5. 熱意は自己実現的な予言だ

ベンチャーで十分に積んだ経験から、私はベンチャー起業家に、質においていちばん重要なものを今から述べよう。これはたぶん予想外のものだ。質においてベンチャー起業家にいちばん重要なものは断固たる姿勢だ。知性ではなく、断固たる姿勢なのだ。

これはちょっとがっかりさせられる。私たちがViaweb社で成功したのは、単に断固たる姿勢を保ったからではなく、賢かったからだと信じたい。多くのベンチャーの人もそう信じたがる。起業家だけではなく投資家もそう信じたがる。彼らは知性がすべてを決める世界にいると考えたがる。彼らは心底そう信じているのがわかる。投資の決定がこの考えに影響されているからだ。

VCはよく著名な教授が設立したベンチャーに投資する。これは多くのベンチャーが単に既存の研究を商業化するバイオテクノロジーではうまく行くことがあるが、ソフトウェア業界では教授ではなく学生に投資したいだろう。マイクロソフト、Yahoo、Googleは、すべて起業するために学校を中退した人々によって設立された。学生は経験不足を献身的な努力で補うものだ。

もちろん、金持ちになりたいのなら、断固たる姿勢だけでは不十分で、賢い必要もある・・・よね? 私はそう思いたかった。でも私は数年間、ニューヨークに住んだ経験から、そうではないと思うようになった。

頭脳の分野でボロ負けしたって倒産しないだろう。しかし少しでも熱意が欠けたら、即座に致命傷となる。

ベンチャーの経営は逆立ちして歩くようなものだ。可能だけれども異常な努力を必要とする。もし普通の社員にベンチャー起業家のする仕事を頼んだら、カンカンに怒るだろう。ある大企業に就職したら、ソフトウェアを今までの10倍速く書き、加えてサポート電話の対応とサーバ管理、サイトのデザイン、顧客へのセールス電話、事務所探し、外出して皆とランチをとることを期待されたと想像してほしい。

しかもこれらすべてを、大企業の静かでぬるま湯のような雰囲気でではなく、絶え間ないトラブルの中でやらなくてはならない。これがまさに断固たる姿勢が必要な理由だ。ベンチャーではしょっちゅうトラブルが起きてるから、こんなのやめたいと思う言い訳を見つけたければ、いつでも目の前にある。

でも熱意が欠けたら、実際に会社をやめるよりはるかに前からチャンスは逃げていく。ベンチャーに携わる人はみな、熱意がどんなに重要か知っている。だからもしあなたが本気でないと感づかれたら、みんなから相手にされなくなるだろう。熱意が冷めると不思議なことに、良いことはあなたにではなくライバルに起きるようになる。熱意を失うと、自分が不運なように思えるだろう。

でもあなたが石にかじりついてでも頑張ろうとするなら、人々は注意を払う。なぜなら、いつかあなたと取引することになりそうだからだ。あなたは単なる観光客ではなく地元の人なので、みんな、あなたと付き合う必要がある。

Y Combinatorで、私たちはときどき誤って「試しに3か月間ベンチャーをやってみて、何かすごくいいことが起きたら本腰を入れよう」といった態度のチームに資金を提供してしまう。「すごくいいこと」とは誰かに買収されるか、数百万ドルの投資を得ることだ。でもこんな態度で「すごくいいこと」が起きる可能性などまずない。買収者も投資家も、あなたの熱意のレベルで判断するからだ。

あなたは何があってもあきらめないと買収者に思わせたほうが買収の可能性が高まる。なぜなら今買収せずあなたが努力し続けたら、恐らく成長し、価格が上がり、もっと早く買収しておけばよかったと後悔するからだ。投資家も同じだ。投資家を真に動かしているのは(大きなVCでさえ)、よいリターンの可能性ではなく見逃す恐怖だ。[6] だからあなたがいずれ成功し、彼らを必要としているのは、ただそれを少しだけ早めたいからだとはっきりわからせてやれば、資金を得られる可能性ははるかに高まる。

これはごまかしがきかない。あなたが最後まで戦う覚悟だと皆に信じ込ませる唯一の方法は、本当にそう覚悟を決めることだ。

しかしながら正しく断固たる姿勢をとるべきだ。頑固さはベンチャーの災難の元だから、頑固さではなく断固たる姿勢という言葉を私は注意深く選んだのだ。断固たる姿勢で、でもランニングバックのように柔軟であれ。良いランニングバックは、頭を下げて人の隙間を駆け抜けようとするばかりではない。彼は瞬時に、誰かが現われたら避け、誰かが掴もうとしたら掴まれないようによけ、必要とあらばちょっとの間なら、逆方向に走ることさえある。ただ彼は、つっ立っていることだけはない。[7]


6. 常に改善の余地がある

私は最近、ベンチャー起業家と話し、彼らのソフトにソーシャル・ネットワーキング的な要素を加えたらどうって言った。彼はソーシャル・ネットワーキングは出尽くしたからダメだよと答えた。本当だろうか? 今後100年、ソーシャル・ネットワーキングのサイトはFacebook, MySpace, Flickr, Del.icio.us しかないのだろうか? ありそうもない。

常に新しい物が出る余地がある。歴史上いつでも、最もさえない時代の最もさえない時期でさえ、人は「なぜもっと前に思いつかなかったのだろう?」とみんなが言うものを発見してきた。これは(厳密に言えば、他の人もそれを思いついていたが)Facebookが設立された2004年まで、依然として真実であり続けている。

身の回りのチャンスを見つけられないのは、物事をそれが当たり前で、それ以外にないと思ってしまうからだ。たとえばGoogleよりもいい検索エンジンを作ろうとしたら、ほとんどの人は正気でないと思うだろう。少なくともその領域に関しては、確かに開拓されつくしたように見える。本当? 100年後--ひょっとして20年後かも--の人々が、まだ現在のGoogleのようなサイトで情報検索をするだろうか? Googleでさえそう思ってない。

私は、ベンチャー企業の数に関しては、特に制限はないと思う。人が「今ベンチャーを始める奴はみんな失望するだろう。どれだけの小さなベンチャーがGoogleやYahooに買収されるっていうんだい?」って言うのを聞く。それは懐疑的で賢いように聞こえる。でも私は、その誤りを証明できる。2000人の社員を抱えるのんびりした大会社ばかりでできている業界だと、採用者数に制限があるなんて誰も言い出さない。なら社員10名ずつの小さく素早く動く会社で出来ている業界で採用者数にどうして制限があるの? 限界なんて一生懸命働きたいと望む人の数だけだ。

ベンチャー企業数の上限は、GoogleとYahooが買収できる数ではなく、-- もしベンチャーに実際に買収される価値があれば、それは無限にすら思える--創造可能な富の量だ。私はこの量には制限があっても天文学的な値だと思う。

だから現実的にはベンチャーの数に制限はない。ベンチャーは富を創造しており、それは人が望むものを作るってことで、人の望みに限界があるとしても、まだ全然それに近づいていないと思う。まだ私は空飛ぶ自動車さえ持ってないよ。


7. 期待するな

これも私がずっとY Combinatorで言い続けているものだ。実際それはViaweb社の社訓だった。

ベンチャーの起業家は当然ながら楽天家だ。でなきゃ起業なんてしない。でも楽観主義は原子炉の炉心のように、非常に危険な動力源として扱うべきだ。まわりにシールドを建造しなければ丸焦げになってしまう。

原子炉はすべて遮蔽されているわけではない。それじゃ原子炉は役に立たないだろう。原子炉には少数の管が通されている。楽観論シールドにも穴を空けなければならない。私の思うに、線を引く場所は、自分への期待と周囲への期待の間だ。自分に何ができるかに関しては楽観的でOKだが、機械や他の人々に対しては最悪の事態を想定しよう。

これは特にベンチャーに必要だ。というのもベンチャーはギリギリで動くものだからだ。だから物事はスムーズに思いどおりには進まない。事態は急変するし、たいていそれは悪い方にだ。

商談のときほど楽観論の遮蔽が重要になることはない。ベンチャーが商談をしているときは、商談は成立しないと想定しよう。あなたに投資すると言っていたVCは投資しない。買収すると言っていた会社は買収しない。会社を挙げてシステムを使いたいと望んでいた大顧客は使わない。もしものごとがうまくいったら、うれしい悲鳴を上げてほしい。

ベンチャーに「期待するな」と警告するのは、事態が失敗に終わってもがっかりしないように言ってあげているんじゃない。より現実的な理由としては、何か失敗して会社を巻き添えにするものに会社を依存させたくないからだ。

たとえば、あなたに投資したいと誰かに言われると、あなたは普通、他の投資家を捜そうとしなくなる。それが商談をもちかける人がとても甘いことを言う理由なのだ。彼らは他の投資家を探してほしくないのだ。あなたも商談は苦痛だから探すのは止めにしたい。資金の調達はすごく時間を喰う。だから意識的に探し続けようと心がけること。

結局、最初の人と契約することになっても、契約を探し続けたおかげで、よい条件で契約できるだろう。商談は水物だ。極端に正直な人と商談するのでない限り、ここで握手をして商談が終了という瞬間はない。普通、握手のあとで詰めるべき多くの細かい質問がある。そして相手が弱みを嗅ぎつけたら、 --あなたがこの商談をまとめたがっていると見透かされたら—彼らは細かい条項で絞り取りたいという強い誘惑にかられるだろう。

VCと企業戦略部の人々は交渉のプロだ。弱みにつけ込む訓練をしている。[8] たいてい人間的にはいい奴なのだが、彼らも仕事なのだ。彼らはプロだから、あなたより上手だ。だから彼らにハッタリをかまそうとするな。ベンチャーが商談中に使える唯一の手は、必ずしも商談をまとめなくてもよいようにすることだ。商談が成立すると信じていなければ、商談をあてにしなくなるだろう。

だから私はあなたの頭に催眠暗示をかけたい。誰かが「投資したい」とか、「買収したい」と言ったとき、次の言葉が自動的に聞こえるようにしたい。「期待するな」。商談がなかったものと思って会社を経営し続けろ。それが問題を排除するいちばんの策だ。

ベンチャーで成功したいなら、たとえ投資家と買収者があなたの横に並んで顔を札束ではたこうと、多くのユーザを獲得することに意識を集中させ、その目的に向かって早足で歩き続けること。


金ではなくスピード

ここまで説明してきたように、ベンチャーの起業はたいへんストレスがたまるように思われている。事実そうなのだ。私が資金を提供した企業の起業家と話すと、みんな同じことを言う。「大変だろうとは思っていましたが、こんなに大変だとは思っていませんでした」

じゃあなぜ起業するの? 雄大なことや英雄的なことに対してなら多くの苦痛やストレスに耐える価値はあるけど、単なる金儲けにその価値はあるの? お金儲けって本当に重要?

いや、本当は重要じゃない。ビジネスを深刻に受けとめすぎている人を、私は馬鹿馬鹿しいと思う。私は金儲けを、できるだけ早く済ませたい退屈な仕事だと思っている。ベンチャーの起業自体は、ちっとも雄大でも英雄的でもない。

じゃあなぜ私は、ベンチャーについてこれほどの多くの時間を費やして考えるのだろうか。なぜだか言おう。経済面では、ベンチャーは金持ちになるためではなく、より早く働くための方法としてベストと思えるからだ。あなたは生計を立てなければならず、ベンチャーは一生だらだらと働くかわりに素早く済ませる方法なんだ。[9]

いつもはあたりまえに思っているが、人生は偉大なる奇跡だ。そしてそれはすごく短い。この素晴らしいものを与えられ、突然パッとなくなる。生命を説明するために神を発明したのももっともだ。神を信じない人々でさえ生命は尊敬に値する。私たちのほとんどは、人生でちゃんと生きていない時期があり、またそのときほとんど誰もが、貴重なものを浪費していると感じている。ベンジャミン・フランクリンは「生命が大事なら時間をムダにするな。時間とは生命そのものなのだから」と言った。

だからね、金儲けに特に崇高なものはないんだ。わざわざベンチャーを立ち上げるのは、カネのためじゃない。ベンチャーに重要なのはスピードだ。生活のためのだるいけど必要な仕事をなるべく短く圧縮し、人生を大切にすることこそ、起業する理由なんだ。


注釈

[1] バグだらけのものを公開し、すぐに修正しなかったので倒産するベンチャーはある。でも私は非常に早めに、安定はしているが最低限の機能しか持たないものを公開し、その後、それを速やかに改善したのに倒産してしまった企業を知らない。

[2] これが私がArcを公開しない理由だ。公開するとすぐに機能の追加をうるさくせがむ人たちがいるからだ。

[3] これがサイトが本、映画、デスクトップ・アプリケーションと異なる点だ。ユーザはサイトを、単一のスナップ写真ではなく、多くのフレームがあるアニメのように判断する。この二点から、改善速度はあなたよりもユーザにとって重要であると言いたい。

[4] でもこれを必ずしもユーザに言うべきだとは限らない。例えばMySpaceは、基本的にはモールにたむろする若者向けのの代替モールだ。だがMySpaceは初期のころ、音楽バンドに関係しているふりをしたのが上手かった。

[5] 同様に、ユーザにサイト登録をさせようとするな。たぶんあなたの製品はとても価値があり、訪問者はそれを手に入れるために喜んで登録すべきなのだろう。でもユーザは、その反対を予想するよう学ばされたのだ。ウェブ上で試したほとんどのものは、特に登録を強要するところは、ダメダメだったのだ。

[6] VCにはそう振るまう合理的な理由がある。利益を出しているVCは平均的な投資から利益を出すわけではない。平均的なファンドでは、企業の半分は失敗し、残りのほとんどはそこそこのリターンを生み、1つか2つが劇的に成功するので「資金を生む」。だからわずか数回、最も有望なチャンスを見逃すだけでファンド全体が傾く。

[7] ランニングバックのやり方をサッカーに翻訳することはできない。多くの敵をすり抜けてドリブルするフォワードはかっこよく見えるが、いつもそれに固執する選手は、長い目で見ればパスする選手よりも悪いだろう。

[8] Y Combinatorが評価額の交渉をしない理由は、私たちは専門の交渉者ではなく、そうなりたくもないからだ。

[9] 好きな仕事をするには2つの方法がある。(a)まず利益を挙げ、次に好きなことをして働く、(b)好きなことをしてお金になるところで働く。事実上、どちらも第1段階はほとんど創造性に乏しい退屈な仕事からはじまる。また(b)では、第2段階はそれほど安全ではない。

この原稿を読んでくれたサム・アルトマン、トレヴォー・ブラックウェル、ボー・ハーツホーン、ジェシカ・リヴィングストン、ロバート・モリスに感謝する。