リティ&クリンシのカリフォルニア生活

変性性脊髄症 (DM)を患うコーギー&元気なコーギーと、ベイエリアにて楽しい毎日

DMコーギー、リティ永眠…虹の橋へ渡って1ヶ月 ワンコの骨壷 5


4月25日に、リティが亡くなってから1ヶ月が経ちました。

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まだ亡くなったという実感がわきません。

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フッと振り向けば…
リビング・ルームでリティがニコニコ笑っているような気がします。



リティのためにカスタム・オーダーしていたワンコ用骨壷が届きました。

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リティの正式名”リトバルスキー”

生年月日と没年月日も彫ってもらいました。

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しっかりした金属製で、両手で包みやすい形の小さな骨壷。

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蓋には肉球プリントが彫られています

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リビング・ルームの一角にリティ・コーナーを作りました。

これからもずっと一緒だよリティ

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リティは足が丈夫だった頃は、とにかく階段を上ることが大好きでした。

後ろ足が麻痺しても前足2本がシッカリしている時は
一生懸命に頑張って踏ん張って時間をかけてでも
意地でも一段一段ゆっくりと自分のチカラで上っていたな~


これからも時々、在りし日の姿のリティもブログに登場しますので
よろしくお願いします


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DMコーギー、リティ永眠…虹の橋へ渡った翌日セレモニー 4


椎間板ヘルニア (SLIPPED DISK) および
変性性脊髄症 (DM = DEGENERATIVE MYELOPATHY) を
発症してから約2年半が経ち、

4月25日(月)リティは12歳4ヶ月4日の犬生を終えました


以下、リティが亡くなった翌日の4月26日(火)
お別れセレモニーについて…

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かかりつけの獣医と提携しているペット火葬会社は
飼い主の”立ち会い火葬”サービスはなく
直接、火葬会社の人が動物病院にリティの遺体を引き取りに来て
後日、遺骨を受け取る形式(業者委託火葬)だったので断りました。

12年間、一緒に暮らした愛犬リティの最期は
プライヴェートで家族で立ち会いセレモニーをしてあげたかったからです

リティが亡くなって数時間後、悲しみをこらえながら
立ち会い個別火葬を行っているペット・メモリアル・サービスをネットで調べて
翌日の午後の立ち会い火葬を予約しました。

事前に、火葬会社の受付の女性に
「どんなものを犬と一緒に火葬してもらえるか?」と電話で聞いたけど
「遺体は直接そのまま火葬炉に入れるので棺などは用意していない。
生花を一緒に火葬炉に入れることは可能だと思うけど…。」
と、あまり要領を得た答えがなかったので、自分なりに考えました。

ちなみに、受付の女性は事務的だったけど
火葬担当の男性は非常に優しい態度で感謝しています。

自宅のリビング・ルームで最後の一夜を過ごしたリティを飾ってあげました。

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火葬時に”燃えやすい薄手のもの”と考えて
厚手のもの、ゴム、プラスチック、ナイロン製の製品は避けました。

まず、愛用していた四輪車イスが入っていたダンボール箱をカットして
リティのサイズに合わせて簡易棺を作りました。

そして、死後筋肉弛緩で体液が染み出すかも知れないため
予防のため防水シートを敷きました。
(結局、体液は出ませんでした。)

さらに、私たちのニオイが大好きなリティに
(厚手のタオルはかさばって一緒に火葬してもらえないと思い)
私と夫のニオイがいっぱいついた2人の枕カバーを敷いて
その上にリティを安置しました。

そして、リティの周囲を生花で飾って
特にお気に入りだった布製のオモチャを抱かせました。

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年期が入って汚れても大好きなキュッキュッ鳴るオモチャでした。

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咥えてはブンブン振り回して犬歯でよく引き千切ったので
何回も針と糸で縫い直した想い出のオモチャ。

ボール遊びが大好きだったので
本当は愛用のサッカーボールやラグビーボールも一緒においてあげたかったけど
ゴム製なので断念しました。

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クリンシもリティと最後のお別れだよ

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このまま簡易ダンボール棺を抱えて、自分たちの車に乗せて
ペット火葬メモリアル・サービスに向かいました。

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PET'S REST ペット・メモリアル・サービス


この建物の横は、緑あふれる木々と、芝生いっぱいのペット霊園です。

火葬前に、火葬担当の男性に
「こちらでゆっくりと、最後のお別れの時間を過ごしてください。」と
チャペルに案内されました。

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壁には、虹が描かれた絵画が飾られていました。
RAINBOW BRIDGE(虹の橋)の英語版の散文詩と
この施設を利用して火葬されたワンコの写真が壁いっぱいに貼られていました。

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その後、担当者と一緒に火葬炉のある部屋に行きました。
「きれいに飾ってあげたこのままの状態で愛犬を炉に入れてあげましょう。」と
担当者は言ってくれました。
簡易棺の中で私たちの枕カバーと生花とオモチャに囲まれたリティを
棺ごと炉の中に入れて
「愛犬の位置は大丈夫ですか?どこか直したい箇所はありますか?」と
担当者が優しく聞いてくれました。
「大丈夫です。」と言って
「リティさようなら」と最後のお別れの言葉をかけて
火葬炉の扉が閉まりました。

チャペルに戻ってリティの想い出話をしました。
火葬時間は1時間ほどでした。

火葬が終了して、炉の扉が開くと
そこには小さな骨と灰になったリティがいました。

骨になったリティをさらに細かくする粉砕機に入れることは嫌だったので
パウダー状の粉骨にすることは断りました。

火葬業者が
遺骨と遺灰を入れるオルゴールのような木の箱を用意してくれて
リティの名前、私たちの名前、火葬日が書かれたラベルを
貼ってくれました。

そしてその箱を自宅に持って帰りました。

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これから、リティに似合いそうなデザインの骨壷を探して購入しようと思います。

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ボール遊びが大好きだったリティ

今頃、虹の橋の向こうで
健康だった頃の4本足で野原を思いっ切り駆け回っているのかな…


リティ私たちのところに来てくれてありがとう

リティと一緒に過ごせて本当に楽しい12年間だったよ



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DMコーギー、リティ永眠…虹の橋へ渡った当日 3


椎間板ヘルニア (SLIPPED DISK) および
変性性脊髄症 (DM = DEGENERATIVE MYELOPATHY) を
発症してから約2年半が経ち、

リティは12歳4ヶ月4日の犬生を終えました


以下、リティが亡くなった4月25日(月)の出来事です。


早朝、リティのベッドに様子を見に行くと
元気なさそうに静かに小さく息をしていました。

夜中にも透明な唾液を大量に口から出していたようで
顔周辺がグッショリ濡れていたのでタオルで拭いてあげました。

もともとこの日は、2週間前から、朝8:00に定期検診で
かかりつけの獣医にリティを連れて行く予約をしていたので
夫と2人で病院に向かいました

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1月の検診時は
少しずつ病状は進行しているけど特に問題は見られませんでした。

リティは病院ヘ行くことが大好きでした
毎回、受付のスタッフ、獣医、アシスタントに愛想を振りまいて
病気であっても、具合が悪くても、ニコニコ笑っていました。
しかし、この日は、そんないつもの態度を見せてくれませんでした。

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仔犬の頃からリティを知っている獣医の顔が険しくなり
リティに聴診器をあて、瞳孔を調べて、1分も経たないうちに
「もうお別れの時が来たよ。」と宣告されてしまいました。

私も夫も、まさかいきなりそんなことを言われるとは想像もしていませんでした。
私は、「酸素呼吸器はどうですか
人工的に酸素を送ってあげれば状態は良くなりませんか」と聞きました。

獣医は、「酸素を口から送っても
もうリティには、その酸素を自分で身体中に循環させる力が残っていない。
リティの眼は開いているけど反応がない。
もう既に脳の機能は止まってしまっているんだよ。」と言いました。

「でもでも一昨日まで元気に散歩していたのに…
そんな…1日で容態が急変するなんて信じられない

「DMの病状進行状態はそれぞれ犬によって違う。
今まで顕著な呼吸障害がなかったとしても
リティの体力はかなり落ちてきていたんだよ。
DMを発症して、筋肉が弱まっても体力が落ちても
こんなにタフでバイタリティーのある犬を初めて見たよ
リティなりに今まで充分、頑張って生きてきたけど
もうギブアップさせて欲しい…と、キミたちにサインを送っているんだよ。
亡くなるまで数時間かも知れないし、明日かも明後日かも知れない。
でもこのままでは呼吸困難で苦しむだけだから…休ませてあげたほうがいい。」と
リティを薬で安らかに永眠させることを獣医に勧められました。

私も夫も涙が止まりませんでした…。

あまりにも急過ぎて心の準備が全然出来ていない。
でも今すぐ、この場で薬で永眠させることは絶対したくない。
とにかく一度、自宅に連れて帰りたい
」と、獣医に話して
リティを家に連れて帰りました。


病院から自宅にリティを連れて帰り、ベッドに横たわらせました。

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「リティ、夜に帰宅したら、膝の上にのせてあげるから待っていてね。」
そうリティに言って夫は
どうしても出席しなければならない会議があり、オフィスに向かいました。

しかし、これがリティと夫との最後の会話になりました。
リティは夫の膝の上で、うたた寝することが何よりも大好きだったのに
最後に実現させてあげれませんでした…。

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どの体勢がリティにとって一番心地良いんだろう…と考えながら
リティの身体の位置を変えました。

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四本の足が開脚している状態にしたら少しだけ微笑んでくれました。

リティは静かに小さく息をしていました。

水を飲むかな~と思って、リティの上体を起こしてあげたけど
水を飲みませんでした。


もともとこの日は、私のオフ日でした。
リティの状態が悪化しなくても、在宅予定でした。

リティの様子に変化がないか数分ごとにチェックしながら
掃除、洗濯をして、
義家族が「リティに最後のお別れをしたい。」と
夕方に訪ねて来る予定だったので、夕食の準備をしました。
(結局、彼らはリティの最期に間に合いませんでした。)

そして自分用に早めの昼食を作って食べて
昼12:00頃から、ずっとリティが寝ているリビング・ルームにいました。

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リティが亡くなる30分ほど前の写真。

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リティと私の周囲を行ったり来たりしているクリンシ

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”目やに”を取ってあげている間、
リティの眼は開いてはいても
昨日までのように、眼球を動かしたり
まぶたをパチパチさせる動きはありません。
もう私が見えていないんだろうな~と感じました。

リティの口のところに私の手を持っていっても
昨日までのように、ペロッと舐めてくれる動作もありません。

「リティリティ」と耳元で呼んでも
昨日までのように、耳をピクッと動かしてもくれません。

でもそれからしばらく
リティの背中や足をマッサージしたり擦ったり撫でたりしていました。

リティは最後の最後まで
苦しそうな大きな息使いを見せませんでした。
もしかしたら、私たちに心配させないように夜中にしていたのかな…。

亡くなるその瞬間まで、静かに小さくハァハァと息をしていました。


そして、リティを見つめてソファーに座っている私の眼の前で
シャックリのような痙攣を1分ほどおいた間隔で2回した後、
4月25日(月)午後1:10リティは静かに息を引き取りました。

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リティは、この日が私のオフ日だと知っていたのだと思います。

もし他の日に、私が外出時にリティが亡くなってしまったら…
もしくは在宅していても、別の部屋にいたり、夜中就寝中で
リティが亡くなる瞬間に、そばにいてあげられなかったら…
どうして看取ってあげれなかったんだろう…と
一生、私にとって心残りになるだろう…という
私の気持ちを分かってくれていたんだな~と思います。

私がリティを見つめている横で、虹の橋へ渡って行きました。

最後まで飼い主孝行のワンコでした

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死後硬直する前に
横に開いた前足は定位置に戻してあげることが出来ました。
しかし、リティのまぶたを閉じてあげたかったけど
まぶたを抑えても、なぜかまぶたは閉じることが出来ませんでした。


リティが亡くなって2時間後、獣医から電話がありました。
「リティの様子は
「亡くなりました…。」
「そうだと思って電話したんだ。」
毎日、沢山のワンコを診ている獣医には、リティの最期が分かっていたんですね…。

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夕方になって部屋の電気をつけました。

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クリンシはリティの背後を見守っているような感じで
ずっとリティを眺めていました。


これから、本格的な介護生活がスタートするだろうと思っていたのに…
もっともっと看病してあげたかったのに…
私たちに本格的な介護生活の世話をほとんどさせることもなく
アッという間に、リティは亡くなってしまいました。

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11歳になったばかり2014年12月クリスマス時のリティ。

当時は前足は健康に歩けたので
まだ二輪車イスを購入する前で
弱くなった後ろ足をサポートして
後ろ足用歩行補助ハーネスを装着して散歩していた時期です。

リティは甘えん坊である反面、
自分が”こうする”と決めたら譲らない頑固な性格でもありました

私たちに、自分の辛いところを見せないようにして
最後までチカラを振り絞って生きてくれたんだよね。
治療法が開発されていないDMに負けずに一生懸命に頑張ってくれました。

助けてあげれなくてごめんね…リティ


リティと一緒に暮らせて本当に楽しかった

ありがとうリティ


亡くなった翌日のリティとのお別れセレモニーに続きます。



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DMコーギー、リティ永眠…虹の橋へ渡る前日 2


変性性脊髄症 (DM = DEGENERATIVE MYELOPATHY) を発症して
頑張っているコーギーについて書かれたブログやSNSを
以前から、よく参考にさせてもらって閲覧していました。

飼い主の方々が
愛犬のために自宅で酸素吸入器を使用していたり
流動食を食べさせたりしている様子を見て
最近は自分でも
「リティにもそんな日々がだんだん近付いて来るかもしれない…。」と思い
酸素吸入器のことについてネットで調べたりして
「これからますますリティのために頑張らなければ」と思っていた矢先に
リティは亡くなってしまいました。

現在、治療法が開発されていない進行性の脊髄の病気DMの症状
後ろ足の麻痺→前足の麻痺→首周辺の脊髄圧迫→呼吸障害という段階を経て
2~4年かけてジワジワと進行して最期の日に向かっていきますが
DMを発症して約2年半で亡くなったリティの場合、
今になって思えば、
首→呼吸障害の期間があまりにも短か過ぎたと思います。

LITTI

リティが亡くなる前々日、4月23日(土)の散歩の写真です。

この日の少し遠出の散歩が
車に乗ることが大好きだったリティの最後のドライブとなり
緑いっぱいのトレイル・コースを歩く最後の散歩となりました

1年ほど愛用した二輪車イスを卒業して
購入したばかりの四輪車イスは
たった3週間しか使用できませんでした。

この日、散歩から帰宅後、リティは通常通り、普通に食事していました。

こんなに楽しそうな笑顔で散歩していたのに…
翌日、容態が急変してしまいました


以下、リティが亡くなる前日、4月24日(日)の出来事です。

亡くなる前日の夕方の写真です。

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1ヶ月前くらいから、左眼に”目やに”が溜まるようになりました。
その都度、ティッシュで”目やに”を取ってあげた後は
眼をパチパチさせて「よく見えるようになったよ~」と
私を見つめてくれました。

この日も”目やに”を取ってあげた時は
トロ~ンとした瞳だったけど私のことを見つめ返してくれていました。


DMの症状が進行すると、排便、排尿のコントロールが困難になり
粗相をしてしまうケースが多いのですが
リティの場合、最後の最後までオシッコの失敗はありませんでした。

一般的に米国では、ワンコのトイレは屋外でさせます。
リティも仔犬の頃に、1日3回の散歩時にトイレをすることを躾けました。
それは、リティが亡くなる前日まで変化することなく
四輪車イスで散歩していた時に、屋外できちんとオシッコをしていました。
この習性は本当にスゴイな~エライな~と今も感心しています。

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しかし、下半身が麻痺していることで、排便コントロールは難しくなったようで
半年前ほどから
ウン●は散歩時にする時と、愛用のベッドでしてしまう時と両方ありました。
最近は家のベッドでしてしまう回数が増えつつあったので
ここ1ヶ月、ベッドに防水トイレシートを敷き始めたところでした。

リティは仔犬の頃から、胃腸が丈夫で下痢をしたことがほとんどありませんでした。
10cmほど高さがあるフカフカのベッドの端のギリギリのところに
リティのお尻をおいて
もしウン●をしたら、10cm下の防水シートに落ちるように
お尻も汚れないように工夫しました。
リティのウン●はいつもコロコロ硬くて、簡単に掃除できたので
オムツも1回も使用せずに亡くなりました。

だから、リティの麻痺した身体を抱きかかえる時も
ベッドで同じ体勢で疲れないようにと、身体の向きを変えてあげる時も
難病の愛犬を”介護している”という実感は私たちにはないほど
”世話のかからない”ワンコでした


この日も、朝と夕方は、家の近所を10分ぐらい散歩しました。

そんな”トイレ優等生”のリティが亡くなる前夜、
大量のオシッコと、リティにしては珍しい軟らかいウン●を
ベッドの上に敷いてあるトイレシートの上で初めてしました。
「これは今までと違う」と直感しました。

でもまさか…死がそこまで近付いているとは思いもしませんでした…。

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そして食いしん坊のリティが生まれて初めて食事することを拒否しました。
小さく刻んだ好物のキャベツ&牛肉入りのウェットフードが入ったボウルを
「要らない…。」と鼻をそむけました。

その後、透明な唾液を大量に口から出しました
それは嘔吐物という感じではなく、胃からの内容物は一切入っていなくて
キレイな唾液でした。

その後、落ち着いてからリティは水は少し飲んでくれました。
そして小さなビスケットを口の近くまで持っていくと
きちんと自分の歯で砕いてビスケットを5コ食べてくれました。


リティはとにかく散歩が大好きなワンコでした
夜も3分ほど家の周辺を四輪車イスで散歩しました。
散歩を拒否する態度は見せずに
元気なさそうだけど少しだけ微笑んでいました。
今思えば、最後のチカラを振り絞って一緒に散歩に付き合ってくれたのかな…と
思わずにはいられません。


もともと2週間前から、翌日(月)早朝に
獣医に定期検診でリティを連れて行く予約をしていたので
静かに息をしているリティの様子を見ながら
私たちも眠りにつきました。

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さて、
「こんな急に呼吸の状態に変化があるなんて
その兆候は以前から見られなかったのか」と
亡くなる前の数週間を振り返ってみても
思い当たる激しい呼吸障害はありませんでした。
しかし、実はジワジワと静かに呼吸障害が悪化していたんだな~と
亡くなってから感じずにはいられません。

今年に入ってから
”クワッ、クワッ”と音にならない”空(から)”呼吸をすることが時々あったけど
背中をマッサージして耳や首下を触ったり頭を撫でたりすると
リティも安心したように落ち着いて、普通の呼吸に戻っていました。

亡くなる4日前、4月21日(木)夕方、
15分ぐらい息使いが荒く、不規則な呼吸があったけど
夜には落ち着いて、ゆっくり呼吸し始めて
(金)(土)は通常に呼吸していました。

亡くなる前夜も、荒い息使いはなく
反対に、静かに聞こえないように息をしていました。


亡くなった当日のリティの出来事に続きます。



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DMコーギー、リティ永眠…虹の橋へ渡って行きました 1


2016年4月25日(月)午後1:10

リトバルスキーこと、リティが永眠しました

12歳4ヶ月4日の生涯を閉じて虹の橋へ渡りました


あまりにも急な出来事でした。

椎間板ヘルニア (SLIPPED DISK) および
変性性脊髄症 (DM = DEGENERATIVE MYELOPATHY) を

発症してから約2年半でした。

今年の12月20日の13歳の誕生日を迎えることは難しくても
きっと、あと数ヶ月は生きてくれるだろう…と
日々、リティの体調や様子を見ては思っていました。

亡くなる前々日の(土)まで
リティは身体は弱まりつつも、いつも通りニコニコ笑って元気でした。
ドライブ大好きなリティを車に乗せて1時間ほどの場所にある大きな公園で
3週間前に届いたばかりの新しい四輪車イスに乗って散歩していました。
(その時の楽しそうなリティの様子 →)

亡くなる前日の(日)、急にリティの呼吸のリズムに異変を感じました。

亡くなる当日の朝(月)、かかりつけのクリニックヘ行きました。
パピーの頃からリティを知っている獣医の顔が険しくなり
リティに聴診器をあて、瞳孔を調べて、1分も経たないうちに
「DMを発症して、筋肉が弱まってもこんなに頑張った犬を初めて見た。
もうお別れの時が来たよ。」と、いきなり宣告されてしまいました。
「このままでは呼吸困難で苦しむだけだから…休ませてあげたほうがいい…。」と
薬で安らかに永眠させることを勧められました。

しかし私と夫は
「つい一昨日まで元気に散歩していたのに…まだ息をしているのに…
あまりにも急過ぎて心の準備が出来ていない。
今すぐ、この場で薬で眠らせることは絶対したくない。
少し時間が欲しい。 とにかく一度、自宅に連れて帰りたい。」と、獣医に話して
リティを家に連れて帰りました。

それから4時間後、
自宅のリビング・ルームで、リティが愛用しているベッドの上で
リティを見つめている私の眼の前で
リティは静かに息を引き取りました…。

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生後3ヶ月のリティ。
1歳になる頃までは透き通るようなアクアマリン・ブルーの瞳でした。


私も夫も、それぞれ自分たちが生まれる前から
実家で犬を飼って、それぞれ歴代のワンコと過ごしてきました。
2人とも小さい頃から犬が大好きでした。
結婚して、2人で初めて飼った犬がリティでした。
ブリーダーから、生後2ヶ月の時に我が家に来て
リティのおかげで、私たちの生活は、より楽しく華やかになりました。


リティ本当にありがとう


まだ心の整理がついていません。

落ち着いたら、亡くなる前後のリティに起きた出来事について書きたいと思います。



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