1つめは、ソフトウェアはとても複雑なので、特許そのものにそれほど価値はないというものだ。他の分野を中傷しているみたいだが、なんらかの新技術をくわしく書いて中の上レベルの技術者集団に手渡せば、望みのものを得られると思う。たとえば誰かが、今までよりも効率のいい鉱石の溶解法を開発した場合、適当な専門家チームを編成し彼らにその技術を伝えれば、たぶん彼らも同様の産出物を生み出すことができるだろう。この方式がソフトウェアでもうまくいくとは思えない。ソフトウェアはすごく微妙で予測不能だから、「資格持ちの専門家」は、あなたとは全然別のものを作るだろう。

だから私たちは、ソフトウェア・ビジネスではめったに「資格持ちの専門家」という言葉を聞かない。そのレベルの能力だと、たとえば自分のソフトにほかと互換性をもたせるのに、8ヶ月もの時間と莫大な費用がかかる。難しいことをしたいなら、個々の才能が必要なんだ。資格持ちの専門家チームを結成し、新しいウェブ・ベースのメール・プログラムを作るよう命じても、19歳のひらめきのあるチームにボロ負けするだろう。

専門家は実装はできるが、デザインすることができない。あるいはもっと正確に言えば、専門家自身を含むほとんどの人が測ることができるものっていうのは実装における専門知識だけなんだ。[5]

だがデザインは明確な技術だ。空虚で実体のないものではない。理解できないと、いつも物事は実体がないように見える。1800年には電気は実体がないように思えた。誰がその後、ここまで詳しく理解できると思っていただろうか。したがって、デザインにも実体がある。ある者は上手いしある者は下手だ。また、良いデザインか悪いデザインかはとても明確だ。

ソフトウェアではデザインが非常に重要になる理由は、おそらくハードウェア的なものに比べて制約が少ないせいだろう。ハード的なものを作るのは高価だし危険だ。選択可能な余地はすくないし、大きな集団の一員として働かなければならないことになりがちで、たくさんの規則に従わなければならない。自分と仲間たちだけで新しいウェブ・ベースのアプリケーションを作るなら、いずれの制約もない。

ソフトのデザインにはこれほど多くの余地があるので、成功するソフトは、そのソフトが持つ特許数以上のものがある。自分たちより大きなライバル社によってコピーされてしまうことから小さな会社を防ぐのは特許ではなく、大企業が試みても失敗する1000もの小さなことだ。

特許がソフトウェア業界ではあまり重要ではない第2の理由は、Reveal社がしたような正面攻撃を、ベンチャー企業は大企業にめったにしかけないということだ。ソフトウェア業界では、ベンチャーは既存の大企業を超越することで既存の大企業に勝つ。ベンチャーはMicrosoft Wordと競合するデスクトップ型の文書処理ソフトを作らない。[6] Writelyを作る。このアイデアをみんなが採用するようになったら、次まで待とう。彼らはこの道をしょっちゅう通るから。

ベンチャーにとって幸運なことに、大企業は否認がとても上手だ。大企業に奇襲をしかけた場合、大企業はしばらくしてから問題に気づくが、策を弄して無視しようとする。ベンチャーを訴えると、ベンチャーが脅威とを認めることになってしまうし、大企業が直視したくないものを見るはめになってしまうからだ。かつてIBMは決まってメインフレームのライバルを告訴したが、自分たちを脅かしている脅威を直視したくなかったので、それほどマイコン業界を訴えることはなった。同じような理由で、ウェブ・ベースのアプリケーションを作る会社は、マイクロソフト自身がいまだにWindowsのない世界を想像したがらないおかげで、マイクロソフトから守られている。

ソフトウェア業界で特許があまり問題にならない第3の理由は、みんなが、どちらかと言えばハッカーが、そう望むからだ。スティーブ・バルマーは最近のインタビューで、特許権侵害でLinuxを訴える可能性もあることを恥ずかしそうに認めた。でも私は、マイクロソフトがそこまで愚かではないだろうと思う。みんなからいっせいにボイコットされるだろう。コミュニティ全般からだけじゃなく、社内からも反発が出てくるだろう。

よいハッカーは、信念に関してすごく関心を持つし、転職率が高い。会社が卑怯に振るまいはじめたら、賢い人はそこで働くのをやめるだろう。いろんな理由で、このことは他の業界よりソフトウェア業界にあてはまると思う。その理由は、ハッカーが普通の人より強い信念を持つからではなく、技術を簡単に移転できるからだと思う。たぶん私たちは違いを区別することができる。そして、技術を移転できるからハッカーは信念に従って生きることができるのだと言うことができる。

以上のような理由で、Googleの社訓「邪悪になるな」は、Googleが見つけた最も貴重なものだ。それはGoogleをさまざまな方法で厳しく制約する。Googleが邪悪なことをしたら、したことと偽善を行ったことにより、2倍、叩かれるだろう。しかし私は、その社訓にはその価値があると思う。最高の社員を雇いやすくなるし、愚かさよりも信念によって束縛されることは、純粋に利己的な視点から見てもよりよい選択だ。

(誰か現政権に、こういったことを進言してくれないだろうか)

私はこの3つの理由が、それぞれどの程度重要かを知らない。でも大企業は慣習として小さな企業を告訴しないようだ。またベンチャーは忙しいし資金もないので、互いに告訴できない。だから非常に多くのソフトウェア特許があるわりには、現に裁判が行われていることはあまりない。だが例外が一つある。パテントトロールだ。

パテントトロールは主に弁護士からなる企業で、特許を集め、物を実際に作っている企業に対し「訴えるぞ」と脅すことを生業とする。パテントトロールを邪悪だと言っても文句は無いだろう。こう言うとバカっぽいという気になる。だってリチャード・ストールマンとビル・ゲイツがどちらも賛成しそうなことを話すというのは、ほとんど何も言ってないってことになるからだ。

最も悪名高いパテントトロール、Forgent社のCEOは、自分の会社がやっているのが「アメリカ流」だと言う。まるっきりデタラメだ。「アメリカ流」とは人々を訴えることではなく、富を創造して利益を出すことだ。[7] Forgent社のような会社が実際にしているのは産業革命初期の時代のやり方だ。産業革命直前の時代には、イギリス・フランスといった最も裕福の国のいくつかは、絹の輸入税を徴収する権利といった、王家から儲かる権利を与えられた重臣からできていた。その後彼らは、商人から金を搾取するためにその権利を利用するようになった。したがってパテントトロールをヤクザにたとえるのは、この上なく正しい。ヤクザもパテントトロールも、悪党というだけでなく、時代遅れのビジネス・センスという点で特にダメダメなんだ。

パテントトロールは、大企業に不意打ちを食らわせたようだ。パテントトロールは数年間で大企業から数億ドルを引き出した。

パテントトロールと戦うのは、彼らが何も作らないからこそ困難だ。大企業は「我が社を訴えたら反訴訟するぞ」と脅すことができるから、他の大企業から訴えられる危険はない。しかしパテントトロールは何も作らないため、訴えられるものが何もない。私は、少なくとも法律によって、この抜け道はすぐに塞がれるだろうと断言する。明らかにシステムの悪用だし、被害者は強力だからだ。[8]

しかしパテントトロールが有害であろうとも、彼らは革新をそれほどは妨げないだろうと私は思う。パテントトロールはベンチャーが利益を生むようになるまで訴えない。そして利益を生むようになったら、革新はもう起こっているからだ。パテントトロールを理由に仕事をしなかったベンチャーなんて、なかったはずだ。

ホッケーに関しては、現在はゲームとして行われている。チェッキングがなければ、ホッケーはもっと面白くなるだろうか、という理論的な質問はどうだろう? 特許は革新を促進するだろうか、それとも停滞させるだろうか。

これは一般的に、答えるのが非常に難しい質問だ。このテーマで本を一冊、書けるだろう。私の主な趣味のひとつは技術史で、それについて数年間の勉強もしたが、特許がトータルで見て良かったかどうか言うことができるまでには、数週間の研究が必要だろう。

一つ言えるのは、99.9%の人はそのような研究に基づいて意見を言っているのではなく、一種の宗教的な確信に基づいて言っているということだ。丁寧な言い方をすればそうだけれど、もっと簡単に言えばウンコだ。

革新を促進しようがしまいが、少なくとも特許は意図されたものだ。ただでは特許は得られない。アイデアの独占使用権の代わりにアイデアを公表する義務があり、そのような情報公開はたいてい革新に結びつくというのが、特許制度が確立した理由だ。

特許以前の時代は、人々はアイデアを保護するために秘密にしていた。それから中央政府が事実上「特許によってアイデアをみんなに伝えれば、政府はあなたに代わってアイデアを保護します」と言った。これは治安の高まりとほぼ同時期に起きた。中央政府が命令を強制可能にするほど強力になる以前、裕福な人々は私兵団を持っていた。政府がさらに強力になると、徐々に有力者を保護する責任を政府に委譲するよう有力者に強いた。(有力者にはまだボディガードがいるが、もう他の有力者から護るためではない)

特許は警察と同じで、多くの不正に関与している。しかしどちらの場合も、ないともっと困る。「警察か自由か?」という選択ではないように「特許か自由か?」という選択ではない。本当の質問は「警察かヤクザか?」「特許か秘密か?」というものだ。

暴力団と同様に、過去の経験から私たちは、秘密とはどのようなものかについての意見を持っている。中世ヨーロッパ経済では、小さな集団に分割され、各々、自分たちの特権と秘密を用心深く護っていた。シェークスピアの時代には、「秘密」と「技術」は同じ意味だった。

今日でさえ私たちは、中世ギルドの秘密の名残を、フリーメーソンの無意味な秘密に見てとることができる。

中世の産業機密の最も印象的な例はたぶんヴェニスだ。ヴェニスではガラス吹き職工が街を去ることを禁止され、脱出しようとした人には暗殺者が差し向けられた。そこまでの事態にはならないと思いたがるかもしれないが、まさに映画産業は、ネット上に映画を置いただけで3年の懲役にする法律を可決しようとしている。恐ろしい思考実験をしてみようか。映画産業が、法律を自由にできるなら、どこまで行くだろうか。死刑はやらないだろう、と思うかもしれないけれど、でも、どこまで死刑に近づくだろうか。

はっきりわかる不正よりも、機密が増えたことによる全般的な効率の低下の方がまずいかもしれない。「知る必要がある人にだけ教える」という原理で動く組織と付きあった誰もが証言するだろうが、情報を小さなセルに分割することは。ひどく効率が悪いんだ。「知る必要がある人にだけ」という方針の欠点は、誰が何かを知る必要があるかがわからないってことだ。ある分野の考えが、別の分野のすごい発見の種になるかもしれない。でも発見者は、彼がその知識を知る必要がある、ってことを知らないんだ。

もしアイデアを保護する方法が機密扱いしかないのなら、企業は他の企業から隠すだけではなく、内部にも隠さなければならないだろう。機密はすでに大企業の最悪の特徴なのに、ますます促進されてしまうだろう。

私は秘密が特許より悪いといっているのではない。特許を捨てることには代償が伴うと言っているのだ。この代償を埋める為に企業は秘密主義になっていくだろう。そしてある分野では、これは見苦しくなるかもしれない。それに私は、現在の特許制度に賛成しているわけでもない。だが私は、現在の特許制度に賛成しているわけでもない。明らかな欠陥がたくさんある。しかしその欠陥は、ソフトウェア以外のほとんどの領域のほうで、むしろ深刻な影響があると思う。

特許は革新を促進するか、それとも停滞させるのか。ソフトウェア・ビジネスについてなら、私はその答えを経験から知っている。そしてその答えは、公共政策の議論を好むような人が一番聞きたがらないものだ。結局のところ、あまり革新には影響しないだろう。ソフトウェア・ビジネスでは、ほとんどの革新はベンチャーが生む。そしてベンチャーは、他の企業の特許は、単に無視すべきだ。少なくとも、それが私たちが助言していることだ。そして私たちは、そのアドバイスにお金を張っている。

ほとんどのベンチャーにとって、特許のただ一つの本当の役割は、買収者との求愛ダンスのウリとなるだけだ。そのときは特許は少し助けになる。特許は、ベンチャーにより多くの力を与えるという点では、革新を間接的に促進する。しかし、求愛ダンスの時でさえ、特許の重要度は2番目だ。なにかすごいものを作り、多くのユーザを得ることのほうがずっと重要だ。


注釈

[1] 偉大な発明は、発明後はしばしば自明に見えるから、慎重になる必要がある。だが1クリック注文はそのような発見ではない。

[2]「反対の頬を差し出せ」は問題の回避だ。重要なのは、平手打ちへの対処法ではなく、剣の脅威への対処法なんだ。

[3] 現在、特許の申請にはとても時間がかかる。しかし実のところ、そのままのほうがいいのかもしれない。現在のところ、特許を取得するのに必要な時間は、便利なことに、ベンチャーの起業が成功か失敗か決まる時間よりちょっとだけ長いことになっている。

[4] おそらく経営企画部は、礼儀正しく「これを作っていただけませんか?」と訊ねるのではなく、「これ作りなさい」とか、さらに厳しく「なぜもう出来ていないんだ?」と訊ねるべきだろう。

[5] デザインの能力は測定がとても困難なので、デザイン業界内の基準でさえ信頼できない。デザインの学位を持っているからといってどの程度デザインが上手いかわからないし、すばらしいデザイナーが同僚よりどの程度上手いのかもわからない。もしデザインの才能をちゃんと測定できるなら、どんな会社だって十分に才能のあるデザイナーを雇うことで、アップルのようにいい製品を作ることがてきるだろう。

[6] もし誰かがそのような努力をしたがるなら、興味があるので聞いてみたい。もしかしたら、みんなが思うよりは簡単であるものの一つかもしれないからだ。

[7] 相場師のように、流動性を「作る」と主張することさえ、パテントトロールにはできない。

[8] 大企業が政府が処置を講ずるのを待てないなら、自分たちで戦う方法がある。私は長いこと、つかみどころがないので、戦う方法もないと思っていた。しかし、パテントトロールが必要とする資源が一つある。弁護士だ。大きなハイテク系企業は、弁護士と多くの法的なビジネス関係がある。もしハイテク系企業のみんなで示し合わせ、パテントトロールの会社で、社員としてであれ外部の相談役としてであれ、働いたことのある人を雇っている弁護士事務所とは取引しないと決めれば、その協定はたぶん、パテントトロールから必要とする弁護士を奪うことができるだろう。

原稿を読んでくれたDan Bloomberg, Paul Buchheit, Sarah Harlin, Jessica Livingston, Peter Norvigと、特許に関する質問に答えてくれたJoel Lehrer、Peter Eng, 講演に招待してくれたAnkur Pansariに感謝する。