「ひとりのみどりごがわれわれのために生まれた。ひとりの男の子がわれわれに与えられた。まつりごとはその肩にあり、その名は、『霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君』ととなえられる。」(イザヤ96)

 

イザヤのこの聖句は、イエスが神と同一であることを意味していますか。


  イザヤ 9章6節で,子は「大能の神」と呼ばれています。しかし聖書の中では,み使いや人間、偽りの神々、サタンなども「神(々)」と呼ばれています。(み使い: 詩編 8:6。ヘブライ 2:7。人間: 詩編 82:6,7。偽りの神々: 出エジプト記 12:12; コリント第一 8:5。サタン: コリント第二 4:4)

  ヘブライ語聖書において,「神」にあたる言葉「エール」には,「力ある者」,「強い者」という意味があります。ギリシャ語聖書中のこれに相当する言葉は「テオス」です。それで、み使いや人間や偽りの神々、サタンも神すなわち力ある者、強い者と呼ぶことができます。しかし、神と呼んだからといって、エホバ神と同一であることを意味しているわけではありません。



god and his son
全能の神と言われるのはみ父エホバのみ
イエスは大能の神だが全能の神ではなくエホバ神とは別の人格的な存在





  さらにイザヤ 9章6節で用いられているヘブライ語の単語は,子と父の間の明確な区別を示しています。その部分で子は「大能の神」,「エール ギッボール」と呼ばれており,「全能の神」と呼ばれてはいません。ヘブライ語でその言葉は「エールシャッダイ」と言い,エホバ神にのみ用いられています。


  全能の神であられるのは、エホバ神だけです。イエスは力ある者、強い者という意味で、神のような方ですが、全能の神エホバと同等の全能の力を持つ神ではありませんし、エホバ神と同一の人格的存在でもありません。