翻訳

リチャード・ハミング「あなたとあなたの研究」前半

※すみません、ずっと前にアップした記事ですが、「はてな」からlivedoor Blogに引っ越した際に前半が消えてしまっていたので再掲載します。

ポール・グレアムは「良い後回し、悪い後回し」で、

リチャード・ハミングは有名なエッセイ「あなたとあなたの研究」の中で(何に取り組んでいようと意欲的な人すべてに、私はこの本を推薦する)、自分自身に3つの質問をするよう述べている。

 1 あなたの分野でいちばん重要な難問は何ですか?

 2 それに取り組んでいますか?

 3 なぜ取り組んでいないのですか?

と書いています。そこでハミングのエッセイがずっと気になっていたのですが、ようやく翻訳が終わりましたのでアップします。なお、質疑応答部分はまだ訳していません。原文はココ。翻訳にあたり、id:mamoruk様、id:idojun様のアドバイスをいただきました。ありがとうございます。


リチャード・ハミング「あなたとあなたの研究」
Richard Hamming「You and Your Research」

1986年3月7日 ベルコアの講演から
Talk at Bellcore, 7 March 1986

私の講演のタイトルは「あなたとあなたの研究」です。研究の管理法ではなく、あなた自身の研究方法についての話です。他の話をすることもできたのですが、今日の話題はほかでもない、あなたの研究についてです。私は普通のありふれた研究について話すのではありません。すごい研究について話します。そして「すごい研究」と言うとき、私は時としてノーベル賞級の研究を指しています。ノーベル賞を受賞する必要はありませんが、みんながすごいと思うような研究です。例を挙げろというのでしたら、シャノンの情報理論のような傑出した理論。私が話しているのはそういった種類の研究です。

それでは私自身はどのようにしてこの研究をすることになったのでしょうか? ロスアラモスでの私の仕事は、他の人たちの仕事を手伝うために計算機を動かし、科学者と物理学者たちが自分たちの研究を進めることができるようにすることでした。私は自分がみんなの引立て役であると感じました。同じ人間なのに、みんなは違っているのです。率直に言うと私はみんながうらやましかったのです。どうしてみんなはこれほど私と違うのだろう? 私はそれを知りたいと思うようになりました。身近にはあのファインマンがいました。フェルミやテーラーがいました。オッペンハイマーがいました。ハンス・ベーテがおり、彼は私の上司でした。私のまわりにはとても多くの、非常に有能な人々がいました。私はすごい人と、すごくなれたかもしれない人の差に強い興味を持つようになったのです。

ベル研に移ったとき、私はたいへん生産性の高い部署に入りました。当時はボーデが部長で、シャノンやその他の人々がおりました。私は「なぜ、どこが違うのか」を問い続けていました。伝記や自伝を読みあさり、人々に「どうしてこの業績を挙げることができたんですか?」と尋ねました。私は違いを見つけようとしました。それが今日お話しすることです。

ところでなぜこの話は重要なのでしょうか? この話が重要である理由は、私が知る限り人生は一度きりだからです。みなさんが輪廻転生を信じていたとしても、その信仰は次の人生になるまで何も良いことをもたらしません! 何をすごいと思うかは人によりますが、この一回きりの人生でどうしてすごい仕事をしようと思わないのでしょうか? 私はすごい仕事を定義するつもりはありません。ご自分でおわかりでしょう。自分の専門は科学なので、私は主に科学について話すつもりです。ですが私の知る限り、そして他の人から教えてもらった限り、私の言うことの大部分は多くの分野でも通用します。際だった仕事はほとんどの分野で、きわめて似た特徴を持つのですが、私自身は科学に限定するつもりです。

あなたに理解してもらうために、私は第三者としてではなく、私自身として話す必要があります。私はみなさんに謙遜をやめて「そう、私はすごい仕事をしたいんだ」と自分に言っていただきたい。世間は本当にすごい仕事を始めようとする人に冷たいのです。すごい仕事をしてもあなたがすごいのではなく、幸運の女神がたまたま舞い降りたからすごいことができたのだと人は思います。ですが、そんなことはたわ言なのです。私はみなさんに、なぜすごい仕事を始めようとしないのかと問いかけたい。みなさんは他の人々に言う必要はなくても、自分自身に「そう、私は何かすごい仕事をしたいんだ」と言うべきではないでしょうか。

第2に私も謙遜をやめ、私自身が何を見たか、そして私が何をしたか、何を聞いたかを話さなければなりません。私が話す予定の人たちには、みなさんもご存じの方が含まれていますが、みなさんが帰った後、私が言ったことの一部については、私が言ったこととして引用しないでいただければと思います。

論理学的にではなく、心理学的に始めましょう。私は、みなさんの主な反論は「すばらしい科学は幸運の賜物だ」というものだと分かりました。すべては運だというのです。ではアインシュタインについて考えましょう。アインシュタインは非常に多くの、さまざまな良い仕事をしました。それらはみんな運だったのでしょうか? そんなの偶然すぎると思いませんか? シャノンについて考えましょう。シャノンの業績は情報理論だけではありません。数年前シャノンはよい仕事をして、その暗号セキュリティはいまだに破られておりません。シャノンは多くの良い仕事をしたのです。

よく調べれば、優秀な人はすごいことを一回しただけではないとわかるでしょう。時には後で述べるように生涯に一つのことしかしない人もいますが、多くの人は繰り返すのです。運がすべてではありません。パスツールは「幸運は準備された心に舞い降りる」と言いました。それは私の信条でもあります。たしかに運の要素もありますが、いえ、それは運ではありません。心を準備しておけば、遅かれ早かれ何か重要なものを見つけ、それをします。ですから、ええ、それは運です。具体的に何をするかは運ですが、何かをすることは運ではありません。

たとえば私はベル研究所に来たとき、しばらくシャノンと同室でした。シャノンが情報理論を研究している横で、私は符号理論を研究していました。私たち2人が同じ場所で、同じ時期に、同じような研究をしていたとは驚きです。みんなは「ああ、それは幸運だったね」と言うかもしれません。一方「ベル研にいる連中のうち、その研究をしたのはどうしてその二人だけだったの?」と問うこともできるでしょう。つまり一部は運なのですが、一部は準備された心なのです。しかし運という一部については後で話すことにします。私はあとで何度か運について述べますが、運が大きな仕事をするかどうかの唯一の評価基準ではないと言いたいのです。私は運を完全には制御できなくても、一部は制御できると申し上げたい。最後にこの件に関してニュートンを引用します。ニュートンは次のように述べました。「私と同じくらい一生懸命に考えたなら、誰だって私と同じくらいの結果を得たでしょう」と。

ご存じの通り、偉大な科学者を含む多くの人々が持っている特徴は、たいてい若い頃に独自の思想を持ち、それらを追求する勇気を持っていたということです。たとえばアインシュタインは12歳から14歳のころに「光の速度で光を見たらどう見えるだろう?」と自問しました。またアインシュタインは、電磁気理論によって定常的な極大値を得ることができないことを知っていました。しかし光速の早さで移動すれば極大値に見えるはずです。彼は12歳から14歳のころにその矛盾に気づき、すべてが正しいわけではないこと、光速には何か特殊性があることを発見しました。アインシュタインが最終的に特殊相対性理論を発見したのは運だったでしょうか? アインシュタインは早くから問題の一部を考えることで、ピースをいくつか埋めていました。つまり運は十分条件ではあっても必要条件ではないのです。私は後に幸運と不運について話します。

よい頭脳を持つことは? この部屋にいるみなさんの大部分は、たぶん一流の仕事ができるほどの頭脳をお持ちです。ですがすごい仕事をするには、単なる頭脳以上の何かが必要なのです。頭脳にはさまざまな測定方法があります。通常は数学、理論物理学、天体物理学といった、記号を操作するという素晴らしい能力と関係する頭脳の分野についての測定方法です。したがって典型的なIQテストは、そういった能力をうまく評価します。いっぽう他の分野はそれほどうまく評価できません。たとえばビル・ファン(単結晶のゾーン融解法を作った人です)がある日、私のオフィスにやってきました。ビルは方程式をいくつか持ってきたものの、自分が求めているものを漠然としか理解していませんでした。この男は明らかにあまり数学を知らず、説明も不明瞭でした。ビルの問題は興味深かったので私は自宅で少し解いてみました。私は結局、ビルが自分で答えを計算するためには、どうコンピュータを動かせばいいかを教えました。私は彼にコンピュータで計算する能力を与えたことになります。ビルは自分の分野をほとんど理解していない状態から研究を進め、とうとうその分野のあらゆる賞を受賞することになりました。ビルがいったん良いスタートを切ると、内気さ、不器用さ、曖昧さが消え去り、さまざまな面で、はるかに生産的になりました。ビルはずっと話すのが上手になりました。

別の人の似たような話を紹介しましょう。私は彼つまりクログストンがこの会場にいないと信じます。ジョン・ピアースのグループと共にある問題に取り組んでいたとき、私はクログストンに会い、そして大して知識のない人間だと思いました。私はクログストンと同じ大学にいた私の友達に「クログストンは大学院でもこんな風だったの?」と尋ねました。みんなは「こうだったよ」と答えました。さて私だったらクログストンをクビにしていたでしょうが、賢明にもJ.R.ピアースはクログストンを雇い続けました。クログストンは最終的にクログストン・ケーブルという業績を挙げました。その後もクログストンは良いアイデアを次々に思いつきました。一回の成功が彼に自信と勇気をもたらしたのです。

成功する科学者の特性のひとつは勇気です。いったん勇気を出して、大きな問題を解決できると信じると、解決できてしまうのです。解決できないと思ったら、まず解決は望めません。勇気はシャノンが最高に持っていたもののひとつです。シャノンの主な定理を考えるだけでよいでしょう。シャノンは符号化の方法を発明したがっていましたが、何をすればよいかわからなかったので、ランダム符号化を発明しました。そしてシャノンはそのアイデアに取りつかれたのです。シャノンは「平均ランダム符号はどれくらいの性能だろうか?」という大胆な問いをしました。そしてシャノンは「平均ランダム符号の性能を好きなだけ高めることができる」こと、「少なくともそんな符号化がひとつは存在する」ことを証明します。限りない勇気を持つ人でなければ、誰がそんな問いをしようと考えるでしょうか? それが偉大な科学者の特徴です。勇気があるのです。偉大な科学者はとんでもなくひどい境遇でもあきらめません。考えに考え抜くのです。

もう一つ、特に物理学者が悩むのは年齢です。物理学者はしょっちゅう、若いころに大きなアイデアを発見できなければ一生いい仕事はできないと言います。アインシュタインは若いころにさまざまな仕事をしましたし、量子力学の人々が最高の仕事をしたのは、みんなびっくりするほど若い時です。ほとんどの数学者、理論物理学者、宇宙物理学者は若いころに、私たちが最高の業績とみなす仕事をします。老後の業績がパッとしないということではないのですが、私たちが最高と評価するのは、しばしば若いころの業績なのです。いっぽう音楽、政治、文学では、私たちが最高とする業績は、しばしば年をとってからのものです。他のさまざまな分野ではどうなるのかはわかりませんが、年齢は何らかの関係があるようです。

さて、なぜ年齢が関係するようなのか述べさせてください。第一に良い業績をいくつか挙げると、さまざまな委員にさせられ、研究の時間を取れなくなります。ブラッテンがノーベル賞を受賞したときに私が見たことを話せばおわかりになると思います。ノーベル賞が発表された日、私たちはみんなアーノルド講堂に集まりました。3人の受賞者がそれぞれ立ってスピーチをしました。ブラッテンは3番目で、本当に目に涙をためながら「私はノーベル賞効果について知っております。ですが私はそれに影響されるつもりはありません。好々爺のウォルター・ブラッテンのままでいるつもりです」と言いました。私は「素晴らしい」とつぶやきました。ところが数週間で、私はブラッテンがノーベル賞効果に影響されてしまったことを知りました。今やブラッテンは大きな問題にしか取りかかれなくなったのです。

有名になると小さな問題に取り組むことが難しくなります。これこそシャノンがハマってしまった罠です。情報理論のアンコールに、みなさんは何を研究しますか? 偉大な科学者はしばしばこの誤りをします。大きな樫の木に成長する小さなドングリを埋めるのをやめてしまうのです。彼らはすぐに大きな業績を挙げようとします。ですがそれは大きな業績を挙げる方法ではありません。それが若いうちに有名になるとダメになってしまう第二の理由なのです。私の長年の言葉を述べましょう。私の思うにプリンストン高等研究所は、そこに来る前と来た後の業績から判断する限り、ほかのどんな研究所が生み出した人数よりも大勢の良い科学者をダメにしました。プリンストン高等研究所に来た後の仕事が良くなかったというわけではありませんが、来る前はずば抜けていたのに、来た後はそこそこ良かった程度なのです。

これはたぶん、ちょっと意外かもしれませんが、労働環境は重要ではないということを意味します。多くの人々は、最高の労働環境が重要だと考えますが、そうではないのです。そうではないと断言する理由は、人はしばしば、労働環境が悪いときに最も生産的になるからです。ケンブリッジ物理学研究所の黄金時代は、単なる小屋だった時でした。そのときケンブリッジ物理学研究所の人々は最高の物理学をしたのです。

私個人の話にしましょう。ベル研究所は二進数のプログラムをするのに通常、必要とされる人数を私に割り当てるつもりがないことが、早くから私には明らかでした。ベル研にそのつもりは全然ありませんでした。当時はそれが普通だったのです。私は西海岸に行き、飛行機会社で仕事することも問題なくできたのですが、ベル研の人々は刺激的で、向こうの飛行機会社の人々はそうではありませんでした。私は長いこと「行きたいのか? そうではないのか?」と考え、2つのありうる未来のどちらが良いのか悩みました。とうとう私は自分に言いました。「ハミング、おまえはコンピュータなら何でもできると思ってるよな。じゃあプログラムを書かせることだってできるんじゃないか?」最初に私には欠点と思えたものが、非常に早い時期に私を自動プログラミングへと後押ししてくれたのです。欠点と見えたものが、視点を変えるとしばしば最高の財産となります。ですが「やれやれ、十分なプログラマもいないのにどうしてすごいプログラミングができるっていうんだい?」としか考えなかったら、そのようには考えられなかったでしょう。

似たような話はたくさんあります。グレース・ホッパー(訳注:Cobolの開発者)も同様でした。私の思うに、注意深く調べれば偉大な科学者は、しばしば問題を少し変えることによって欠点を財産にしたことがわかるでしょう。たとえば多くの科学者は、問題を解けなかったとき、どうして解けないのかの研究を始めました。彼らは方針を変え「だがもちろん、これはもともと解けない問題なのだ」と言って、重要な結果を得ました。理想的な労働環境とは非常に奇妙なものです。自分の望む環境がつねに自分にとって最も良いとは限らないのです。

今度は情熱についてです。ほとんどの偉大な科学者には、ものすごい情熱があることがわかります。私は10年間、ベル研究所のジョン・テューキーと共に働いていました。テューキーにはすごい情熱がありました。ベル研に来てから3~4年が経ったころ、私はジョン・テューキーが私より少しだけ若いことを知りました。ジョンは天才で、私は明らかにそうではありませんでした。そこで私はボーデの部屋に押しかけて、「私と同じ年齢の人は、どうしたらジョン・テューキーのように賢くなれるのでしょうか?」と言いました。ボーデは椅子にもたれかかり、手を頭の後ろで組むと、ニヤッと笑って答えました。「ハミング、もしテューキーと同じくらい何年も一生懸命に仕事していたら、自分がどれくらい賢くなれるかを知って驚くだろうね」と。私はすごすごと部屋を出たのです!

ボーデが言ったことは「知識や生産性は複利に似ている」ということでした。ほとんど同じ能力の人が2人いて、一方はもう一方より10パーセント増しで働いているとします。後者は前者の二倍以上の生産性があるでしょう。知れば知るほど、さらに学びます。学べば学ぶほど、もっと行動できます。行動すればするほど、チャンスが増えます。それは複利に似ています。比率を言いたくはありませんが、非常に高い比率です。まったく同じ能力の2人がいて、一方が毎日1時間ずつ多く考え続けたら、生涯ではものすごく生産的になるでしょう。私はボーデの注意を肝に銘じました。私は数年間、もう少しだけ一生懸命に働こうと努力しました。そして実際、もっと成果を出せることがわかりました。妻の前では言いにくいのですが、私はときどき妻をちょっと無視しました。私は研究する必要があったのです。欲しいものを得たいなら何かを切り捨てなければなりません。これにはまったく疑問の余地がありません。

情熱の問題についてエジソンは「天才とは99%の汗と1%のひらめきだ」と言いました。エジソンは誇張したのでしょうが、彼が言いたかったのは「確固たる仕事を着実に積み重ねれば、自分でも驚くほどの成果を出せる」ということです。もうひと頑張りの努力をたゆみなく続けるなら、何をするかを賢く選ぶ必要があります。これは重要です。間違った情熱では成功できません。なぜベル研の友達の多くは、私より一生懸命に働いていたのに、たいして目立つ成果を挙げなかったのか、私はいつも不思議に思っていました。間違ったことに情熱を費やすのは非常に重大な問題です。一生懸命に働くだけではダメなのです。その情熱を正しいものに向けなくてはなりません。

お話ししたい別の特徴があります。その特徴とはあいまいさです。その重要性を認識するのにしばらく時間がかかりました。多くの人は、何かが真実である/真実ではないと信じることを好みます。偉大な科学者はあいまいさに関して非常に寛容です。彼らは理論を、研究を先に進めるために十分であると信じています。ですが間違いや欠点に気づく程度には理論を疑うので、先に進んでそれに代わる新しい理論を作り出すのです。理論を盲信してしまったら決して欠点に気付かないでしょう。疑いすぎたら研究を始められないでしょう。微妙なバランスが必要です。ですがほとんどの偉大な科学者は自分たちの理論が正しい理由をよく認識しています。その一方、自分たちの理論の、完全に現実に一致するわけではないわずかな不具合にもちゃんと気づき、それを忘れません。ダーウィンは自伝で「自分の信念に矛盾するようなあらゆる証拠を書き留めることが必要だ。さもないと自分の視野に入らなくなってしまう」と述べています。欠点らしきものを見つけたら、それらを目ざとく追及し、どうしたらそれを説明できるか、またはそれらを説明するために理論をどう変えればよいか注目しましょう。それがしばしば大きな貢献となるのです。何かを10倍、繰り返した結果、すごい成果が得られることはめったにありません。情熱的に関わる必要があります。ほとんどの偉大な科学者は、自分たちの問題に完全に没頭します。没頭しない人が傑出した一流の業績を上げることなどめったにありません。

再度申し上げますが、情熱的にのめりこむだけでは十分ではありません。それは明らかに必要条件なのです。私はその理由を言うことができます。創造性を研究した人はみんな、最終的に「創造性は潜在意識から産まれる」という結論にたどり着きます。どういうわけか、突然ひらめくのです。ただ思いつくのです。私たちは潜在意識に関してほとんど知りませんが、私たちがかなりよく理解していることは、夢は自分の潜在意識から生み出されるということです。そして夢とはかなりの程度、その日の体験の再編集です。毎日毎日、あるテーマに深く取りつかれ没頭すれば、潜在意識はその問題だけを考えるようになります。そしてある朝もしくは昼過ぎに目覚め、答えを見つけるのです。いま自分が取り組んでいる問題に熱中していないなら、潜在意識も何かほかのことにかまけてしまい、大きな成果を生み出しません。ですから本当に重要な問題に取り組んでいるとき、自分を管理する方法は、他の何かに気を散らさず、その問題を考え続けることです。問題に取り組むときは、潜在意識を欲求不満にさせておくために、問題に取り組み続けてください。そうすればスヤスヤと眠ることができ、ある朝、答えが天から降ってきます。

さてアラン・チノーヴエスは、かつて私は物理学者のテーブルでよく食事していたと言いました。私は昔は数学者と一緒に食べていたのですが、私は数学についてはもうすでにかなり知っていたことに気付いたのです。実のところ私はあまり数学者から学ぶことはありませんでした。チノーヴエスが言ったとおり物理学者のテーブルは刺激的でしたが、私がどの程度、寄与したかについてチノーヴエスは誇張したと思います。ショックリー、ブラッタン、バーディーン、J.B.ジョンソン、ケン・マッケイといった人たちの話を聞くのは本当に面白かったです。私は大いに学びました。しかし残念なことにノーベル賞があり、昇進があり、残された人々はカスでした。だれも残された人々を求めませんでした。彼らと食事をしても無益だったのです!

食堂の反対の隅には化学者のテーブルがありました。私は仲間のひとり、デーヴ・マッコールと働いていました。余談ですが当時マッコールは私たちの秘書を口説いていました。私は彼らのところに行って「このテーブルに入ってもいい?」と尋ねました。断られなかったので私はしばらく化学者たちと食事をしました。そして私は「あなたの分野の重大な問題は何ですか?」と尋ね始めたのです。そして約一週間後「あなたはどんな重大な問題に取り組んでいますか?」と尋ねました。そしてさらにその後のある日、私は彼らに言いました。「自分のしていることが重要ではなく、重要なことにつながることもないと思っているのなら、なぜベル研でその仕事をしているのですか?」その後、私は歓迎されなくなりました。私は食事のときに他の誰かを探さなければなりませんでした。それは春のことでした。

秋になって、食堂でデーヴ・マッコールが私の前で立ち止まり言いました。「ハミング、君の注意は身に染みたよ。夏の間ずっと考えたんだ。私の分野の重大な問題は何だろうって。まだ自分の研究を変えたわけじゃないけど、すごく価値があったと思う」と。私は「ありがとう、デーヴ」と言って前に進みました。数ヶ月後、私はデーヴが部長になったと知りました。そして先日、私はデーヴが技術部門のナショナル・アカデミーのメンバーになったことを知りました。デーヴは成功したのです。そのテーブルの他の人たちの名前が科学や科学界で言及されるのを一度も聞いたことがありません。他の人たちは「自分の分野で重大な問題は何だろう?」と自分自身に問いかけることができなかったのです。

それはまったく明らかです。偉大な科学者は自分の分野の多くの重要な問題について慎重に、徹底的に考え、どう攻略しようかと目を光らせています。「重要な問題」という言葉には注意が必要だと警告します。ベル研にいたころ私はある意味、物理学の3つの未解決問題に決して手を出しませんでした。私が重要と言ったのは、まちがいなくノーベル賞もので、望むなら大金も稼げるという意味です。私たちは (1)タイムトラベル (2)テレポーテーション (3)反重力 には手を出しませんでした。それらは攻略方法がないので重要な問題ではなかったのです。ある問題が重要なのは成果ではなく、合理的な攻略法があるということです。それが問題が重要になる理由です。「ほとんどの科学者が重要な問題に取り組んでいない」と言うとき、私はその意味で言っています。私が知る限り、一般的な科学者は、自分でも重要ではなく、重要な問題にもつながらないと感じている問題に時間のほとんどを費やします。

私は先ほど、樫の木を生やすためには、ドングリを埋める必要があると言いました。その場所を常に正確に知ることはできませんが、何かが起こる可能性がある場所で、準備を整えておくことはできます。すごい科学は運だと信じていても、突然、稲妻が落ちる山の頂上に立つことはできます。安全な谷の中に隠れる必要はありません。ですが普通の科学者は、ほとんどの時間、普通の安全な仕事をするため、たいした仕事をしません。とても単純な話です。大きな仕事をしたいなら、意識して重要な問題に取り組まないとアイデアが浮かばないのです。

ジョン・テューキーや他の人たちの激励を受けて、私は最終的に「すごいアイデアの時間」と呼んだものを採用しました。金曜日の正午、昼食に行ったあとでは私はすごいアイデアについてだけ議論しました。すごいアイデアとは、「AT&Tの全コンピュータの役割は何になるだろうか?」「コンピュータは科学をどう変えるだろうか?」といったものを指します。たとえば私が当時、観察して気づいたのは、10回の実験のうち9回は実験室で行われ、1回はコンピュータで行われることでした。そこで私は比率を逆にすべきだと、つまり10回の実験をするなら実験室で1回、コンピュータで9回するべきだと副社長に進言しました。彼らは私をマッド数学者で、現実を知らないと考えました。私はみんなが間違っていると知っていました。私は自分の正しさを主張し、彼らは私が間違っていると主張し続けました。彼らは本当は必要のない実験室を建てたのです。私は「コンピュータは科学にどう影響するだろう? そして自分はそれにどう関われるだろう?」と問うのに長い時間を費やしたので、コンピュータが科学を変えたことに気付きました。私は「そのことがベル研をどう変えるだろうか?」と自問しました。私はかつてこの場所で『私がベル研を去るころまでには半分以上の人がコンピュータを相互に繋げるだろう』と述べました。そして今、みなさんはネットにつながる端末をお持ちです。自分の研究分野がどこに向かっているのか、どこにチャンスがあり、取り組むべき重要な問題は何なのか、私は徹底的に考えました。そう考えることが私を、何か重要な仕事を成す可能性がある場所へと導いたのです。

偉大な科学者のほとんどは、重要な問題をたくさん知っています。攻略方法を探している重要な問題を10個から20個、抱えているのです。そして新しいアイデアを思いついたとき、彼らは「それはこの問題に使えそうだ」と言います。彼らは他のすべてを捨ててその問題に取り組み、答えを得るのです。私はこれから自分が聞いた怖い話をしますが、それが真実であるという保証はできません。私は空港でロスアラモスから来た友人に、核分裂実験がヨーロッパ中で行われていたのに、原爆はアメリカで開発されたことがいかに幸運だったかを力説していました。すると彼は「いや、私たちはバークレー大学で多くのデータを集めてたんだ。でも設備の建設に忙しくてデータを分析するヒマがなかった。データがを分析していれば核分裂を発見ていたよ」と言ったのです。彼らはデータを手にしていたのですが、追求しようとしませんでした。彼らは2番手になってしまったのです。

偉大な科学者はチャンスが到来すると、それに飛びついて追求します。他のすべては切り捨ててしまいます。他のことは放ってアイデアを追いかけます。というのも、彼らはそれについてすでに考え抜いたからです。心を準備しておき、 チャンスを見つけたら追いかけるのです。もちろん多くの場合、成功しません。ですが何かすごい科学の仕事をするのに、たいした数の成功をする必要はありません。簡単なことです。主な秘訣の一つは長生きすることなのです!

別の特徴は気付くのに時間がかかりました。ドアを閉じて仕事をする人と、ドアを開いて仕事をする人の差です。研究室のドアを閉じて仕事をすれば、今日も明日も、他の人より多くの仕事ができます。ですが10年かそこらが経つと、自分の仕事に取り組む価値があるかどうかがまったくわからなくなってしまいます。自分がしている大変な仕事も、たいして重要ではない仕事なのです。ドアを開けて仕事をする人は、さまざまな割り込みをされます。ですがときどき、世間とは何か、そして何が重要かの手がかりを手にします。「閉ざされたドアは閉ざされた心の象徴だ」とお思いかもしれませんが、因果関係を私は証明できません。私にはわかりません。ですが私はドアを閉めて働く人のほうが、しばしばより一生懸命に働くにもかかわらず、ドアを開けて仕事をする人と最終的に大きな業績を挙げる人の間にはかなり強い相関関係があります。なぜだかドアを閉めて働く人は、少しだけ方向を間違えてしまうようなのです。それほどは間違わないのですが、でも有名になりそこねるのに十分なくらいには間違うのです。

別の話にしましょう。みなさんの多くがご存じの歌の一節ですが、「何をするかではなく、どのようにするかが重要だ」というものです。私自身の例からお話しましょう。完全二値の時代、私は最高のアナログ・コンピュータでは解けない問題をデジタル・コンピュータで解くように言われました。一応の答が得られました。私はじっくり考え、「ハミング、君は説明が必要な大金を費やし、そしてアナログのパソコンを導入した人々があら探しをするであろう、この軍の仕事の報告書を提出する必要がある」と自分に言いました。私は控え目に言っても、かなりチャチな方法で必要な積分をしていましたが、それでも答えは出ていました。そして私は、答えだけが必要なのではなく、史上初の、問題の次元を超えたデモンストレーション、つまりアナログ・コンピュータの得意分野で私が勝つことができるか、ということなのだと気付きました。私は解法を修正し、優れて洗練された理論を作り、答えが出ていた計算の方法を変えました。 結果は同じでした。出版された報告書には、後に長いこと「ハミングの微分方程式の積分方法」として知られた洗練された計算方法が載っていました。今ではちょっと時代遅れですが、しばらくの間、それは非常に良い計算方法でした。問題をわずかに変えることで、私はつまらない仕事ではなく重要な仕事をしたのです。

同様に、初期のころ屋根裏でコンピュータを限界まで走らせてせていたころ、私は問題を次から次へと解いていました。かなりの数の問題はうまく解き、いくつかの問題は解けませんでした。ある金曜日、問題を解いたあと帰宅したのですが、すごく奇妙なことに、私は幸福ではありませんでした。落ち込んでいたのです。私には人生が、次から次へと問題を解くだけのように思えたのです。長い間、考えた後に私は決めました。「いや、私はさまざまなプログラムを生み出すプログラムをするべきだ。直面している1つの問題だけではなく、1年先のすべての問題に関わるべきだ」と。質問を変えても、成果は以前より落ちることはなく、私は物事を変え、重要な仕事をしました。私は大きな問題に取り組みました。来年のことなんてわからないのに、どうコンピュータに向き合って、1年先のすべての問題に取り掛かるのでしょうか? どう準備するのでしょうか? これを最高のやり方でするためには、どうやればいいでしょうか? ニュートン流にやった方がいいのでしょうか? ニュートンは「私が他の人たちより遠くを見ることができたのは、巨人の肩の上に乗ったからです」と言いました。現代では私たちは、互いの足の上に立ちます!

科学は、他の人がその成果の上にさらに積み重ねられるようにするべきです。そうすれば他の人は「はい、私は○○の肩の上に立ち、さらに遠くを見ました」と言うことができます。科学の本質は蓄積です。問題をわずかに変えることで、しばしば単に良い仕事ではなく、相当すごい仕事をすることができます。私はあるクラスの典型例でない限り、バラバラの問題には取り組まないと決めました。

数学をかじった人なら、一般化の努力をすれば問題が簡単に解けるということを知っています。少し考えて「これが彼が解きたい問題だが、これは○○という特徴を持つ。うん、これは個別な解法よりはるかに優れた方法で、この種類の問題を一気に攻略できるな。この前、ムダに細かく詳細を決めておいたおかげだ」抽象化をしておくと、物事はしばしば簡単になります。さらに私はその方法を記録して未来の問題に備えました。

この話題の最後に、みなさんに思い出していただきたい言葉があります。「ダメな人は自分の道具を責める。できる人は与えられた道具で仕事をし、最善の解決をする」と。私は問題を変えることによって、最善の解決をすることを勧めます。物事を別の角度からも見ることで、結果的にはすごく生産性が上がります。というのも、他の人がその上に仕事を積み重ねることができるように仕事をするか、他の人が事実上、あなたのしたことを再び繰りかえす必要があるようなやり方で仕事をするかの選択だからです。そのような姿勢は、仕事だけではなく、報告書を書くときも、論文を書くときでも必要です。一般的な解法で特殊な問題を解決する労力は、特殊な解法で解く労力と同じ程度です。ですが一般的な解法のほうが、ずっと多くの満足感と報酬を得られます。(後半につづく)

ポール・グレアム「中道には2種類ある」

ポール・グレアム「中道には2種類ある」を翻訳しました。原題は The Two Kinds of Moderate で、原文はココです。英語に強い皆さま、メール(takeuchi19@mail.goo.ne.jp)でのアドバイスを、よろしくお願いいたします。

中道には2種類ある
The Two Kinds of Moderate

2019年12月
December 2019

政治的に中道であるには、中道であろうとするか、たまたま中道になるかという、2つのはっきり異なった方法がある。中道であろうとする人は、極端な意見を排除することで、左右両極端の中間の位置を意図的に選択する。たまたま中道派である人は、平均的には、極右と極左の中間となる。なぜなら、たまたま中道になった人はそれぞれの問題について自分の意思で決めており、かつ、極右と極左はおおむね同じくらい間違っているからだ。

中道であろうとする派とたまたま中道派は、意見の分布で見分けられる。ある問題についての極左の意見が0で極右の意見が100だとしよう。中道であろうとする派の意見はすべての問題について50に近いが、たまたま中道派の意見は広い範囲に分布しながらも、中道であろうとする派の意見と同様に平均で約50になる。

中道であろうとする派は、自分の意見がある意味で自分自身のものではないという点で、極左や極右の意見に似ている。左派であれ右派であれ、イデオロギーの決定的な資質は、自分の見解をまるごと決定してしまうことだ。選り好みはできない。同性婚に関する意見を聞けば、税金に関する意見は予測できる。過激派とは真逆に見えるかもしれないが、中道であろうとする派も、信条(彼らの場合、「位置」という言葉の方がより正確かもしれない)をまるごと決定してしまう。中央値の意見が右や左にシフトしたら、意図的な中間値はそれとともにシフトせざるを得ない。でなければ中道でなくなってしまう。

一方、たまたま中道派は、答えだけでなく質問も選ぶ。たまたま中道派は、左派と右派がとても重要と考える問題には、ぜんぜん興味がないかもしれない。つまり、たまたま中道派が関心を持っている問題と、左派と右派が関心を持っている質問との交点から、たまたま中道派の政治を測ることさえできるし、その交点は時として消えてしまうほど小さい。

「私たちに賛成でなければ反対だ」と言うのは、人を操ろうとする修辞的なごまかしであるだけでなく、単に間違っていることがよくある。

中道派は時に臆病者として、特に極左から嘲笑される。だが、中道であろうとする派を臆病者と呼ぶのは正しいかもしれないが、自分はたまたま中道になったと公言するのには、何よりも勇気が必要だ。左右から攻撃されるし、自分を支えてくれる多数派の正統なメンバーであると安心できないからだ。

私が知っている最も印象的な人々のほとんどは、たまたま中道派だ。プロの運動選手や芸能人をたくさん知っていれば、違うかもしれない。左派でも右派でも、走る速さや歌唱力には関係ないからだ。だが、アイデアをうまく活用するには独立心が必要だ。

もっと正確に言うと、自分が取り組んでいるアイデアについて、独立心を持つ必要がある。人は政治については何も考えずに空理空論に染まりながら、それでも優れた数学者であり続けることができる。20世紀には、非常に優秀な人々の多くがマルクス主義者だった。そしてマルクス主義が関係する問題については誰も賢くなかった。だが、仕事で使うアイデアが時代の政治と交差しているなら、中道であろうとする派とたまたま中道派という、2つの選択肢がある。

注釈


[1] 理論的には、完全に一方が正しく、一方が完全に間違っている可能性がある。実際、過激派は自分が正しいと信じる必要がある。しかし歴史的には、そんなことはほとんどなかった。

[2] なぜか極右の人は、中道派を堕落していると軽蔑するより、無視することが多い。理由は不明だ。もしかしたら、極右は極左よりも理論的でないからかもしれない。あるいは、自信があるのか、あきらめているのか、単に組織の結束が弱いからか。私にはわからない。

[3] 異端な意見を持っているからといって、それを正直に言う必要はない。言わない方が楽だろう。

この原稿を読んでくれたオースティン・オルレッド、トレバー・ブラックウェル,パトリック・コリソン、ジェシカ・リビングストン、アムジャッド・マサド、リアン・ピーターソン、ハージ・タガーに感謝する。

ポール・グレアム「流行の問題」

ポール・グレアム「流行の問題」を翻訳しました。原題は Fashionable Problems で、原文はココです。英語に強い皆さま、メール(takeuchi19@mail.goo.ne.jp)でのアドバイスを、よろしくお願いいたします。また翻訳に当たり、pokarim様のアドバイスをいただいております。


流行の問題
Fashionable Problems

2019年12月
December 2019

ある分野で多くの人が懸命に働いたのに、みんな同じようなことにしか取り組まなかったので、可能性のある空間のほんの一部しか探索しないというパターンを、私は多くの分野で見た。

最高に賢く、想像力豊かな人でさえ、仕事を決めるときは驚くほど保守的だ。他の分野では流行を追おうなどとは夢にも思わなかった人が、流行の問題に取り組むことに夢中になってしまう。

流行ではない問題に取り組みたいなら、もう十分に開発されつくしたと考えられている分野、エッセイ、Lisp、ベンチャーへの資金などを調べるといい。広大だが時代遅れの領域への新しい道が見つかれば、あなたが見つけた道の価値は、その広い領域によって倍増する。

他の人と同じことに熱中しないために、自分の仕事を心から愛そう。そうすれば、他の人と同じ間違いをしたとしても、たいしたことではないと思って仕事を続けられる。

ポール・グレアム「天才のバスチケット理論」

ポール・グレアム「天才のバスチケット理論」を翻訳しました。原題は The Bus Ticket Theory of Genius で、原文はココです。英語に強い皆さま、メール(takeuchi19@mail.goo.ne.jp)でのアドバイスを、よろしくお願いいたします。

※追記 翻訳した後に、すでにFoundX Reviewの名訳があることに気づきました。そちらを読んだほうが誤訳がないと思います。

天才のバスチケット理論

2019年11月

偉業を成し遂げるには、ご存じの通り、才能と決断力がどちらも必要だ。だが、あまり知られていない三番目の要素がある。特定の話題に偏執的なまでに興味を持つことだ。

これを説明するために、私はある集団からの評判を落とすだろうが、バスチケットのコレクターを選ぼう。古いバスのチケットを集める人がいる。多くのコレクターと同様、彼らは自分たちが集めたものの細部に執着する。彼らは、私たちが覚えられないようなバスチケットの種類の違いを見分けられる。なぜって、一般人はそれほど気にしないからだ。古いバスチケットについて、そんなに長く考えて何が面白いの?

この種の執着の第二の特徴は、特に意味はないということだ。バスチケットのコレクターの愛情は純真だ。他人に褒められたり、金持ちになるためではなく、集めたいから集めている。

偉業を成し遂げた人々の生活を調べると、決まったパターンがある。バスチケットコレクターの執着のように、同時代のほとんどの人には無意味に思える何かへの執着から彼らは始めることが多い。ビーグル号での航海について書かれたダーウィンの本のうち、最も目立つ特徴の一つは、博物学に対する彼の関心の深さだ。ダーウィンの好奇心は無限のようだ。ラマヌジャンも同様だった。

彼らは後の発見の「基礎工事」をしていたと考えるのは間違いだ。その比喩では「計画的にしていた」という意味が強すぎる。バス・チケットのコレクターのように、彼らは好きだからしていたのだ。

しかし、ラマヌジャンとバスのチケットコレクターには違いがある。級数は重要だが、バスのチケットはそうではない。

もし私が天才のためのレシピを一つの文章にまとめることになったら、「何か重要なことに純真に執着すること」になるかもしれない。

他の二つの要素はどうなったの? それらは思うより重要ではない。ある話題に執着的なまでに興味を持つことは、能力や決断力の代わりになる。十分な数学的素質がなければ、級数はつまらないだろう。そして何かに夢中になれば決断力はそれほど必要ない。

執着に取りつかれた興味があれば、ある程度はなんでもできるほどの幸運をもたらす。パスツールが言ったように、チャンスは準備された心を好む。そして執着があるとは、心を準備しているということだ。

この種の執着には、純真さが最も重要だ。純真であることは熱心なことの証明となるだけでなく、新しいアイデアを見つけるのに役立つからだ。

新しいアイデアにつながる道は、ダメっぽく見える。もし有望に見えるなら、すでに他の人たちがその道を進んでいただろう。偉業を成し遂げた人たちは、他の人が見落とした道をどうやって見つけたのだろうか。世間は「良いビジョンを持っていたのだ」という話を好む。非常に才能があったから、他の人には見えない道が見えたのだ。だが、偉大な発見がなされた方法を見れば、そうではなかったとわかる。ダーウィンは他の人たちよりも、個々の種には注意を払わなかった。これが大きな発見につながる可能性があると知っていたからで、他の人たちはそうではなかった、ということではない。ダーウィンは本当に、本当に、そのようなことに興味があった。

ダーウィンは執着を止めることができなかった。ラマヌジャンもそうだった。彼らが隠れた道を見つけたのは、見込みがありそうだったからではなく、止めることができなかったからだ。だから単なる野心家だったら無視していた道に進むことができた。

偉大な小説を書くとき、トールキンのように何年もかけて架空のエルフ語を作ることから始たり、トロロペのように英国南西部のあらゆる家庭を訪れることから始ようとする、理性のある人がいるだろうか。トールキンやトロロペでさえ、そうは思わないだろう。

バスチケット理論はカーライルの有名な天才の定義(訳注「天才とは、何よりもまず苦悩を受けとめる先駆的な能力のことである」)に似ている。しかし、2つの違いがある。無限の痛みに耐える能力の源は、カーライルが考えるような無限の勤勉さではなく、コレクターが持つ無限の興味であることをバスチケット理論は示している。無限の興味があれば、重要な能力も付いてくる。重要な物事について、どこまでも苦労できる能力だ。

では、何が重要な物事なのだろうか? 決して確信することはできない。自分が興味を持つことに取り組むことで新しいアイデアを発見できるということは、まさにどの道が有望かを事前に知ることができないということだ。

しかし、執着が重要かどうかを推測する経験則がある。例えば、他の人が作ったものをただ消費するよりも、何かを作っている方が可能性がある。自分が難しいものに興味を持っている場合、特に他の人にとっては、もっと難しいのなら、より有望だ。そして、才能ある人々の執着は、将来、有望になる可能性が高い。才能のある人が無作為に何かに興味を持ったら、それらは実際には無作為ではない。

だが絶対に確信はできない。実際これは興味深いアイデアだが、もし本当なら、かなり警戒が必要だ。すごい仕事をするためには、多くの時間を無駄にする必要があるかもしれないからだ。

多くのさまざまな分野で、報酬はリスクに比例する。もしこの法則が成り立つなら、本当にすごい仕事につながる道を見つけるには、まったく見込みのなさそうなことに、進んで多大な努力をすることだ。

これが本当かどうかわからない。何か面白いことに一生懸命取り組んでいる限り、時間を無駄にするのは驚くほど難しいようだ。やっていることの多くは結局、役に立つ。しかし一方で、リスクと報酬の関係に関するルールは非常に強力であり、リスクが発生する所ではどこにでも適用できるようだ。少なくともニュートンの場合は、リスク/報酬の法則が当てはまることを示唆する。「世界を数学で表現する」という、前例のないほど実り多いことがわかったニュートンの執着は有名だ。しかしニュートンには、錬金術と神学という他の二つの執着があり、完全に時間の無駄だったようだ。ニュートンはトータルでは先に進んだ。いまでは物理学と呼ばれているものへのニュートンの賭けは大成功だったので、他の二つを補って余りあるほどだった。しかし、このような大きな発見には大きなリスクを冒さなければならないという意味で、他の2つは必要だったのだろうか? わからない。

ここにもっと驚く考えがある。人は悪い賭けをするかもしれない。よくあることだろう。しかし、どれくらいの頻度でするかはわからない。なぜなら、そういった人たちは有名になれないからだ。

単に、ある道に進んだときのリターンを予測するのが難しいだけではない。それらは時とともに激しく変わる。1830年は自然史に熱中するには本当に良い時代だった。もしダーウィンが1809年ではなく1709年に生まれていたら、有名になれなかったかもしれない。

このような不確実性に直面したとき、どうすればいいだろう。1つの解決策は、賭けに保険を掛けることだ。しかし、他の保険と同様、リスクを減らせば報酬も減る。従来のように野心的な道に進むために、自分の好きなことに取り組むのをやめると、それまで発見していた素晴らしいことを見逃してしまうかもしれない。これもよくあることで、すべての賭けに失敗した天才よりももっと多いだろう。

もう1つの解決策は、いろんなことに興味を持つことだ。今のところうまくいっていると思われるものに基づいて、同じように純粋な興味を切り替えれば、利益が減ることはない。しかし、ここにも危険がある。あまりに多くの異なるプロジェクトに取り組むと、どれも掘り下げることができなくなるかもしれない。

バスチケット理論の興味深い点の1つは、いろんなタイプの人々が、異なる種類の仕事で優れている理由を説明できるかもしれないことだ。興味は才能よりもはるかに不均等に分布している。もし、偉大な仕事をするために必要なのが天賦の才能だけで、天賦の才能が均等に分布しているなら、さまざまな分野で実際に偉大な仕事をしている人たちの間で見られる分布の偏りを説明するために、しっかりとした理論を考え出なければならない。しかし、その偏りの大部分は、もっと単純に説明できるかもしれない。人が異なれば、異なるものに興味を持つということだ。

バスチケット理論はまた、人は子供を産んだ後にすごい仕事をする可能性が低い理由も説明する。興味は外的な障害物だけでなく、ほとんどの人にとって非常に強力な、子供への興味とも競争する必要がある。子供ができてから仕事をする時間を作るのは難しいが、それは簡単なことだ。本当の変化は、働く意欲がなくなることなのだ。

しかし、バスチケット理論がいちばん刺激的なのは、すごい仕事を推し進める方法を教えてくれることだ。もし天才のレシピが単に生まれつきの才能と努力なら、私たちにできることは、自分に多くの才能があることを願いつつ、できるだけ一生懸命に働くしかない。しかし、もし興味が天才にとって重要な要素なら、興味を大切にすることで、天才を育てることができるかもしれない。

例えば非常に野心的な人にとって、「素晴らしい仕事をするなら少しリラックスしろ」とバスチケット理論は教えてくれる。歯を食いしばり、同僚がみんな認めてくれることを熱心に追求するのが最も有望な研究方法ではなく、何かを楽しむためにやってみるべきかもしれない。行き詰まっているのなら、それが脱出路かもしれない。

私はずっとハミングの有名な二本立ての質問が好きだった。「あなたの分野で最も重要な問題は何ですか?」「なぜそれに取り組んでいないのですか?」という質問だ。それは自分を奮い立たせる素晴らしい方法だ。だが、少し過剰適合かもしれない。自分自身にこう問いかけてみるのもいいかもしれない。「重要ではないかもしれないが、本当に興味のあることに取り組むために1年の休暇を取れるなら、何をするだろう?」

バスチケット理論は、年齢とともに減速しない方法も示す。年をとると新しいアイデアが浮かびにくくなるのは、おそらく、単に丸くなってしまうからではない。いったん偉くなってしまうと、誰にも注目されなかった若い頃のように、無責任な趣味には手を出せなくなるからかもしれない。

解決策は明らかだ。無責任なままでいろ。とはいえ、それは難しいだろう。というのは、自分の減速を防ぐために採用する一見、でたらめなプロジェクトが、外部の目に証拠としてさらされるからだ。そして自分では、それが間違っているかどうかを確実に知ることができない。だが、自分のやりたいことに取り組むほうが、少なくとも楽しいだろう。

もしかしたら、子どもたちに知的なバスチケットを集める習慣をつけさせることもできるかもしれない。普通の教育プランでは、広く浅い焦点から始め、徐々に専門化する。しかし私は、自分の子どもには正反対のことをした。広く浅い部分は学校に任せ、深さを取った。

私の子供が何かに興味を持ったら、たとえランダムであっても、バスチケットを集め、先に深く行くよう勧める。バスチケット理論のためではない。勉強の喜びを感じてもらいたいからだ。私が何かを学ばせようとしていると子供が思うことは決してないだろう。子供たちが興味を持っているものである必要がある。私は最も抵抗の少ない道を進んでいるだけだ。深さは副産物だ。だが、学ぶことの楽しさを示そうとすれば、深いところに行くように訓練することにもなる。

効果はあるだろうか? わからない。しかし、この不確実性が最も興味深い点かもしれない。すごい仕事をする方法について学ぶべきことはたくさんある。人類の文明は古いと感じるかもしれないが、こんな基本的なことさえ学び終えていないなら、まだ文明は非常に若い。発見について発見すべきことがまだあると思うとわくわくする。もしその発見が、あなたにとって興味がある種類のものならば。

注釈

[1] バスのチケットよりももっと良く表現できるコレクションは他にもあるのだが、そちらのほうが人気がある。「あなたの趣味は重要ではない」と言って多くの人を怒らせるよりも、劣った例を使った方がいいと思った。

[2] 私は、「純真」という言葉を使ったことがちょっと心配だ。なぜなら、それは「無関心」という意味だと誤解している人がいるからだ。しかし、天才になりたい人は、そのような基本的な言葉の意味を知る必要があるので、今、学ぶほうがいいと思う。

[3] どれだけ多くの人が、失敗せずに責任を持つように言われたり、自分に言い聞かせたりして、天才の芽を摘み取られてしまったか想像してほしい。ラマヌジャンの母親は大きな力となった。彼女がいなかったらと想像してみよう。もしラマヌジャンの両親が、家で座って数学をするのではなく、外で仕事をさせていたら?

その一方、就職しないことの言い訳にラマヌジャンを持ち出す人は、おそらく間違っている。

[4] レオナルドにおけるミラノという場所のように、ダーウィンにとって1709年という時期が重要だった。

[5] 「苦労する無限の能力」はカーライルの文章の意訳だ。「フリードリヒ大王伝」で彼が書いたのは、「...天才(何より尽きせぬトラブルに取り組む能力)の成果だ。」だった。だがこの意訳は今回の話の要点だと思ったので、修正しなかった。

カーライルの歴史書は1858年に出版された。1785年にヘラルト・ド・セシェルはバフォンの言葉を引用して、"Le génie n'est qu'une plus grande aptitude à la patience." (天才は忍耐に過ぎない)と述べている。

[6] トロロペは郵便配達網のシステムを作っていた。トロロペもこの目標の追求に執着していた。情熱がどう育つかを見るのは興味深い。その2年間、農村の手紙運搬船でイギリスをカバーしたいというのが彼の人生の大望だった。ニュートンでさえ、ときどき自分の執着ぶりを知っていた。円周率を15桁まで計算した後、彼は友人に宛てた手紙にこう書いた。「恥ずかしいが、当時は他に用事がなかったので、とても多くの値まで計算してしまった。」
ちなみに、ラマヌジャンも強迫的な計算機だった。カニゲルは優れた伝記を書いている。ラマヌジャンの研究者、B・M・ウィルソンは後に、ラマヌジャンの数論研究にはしばしば「それに先立って、たいていの人が引いてしまうような桁まで計算した数値表がある。」と語った。

[7] 自然の世界を理解するなら、消費ではなく創造しよう。

ニュートンは神学の研究を選んだとき、この鑑定でミスをした。自然の矛盾を解消することは実り多いが、神聖な書物の矛盾を解消することはそうではないということが、ニュートンには信仰により理解できなかった。

[8] ある話題に興味を持つ人の性向のうち、どれくらいが生まれつきなのだろう。私のこれまでの経験では、答えは「ほとんど」のようだ。子どもによって興味を持つものは異なり、興味を持っていないものに興味を持たせるのは難しい。押し付ことはできない。ある話題についてできることは正当に紹介することだ。例えば、数学とは学校の退屈な訓練以上のものだとはっきり示す。あとは子供次第だ。
この原稿を読んでくれたマーク・アンドリーセン、トレバー・ブラックウェル、パトリック・コリソン、ケビン・ラッカー、ジェシカ・リビングストン、ジャッキー・マクドノー、ロバート・モリス、リサ・ランダル、ザック・ストーン、そして私の7歳の子供に感謝する。

ポール・グレアム「偏見検出法」

ポール・グレアム「偏見検出法」を翻訳しました。原題は A Way to Detect Bias で、原文はココです。英語に強い皆さま、メール(takeuchi19@mail.goo.ne.jp)でのアドバイスを、よろしくお願いいたします。

偏見検出法

 

201510

 

多くの人には驚きだろうが、場合によっては、候補者の集団について何も知らなくても、選抜時における偏見を検出できる。他のものの中では、第三者がこの技術を使って、選抜している人が意図的にしているかに関わらず、偏見を検出できるので、これは興味深い。

 

このテクニックは

  a)候補者の、少なくともランダムに選んだサンプルがあり

  b)選抜後の能力が測定されており

c)比較している申請者のグループも、能力がおおむね同等に分布している

なら、いつでも使える。

 

なぜうまく行くのだろうか? 「偏見」とは何を意味しているのか考えよう。選抜方法がタイプxの候補者に偏見を持つとは、選抜されにくくなるということだ。つまり、タイプxの候補者は、選抜されるときにタイプx以外の選抜された人たちよりも良くなければならない、ということだ。 [1] これは、タイプxの選抜者は、他の選抜者よりも優れていることを意味する。そして、選抜された全応募者の成績を測定すれば、選抜時に偏見があったかどうかを測定できる。

 

もちろん、成績を測定するのに使うテストは、意味のあるテストである必要がある。 特に、測定しようとしている偏見によって無効になってはいけない。だが成績を測定できる分野もいくつかあり、その場合はこれらの偏見を検出するのは簡単だ。選抜プロセスが何らかのタイプの候補者を差別しているか知りたい? 選抜された彼らが、他の選抜された人より優れているかどうかを調べよう。これは偏見を検出するための経験則ではない。それは偏見の定義そのものだ。

 

例えば、「ベンチャーキャピタルは女性の起業家を差別しているのでは?」と多くの人が考えている。これは簡単に検出できる。投資先企業の中で、女性が起業家のベンチャーは、女性以外の起業家のベンチャーよりも投資の成果が上がっているだろうか? 数ヶ月前、あるVC会社は研究成果を出版したが、そこには(ほぼ確実に)このタイプの偏見が見られる。ファーストラウンドキャピタル社は、投資先企業の中で、女性が起業家のベンチャーの成績は、そうではないベンチャーの63%よりも上回っていることを発見した。 [2]

 

この手法は多くの人々にとって驚きだろうと私が最初に述べた理由は、こういった分析をめったに見ないからだ。それを測定したファーストラウンドキャピタル社も驚いたに違いない。サンプルを自分たちの投資先に限定すると、ベンチャーの傾向ではなく、企業を選ぶ際の偏見について測ることになると、誰も気づいてないんじゃないか。自分たちが公開した数字の意味を理解していれば、そんな風には公開しなかっただろう。

 

将来、このテクニックはもっと使われるようになるだろう。こういった研究を実施するために必要な情報は、どんどん入手しやすくなっている。何かに応募した人のデータはふつう、選抜した組織によって厳重に管理されるが、今日では、選抜された人に関するデータは、集める手間さえいとわなければ、一般に公開されることがよくある。

 

注釈

 

[1] 雇用者が男性は能力に基づいて、女性はルックスに基づいて採用した場合など、選択時に異なるもので選抜した場合、この手法はうまくいかない。

 

ポール・ブッフハイトが指摘したように、First Round社は最も成功した投資であるUberを研究から除外した。外れ値を除外することが合理的な研究もあるが、ベンチャー企業のリターンの研究のように、大成功の外れ値を引き当てることがすべてのような研究は、その限りではない。

 

サム・アルトマン、ジェシカ・リビングストン、ジェフ・ラルストンに感謝する。

ポール・グレアム「ピッツバーグをスタートアップ・ハブにするには」

ポール・グレアム「ピッツバーグをスタートアップ・ハブにするには」を翻訳しました。原題は How to Make Pittsburgh a Startup Hub で、原文はココです。英語に強い皆さま、メール(takeuchi19@mail.goo.ne.jp)でのアドバイスを、よろしくお願いいたします。
ピッツバーグをスタートアップ・ハブにするには

2016年4月

(これはピッツバーグのOpt412というイベントで話したものだ。話した内容の大部分は他の街にもあてはまるが、すべてではない。講演でも述べたように、ピッツバーグには、大多数のスタートアップ・ハブ候補より重要な利点がいくつかある)

ピッツバーグをシリコンバレーのようなスタートアップ・ハブにするには、何が必要だろうか。私はここ、モンロービルで育ったので、ピッツバーグのことはよく分かっているつもりだ。シリコンバレーも、今、私が住んでいる場所なので、かなりよく理解している。シリコンバレーのような自立したベンチャー集団を、ピッツバーグに作ることはできるだろうか?

この講演を引き受けたとき、「明るい話はできないだろう」と思った。私は、ピッツバーグがどうすればスタートアップ・ハブになれるかを、あくまで仮定の話として話すことになるだろうと思っていた。その代わりに私は、ピッツバーグができることについて話そうと思う。

私が考えを変えたのは、ニューヨーク・タイムズの食べ物コーナーの記事を読んだからだ。タイトルは「ピッツバーグ、若者中心の食品ブーム」だった。ベンチャー関連の人どころか、ほとんどの普通の人は、つまらなさそうと思うかもしれない。だが私はそのタイトルに衝撃を受けた。自分で選んでも、もっと希望の持てるような記事を選ぶことはできなかったと思う。記事を読んでさらに興奮した。「25歳から29歳の人々が、現在、全住民の7.6%を占めており、10年前の7%から増加している」と書いてあったのだ。「あ、ピッツバーグは次のポートランドになるかも」と私は思った。ピッツバーグは20代なら誰でも住みたがる、クールな地域になる可能性がある。

私はピッツバーグに数日前に着いたとき、違いを感じ取ることができた。私はここに1968年から1984年まで住んでいた。当時は理解していなかったが、その間、街はずっと凋落していた。いろんなところで起こったドーナツ化現象の結果、鉄鋼産業と原子力産業はどちらも衰退している。かつてと異なるのは若者だ。都心が昔より栄えているように見えるだけではない。私が子供だったときにはなかったエネルギーがある。

子供のころ、ここは若者が出ていく場所だった。今ではここは若者がやってくる場所だ。

それとベンチャーと何の関係があるの?ベンチャーは人でできており、一般的なベンチャーの社員の平均年齢は25歳から29歳の間だ。

私は街がベンチャーの人々にどれほど強い影響を与えるかを見てきた。5年前、ベンチャーの人々はシリコンバレーの中心を半島からサンフランシスコに移した。GoogleとFacebookは半島にあるが、次の世代の覇者はすべてサンフランシスコだ。中心が移動した理由は、特にプログラマーにとっては、才能の引き抜き合戦だった。ほとんどの25歳から29歳は、退屈な郊外ではなく街に住みたいと考える。だから創業者は嫌でも街に行かざるを得ないと知っている。おそらくシリコンバレーに住みたがっていたのに、引き抜き合戦に負けないためにはそうするしかなかったのでサンフランシスコに引っ越した創業者を、私は何人か知っている。

だから20代の人々を惹きつけるというのは非常に有望だ。その条件を満たさない場所がスタートアップ・ハブになると想像するのは難しい。25〜29歳の割合が増加しているという統計を読んだとき、ベンチャー数のグラフがx軸から上に向かって伸びるのを見るのと全く同じように感じた。

全米の25〜29歳の割合は6.8%だ。つまりピッツバーグは0.8%、上回っている。ピッツバーグの人口は30万6000人だから、若者が2500人余り多い。小さな町の人口に匹敵する若者が、まるまる余っている。足がかりはあるんだ。今すぐそれを大きくする必要がある。

そして「若者中心の食品ブーム」は、ささいに見えるかもしれないが、決してちっぽけな話ではない。レストランやカフェは街の個性の大部分だ。パリの通りを歩いていると想像しよう。周りに何がある? 小さなレストランやカフェだ。どこかのさびれた郊外をドライブしていると想像しよう。周りに何がある? スターバックス、マクドナルド、ピザハットだ。ガートルード・スタインが言ったように、「どこにでもにある、はどこでもない。どこだっていいから」。

これらのチェーン店でないレストランやカフェは、人々に飲食を提供しているだけではない。人々をそこに住んでいる気にさせるのだ。

だからピッツバーグを次のシリコンバレーにしたいなら、最初の具体的なアドバイスは、この若者中心の食品ブームを推進できることなら何でもやれ、だ。市には何ができるだろう? こういった小さなレストランやカフェを始める人々をお客様として扱い、必要なものを尋ねよう。彼らが望むかもしれないことを、私は少なくとも1つ推測できる。スピーディーな営業許可だ。この分野では、サンフランシスコに大差で勝つ余地がある。

レストランが原動力ではないことくらい私だって知っている。タイムズの記事によれば、重要なのは安い居住費だ。それは大きなメリットだ。しかし「安い居住費」という言葉は少し誤解を招く。居住費が安い場所はたくさんある。ピッツバーグが特別なのは、居住費が安いからではなく、みんなが本当に住みたいと思う、居住費の安い場所だからだ。

理由の一部は建物そのものだ。私はずっと昔、自分が20代で貧しかったときに悟ったのだが、一番いい取引は、かつては豊かだったのに貧しくなった地域だった。ずっと豊かだった地域は素晴らしいが高すぎる。ずっと貧しかった地域は、安いが不快だ。しかし、かつて豊かだった貧しい地域では、安い豪邸を見つけることができる。それがピッツバーグに人々が集まる理由だ。百年前、ピッツバーグは豊かで、ここに住んでいた人々は大きく頑丈な建物を建てた。いつも最高にオシャレというわけではなかったが、非常にしっかりとした建物だ。ここで、スタートアップ・ハブになるためのもう一つのアドバイスができる。人々をピッツバーグに引き付けている建物を壊すな。ピッツバーグのように街が再生すると、開発業者は古い建物を壊そうと競争しだすが、そうならないようにして欲しい。歴史の保存に焦点を当てよう。大きな不動産開発プロジェクトでは20代は増えない。不動産開発プロジェクトは新しいレストランやカフェとは正反対だ。大きな不動産開発プロジェクトは都市から個性をなくしてしまう。
歴史の証拠によれば、歴史の保存についてはいくら厳しくてもいいようだ。歴史の保存が厳しければ厳しいほど良い都市になるように思える。

だがピッツバーグの魅力は、建物だけではなく、ピッツバーグの界隈だ。サンフランシスコやニューヨークと同様、ピッツバーグは自動車の登場前にできた都市なので、それほど広がりすぎていないのは幸いだ。25〜29歳の人は運転を好まないからだ。彼らは歩いたり、自転車に乗ったり、公共交通機関を利用することを好む。最近サンフランシスコに行った人は、すぐに膨大な数の自転車に嫌でも気づくだろう。これは二十代の一時的な流行ではない。この点に関しては、彼らは良い生き方を知っている。ひげはOKだが、バイクはダメ。街は自動車なしで周遊できるくらいが限界だ。だから私はこれに関してできることは何でもやれと言おう。歴史の保存と同様、やりすぎることはない。

ピッツバーグを全米一、自転車や歩行者に優しい都市にしたら? そうできたら、サンフランシスコをはるか後方に引き離せる。そうなって後悔することはまずないだろう。あなたが引き寄せたいしたい若者にとって、街は楽園に見える。就職のために他の街に行くなら、そのような場所を去ることを彼らは残念に思うだろう。じゃあ欠点は何? 「自転車に優しい街にしたせいで街は台無し」なんて見出し、想像できる? ありそうもない。
さて、クールな古い界隈とクールな小さなレストランのおかげで、ピッツバーグがポートランドのようになったとしよう。それは十分に良いだろうか? いや、ポートランドよりも良くなる。というのは、ピッツバーグにはポートランドにはない、一流の研究大学があるからだ。カーネギー・メロン大学に小さなカフェ群を足すと、ラテを飲むおしゃれな人々以上のものになる。つまり、分散システムについてお喋りしながらラテを飲むおしゃれな人々。もうほとんどサンフランシスコだ。

実際には、カーネギー・メロン大学は都心にあるが、スタンフォード大学とバークレー大学は郊外にあるから、サンフランシスコよりもっと良い。

ピッツバーグをスタートアップ・ハブにするのに、カーネギー・メロン大学にできることは?さらに良い研究大学になることだ。カーネギー・メロン大学は世界でも最高の大学の一つだが、それが本当に世界一になり、そのことが知れ渡ったらどうだろう。世界一の場所ならどこだろうと、たとえシベリアであれ、行かずにはいられない野心的な人々がたくさんいる。もしカーネギー・メロン大学がそこだったら、彼らはみんなピッツバーグに来るだろう。いつか必ずピッツバーグに住みたいと夢見る子供たちが、カザフスタンに現れるに違いない。

そのような才能のある人を引き付けることが、都市をスタートアップ・ハブにするために、大学がいちばん貢献できることだ。本当のところ、現実に大学にできることはそれくらいだ。

いや待てよ、名前に「イノベーション」とか「起業家精神」といった言葉が入るプログラムを大学が始めたら? いや、やめたほうがいい。この種のものは、ほぼすべてが失敗に終わる。目標の設定が間違っている。イノベーションを起こしたいなら、イノベーションそのものを目指すのではなく、電池や3D印刷の改善といった、より具体的なものを目指すことだ。起業家精神について学ぶには起業するしかない。学校で教えることはできない。

ベンチャー推進のために大学ができることは、卓越した大学になることだと聞くと、一部の管理者はがっかりするかもしれないね。体重を減らそうとしている人に、「食べる量を減らせ」と言うようなものだ。

だが、ベンチャーがどこから生まれるかを知りたいなら、歴史的な証拠を見てほしい。大成功したベンチャーの歴史を見ると、面白い副業を始めた何人かの創業者から有機的に成長したことがわかる。大学は創業者を集めるのにとても優れているが、それ以上に大学ができる最善のことは、邪魔をしないことだ。たとえば学生や教員が開発する「知的財産」の所有権を主張しない、入学延期や休学に対し柔軟な規則にする、など。

実際、ベンチャーの奨励に大学ができる最高のことの1つは、ハーバードが発明した、巧妙な抜け道だ。かつてハーバード大学では、クリスマス後の秋学期に試験をすることになっていた。試験勉強をする1月初めに、読書期間と呼ばれるものがあった。ほとんど知られていないが、マイクロソフトとFacebookには、どちらも読書期間中に始まったという共通点がある。これはベンチャーとなる一連の副業を生み出すのに最適な状況だ。学生はみんなキャンパスにいるが、試験勉強中とみなされているので、実際には何もしなくていい。

ハーバード大学は数年前に試験をクリスマス前に移動し、読書期間を11日から7日に短縮したので、この抜け道を閉ざしてしまったかもしれない。だが大学が本当に学生のベンチャー企業を支援したいのなら、時価総額により重みづけした経験的証拠からは、文字通り、何もしないほうが良かっただろう。
ピッツバーグの文化は一つの強みだ。街がスタートアップ・ハブとなるためには、自由な社会でなきゃダメだ。その理由は明らかだ。ベンチャーは非常に奇妙なものなので、街をベンチャーの巣にしたいなら、奇妙さを容認しなければならない。そして、大きなベンチャーになるような奇妙さだけを選択することはできない。それらはすべて混じっているからだ。すべての奇妙さを許さなきゃいけない。

即座に米国の大部分は失格してしまうが、ピッツバーグは合格だと私は楽観的に考えている。当時はそれが珍しいことだと気づかなかったが、私がここで育って覚えていることの一つは、人々が非常にうまくやっていることだ。未だに理由がわからない。たぶん理由の一つは、誰もが移民のように思っているということだろう。私がモンロービルの子供だったとき、人々は自分をアメリカ人だとは言わなかった。みんな自分のことを、イタリア人、セルビア人、ウクライナ人と言っていた。百年前、20ものさまざまな国から人々が集まっていた時期の、ピッツバーグがどうだったかを想像しよう。寛容にならざるを得なかったのだ。

ピッツバーグの文化について覚えているのは、寛容で現実的だったということだ。シリコンバレーの文化についても言える。ピッツバーグはその時代のシリコンバレーだったから、それは偶然ではない。ピッツバーグは人々が新しいものを築いた街だった。人々が築くものは変わったが、そういった仕事をするのに必要な精神は同じだ。

だから、ラテをガブ飲みするおしゃれな人々がやってくると、時にイライラさせられるかもしれないが、私は彼らを励ますために頑張るつもりだ。もっと広く、変人で知られるカリフォルニア人よりも、奇妙さに寛容になろう。ピッツバーグにとって、これは保守的な選択だ。この街の原点への回帰なのだ。

残念だが、いちばん難しい部分を最後にとっておいた。ここをスタートアップ・ハブにしたいなら、ピッツバーグにはない必要なものがもう一つある。投資家だ。シリコンバレーには大きな投資家コミュニティがある。というのも、50年かけて育て上げたからだ。ニューヨークには大きな投資家コミュニティがある。というのも、お金が大好きで、お金を稼ぐ新しい方法に目ざとい人で溢れているからだ。しかし、ピッツバーグはどちらもいない。人々を惹きつける居住費の安さも、投資家には効かない。

ピッツバーグに投資家のコミュニティが育つとしたら、シリコンバレーと同様、ゆっくりと有機的に育つだろう。だから私は、短期間で大きな投資家コミュニティができると請け合うつもりはない。だが幸運なことに、昔ほど投資家が必要でなくなっている3つの傾向がある。一つは、ベンチャーの起業にますますお金がかからなくなっているため、昔ほど多額の外部資金がいらなくなっていることだ。もう一つは、Kickstarter(訳注:2008年にアメリカで設立された、クラウドファンディングのサービス)的なもののおかげで、ベンチャーはより早く利益を得られるようになったことだ。Kickstarterへの投稿はどこからでもできる。3番目はYCombinatorのようなプログラムだ。世界中のどこからでもベンチャーは3ヶ月間、YCombinatorに参加して資金を獲得し、必要なら街に戻れる。

ピッツバーグをベンチャーの楽園にし、しだいに根付くようにしろと私はアドバイスする。ベンチャーの一部は成功し、起業家の一部は投資家となり、さらに多くのベンチャーが続くだろう。

これは、スタートアップ・ハブになる近道ではない。だが少なくとも他の街にはない道なのだ。その間に苦しい犠牲を払う必要はない。何をする必要があるか考えてみよう。地元のレストランを奨励し、古い建物を保存し、小ぢんまりとした感じを活かし、カーネギー・メロン大学を世界一にし、寛容を促進する。これは今、ピッツバーグを暮らしやすくするのにも良いことだ。私は「どんどんやれ」と言っているに過ぎない。

これはワクワクする考えだ。スタートアップ・ハブになるために、ピッツバーグがすべきことがこの程度ならば、成功のチャンスがある。実際、おそらく同程度の都市の中ではいちばん可能性が高い。ある程度の努力と長い時間が必要だが、どの街にもできることなら、ピッツバーグにもできる。

この原稿を読んでくれたチャーリー・チーバーとジェシカ・リビングストン、Opt412を運営し、私を招待してくれたメグ・チーバーに感謝する。

ポール・グレアム「瀕死の危機」

ポール・グレアム「瀕死の危機」を翻訳しました。原題は The Fatal Pinch で、原文はココです。英語に強い皆さま、メール(takeuchi19@mail.goo.ne.jp)でのアドバイスを、よろしくお願いいたします。

瀕死の危機
The Fatal Pinch

2014年12月
December 2014

多くのベンチャーは、倒産の数ヶ月前は、銀行に多額の預金がありながら、毎月、赤字も大きく、売上もゼロかパッとしない時期にいる。会社には、いわば半年分の滑走路しかない。もっと残酷な言い方をするなら、倒産の半年前にいるのだ。倒産を避けるためには、「追加の投資を受ければいい」とベンチャーは期待する。 [1]
Many startups go through a point a few months before they die where although they have a significant amount of money in the bank, they're also losing a lot each month, and revenue growth is either nonexistent or mediocre. The company has, say, 6 months of runway. Or to put it more brutally, 6 months before they're out of business. They expect to avoid that by raising more from investors. [1]

その最後の文章こそ命取りだ。
That last sentence is the fatal one.

かつて関心を寄せてくれた投資家が、追加投資に応じることに、起業家ほど甘い夢を見てしまう人々はいない。投資家を最初に投資させる説得も難しいのに、起業家は期待する。2回目の説得には、3つの重荷がさらなる障害となる。
There may be nothing founders are so prone to delude themselves about as how interested investors will be in giving them additional funding. It's hard to convince investors the first time too, but founders expect that. What bites them the second time is a confluence of three forces:

1.同社は今や、初めて獲得した資金よりも、多くのお金を費やしている。
1.The company is spending more now than it did the first time it raised money.

2.投資家は、一度、投資を受けた企業には、はるかに高い基準を課す。
2.Investors have much higher standards for companies that have already raised money.

3.企業は今や、失敗しつつある。最初に資金を得たときは、成功も失敗もない。そのような判断をするには早すぎた。もうその判断をしても良い時期だし、その成果は失敗する企業と同様なので、特別な事情がない限り「失敗した」と判断されてしまう。
3.The company is now starting to read as a failure. The first time it raised money, it was neither a success nor a failure; it was too early to ask. Now it's possible to ask that question, and the default answer is failure, because at this point that is the default outcome.

最初の段落で説明した状況を「瀕死の危機」と呼ぼう。私はなるべく新しい用語を作らないようにしているのだが、まさにこの状況にいる起業家たちに、そう悟って欲しいので、この言葉を作った。
I'm going to call the situation I described in the first paragraph "the fatal pinch." I try to resist coining phrases, but making up a name for this situation may snap founders into realizing when they're in it.

瀕死の危機が危険な理由の一つは、それ自体が危険性を高めるからだ。追加の資金調達できると楽観している企業家は、利益を上げようと焦らないため、資金調達の可能性はさらに低下する。
One of the things that makes the fatal pinch so dangerous is that it's self-reinforcing. Founders overestimate their chances of raising more money, and so are slack about reaching profitability, which further decreases their chances of raising money.

瀕死の危機についてはわかった。じゃあどうすればいい? もちろんベストなのは、そうならないようにすることだ。Y Combinatorは資金を調達する起業家に、まるでこれ以上の資金調達はしないように振る舞えと指示する。そんな状況での自己強化は、逆に働くからだ。投資の必要が少ないほど、より簡単に投資をしてもらえる。
Now that you know about the fatal pinch, what do you do about it? Obviously the best thing to do is avoid it. Y Combinator tells founders who raise money to act as if it's the last they'll ever get. Because the self-reinforcing nature of this situation works the other way too: the less you need further investment, the easier it is to get.

もう瀕死の危機にいる時は? 最初のステップは、追加の資金を得られる確率を見つめなおすことだ。ここで私は、すごい予知能力で教えてあげよう。その確率はゼロだ。[2]
What do you do if you're already in the fatal pinch? The first step is to re-evaluate the probability of raising more money. I will now, by an amazing feat of clairvoyance, do this for you: the probability is zero. [2]

選択肢は3つある。会社を畳むか、収入を増やすか、支出を減らすかだ。
Three options remain: you can shut down the company, you can increase how much you make, and you can decrease how much you spend.

何をしても確実に失敗すると思っているなら、会社を畳む必要がある。そうすれば、少なくとも残った資金を返済できるし、乗り越えるのに何ヶ月もかかるだろうが、自分自身を救うこともできる。
You should shut down the company if you're certain it will fail no matter what you do. Then at least you can give back the money you have left, and save yourself however many months you would have spent riding it down.

現実に畳む必要がある企業はめったにない。ただ私はここで、「もう自分はあきらめている」と認める選択肢を与えているんだ。
Companies rarely have to fail though. What I'm really doing here is giving you the option of admitting you've already given up.

会社を畳みたくないなら、収入を増やし、経費を削減するしかない。ほとんどのベンチャーでは、経費=人件費で、経費削減=解雇だ。 [3] 普通、解雇の決断は難しいが、ためらうべきでないケースが1つある。解雇すべき人を知っているのに、あなたが見ないふりをしている時だ。もしそうなら、今こそ解雇の時だ。
If you don't want to shut down the company, that leaves increasing revenues and decreasing expenses. In most startups, expenses = people and decreasing expenses = firing people. [3] Deciding to fire people is usually hard, but there's one case in which it shouldn't be: when there are people you already know you should fire but you're in denial about it. If so, now's the time.

その解雇によって利益が上がるか、またはその解雇によって、残された資金で利益を上げることが可能になるなら、すぐに危機から脱出できるだろう。
If that makes you profitable, or will enable you to make it to profitability on the money you have left, you've avoided the immediate danger.

それ以外の場合は、3つの選択肢がある。良い人を解雇するか、しばらく社員の一部または全員の給料を減らすか、収入を増やすかだ。
Otherwise you have three options: you either have to fire good people, get some or all of the employees to take less salary for a while, or increase revenues.

給料の減額は、問題がそれほど深刻でないときにしか効かない、頼りない解決策だ。現在、それほど利益は上がっていないが、給料を少し減らせば乗り切れるのなら、誰でもそうするだろう。そうでなければ、たぶんあなたは、その問題を先延ばしにしているだけであり、それは給料の減額を提案される人々には明らかだろう。 [4]
Getting people to take less salary is a weak solution that will only work when the problem isn't too bad. If your current trajectory won't quite get you to profitability but you can get over the threshold by cutting salaries a little, you might be able to make the case to everyone for doing it. Otherwise you're probably just postponing the problem, and that will be obvious to the people whose salaries you're proposing to cut. [4]

まだ、良い人々を解雇したり、より多くの資金を稼ぐという2つの選択肢が残されている。それらのバランスをとるために、最終的な目標を忘れないで欲しい。多くの人が使う一つの製品を作るという意味で、成功した企業になることだ。
Which leaves two options, firing good people and making more money. While trying to balance them, keep in mind the eventual goal: to be a successful product company in the sense of having a single thing lots of people use.

トラブルの原因が解雇のしすぎなら、もっと解雇する人に関心を持つべきだ。自分の会社が何を作るのかも知らないのに、15人をクビにしたら、会社は台無しになる。何を作りたいのか把握すれば、15人よりも、少数の人で作る方が簡単かもしれない。さらに言えば、最終的に何を作ることになろうと、15人の全員が必要ではないかもしれない。だから解決策は、規模を縮小し、どの方向に成長するか把握することだ。結局のところ、会社が倒産してしまったら、この15人にあなたは何の利益も与えていない。彼らは全員、この不運な会社に費やしたすべての時間と、最終的には仕事を失うだろう。
You should lean more toward firing people if the source of your trouble is overhiring. If you went out and hired 15 people before you even knew what you were building, you've created a broken company. You need to figure out what you're building, and it will probably be easier to do that with a handful of people than 15. Plus those 15 people might not even be the ones you need for whatever you end up building. So the solution may be to shrink and then figure out what direction to grow in. After all, you're not doing those 15 people any favors if you fly the company into ground with them aboard. They'll all lose their jobs eventually, along with all the time they expended on this doomed company.

一方、少数の人しかいないのなら、より多くのお金を稼ぐことに集中したほうがいいだろう。ベンチャーにもっと利益を増やせと言うのは安易だと思えるかもしれない。普通、ベンチャーは何を売っていようと、すでに最大限の販売努力をしているからだ。ここで私が言いたいのは、もっと一生懸命になるのではなく、やり方を変えることだ。たとえば、セールスは1人だけで、残りはプログラミングをしているなら、全員でセールスすることを考えよう。倒産するっていうのに、プログラムしてたって、なんの得もないだろう? ある契約を決めるのにプログラムを書く必要があるなら、そうすればいい。それはセールスの結果に伴うものだ。だが、なるべく早く、いちばん金になる仕事だけしよう。
Whereas if you only have a handful of people, it may be better to focus on trying to make more money. It may seem facile to suggest a startup make more money, as if that could be done for the asking. Usually a startup is already trying as hard as it can to sell whatever it sells. What I'm suggesting here is not so much to try harder to make money but to try to make money in a different way. For example, if you have only one person selling while the rest are writing code, consider having everyone work on selling. What good will more code do you when you're out of business? If you have to write code to close a certain deal, go ahead; that follows from everyone working on selling. But only work on whatever will get you the most revenue the soonest.

お金を稼ぐもう一つの方法は、いろんな仕事、特に顧問プログラマの仕事を増やすことだ。顧問プログラマと言っても、ソフト開発から純粋な顧問プログラマに至る、長い「滑りやすい坂道」があるが、本当に顧客が熱狂するものを作る前に、顧問プログラマを避ける必要はない。あなたの製品があまり魅力的でなくても、ベンチャー企業なら、あなたの会社のプログラマーは、顧客の雇っている、もしくは雇うことができるプログラマーより優秀なことが多い。あるいは、あなたが理解していない新しい分野の専門知識を持っているかもしれない。だからセールス・トークをちょっと変えて、「私たちの製品を買ってください」ではなく、「何に大金を支払っていますか?」と聞くようにすれば、顧客からお金を払ってもらうことが、急にずっと簡単になるかもしれない。
Another way to make money differently is to sell different things, and in particular to do more consultingish work. I say consultingish because there is a long slippery slope from making products to pure consulting, and you don't have to go far down it before you start to offer something really attractive to customers. Although your product may not be very appealing yet, if you're a startup your programmers will often be way better than the ones your customers have or can hire. Or you may have expertise in some new field they don't understand. So if you change your sales conversations just a little from "do you want to buy our product?" to "what do you need that you'd pay a lot for?" you may find it's suddenly a lot easier to extract money from customers.

これをするなら冷酷な傭兵になること。会社を倒産から救うためにも、顧客にすぐに大金を支払わせる必要がある。そしてできる限り、顧問プログラマの最悪の罠を避けること。理想的には顧客にはあなたの製品の、はっきり異なる別バージョンを作ることだ。そうすれば、それはある意味、通常の製品セールスだ。著作権を放棄せず、時間単位の契約をしないこと。
Be ruthlessly mercenary when you start doing this though: you're trying to save your company from death here, so make customers pay a lot, quickly. And to the extent you can, try to avoid the worst pitfalls of consulting. The ideal thing might be if you built a precisely defined derivative version of your product for the customer, and it was otherwise a straight product sale. You keep the IP and no billing by the hour.

最良の場合、この顧問プログラマ業務によって、会社が存続できるだけでなく、あなたの会社がしていることが「スケールしないこと」とわかるかもしれない。あまり期待してはいけないが、個々のユーザの要望にどっぷり浸かっていても、将来、有望な小さな突破口を探し続けること。
In the best case, this consultingish work may not be just something you do to survive, but may turn out to be the thing-that-doesn't-scale that defines your company. Don't expect it to be, but as you dive into individual users' needs, keep your eyes open for narrow openings that have wide vistas beyond.

あなたが真に無能でない限り、顧問プログラマに身を落とせば、程度の差はあれ、生き残れる場所がある。だが私は、深い考えもなしに「滑りやすい坂道」という言葉を使ったのではない。製品のカスタマイズを求める顧客の終わりなき要求は、あなたを絶え間なく底辺に引きずり落とそうとする。あなたの会社は生き残れる可能性が高いが、損失や本業以外の仕事を最小限にすることが新たな課題となる。
There is usually so much demand for custom work that unless you're really incompetent there has to be some point down the slope of consulting at which you can survive. But I didn't use the term slippery slope by accident; customers' insatiable demand for custom work will always be pushing you toward the bottom. So while you'll probably survive, the problem now becomes to survive with the least damage and distraction.

良いニュースは、成功した新しいベンチャー企業の多くも、瀕死の時期を経験した後に成長したことだ。自社が倒産寸前なら、そう自覚して欲しい。瀕死の危機にいるならば、まさに倒産寸前なのだ。
The good news is, plenty of successful startups have passed through near-death experiences and gone on to flourish. You just have to realize in time that you're near death. And if you're in the fatal pinch, you are.


注釈
Notes

[1] 少数ながら、製品の完成に時間がかかるため、最初の1年か2年、利益を上げることが期待できない企業もある。そのような企業は「利益の伸び」を「進捗」に読み替えて欲しい。ただし、最初の投資家があらかじめ同意していない限り、あなたの会社はこのタイプではない。そして実を言えば、そういった企業でさえ、「進捗」はお金にならず、投資家の慈悲にすがることになるため、そのような企業でなくなることを願っている。
[1] There are a handful of companies that can't reasonably expect to make money for the first year or two, because what they're building takes so long. For these companies substitute "progress" for "revenue growth." You're not one of these companies unless your initial investors agreed in advance that you were. And frankly even these companies wish they weren't, because the illiquidity of "progress" puts them at the mercy of investors.

[2] 過去に投資してくれた投資家が、追加投資を約束しており、あなたを支援しているという、瀕死の危機の変種がある。あなたは「追加投資を約束してくれた」と思っているが、投資家は「『追加投資をするかも』と言った」としか考えていない可能性のほうが高い。この問題の解決法は、8ヶ月以下の滑走路がある場合、今すぐお金を稼ごうとすることだ。その結果、資金を得られたなら、(緊急の)問題は解決されたし、そうでなくとも、少なくとも投資家が追加投資をしてくれない可能性について、見ないふりを止めることができるだろう。
[2] There's a variant of the fatal pinch where your existing investors help you along by promising to invest more. Or rather, where you read them as promising to invest more, while they think they're just mentioning the possibility. The way to solve this problem, if you have 8 months of runway or less, is to try to get the money right now. Then you'll either get the money, in which case (immediate) problem solved, or at least prevent your investors from helping you to remain in denial about your fundraising prospects.

[3] 当然だが、削減可能な人件費以外の多額の経費があるなら、直ちに削減すること。
[3] Obviously, if you have significant expenses other than salaries that you can eliminate, do it now.

[4] もちろん問題の原因は、あなたが高い給料を払っていることだ。創業者の給料を必要最小限にすれば、利益にできる。しかし、この文章を読まなければ、そうする必要があると理解できないのなら、マズい兆候だ。
[4] Unless of course the source of the problem is that you're paying yourselves high salaries. If by cutting the founders' salaries to the minimum you need, you can make it to profitability, you should. But it's a bad sign if you needed to read this to realize that.

この原稿を読んでくれたサム・アルトマン、ポール・ブックハイト、ジェシカ・リビングストン、ジェフ・ラルストンに感謝する。
Thanks to Sam Altman, Paul Buchheit, Jessica Livingston, and Geoff Ralston for reading drafts of this.

ポール・グレアム「HTML: 完全ガイド」へのAmazonレビュー

ポール・グレアムのAmazonでの"Reference for an Imaginary Standard"の書評を翻訳しました。原題は"Reference for an Imaginary Standard"で、原文はココです。

「HTML: 完全ガイド (ペーパーバック)」へのAmazonレビュー

★★☆☆☆ 架空の標準のための参考文献、2000年6月15日

htmlは2つの言語だとわかる本。つまりブラウザが表示する言語としてのhtmlと、現実のどのブラウザにも表示されない、委員会が設計した理論上の標準としてのhtmlだ。人に見せるウェブページをデザインしているのなら、必要なのは前者について書いてある本だ。この本はそうではない。

私がこの本を買ったのは、現実のブラウザで人々が閲覧可能なウェブページを作りたかったからだ。だがその代わりに、私は「HTML 4.0では多くの拡張機能が標準になっており、新しい解決策が導入されています。ブラウザの進化が待たれます」といった文章を散見した。

参考資料でこんな文章を読まされるとは驚きだ。はっきり言って、ノンフィクションの文章を書いているときに、自分がこんな文章を書いているのに気づいたら、それは何かが間違っている証拠だ。

ポール・グレアム「ブラック・スワン農場」

ポール・グレアム「ブラック・スワン農場」を翻訳しました。原題は Black Swan Farming で、原文はココです。なお翻訳にあたり、filil様、tamo様、shiro様のアドバイスをいただいております。ありがとうございます!

ブラック・スワン農場
Black Swan Farming

2012年9月
September 2012

私は長年の間に、何種類かの仕事をしてきたが、ベンチャー企業への投資ほど直観に反する仕事を他に知らない。
I've done several types of work over the years but I don't know another as counterintuitive as startup investing.

ベンチャー企業への投資を職業にするとき、理解すべき最も重要な2つのことは、 (1) 事実上すべてのリターンは、大成功するごくわずかな企業だけから来る、ということと、(2) 最高のアイデアは、最初はダメなアイデアに見える、ということだ。
The two most important things to understand about startup investing, as a business, are (1) that effectively all the returns are concentrated in a few big winners, and (2) that the best ideas look initially like bad ideas.

最初のルールを、私は知識としては知っていたが、私たちに起きるまで、本当には理解していなかった。私たちが資金を提供した企業群の総評価額は100億ドルかそこらだ。だがたった2つの企業(DropboxとAirbnb)で、そのおよそ3/4をたたき出している。
The first rule I knew intellectually, but didn't really grasp till it happened to us. The total value of the companies we've funded is around 10 billion, give or take a few. But just two companies, Dropbox and Airbnb, account for about three quarters of it.

ベンチャー業界では、大成功の『大』の規模は、ふつうの人の予想の範囲を超える。こうした予想の範囲というものが先天的なものか後天的なものかは知らないが、とにかくベンチャー投資のリターンの幅が、最低を1として最高が1000になるなどとは思わないものだ
In startups, the big winners are big to a degree that violates our expectations about variation. I don't know whether these expectations are innate or learned, but whatever the cause, we are just not prepared for the 1000x variation in outcomes that one finds in startup investing.

その結果、不思議な結論がたくさん生み出される。例えば純粋に財務上の話だけで言えば、YCのバッチ1回につき、私たちに大きなリターンをもたらすものはせいぜい一社で、残りはビジネスに必要なコストに過ぎないということになる。[1] 私はこの事実を本当に受け入れているとは言えない。ひとつには直観に反しすぎているからであり、もうひとつには、お金だけが理由ではないからだ。もし私たちが各期に1社にしか投資しなかったら、YCはかなり寂しいものとなるだろう。それでも、これは事実なのだ。
That yields all sorts of strange consequences. For example, in purely financial terms, there is probably at most one company in each YC batch that will have a significant effect on our returns, and the rest are just a cost of doing business. [1] I haven't really assimilated that fact, partly because it's so counterintuitive, and partly because we're not doing this just for financial reasons; YC would be a pretty lonely place if we only had one company per batch. And yet it's true.

直観に反する分野で成功するには、パイロットが雲の中を飛ぶときのように、直観を無視する必要がある。[2] たとえ間違っているという感覚があっても、知識として正しいと知っていることをする必要があるのだ。
To succeed in a domain that violates your intuitions, you need to be able to turn them off the way a pilot does when flying through clouds. [2] You need to do what you know intellectually to be right, even though it feels wrong.

それは私たちにとって、終わりなき戦いだ。自分自身に十分なリスクを負わせるのは難しい。あるベンチャー企業に面接して「たぶん成功するな」と思ったら、その企業に資金を提供せずにはいられないだろう。だが、少なくとも金銭的には、成功にはたったの一種類しかない。つまり真に大成功する企業の一つになるか否かしかなく、またもし大成功しなかったならば、その企業に資金を提供したかどうかは関係ない、というのも、たとえ彼らが成功したところで、リターンに対する影響はわずかだからだ。同じ日の別の面接で、何を作りたいのかさえはっきり決めていない、賢い19歳の人々に会うかもしれない。成功する可能性は低そうに思える。しかしまたしても、単なる成功ではなく、真に大成功する可能性についての話をしているのだ。どんなグループであっても、真に大成功をする可能性なんてごくわずかだろうが、そんな19歳の奴らの方が、それ以外の、もっと安心できるグループよりも可能性は高いだろう。
It's a constant battle for us. It's hard to make ourselves take enough risks. When you interview a startup and think "they seem likely to succeed," it's hard not to fund them. And yet, financially at least, there is only one kind of success: they're either going to be one of the really big winners or not, and if not it doesn't matter whether you fund them, because even if they succeed the effect on your returns will be insignificant. In the same day of interviews you might meet some smart 19 year olds who aren't even sure what they want to work on. Their chances of succeeding seem small. But again, it's not their chances of succeeding that matter but their chances of succeeding really big. The probability that any group will succeed really big is microscopically small, but the probability that those 19 year olds will might be higher than that of the other, safer group.

ある企業が大成功する確率は、成功する確率のn分の一という定数で単純計算できるものではない。もしそうなら、成功しそうな企業すべてに投資すれば、n分の一が大ヒットすることになる。だが残念なことに、勝者を見つけだすのはそんな易しい問題ではない。成功の見込みという目の前の象をあえて無視し、大成功するかどうかという、まったく別の、ほとんど目にも見えないような問題に注目しなければいけないのだ。
The probability that a startup will make it big is not simply a constant fraction of the probability that they will succeed at all. If it were, you could fund everyone who seemed likely to succeed at all, and you'd get that fraction of big hits. Unfortunately picking winners is harder than that. You have to ignore the elephant in front of you, the likelihood they'll succeed, and focus instead on the separate and almost invisibly intangible question of whether they'll succeed really big.


より困難
Harder

この問題は「最高のアイデアは最初はダメなアイデアに見える」という事実によって、いっそう難しくなる。私はかつて、このことについて書いた。もし良いアイデアが誰から見てもよいアイデアなら、既に他の人がやってしまっているだろう、と。だから良い投資家は、周りのほとんどの人から『どこが良いのかサッパリわからない』と言われるようなアイデアに取り組むものだ。こう言ってしまうと、成果が見える時点までの行動は、『狂気とは何か』の説明と大差ない。
That's made harder by the fact that the best startup ideas seem at first like bad ideas. I've written about this before: if a good idea were obviously good, someone else would already have done it. So the most successful founders tend to work on ideas that few beside them realize are good. Which is not that far from a description of insanity, till you reach the point where you see results.

ピーター・ティールがはじめてYCで話した時、彼はこの状況を完璧に説明するベン図を描いた。彼は2つの円を交差させて描き、一方には「悪いアイデアに見える」、もう一方には「よいアイデア」と書いた。交差している部分が、ベンチャーの起業に最適な箇所だ。
The first time Peter Thiel spoke at YC he drew a Venn diagram that illustrates the situation perfectly. He drew two intersecting circles, one labelled "seems like a bad idea" and the other "is a good idea." The intersection is the sweet spot for startups.

この概念は単純だが、ベン図と見なすことで分かることがある。交差する部分というものが存在する、つまり、ダメに見える良いアイデアがある、ということを私たちに思い出させてくれるのだ。さらにそれは、悪く見えるアイデアの大多数は悪いということも教えてくれる。
This concept is a simple one and yet seeing it as a Venn diagram is illuminating. It reminds you that there is an intersection—that there are good ideas that seem bad. It also reminds you that the vast majority of ideas that seem bad are bad.

最高のアイデアはダメなアイデアに見えるという事実によって、大成功する人を見つけることはさらに難しくなる。それは、「ベンチャー企業が真に大きくなる可能性は、成功する企業のうち、単にある一定の確率になる」のではなく、「大成功する可能性の高いベンチャーは、普通の成功をする確率が異常に低く見える」ということなのだ。
The fact that the best ideas seem like bad ideas makes it even harder to recognize the big winners. It means the probability of a startup making it really big is not merely not a constant fraction of the probability that it will succeed, but that the startups with a high probability of the former will seem to have a disproportionately low probability of the latter.

歴史は大成功によって書き換えられてしまいがちだ。その結果、後から見れば、彼らが大成功したのは当然に思えてしまう。だからこそはじめてFacebookの話を聞いたとき、どれだけダメに思えたかは、私の最も貴重な思い出の1つだ。大学生のヒマつぶし用サイトだって? まるでダメなアイデアだと思った。だってそんなのは (1)市場が狭く、(2) お金のない人たちが、(3) くだらないことをする、サイトだからだ。
History tends to get rewritten by big successes, so that in retrospect it seems obvious they were going to make it big. For that reason one of my most valuable memories is how lame Facebook sounded to me when I first heard about it. A site for college students to waste time? It seemed the perfect bad idea: a site (1) for a niche market (2) with no money (3) to do something that didn't matter.

マイクロソフトやアップルに対してだって、まったく同じ言葉で片付けることもできただろう。[3]
One could have described Microsoft and Apple in exactly the same terms. [3]


さらに困難
Harder Still

いや、なお悪い。この難問を解く必要があるだけでなく、成功しているかどうかの指標なしで投資せざるを得ないのだ。真に成功する人を選んでも、2年間はそうとわからないだろう。
Wait, it gets worse. You not only have to solve this hard problem, but you have to do it with no indication of whether you're succeeding. When you pick a big winner, you won't know it for two years.

一方、測定できる1つのものは、激しく誤解を招きやすい。私たちが正確に追跡できる1つのものとは、各期のベンチャーがデモ・デーの後で、資金をどれくらい上手に集められるかだ。しかし私たちはそれは間違った指標であると知っている。資金の調達に成功するベンチャーの比率と、財政的に重要な指標、つまりある期のベンチャー集団に大成功する者がいるかどうかには、何の相関もない。
Meanwhile, the one thing you can measure is dangerously misleading. The one thing we can track precisely is how well the startups in each batch do at fundraising after Demo Day. But we know that's the wrong metric. There's no correlation between the percentage of startups that raise money and the metric that does matter financially, whether that batch of startups contains a big winner or not.

逆の相関ならある。これは恐ろしいことだ。資金調達は、単に役に立たない指標というだけではなく、むしろ誤解をさせてしまうのだ。私たちの業界は、見込みのなさそうな外れ者を取り上げる必要があると同時に、大成功の規模が本当に大きいため、網を非常に広く張り伸ばすことができる。大成功すれば10000倍のリターンを生む。それはつまり、大成功する企業1社につき、リターンがない企業を1000社つかんでも、結果は10倍になるということだ。
Except an inverse one. That's the scary thing: fundraising is not merely a useless metric, but positively misleading. We're in a business where we need to pick unpromising-looking outliers, and the huge scale of the successes means we can afford to spread our net very widely. The big winners could generate 10,000x returns. That means for each big winner we could pick a thousand companies that returned nothing and still end up 10x ahead.

もし私たちが資金を提供したベンチャーが、デモ・デー後に100%、資金を調達できるようになってしまったら、それはほぼ確実に、私たちが守りの姿勢に入ってしまったということだろう。[4]
If we ever got to the point where 100% of the startups we funded were able to raise money after Demo Day, it would almost certainly mean we were being too conservative. [4]

そうならないためには、これまた意識的な努力が必要だ。15サイクルにわたってベンチャーを投資家に向けて準備させ、そしてベンチャーがどう行動するかを観察した結果、今では私は、面接したグループについて、デモ・デーの投資家のような目で見ることもできるようになった。だが、それは間違った視点なのだ!
It takes a conscious effort not to do that too. After 15 cycles of preparing startups for investors and then watching how they do, I can now look at a group we're interviewing through Demo Day investors' eyes. But those are the wrong eyes to look through!

私たちは少なくともデモ・デーの投資家たちの10倍はリスクを取ることができる。そして通常、リスクと報酬は比例しているので、より多くのリスクを負うことができるならば、負うべきだ。デモ・デーの投資家の10倍以上というリスクを負うと、どういうことになるのだろうか? 私たちはデモ・デーの投資家たちよりも、10倍以上積極的にベンチャーに資金を提供する必要がある。つまり私たちが自分たちに甘く見積もり、YCは平均してベンチャー企業の期待値を3倍にできると考えるならば、ベンチャーの30%しかデモ・デー後に大きな資金調達ができなくても、私たちは適正なリスクを取っている、ということになる。
We can afford to take at least 10x as much risk as Demo Day investors. And since risk is usually proportionate to reward, if you can afford to take more risk you should. What would it mean to take 10x more risk than Demo Day investors? We'd have to be willing to fund 10x more startups than they would. Which means that even if we're generous to ourselves and assume that YC can on average triple a startup's expected value, we'd be taking the right amount of risk if only 30% of the startups were able to raise significant funding after Demo Day.

私は現在、企業がデモ・デー後に、どれくらいの割合でさらなる資金調達ができるのかを知らない。私はその数値を、あえて計算しないようにしている。というのも、人は何かを測定し始めると、その値を最適化しようとしてしまうからであり、また私は、それは最適化してはいけない値だとわかっているからだ。[5] だがその比率は確実に、30%よりもずっと上だ。実のところ資金獲得の成功率が30%などというのは、考えるだけで胃がキリキリする。ベンチャーの30%しか資金を獲得できないデモ・デーなど修羅場だろう。そんなことになれば誰もが YC はピークを過ぎたと言うだろうし、私たち自身もそう感じるだろう。それでも、その全員が間違っているのかもしれない。
I don't know what fraction of them currently raise more after Demo Day. I deliberately avoid calculating that number, because if you start measuring something you start optimizing it, and I know it's the wrong thing to optimize. [5] But the percentage is certainly way over 30%. And frankly the thought of a 30% success rate at fundraising makes my stomach clench. A Demo Day where only 30% of the startups were fundable would be a shambles. Everyone would agree that YC had jumped the shark. We ourselves would feel that YC had jumped the shark. And yet we'd all be wrong.

良くも悪くも、それは思考実験以上のものにはならないだろう。私たちはそれに耐えることができなかった。この直観に反する事態に、どうすればいいだろう? 私は、するべきことを示せるが、まだそれをできないでいる。私は、まともに聞こえる正当化を山ほどすることができる。もし多くの挫折したリスキーなベンチャー企業に投資していたら、YCのブランドは、(少なくとも数学に弱い人にとっては)傷ついていただろう。YCの卒業生の人脈力も弱まるかもしれない。おそらく一番、説得力があるのは、「しょっちゅう失敗ばかりでは、私たちはダメになってしまっていただろう」というものだ。だが私は、本当の理由は私たちは非常に保守的であって、1000倍のリターンがあるような変化を当然のことと受け入れることができないせいだ、と知っている。
For better or worse that's never going to be more than a thought experiment. We could never stand it. How about that for counterintuitive? I can lay out what I know to be the right thing to do, and still not do it. I can make up all sorts of plausible justifications. It would hurt YC's brand (at least among the innumerate) if we invested in huge numbers of risky startups that flamed out. It might dilute the value of the alumni network. Perhaps most convincingly, it would be demoralizing for us to be up to our chins in failure all the time. But I know the real reason we're so conservative is that we just haven't assimilated the fact of 1000x variation in returns.

たぶん私たちは、この業界におけるリターンに比例したリスクを冒すように自分たちを仕向けることはできないだろう。せいぜい私たちにできることは、あるグループと面接し、「いい起業家みたいだけど、投資家はこんなクレイジーなアイデアをどう思うだろう?」と考えていると気づいたら、「投資家にどう思われたって何だってんだ?」と言い続けることくらいだろう。それは私たちがAirbnbについて思ったことだった。だからもっと多くのAirbnbsに資金を提供したいなら、私たちはそう考えるのに慣れる必要がある。
We'll probably never be able to bring ourselves to take risks proportionate to the returns in this business. The best we can hope for is that when we interview a group and find ourselves thinking "they seem like good founders, but what are investors going to think of this crazy idea?" we'll continue to be able to say "who cares what investors think?" That's what we thought about Airbnb, and if we want to fund more Airbnbs we have to stay good at thinking it.


注釈
Notes

[1] 私は、大成功する者だけが重要だと言っているのではなく、単に投資家の財政的な面に関しては、大成功する者だけが重要だと言いたいのだ。私たちがYCをしている主な理由は財政的なものではないので、大成功する者しか私たちにとって重要でないとは限らない。たとえば私たちはRedditに資金を提供して、たいへん嬉しかった。たとえ私たちがRedditからは比較的リターンを得られなかったとしても、Redditは世界に大きな影響を与えたし、Redditによって私たちはスティーヴ・ハフマンとアレクシス・オハニアンと知り合うことができ、どちらも良い友達になった。
[1] I'm not saying that the big winners are all that matters, just that they're all that matters financially for investors. Since we're not doing YC mainly for financial reasons, the big winners aren't all that matters to us. We're delighted to have funded Reddit, for example. Even though we made comparatively little from it, Reddit has had a big effect on the world, and it introduced us to Steve Huffman and Alexis Ohanian, both of whom have become good friends.

また私たちも、起業家が望まないなら、無理に大成功する1人になるよう求めたりはしない。私たちは自分たちのベンチャー(Viaweb社、5000万ドルで買収された)に「全力で取り組んだ」わけではなかったので、自分たちがしなかったことを起業家にするよう強いるのは、とても卑怯だろう。私たちのルールは、それは起業家しだい、というものだ。世界を支配したい人もいれば、最初のわずか100万人でいい、という人もいる。だが私たちはとても多くの企業に投資をしているので、ある1社の結果に心配しなくていい。最高に成功した企業の出口戦略こそ、財政的に重要なただ一つの出口戦略であり、またその企業が十分に大きいならば、その企業がシェアを持つ市場が必ずや生まれるだろう、という意味で、その出口は保証されている。残りの企業の結果はそれほどリターンに影響しないので、起業家が初期に少額で売却したいとか、ゆっくり成長し売却しない(例えば、いわゆるライフスタイル・ビジネスにする)とか、あるいはさらに、会社をたたむと言いだしても、私たちは冷静でいられる。大きな期待をしていたベンチャーがうまくいかなかったとき、ときどき私たちは失望する。だがこの失望は、そういったことが起きた時、みんなが感じるような普通の失望だ。
Nor do we push founders to try to become one of the big winners if they don't want to. We didn't "swing for the fences" in our own startup (Viaweb, which was acquired for $50 million), and it would feel pretty bogus to press founders to do something we didn't do. Our rule is that it's up to the founders. Some want to take over the world, and some just want that first few million. But we invest in so many companies that we don't have to sweat any one outcome. In fact, we don't have to sweat whether startups have exits at all. The biggest exits are the only ones that matter financially, and those are guaranteed in the sense that if a company becomes big enough, a market for its shares will inevitably arise. Since the remaining outcomes don't have a significant effect on returns, it's cool with us if the founders want to sell early for a small amount, or grow slowly and never sell (i.e. become a so-called lifestyle business), or even shut the company down. We're sometimes disappointed when a startup we had high hopes for doesn't do well, but this disappointment is mostly the ordinary variety that anyone feels when that happens.

[2] 人は視覚的な目印(例えば地平線)がなければ、重力と加速度を識別できない。だから雲の中を飛んでいる時は、飛行機の飛行姿勢が分からない。実際にはらせん状に落下していても、まっすぐ高度を保って飛行していると思うかもしれない。自分の身体の感覚を無視し、計器だけを見るようにしなくてはいけない。だが自分の身体の感覚を無視するのは、実はとても難しい。パイロットならみんな、この問題について知っているのだが、それでも事故の主な原因なのだ。
[2] Without visual cues (e.g. the horizon) you can't distinguish between gravity and acceleration. Which means if you're flying through clouds you can't tell what the attitude of the aircraft is. You could feel like you're flying straight and level while in fact you're descending in a spiral. The solution is to ignore what your body is telling you and listen only to your instruments. But it turns out to be very hard to ignore what your body is telling you. Every pilot knows about this problem and yet it is still a leading cause of accidents.

[3] だがすべての大成功がこのパターンに従うとは限らない。Googleがダメなアイデアに見えたのは、すでに多くの検索エンジンがあり、他の検索エンジンが入る余地はなさそうだったからだ。
[3] Not all big hits follow this pattern though. The reason Google seemed a bad idea was that there were already lots of search engines and there didn't seem to be room for another.

[4] 資金集めにおけるベンチャーの成功は、2つのものの関数、つまり売っているものが何かと、売り方の上手さで決まる。そして私たちは、投資家にアピールする方法についてなら山ほどベンチャーに教えることができるが、最高に説得力のあるプレゼンでも、投資家が好まないアイデアを売り込むことはできない。たとえば私は、Airbnbがデモ・デー後に資金を調達できるか、真剣に心配した。私はフレッド・ウィルソンに、Airbnbに資金を提供するように説得することができなかった。セコイア社の知人に、過去に2年間も休暇中の貸家事業を調査し、理解していたわずかなベンチャー・キャピタルの1人、グレッグ・マクドーがいたという偶然がなかったら、Airbnbは資金を調達できなかったかもしれない。
[4] A startup's success at fundraising is a function of two things: what they're selling and how good they are at selling it. And while we can teach startups a lot about how to appeal to investors, even the most convincing pitch can't sell an idea that investors don't like. I was genuinely worried that Airbnb, for example, would not be able to raise money after Demo Day. I couldn't convince Fred Wilson to fund them. They might not have raised money at all but for the coincidence that Greg Mcadoo, our contact at Sequoia, was one of a handful of VCs who understood the vacation rental business, having spent much of the previous two years investigating it.

[5] 私たちが資金を提供したすべてのベンチャーに、投資家連合が自動的に資金を提供するようになった2010年夏の直前のサイクルに、私は資金調達の成功率を計算したことがある。その時点では94%だった(資金を調達しようとした35社のうち33社が成功し、また1社はすでに黒字だったので、資金調達をしなかった)。たぶん現在では、その投資のおかげで、もっと低くなっている。かつてはデモ・デーが過ぎたら、会社を立ち上げるかあきらめるかのいずれかだった。
[5] I calculated it once for the last batch before a consortium of investors started offering investment automatically to every startup we funded, summer 2010. At the time it was 94% (33 of 35 companies that tried to raise money succeeded, and one didn't try because they were already profitable). Presumably it's lower now because of that investment; in the old days it was raise after Demo Day or die.

この原稿を読んでくれたサム・アルトマン、ポール・ブッフハイト、パトリック・コリソン、ジェシカ・リヴィングストン、ジェフ・ラルストン、ハージ・タガーに感謝する。
Thanks to Sam Altman, Paul Buchheit, Patrick Collison, Jessica Livingston, Geoff Ralston, and Harj Taggar for reading drafts of this.

青木靖氏による翻訳「怖いくらいに野心的なスタートアップのアイデア」

青木靖氏による「怖いくらいに野心的なスタートアップのアイデア」が出ましたので、そちらをどうぞ。自分も半分ほど訳していたのですが、青木氏のほうがずっといいです。 また、もう一つエッセイが出ているみたいですね。これは、3月31日まで待って、だれも翻訳していないようでしたら翻訳します。
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