。一見、後回しのように思えないからだ。自分は「何かしている」。でも、間違ったことをしているんだ。後回しに対し「やることリストを片付けるのに専念しろ」と言うアドバイスは、リストそのものがBタイプの仕事である可能性を無視している場合、不十分などころか明白な間違いでにさえなりうる。実のところ「可能性」って言葉は控えめすぎる。ほとんど全ての人のリストがそうなんだ。いくら一生懸命に働いていようが、できる最大のことに取り組んでいないなら、あなたはBタイプの後回しをしている。

リチャード・ハミングは有名なエッセイ「あなたとあなたの研究」の中で(何に取り組んでいようと意欲的な人すべてに、私はこの本を推薦する)、自分自身に3つの質問をするよう述べている。

 1 あなたの分野でいちばん重要な難問は何ですか?

 2 それに取り組んでいますか?

 3 なぜ取り組んでいないのですか?

ハミングがその質問をし始めた時、彼はベル研究所にいた。そこの人は誰でも、原則的に、自分たちの分野の最重要課題に取り組んでいたはずだった。そりゃ、すべての人が彼らのように世界的な業績を挙げられるわけじゃないだろう。でも、あなたの能力が何であれ、その能力を伸ばすプロジェクトがあるんじゃないか。

したがって、ハミングの質問は、次のように一般化できる。

 自分ができる最良の仕事は何か、またなぜ、自分はそれをしていないのか。

ほとんどの人は、この質問を避けたいだろう。私だって避けたい。本のページにそんなことが書いてあったら、急いで次の文に進んでしまう。ハミングは昔、みんなにこの質問をして回り、みんなによく思われなかった。でもこれは、大志を抱く人なら直面すべき質問だ。

問題は、この質問によって大魚に釣り針をひっかけたまではいいが、それで満足してしまうことだ。いい仕事を成し遂げるためには、よい仕事を見つけるだけじゃダメなんだ。大きな仕事を見つけたら、自分でその仕事をしなければならない。だがそれは難しいかもしれない。それが難問であればあるほど、それに取り掛かる気を起こすのは難しい。

もちろん、主な理由は、問題に取り組むのは楽しくないってことだ。特に若い時は、自分自身をよく見せたいとか、人から押し付けられたりとか、本当はしたくもない仕事をしていることがよくある。ほとんどの大学院生は、全然すきでもない大問題に行き詰っている。そんなわけで大学院は遅延と同義語に(さえ)なっている。

でも好きなことに取り組むときでさえ、人は大きな問題より小さな問題に手をつけたがる。なぜだろう? 大きな問題に取り組むのは、どうしてそんなに困難なのだろうか。理由の1つは、すぐには報酬を得られないかもしれない、ということだ。1、2日で終了可能なものに取り組めば、すぐに「達成感」という満足が待ちうけている。報酬がすごく遠くにあると現実味も薄れるだろう。

人が大きな仕事に取り組まないもう1つの理由は、皮肉なことに、時間の浪費を恐れるからだ。失敗したらどうなるだろう? そのときは、大仕事に費やした時間はすべて無駄になる。(困難なプロジェクトはたいてい何かを生み出すので、現実には、全部ムダにはならないだろう)

でもやっかいなことに、大仕事はすぐに報酬を生むわけではないし、時間がすごくかかるってことだ。もしそれが悪いことのすべてなら、時間の無駄は親戚の家を訪ねるのと同程度だ。でも、大仕事にはもっと悪い点がある。大仕事は恐ろしい。直面する時は、肉体的な苦痛があると言ってもいいくらいだ。想像力に掃除機をかけるようなものだ。最初のアイデアはすぐに吸収されてしまい、もうアイデアなんてないのに、まだ掃除機は吸いこもうとするんだ。

大問題を、正面から見てはいけない。すこし斜めから見るのがいい。ただし、角度をうまく調節すること。つまり大問題は、放射される熱気は感じられるが、すくんでしまわない程度の距離で見るんだ。ヨットがいちど洋上に出れば風に乗れるのと同じで、最初の一歩を踏み出せば、まっすぐ進むようになる。

大きな仕事に取り組みたければ、自分自身をちょっぴりだます必要がある。あとから大きくなるような小さい仕事や、段階的に大きくなっていく仕事に取り組んだり、、志を共有できる誰かと仕事を分担してもいい。そのようなトリックを使っても、意思が弱いことにはならない。

最良の仕事は、まさにこの方法によって成し遂げられてきた。頑張って大きな仕事に立ち向かっている人たちと話しているうちに、私は彼らが雑用を放ったらかしており、そのことに罪悪感を感じていることを知った。でも、「悪い」なんて思う必要はない。普通の人にできそうもないことを達成するのだから。最高のいい仕事をしている人は、どうしても多くの雑用を未完成にしてしまう。でもそれに気分を悪くするのはまちがいのような気がする。

後回し問題の解決は、「することリスト」で自分を追い込む代わりに、自分を喜びに引かれるようなやり方をとることだと思う。心の底から打ち込める、大きな仕事をしよう。逆風に向かって漕ぎ出そう。雑用なんて放っといてもいいんだ。

この原稿を読んでくれたTrevor Blackwell、Jessica Livingston、Robert Morrisに感謝する。