「『あなたが聞いた言葉に関しては、あなたの心が柔らかで、わたしがこの場所とその住民に向かってそれが驚くべきものとなり、呪いとなると語ったのを聞くと。あなたはエホバのゆえにへりくだり、自分の衣を引き裂いて、わたしの前に泣き出したので、このわたしもまた聞いた』。」(列王第二221819)

ヨシヤは八歳でユダの王として治めはじめました。ヨシアはどんな支配を行ったでしょうか。


 ユダの王であったその祖父マナセと父アモンは、エホバの目に悪いことを大規模に行いました。ですから、ヨシヤがユダの王として治めはじめた時は、ユダ王国の宗教事情はエホバへの真の崇拝からはなはだしく逸脱していました。ユダ王国の中には、さまざまな偶像崇拝が蔓延しており、心霊術が盛んに行なわれていました。


 ところが、ヨシヤについては、エホバの目に正しいことを行ない、その父祖ダビデの道にみならったことが記録されています。
(列王第二2212)


 ヨシヤはユダの王として治めはじめた時、幼かったので、その当時の大祭司や書記官の教育と影響があったのかもしれません。ヨシア王の時代の大祭司ヒルキヤや、書記官シャファンがエホバに忠実な人たちで、ヨシア王は、少なからずその影響を受けていたのかもしれません。


 ヨシヤ王の統治の第十八年に、王は書記官シャファンをエホバの家の大祭司ヒルキヤに遣わし、エホバの家に運ばれて来る金を用いてエホバの家の裂け目を修理させるように取り計らいました。



 そうしていた時に、大祭司ヒルキヤは、エホバの家で律法の書を見つけました。ユダ王国でモーセの律法の原書や写しが紛失していたのは、驚くべきことですが、ヨシヤの祖父マナセが五十五年間、その父アモンが二年間ユダの王として治めて、エホバの崇拝から離れた非常な悪政を行なっていたため、その間に、モーセの律法の書の原書や写しはユダの王たちによって、廃棄されていたのかもしれません。ひとつの律法の書がエホバのはからいによって隠されていたのでしょう。



 ヒルキヤがシャファンに律法の書を渡すと、シャファンはそれを読み出しました。それから、シャファンはヨシア王にエホバの家の修理の進捗状況を報告し、さらに、ヒルキヤから渡された律法の書をヨシヤの前で読みました。
(列王第二2210)



 ヨシヤは、律法の書の言葉を聞くや直ちにその衣を引き裂きました。
(列王第二2211)衣を引き裂くのは、当時、悲しみや嘆きの表現でした。ヨシヤは、正しいエホバの崇拝がどのようなものか、エホバの崇拝から離れるならば、エホバが怒り、イスラエルに災いが臨むという律法の書の言葉を聞きました。そして、ユダ王国がいかにエホバの崇拝から離れてしまっているか現実を考えて、苦しみを覚えたのでしょう。



 ヨシヤの心は、謙遜で柔らかでした。エホバの前にへりくだりました。それは、例えば、同じエホバの言葉であるエレミヤの巻き物が読まれるのを聞いて、巻き物を火鉢のの燃える炎の中に投げ込んで全部燃やしてしまった、ユダの王ヨシヤの子エホヤキムとは全く異なっていました。
(エレミヤ362123)エホバはご自分の言葉に対するヨシヤのへりくだりを評価されるでしょうか。



 それから王はエホバの言葉から読んだエホバの怒りを恐れて、祭司ヒルキヤ、書記官シャファン、その他の人々に命じて、見つかった書物の言葉についてエホバの預言者に伺わせました。



 そこで、王から遣わされた人々は、エルサレムに住んでいた女預言者フルダのもとに行きました。するとフルダはエホバの言葉を伝えました。エホバは、「見よ、わたしはこの場所とその住民の上に災いを、すなわちユダの王が読んだあの書物のすべての言葉をもたらすことにする。」と言われました。
(列王第二2216)



 けれども、ヨシアに関してはこう言われました。「あなたが聞いた言葉に関しては、あなたの心が柔らかで、わたしがこの場所とその住民に向かってそれが驚くべきものとなり、呪いとなると語ったのを聞くと。あなたはエホバのゆえにへりくだり、自分の衣を引き裂いて、わたしの前に泣き出したので、このわたしもまた聞いた」・・・「あなたの目は、わたしがこの場所にもたらそうとしているすべての災いを見ないであろう。」
(列王第二221820)



 エホバはヨシヤのへりくだりに応じられました。ヨシヤ王が生きている間は、ユダは災いにあうことはないという保証が与えられました。ヨシアはこの時のへりくだりに調和して、イスラエルの中から、偶像崇拝を一掃する活動を精力的に行ないました。そして、ヨシアが生きている間は、ユダとエルサレムが災いを被ることはありませんでした。



 このことから、エホバはみ言葉に対する私たちの心の反応をご覧になり、それに反応されるということが分かります。私たちはいつもみ言葉の裁きの言葉を聞いた時には、み言葉に対して心を柔らかにしてへりくだるべきです。そうするならば、へりくだった人の時代には、エホバからの災いが臨むことはないかもしれません。



エホバはマナセのへりくだりょ受け入れる