8. アメリカには大きな国内市場がある

最初にベンチャーを支えるものは、最初の製品を出すという可能性だ。だから成功するベンチャーは、最初のバージョンをできるだけ単純にする。アメリカでは普通それは国内市場のために何かを作ることから始まる。

国内市場の規模が3億人なので、これはアメリカではうまくいく。スウェーデンでは、そううまくはいかないだろう。小さな国では、ベンチャーにはより高いハードルがある。最初から国際的に売る必要があるんだ。

EUのひとつの目標は、擬似的に単一の大きな国内市場を作ることだった。問題は、人々がまださまざまな言葉を話していることだ。スウェーデンのソフトウェア・ベンチャーは、最初から国際的に取引しなければならないので、アメリカのベンチャーより相対的に不利だ。最近のヨーロッパでいちばん有名なベンチャー、Skype社が、実質的に国際的な問題に取り組む会社だったことは意義深い。

しかしながら、良くも悪くもヨーロッパは、数十年後に単一の言葉を話すようになるだろう。私が1990年にイタリアの学生だったころ、英語を話すイタリア人はほとんどいなかった。現在では教養のある人々は、みな英語を話せることを期待されているようだし、ヨーロッパ人は教養がないと思われることを好まない。これはおそらくタブーの話題なのだが、しかし現在の情勢が続くなら、フランス語とドイツ語は結局、アイルランド語やルクセンブルグ語と同じになるだろう。つまり家庭と偏執的な愛国者によって話される言葉になるだろう。


9. アメリカにはベンチャーのファンドがある

資金調達が簡単なので、アメリカではベンチャーを始めやすい。現在、VCはアメリカ以外にもいくつかある。しかしベンチャーの資金調達先はVCに限らない。より重要な出所は、私的で話が早い個人投資家からの資金だ。Googleはアンディー・ベクトルシェイム氏から最初の10万ドルを融資されていなかったら、何百万ドルものVC資金を調達できる段階にたどり着けなかったかもしれない。アンディーはサンの創立者の1人だったのでGoogleを支援することができた。このパターンはベンチャーの中心地でいつも繰り返される。このパターンこそ、ベンチャーの中心地をベンチャーの中心地にさせているものなのだ。

このプロセスを回すためには、それら少数のベンチャーをうまくローンチさせてやればよいのだ。金持ちになったあとでもベンチャー界から引退していなければ、ベンチャー創立者はほぼ確実に、新しいベンチャーに資金を提供し促進するだろう。

悪いニュースはサイクルが長いことだ。ベンチャーの起業家が、個人的に投資できるようになるまで、まあ5年はかかる。政府は資金を提供し大会社から人を集めることで、地域のVC資金を設立できるかもしれないが、無農薬で育った企業だけがエンジェル投資家を生み出すことができる。

ちなみにアメリカの私立大学は、これほど多くのベンチャー・キャピタルがある理由の1つだ。VC基金の多くは、私立大学の基金から生まれている。だから私立大学のもう1つの利点は、国の富のかなりの部分が、賢い投資家によって管理されるということだ。


10. アメリカではキャリアの動的型付けが可能だ

他の先進国と比較すると、アメリカではキャリアを積む方法は一様ではない。たとえばアメリカ人は、大学を卒業したあとで医大に行こうと決心する。ヨーロッパでは普通、高校で決心する。

ヨーロッパのアプローチはすべての人には一つの明確な職業がある、という古い考え方の現れだ。人はそれぞれこの世に自分の「居場所」がある、という考えとたいして変わらない。これが本当だったら最も効果的なプランは、できるだけ早く各人の居場所を見つけることになるから、適切な訓練を受けることが当然となる。

アメリカでは物事はもっとチャランポランだ。だがよくわかっていない問題には静的な型付けより動的な型付けのほうがよいのと同じで、流動的な経済では、それは長所となることがわかる。これは特にベンチャーにあてはまる。「ベンチャー企業家」は高校生が選ぶキャリアではない。その年齢の人に尋ねれば、もっと保守的なキャリアを選ぶだろう。技術者、医者、弁護士といったよく知られている職業を選ぶだろう。

起業家は若い人々がなりたいと思うものではないので、転職がアリの社会なら、起業家はいっそう生まれやすくなる。

たとえば理屈の上では、博士課程の目的は研究者の養成だ。だが幸運にもこの規則は、アメリカではそれほど厳密に守られていない。アメリカではコンピュータ・サイエンスの博士課程にいる人のほとんどは、単にもっと勉強したかったからというだけの理由でそこにいる。卒業後に何をするかを決めてない。アメリカの大学院にいる学生は、研究職に進まなくても失敗ではないと思っているから、多くのベンチャーが生まれるのだ。

アメリカの「競争力」を心配する人は、もっと公立学校にお金を出せと言う。しかしおそらく、アメリカの公立学校のひどさには隠れた利点がある。あまりにひどいから、子供は大学入学を待ちこがれるんだ。まさに私がそうだった。私はほとんど勉強せず、どんな選択肢があるかさえ教わらず、好きに選ぶよう放っておかれた。これはやる気を失わせるが、少なくとも自由な心を持ち続けることができた。

悪い高校と良い大学というアメリカのシステムと、良い高校と悪い大学というアメリカ以外の多くの先進国のシステムと、どちらかを選べと言われたら、私は断固アメリカのシステムを選ぶ。みんなを失敗した天才児と思わせるより、大器晩成型の人と感じさせたほうがいいだろう。


気質

ある項目がこのリストにないのが目立つ。アメリカ人の気質だ。アメリカ人は企業家向きで、あまりリスクを恐れないと言われている。でもこれはアメリカ人の専売特許ではない。たぶんインド人や中国人はアメリカ人以上に企業家向きだ。

ヨーロッパ人にはガッツがないと言う人もいるが、私はそうは思わない。ヨーロッパ人に根性がないのではなく、お手本が少ないのが問題なのだと思う。

最も成功したベンチャー起業家は、アメリカでさえ、最初は自分の会社を起業することにとても臆病な技術者だったことが多い。彼らのほとんどは、外向的で背中をぽんと叩く典型的なアメリカ人と思われているタイプではなかった。彼らはたいてい、ベンチャーの起業家に会い、自分にもできると思い、ベンチャーを起業する活性化エネルギーを奮い起こすことができただけの人だった。

私はヨーロッパのハッカーが大人しいのは、単に起業した人にそれほど会えないからだと思う。アメリカでさえ、その一環を見てとれる。スタンフォード大学の学生はイェール大学の学生よりも企業家になりやすい。学生の気質に差があるからではなく、単にイェール大学は先例に乏しいからだ。

私は野心に対する態度が、ヨーロッパとアメリカで違うようだということを認める。アメリカではすごく野心的でも許されるが、ほとんどのヨーロッパ諸国では許されない。しかしこれはヨーロッパ人本来の気質ではない。前の世代のヨーロッパ人は、アメリカ人と同じくらいの野心を抱いていた。何が起きたのだろうか。私の仮説は、20世紀前半に野心を抱いた人たちが恐ろしいことをしでかしたので、野心的な人は警戒されるようになってしまったというものだ。現在、いばりんぼうはダサいのだ。(現在でさえ、非常に野心的なドイツ人をイメージすると1つか2つ、スイッチが入るよね?)

もしヨーロッパの態度が20世紀の災難によっても変わらなかったら驚きだ。そんな出来事の後では、楽天的になるには時間がかかる。だけど人間は本来、野心的なものだ。少しずつ回復するだろう。[6]


改善案

私はこのリストによって、アメリカがベンチャーにとって完璧な場所だと思わせるつもりはない。これまでとしては最高の場所だが、サンプル・サイズは小さいし、「これまで」はそれほど長くない。歴史的に見れば、私たちがいま手にしているものは、単なるプロトタイプだ。

だからライバル社の製品を見るようにシリコンバレーを見よう。どの弱点を利用できるだろうか? もっとユーザが好むものを、どうすれば作れるだろうか? この話でユーザとは、シリコンバレーに連れていきたい、たかだか1000人くらいの重要な人物のことだ。

まずシリコンバレーは、サンフランシスコからあまりにも遠い。中心点となるパロアルトは約30マイル離れているし、現在の中心地はさらに遠く、40マイルほどもある。だからシリコンバレーで仕事を始める人は不愉快な選択を迫られる。シリコンバレーの退屈なスプロールのどこかに住むか、サンフランシスコに住み1時間の通勤に耐えるかだ。

一番よいのは、シリコンバレーが面白い都市の近くにあるのでなく、シリコンバレー自体が面白い街になることだろう。だが改良の余地は多い。パロアルトはまあまあだが、その後に建てられたものは、全て最悪の道路沿いの商業開発だ。どれほど人々のやる気を失わせているかは、そこに住むくらいなら1日2時間を通勤で無駄にしたほうがましと思う人の数で測定できる。

他にシリコンバレーに簡単に勝てる分野は、公共の交通機関だ。一帯に列車が走っており、アメリカの基準では、そう悪くない。だが日本人やヨーロッパ人の目には第三世界のもののように映るだろう。

シリコンバレーに誘致したい人たちは、列車や自転車、徒歩で移動するのが好きな人たちだ。だからアメリカに勝ちたいなら、自動車を後回しにする街をデザインしてほしい。アメリカの各都市がそのような街になるまでには時間がかかるだろう。


キャピタル・ゲイン

アメリカに勝つために国レベルでできることがいくつかある。1つはアメリカよりも低い株式譲渡税を設定することだ。所得税を最低にしても、その恩恵にあずかるには移住する必要があるから重要ではないだろう。[7] だが株式譲渡税のレートを変えれば、人ではなく資本が移動する。だからレートの変更は市場のスピードで反映される。レートを低くすればするほど、不動産、債券、配当金目当ての株と比較して、成長企業の株を安く買えるようになる。

だからベンチャーを促進したければ、株式譲渡税の税率を低く抑えるべきだ。しかしここは政治家にとって岩だらけの難所だ。税率を低くすると、金持ちが免税をするための法律を作ったと非難されるし、税率を高くすれば成長企業がいなくなってしまう。ガルブレイスの言うとおり、政治とは苦難か災難のどちらかを選択する問題なのだ。20世紀に多くの政府は災難を選ぶ実験をした。現在は単に苦難を選ぶのが流行のようだ。

とても意外なことに、現在のリーダーは株式譲渡税が0%のベルギーのようなヨーロッパ諸国だ。


移民

アメリカを負かすことができる別の分野は移民政策だ。ここは大きくリードできる。シリコンバレーを作っているのは人であることを肝に銘じよう。

Windows上で動くソフトを作っている会社と同じで、シリコンバレーに現在いる人々は、移民帰化局の欠点を思い知らされているが、自分たちではどうしようもない。彼らはプラットフォームの人質だ。

アメリカの移民システムはうまくいった試しがなく、2001年以降は偏執病の気さえ見せはじめている。アメリカに行きたいと思っている賢い人々のうち、どれだけの割合が入国できるというのだろう? 半分もいないんじゃないか。どのような方法であれ、シリコンバレーに匹敵する賢い人が集まるハイテクの中心地を作れば、世界でトップクラスの才能の半分以上が、何もしなくてもやってくるだろう。

アメリカの移民政策は1970年代の仕事モデルを反映しているから、特にベンチャーには不適切だ。アメリカの移民政策は、移民が大卒で高度な技術を持ち、大企業で働くと仮定しているからだ。

大学の学位を持っていなければ(通常、プログラマに発行される)H1Bビザを取得できない。だがスティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツ、マイケル・デルを落としてしまうようなテストが、良いテストであるはずがない。さらに自分の会社を経営するという理由ではビザは与えられず、誰か他の人の会社で正社員として働く場合にのみ、ビザが許可される。だから市民権を申請したければ、決してベンチャーで働いてはいけない。資金提供者が引き上げたら、最初からやり直さなければいけないからだ。

アメリカの移民政策は賢い人々の大多数を占めだし、不毛な仕事だけをさせようとする。もっと上手くやるのは簡単だろう。そうじゃなくて、移民を新規採用のようにあつかえば--意識的に一番賢い人々を探して、自分の国に来てもらうように努力したら、と想像してほしい。

移民政策がまともな国には、大きなメリットがあるだろう。この点では、単に賢い人々が入国できる移民システムにするだけで、賢い人々のメッカになることができる。


よいベクトル

ベンチャーが集まる環境を整えるためにするべきことを見れば、どれも大した犠牲ではない。一流大学? 住みごこちのいい街? 市民の自由? 柔軟な雇用法? 賢い人々が入国可能な移民政策? 成長を促進する税法? シリコンバレーを作るために祖国を破壊する危険を冒す必要はない。どれも、それだけでも良いことじゃないか。

それにもちろん、そうしなくて大丈夫? という問題でもある。私は将来、大志を抱く若者は、他人の仕事ではなく、自分の企業を設立することが当たり前になると想像する。そうなるかは不明だが、現在のトレンドはそこに向かっていると思う。そして未来がそうなるなら、ベンチャーがない場所は産業革命に乗り遅れた地域と同様、完全に置いてきぼりにされるだろう。


注釈

[1] 産業革命の直前、すでにイギリスは世界で最も豊かな国だった。そんな比較ができるならの話だが、1750年のイギリス1人当りの所得は、1960年のインドの所得よりも多かった。

ディーン、フィリス「第1の産業革命」ケンブリッジ大学出版局、(1965年)

[2] かつて中国が明朝の時代、政府が法律によって工業化に背を向けたときに、これが起きた。ヨーロッパの利点の1つは、そんなことが可能な強力な政府がなかったことだ。

[3] もちろんファインマンとディオゲネスは似た文化にいた人物だが、孔子はより礼儀正しくはあったけれど、何を考えるべきか命令されるのを同じくらい好まなかった。

[4]イスラエルにシリコンバレーを設立しようとしても、同じ理由で無駄だろう。ユダヤ人が移住しないというのではなく、ユダヤ人しかそこに移住しないからだ、そして私は、ユダヤ人だけでシリコンバレーを作るのは、日本人だけでシリコンバレーを作るのと同じくらい難しいと思う。

(これは両グループの質について言ったのではなく、単にサイズの問題だ。日本人は世界人口のわずか約2%、ユダヤ人は0.2%しかいないからだ)

[5] 世界銀行によれば、ドイツで起業するのに必要とされる資本金は年収の47.6%である。

世界銀行, Doing Business in 2006, http://doingbusiness.org

[6] 1914年以前を夢というよりも、それ以降を悪夢と言った方が正確(か少なくとも同じくらい正確)に思える。[ヨーロッパ人がはっきりとアメリカ的だと考える]楽観主義の多くは、単に1914年に彼らも感じていたものなのだ。

[7] 物事がうまく行かなくなる分岐点は50%付近だろう。それ以上になると、人々は税金逃れを真剣に考え始める。税を回避することによる利益はhyperexponentially的に (x/(1-x) 0