2011年11月18日

ありすの杜風景スケッチ展

tenrankai 数ある展覧会の中でも、ミウ的に最も意義のある展覧会は後にも先にもこれになるだろう。この3年間、コツコツと描き溜めた作品群の中から、厳選19枚を展示した初個展。これが私の世界。拙いながらも、私個人が追い求めようとしている何かが、確かにその芽を覗かせている。これはその証なのだ。

 ことの起こりは今年の春、「ありすの杜南麻布」という介護施設のおばあさんに、ミウがグループ展のハガキを渡したことに始まる。彼女は言った。
「まあすてきね!ぜひ行かせていただくわ。」
 そして、ハガキを大切にハンドバッグにしまった。しかし、彼女がグループ展に来ることはなかった。何故か?

 忘れてしまったから?違う。銀座が遠かったからだ。

 その時、ミウは初めて気が付いたのです。南麻布から銀座。地下鉄でたったの5駅(14分)がお年寄りにはとてつもなく遠い。駅までの急な坂道はどうやって下るの?階段の上り下りはどうするの?ギャラリーの入り口は小さい。車いすで入れる?あの狭いエレベーターに乗れるかしら?

 答えはNO!

 そして、「絵の好きなおばあさんをギャラリーに連れて行きたい、一体どうすれば・・・」と一生懸命考えていたミウは、ある日突然閃いたのです。

「そうだ!お年寄りをギャラリーに連れて行くんじゃない。ギャラリーをお年寄りに近づければいいんだ!」

 発想の180度の転換である。
 そこからの話はとんとん拍子で進んでいく。理解ある施設長と、会場レストランの協力と、何よりも絵が好きで楽しみにしてくださったお年寄りのみなさまの力で、11月2日、ついに「ありすの杜風景スケッチ展」が開催された。

 開催後、さっそく訪れた車いすのおじいさんが、時間をかけて、一生懸命記帳をしてくれていた。近所から電動車いすでやって来たおばあさんが、目を輝かせて言った。「こんなにきれいなものがあるのね!」

 ありすの杜からはお散歩ついでに展覧会を見に行くお年寄り、スタッフ、ご家族がたくさんいて、近所の人たちもレストランを利用するついでに展覧会を楽しんだ。場所がら外国人も多く、寄せられたコメントの中には英文の賛辞も混じっていて嬉しかった。

 ある日、そもそものきっかけになったおばあさんの息子さんに偶然会い、「個展をやっているんですってね。明日、見に行きます」と言われた。
 そして一度通り過ぎた彼は、思い出したように振り返り、こう付け加えた。

「母と一緒に!」

 その一言を聞いたとき、ミウは本当に「やってよかった」と思ったのでした。


『ありすの杜風景スケッチ展』
(11月29日までは個展。12月1日からはグループ展になります)
会期 2011年11月2日〜12月16日 10:00〜17:00
場所 ありすの杜南麻布 地域交流スペース
    (港区南麻布4-6-1 地下鉄日比谷線「広尾」1・2番出口より徒歩7分)

*介護施設内での展示ですが、どなたでも自由にご覧いただけます。併設レストラン「アスパローゼ」でお食事も楽しめます

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2010年03月21日

チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展

Mongoru東京都江戸東京博物館で開催中の『チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展』のブロガー向け内覧会に行ってきました!
『東京Art日和』、久々の取材依頼にドキドキのミウ。今回は中国・内モンゴル自治区博物館からやって来た貴重な品々をたくさん見てきました。

展覧会は大きく3つのエリアに分かれていて、まず最初はモンゴルの遊牧民、5部族の出土品。金、銀、青銅などの金属と、木、土、石を加工した、どことなく素朴さを残した、それでいて優れた文化の存在を感じさせる品々が並んでいます。

中でも目を引くのは、金製の装飾品の数々。特に入り口を入ってすぐの場所に展示してある「鷹形金冠飾り」は必見!これは額につける3枚の半円形の金板をつないだらせん状の環と、頭の上に乗せる飾りからなる冠で、これまで発見された中で唯一完全な「胡冠」の実例です。

内覧会では、特別にレプリカに触らせてもらうことができました。レプリカとはいえ、ミウが一生かかっても弁償できないくらいの価格が付いている貴重品手袋をはめる手が震えます。しかも・・・ずしりと重い。

「え?こんなに重いものを頭にのせていたの?」

レプリカは90%復元でしたが、実物は約1.2kg。王族も大変です。以来、金の装飾品を見る度に「これ、どれくらい重いんだろう?」と、重さばかりが気になったミウでした。

2番目はチンギス・ハーンが活躍した、いかにもモンゴルらしい時代の品々。あの360°の地平線に囲まれたモンゴルの地を颯爽と進んだのであろう、兵士の隠れるパオを乗せた戦車と投石車も、4分の1スケールで再現されています。

時代のせいか文化の違いか、この戦車、装飾的にとても目立つ、綺麗な車です。この美しさ、あるいは圧倒的な強さを誇るモンゴル帝国の余裕の表れだったのかもしれません。

3番目の明・清時代のモンゴル文化は、時代が近くなっている分、わかりやすい品物が多く、映画や芝居の小道具を見ているかのように楽しむことができます。

特にミウのお気に入りはモンゴル各地の女性の服装。靴や頭飾りも含め、実際にマネキンに着せて、どんな感じだったのかが一目でわかるように展示してあります。それも女性の服装が5つと、シャーマンの服装が1つの計6つで、なかなか迫力があり、凝った刺繍や大胆な装飾が印象的。この色と形の絶妙な組み合わせは、かなり見ごたえがあります。

さて、会場内には時々、音楽が流れては消えるので、ず〜っと「?」と思っていたら、その答えが最後に待っていました。展示されている「龍紋彫刻馬頭琴(モリン・ホール)」の横にある箱のボタンを押すとあら不思議。馬頭琴のとてつもなく美しい音色が、会場内に流れる仕組みになっているのです。

悠久の大地に響くにふさわしいその音色に酔いしれながら、時代を駆け抜ける、つかの間のモンゴル旅行を体験したような気持ちになったミウ。会場を後にしながら、なぜかその日はスケールの大きな夢が見られそうな気がしました。

『チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展』
東京 2010年2月2日(火)〜4月11日(日) 東京都江戸東京博物館
山梨・笛吹 2010年4月17日(土)〜5月31日(月) 山梨県立博物館
公式ホームページはこちら>>

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2010年02月11日

ルノワール−伝統と革新

Runo子どもの頃、古本市で印象派の画集を買ってもらった。
図書館にあるような大きな本で、ゴッホ、セザンヌ、マネ、モネなどなど、全部で十数冊あったと思う。その中にルノワールの本もあった。

ルノワールと言えば、女性や少女を描いた肖像画が有名だと思うが、ミウがその画集の中で最も好きだった絵は、花瓶の花を描いた静物画だった。

『春の花束』と題されたその作品は、花瓶いっぱいに、溢れんばかりに活けられた春の花々で、一部はテーブルの上で、今まさにこぼれ落ちたかのように見える躍動感が素晴らしかった。

あれだけの輝きを放ち、人生の喜びと幸福感に満ちた静物画を、後にも先にもミウは見たことがない。その絵を見たとき、ルノワールという画家の素晴らしさを確信したことは今でもよく覚えている。

さて、今回のルノワール展で、もしかしたら『春の花束』が見れるのではないか?と期待したミウだったが、残念ながら展示リストには入っていなかった。

少し似た感じのものに、『花瓶の花』という作品があった。ルノワールが描くと、花瓶の花も野外の茂みか森のように見えるところが面白い。この摘み取ったばかりのような活き活きとした感じ・・・花の生命力が感じられるところがとても好きだ。

印象派として活躍したと思われているルノワールは、移ろい行く光に奔走され、形を見失うことに疑問を感じ、悩んだ時期があったのだという。その疑問に応えてくれたのが、伝統的な絵画であり、そこからルノワールの絵は少しずつ変化を遂げ、最終的には伝統と印象派を融合させたかのような独自の世界を造り出す。

しかし、生涯を通して変わらなかったのは、「絵は美しく、愛される存在であるべきだ」という価値観だった。「幸福なだけの絵は評価されにくい」ことを知りながら、それでも「辛いことや悲しいことは世の中にたくさんあるのだから、絵の中に描く必要はない」ときっぱりと言い切り、貫いた彼の生き方は哲学的ですらある。

例えば、無防備に頬杖をついて、幸福そうにくつろいでいる少女の絵など、見ているこっちが思わずにっこりとしてしまう力がルノワールの絵にはある。この愛らしい子どものような素直な幸福感は、絵を愛し、人を愛し、世界を愛したルノワールの人生哲学に裏打ちされているがゆえに、揺るぎない力でもって見る人を包み込むのではないだろうか。そして、恐らくはそれこそが、この画家の最も偉大なところなのである。

『ルノワール−伝統と革新』展
東京 2010年1月20日(水)〜4月5日(月) 国立新美術館
大阪 2010年4月17日(土)〜6月27日(日) 国立国際美術館
公式HPはこちら>>

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2010年01月22日

交詢社ビル

Koujyunsya-G銀座6丁目に、エントランス部分だけ近代ゴシック建築を残した不思議なビルがある。何を隠そう、これが交詢社(こうじゅんしゃ)ビルだ。

正確には交詢ビルディング。あるいは交詢社と言うのが正しい。交詢社ビルというのは俗称だが、「交詢社のビル」という意味で、あえて使ってみる。

「交詢社」の名前の由来は、「知識交換、世務諮詢」というスローガン。
「世務を諮詢する」とは、「(人間が社会の中で結ぶ関係に関する)あらゆることについて相談する」という意味らしい。

交詢社は明治13年、福澤諭吉の提唱により誕生した日本最古の社交倶楽部。発会当時の社員数は1767名。半数以上が東京都外在住。その職業も、官吏と学者がメインであるものの、商人、農民、華族など、多岐に渡っているところが諭吉さんらしい。

福澤諭吉と言えば、
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」
「独立自尊(心身の独立を全うし、自らその身を尊重して、人たるの品位を辱めざること)」
などの名言と、数々の名著で有名だ。
ミウは『学問のすすめ』しか読んだことないけど、「名より実を取る」諭吉さんの誠実さと、目先の小事にとらわれない先見の明が好きだ。

さて、交詢社ビルは大正12年、関東大震災により全焼するも、昭和4年に再築。堂々たる建物だったが、築後70余年の老朽化に耐えかね、エントランス部分を残して平成16年に改築。現在に至る。

交詢社通りはみゆき通りの一つ隣。中央通りにオープンした「アバクロ」の角を曲がったところだ。

高い志と共に誕生し、歴史と伝統を刻んだ交詢社ビルは、その大部分を取り壊された今もなお、銀座の顔として輝き続けている。

東京を描く市民の会「GINZA」展
会場:美術会館ギャラリー青羅(中央区銀座3−10−19 美術家会館1F)
会期:1月17日(日)〜23日(土)/11:00〜19:00(最終日は17:00まで)

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2008年11月28日

アンドリュー・ワイエス 創造への道程

ea319094.jpgBunkamuraザ・ミュージアムで開催中の『アンドリュー・ワイエス 創造への道程』に行ってきました!

アンドリュー・ワイエス(1917〜)は、91歳になる現在も描き続けているアメリカの画家。美術の教科書に載っている《クリスティーナの世界》で有名な人です。

彼の作品は最終的にテンペラ画になるのですが、その前に水彩画、さらにその前に鉛筆デッサンで構想を練ります。それは単なる構想に終わらず、それ自体が非常に勢いのある魅力的な作品になっており、展覧会ではその過程の魅力に焦点が当てられていて、非常に興味深い内容となっています。

ミウは特に水彩画が好きなので、ワイエスの研ぎ澄まされたように美しい水彩画にうっとり!その光と影は非常にドラマチックで、彼の描く陽の当たる窓辺からは、本当に光が射しているように見えました。

しかし、何より驚かされたのはその水彩技法。ドライブラッシュと呼ばれるその技法は、水気をしぼった筆で描くというやり方で、出来上がった作品にはまるで油彩のような深みと迫力があるのです!

「水彩画は、偶然の生み出す力を上手く利用して描くもの」と思い込んでいたミウはびっくり。「こんな描き方もあるんだ!水彩画もいろいろだな」と思いました。

もう1つ興味深かったのは、ワイエスが生まれ故郷と別荘地からほとんど離れることなく、身近な風景と人と描いていること。特に同じ人々を、その人生を記録するかのように描いてきたことです。

ワイエスの絵が、静謐な写実でありながら冷たさを感じないのは、そこに現実の交流があったからなのだろうとミウは感じました。画家とモデルなどといった気取ったものではなく、画家とその友人、知人たち―その近所付き合いのような関係が見えるところが面白い。身近で何気ない風景が絵になるところも同様に。

そして「画家は孤独なもの」という固定観念もまた、ワイエスの生き様と作品によって覆され、画家と世界が、「描く」ことによって自然な交流を持つことができるという新たな可能性に、新鮮な驚きを覚えたミウでした。
 
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2008年11月24日

カナルアート お散歩スケッチ会

dc124894.jpg今回はお散歩スケッチ会のお知らせです。

ミウは『透明水彩でお散歩スケッチ』の著者である吉田政巳先生の野外スケッチ講座を受講しているのですが、先生は月に1回お散歩スケッチ会を開いていて、誰でも自由に参加できます。

今月は、11月29日(土)に有栖川記念公園で。秋の一日、ミウたちと一緒にスケッチを楽しんでみませんか?

カナルアートのHP(詳細・お申込)はこちら>>

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2008年10月02日

ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情

7dd24444.jpg国立西洋美術館で開催中の『ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情』に行ってきました!

現代美術という言葉は現代の作家に使われるべきものかもしれませんが、ハンマースホイの作品は写実絵画という形で表現されたまさに現代美術。これはちょっと異色というか、いやはやすごい人がいたものだと思いました。

ヴィルヘルム・ハンマースホイ(1864-1916)は、美術アカデミーで学んだ後、21歳のときのデビュー作《若い女性の肖像、画家の妹アナ・ハンマースホイ》で落選するものの注目を集めるという、実に彼らしく面白い出発をしています。

この作品、素人目に見ても
「えっこれが落選?どこがいけないの?」
と思うくらい、とても素敵な絵です。当時は、背景と人物との境があいまいで、特に遠近感が乏しいところが良くないと判断されたそうですが、そうした「欠点(と言われたもの)」は以後、ハンマースホイの不思議な魅力となって発展していきます。

最初はどことなく寂しいような風景画を描いていたハンマースホイは、あるとき室内の絵を描きます。誰もいない部屋の絵。そして、自分はこういう絵を描きたかったのだと言うのです。

後の部屋の連作。そして初めは前を向いていた人物が、最終的には完全な後姿になってしまうことで、ハンマースホイの世界はその極致に達します。この静寂。自信と誇りに満ちた独特の静かな世界。それは自分が他者と異なることに対して、何の恐れも持たない人間だけが築きうる城のようです。

会場にはハンマースホイの影響を受けた他の画家たちの絵も展示してあります。彼らの絵は、色や光の美しさ、人物の温かみや幸せを感じさせる点がハンマースホイと異なっており、デンマーク国内では好意的に受け取られたそうですが、国外でも有名になったのはハンマースホイだけでした。

たとえ自分の好みが、世間の大多数の好みに反しようとも、一切の妥協をしないこと。徹することの持つ美学。加えて卓越したデッサン力と、一定のリズムを刻む、瞑想のように安定した筆使い。そのクオリティの高さは並外れていて、彼の作品が国境を越え、むしろ外国に受け入れられたことには大きな意味があります。

1つの集団、地域、国、民族の持つ価値観や常識というものは、無意識のうちに固定観念を生み出し、人間の可能性を偏見の力で押しつぶす傾向があるものです。多様な文化というものは、各々が持つ偏見を鏡のように映し合うために存在しているのかもしれません。そして、この特異な画家が公平な目で評価されるためにもまた、広い世界が必要だったのです。

底知れぬ自信と冷徹さを感じさせる(「なるほど!」という感じの)肖像画と、ハンマースホイの使用していたパレットも見もの。冷静な絵とは裏腹に、荒々しく盛り上がった灰色の絵の具からは、迫力と執念すら感じたミウでした。

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2008年08月30日

英国ヴィクトリア朝絵画の巨匠 ジョン・エヴァレット・ミレイ展

04b23262.jpgBunkamuraザ・ミュージアムで開催中の『ジョン・エヴァレット・ミレイ展』に行ってきました!

ジョン・エヴァレット・ミレイ(1829-1896年)は、幼少時からはんぱない絵の才能を発揮。両親は息子の才能を伸ばすため、ジャージー島からロンドンに引越し、その期待に応えるかのように、ミレイは史上最年少の11歳で英国ロイヤル・アカデミーの美術学校に入学します。

神童と呼ばれた彼の力量は、展覧会の最初に展示されている一枚の石膏デッサンが言葉より雄弁に語っています。これがなんとミレイ10歳のときの作品!いや上手いのなんの。桁違いにレベルが違います。

さて、完璧なまでのデッサン力というものはしかし、絵画の入り口にしか過ぎないものです。ミレイはその当時の、人物を理想的にしか描かない傾向に疑問を感じ、よりありのままに近い状態で描き始めます。

また、美術評論家ジョン・ラスキンの「自然はありのままに再現するべき」だという考えの影響もあり、ミレイは戸外で自然を描くことを好み、正確で緻密な描写を得意としていました。

その卓越した自然描写と、ミレイお得意の「物語の世界に入り込む」という性質が融合して生まれた大傑作が、ミレイ22歳のときの作品『オフィーリア』。これはイギリス留学中の夏目漱石に感銘を与え、宇野亜喜良に「オフィーリアだけは別格」と言わしめ、宮崎駿がこの作品見たさにイギリスまで行ったという、すさまじい魅力を放つ一枚なのです。

ミレイは絵を描くとき、物語を脚本のように読み込み、舞台装置を考え、小道具、衣装を取り寄せ、配役を決め…と、まるで映画監督のように仕事を進めていました。特に素晴らしいのは、描かれた人物の内面に同化するかのような、画家による表情の描写。その心の内まで見えてきそうな表情と、今にも動き出しそうな場面は、一枚の絵画でありながら、一本の映画のような迫力を内在していてすごいです。

その後、唯美主義と言われる、「美しいもののために美しいものを描く」という考え方が、ミレイの絵を少し軽やかで自由なものにしていきます。

当時は写真撮影が可能になったことにより、記録のために肖像画を描くということが少なくなってきていたのですが、ミレイの絵は非常に美しく魅力的だったので、肖像画の依頼が絶えることはなかったそうです(このあたりも百聞は一見に如かず)。

こうして、地位と名声と富の全てを画業で得ることのできたミレイは、晩年、幻想的な風景画も描いており、新しい画風を彷彿とさせるなど、その絵が持つ力は衰えることを知らず、むしろ年を経るごとに大作に挑むといった風でもありました。

会場の最後にはミレイが使っていたパレットと絵筆が展示されており、大きくすなおな画家の生きざまを反映するかのように、威風堂々と輝いていました。

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2008年08月26日

2006年度国際アンデルセン賞・IBBYオナーリスト受賞図書展

eb1fceb4.jpg国際子ども図書館で開催中の2006年度国際アンデルセン賞・IBBYオナーリスト受賞図書展に行ってきました!

国際アンデルセン賞は、スイスに本部のある国際児童図書評議会(International Board on Books for Young People=IBBY)が2年に1回、児童文学の分野で卓越した業績をあげた作家および画家に贈っている賞で、「小さなノーベル賞」とも呼ばれています。

日本では1980年に赤羽末吉さん、1984年に安野光雄さんが画家賞。1994年にまど・みちおさんが作家賞を受賞されています。

IBBYオナーリスト賞というのは、IBBYの各国支部が、自国で出版された児童書の中から外国の子どもたちにも読んでもらいたいと思った本を選び、その作品にたずさわった作家、画家、翻訳家に贈られている賞です。

会場には57の国や地域からやってきた209冊の児童書が展示されており、驚くべきことに、これらすべての児童文学や絵本を実際に手にとって見ることができるのです!

本にはお国柄というものがあって、いろんな国の児童書を見るのは楽しいものです。特に絵本は翻訳がなくても絵を見るだけで楽しめる部分が大きく、その多彩な表現と各国が持つ独自の文化の魅力には驚かされます。

共通の情報が世界中をかけめぐる時代になっても、独自の文化というものは永遠に失ってはならないくらい貴重なものだとミウは思いました。流行や商業主義に毒されない「個性」というものほど大事なものはないのです。

会場にあった数少ない翻訳本の中に『リディアのガーデニング』というチリの絵本があったのですが、これが稀に見る傑作で、読み終わったミウはわんわん泣いてしまいました。絵本が作られた時代背景と作者の性格も含めて、実に感動的な良作です。

国際子ども図書館の展示会にはいつも感心してしまうのですが、今回も、これだけの展示内容にもかかわらず人も少なく、無料なので超おススメです♪

『リディアのガーデニング』(サラ・スチュアート)の詳細はこちら>>

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2008年08月05日

フェルメール展〜光の天才画家とデルフトの巨匠たち

f65b5f16.jpg東京都美術館で開催中の『フェルメール展〜天才画家とデルフトの巨匠たち』を観てきました!

ヨハネス・フェルメールは17世紀オランダの画家。デルフトという小都市に生まれました。ちょうど国立新美術館で開催中の『ウィーン美術史美術館所蔵 静物画の秘密展』と時代が被っているのでわかりやすいのですが、当時のオランダは経済的にも文化的にも非常に恵まれていたので、絵画の発達には目を見張るものがありました。

デルフトには才能ある画家が集まっていたらしく、デルフト派と呼ばれる画風を作り出しました。それは透視画法(遠近法)と光と影の追求が、うっとりするほど美しい世界にまで極められた時代で、その頂点に立つのがフェルメールという一人の天才画家なのです。

実はミウ、フェルメールを観るのはこれが初めて。作品もあんまり知らなかったので、あまりの前評判に、「そんなにすごい画家ってどんなんだ?」と思っていたのですが、この人は本当にすごかった!!

一目見て、「新しい!」と思いました。17世紀なんてなにかの間違いなんじゃないかと思うくらい、同時代の他の画家たちの絵とまるで違うのです。

それどころか、現代のアーティストが見ても刺激を受けるくらいのものを充分に持っている。ということは、少なくともフェルメールは数百年時代を先取りしていたということになります。天才と言われるゆえんです。

フェルメールの師が誰なのかははっきりしていないそうですが、当時は画家たちが互いに影響し合い、他者の作品をまねたり、画面を再構築、あるいはドラマの続きを想像して描くといったことが頻繁に行われていて、フェルメールが少なからぬ影響を受けたと思われるピーテル・デ・ホーホなど、デルフトの巨匠たちの絵画も約40点展示されています。

フェルメールの作品は全部で7点。「えっ?たったのそれだけ?」と思うなかれ。彼の作品は世界に30数点しか残されておらず、日本初公開5点を含む今回の展示会は、まさに奇跡的に価値のある機会なのです。

11年にわたる科学的調査の末、2004年にフェルメール作と判断された『ヴァージナルの前に座る若い女』もその内のひとつ。

この小作品が真作だと判断された理由のひとつに、ラピスラズリから作られた青色の絵の具(フェルメール・ブルー)が使われていたことがあります。これは普通の青絵の具の100倍くらいの値段で非常に貴重だったため、普通の画家は要所にしか使わなかったのですが、フェルメールは壁やドレスの下地などにまでふんだんに使っていたそうです。

このことはフェルメールが生涯お金に苦労していた原因のひとつだと推測されますが、それだけ光の表現に対する美意識が並外れて高かったことの証明になっている、とてもいいエピソードだと思います。

平日午前中にもかかわらず人が多かったので、かなりの人気ですが、人ごみをかきわけてでも一見の価値あり。テーマも一貫してわかりやすく、理屈より作品の力で魅せるところが素晴らしい展覧会でした。おススメです。

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