「そしてあなたはイスラエルの土地に言わなければならない、『エホバはこのように言われた。「いまわたしはあなたを攻め、わたしは剣をさやから抜き放ち、義なる者と邪悪な者をあなたの中から断ち滅ぼす。」』」(エゼキエル21:3)
エホバが剣によって義なる者と邪悪な者を断ち滅ぼすと言われたのは、エホバがバビロンの剣によってエルサレムを滅ぼされる時でした。(エゼキエル21:18-22)それは、エホバによる裁きの時でしたが、エルサレムでは邪悪な者だけでなく、義なる者も滅ぼされる結果になりました。それはなぜでしょうか。そのことは、現代に臨む裁きの時に、何を意味するでしょうか。
エホバは、エルサレムに臨む裁きの時に、ユダの人々に、預言者エレミヤを通して、バビロンに投降するように勧めました。(エレミヤ38:2)それで、エルサレムがバビロンから攻撃された時生き延びるためには、その前にエルサレムから出ていなければなりませんでした。
確かに、バビロンがエルサレムに攻めてきた時、エルサレムの外に逃れた人や、預言者エレミヤを始め少数の人々が、バビロンの剣を生き残りました。(エレミヤ40:6,7,11,12)しかし、それはごくわずかな人々でした。
バビロンによるエルサレムの攻撃を逃れたのは、主にバビロンの攻撃の前に、バビロンに捕囚として連れ去られた人々と、自分から自発的にバビロンに投降した人々でした。聖書はバビロンの王ネブカドネザルの第7年、第8年、第18年、第23年に人々が大勢バビロンに流刑にされたことを述べています。(列王第二24:11,12,14-16。エレミヤ52:27-30)それ以外の人々は、たとえ、エホバの律法を守る義なる者であっても、バビロンの剣によって命を失いました。
このことは、現代の裁きの時である大患難について私たちに何を教訓として教えるでしょうか。古代のエルサレムの滅びによって予示されていた大患難を生き残るのは、必ずしも義なる者ではないということです。
聖書は、終わりの時に、「荒廃をもたらす嫌悪すべきもの」すなわち、国連が諸国家と連合して、現代のエルサレムすなわち南の王であるアメリカを攻撃する時が訪れることを予告しています。(マタイ24:15。ダニエル11:40。啓示17:14)その時は、やはり邪悪な者だけでなく、義なる者も滅ぼされてしまうでしょう。なぜなら、その時、聖書の警告に従って行動しないならば、たとえエホバの律法を守る義なる者であっても、命を落とすからです。
聖書は、大いなるバビロンに属する人々が、彼女の滅びに巻き込まれないため、その中から出て、山に逃れることを助言しています。(啓示18:4。マタイ24:15,16)その助言に従って行動しないならば、たとえ義なる者であっても、現代のエルサレムである大いなるバビロンの中で、もしくは、北の王の領域の山ではない場所で、命を失う可能性が高いでしょう。
現代のエルサレムの災いから逃れる必要
ですから、大いなるバビロンが偽りの宗教を意味し、国連が偽りの宗教を攻撃することになるという従来の預言の解釈に固執してアメリカから出ようとしないエホバの証人は、たとえ神の律法を守る義なる者であっても、命を失う結果になる可能性が高いでしょう。それは、望ましいことではありません。ですから、私は、エホバの証人には、自分たちの預言の解釈を吟味してほしいと思います。
一方、神の言葉の預言が成就していることを見極めて、預言の成就を恐れて謙遜に行動する人たちは、たとえ神の律法に従ってこなかった邪悪な人であっても、命が守られるということもあるでしょう。啓示の書は、「すべての国民と部族と民と国語の中から来た、だれも数えつくすことのできない大群衆」が、「大患難から出て来る」と預言しています。(啓示7:9,14)その中には、大患難の直前に聖書の預言の成就を見て、神の言葉に信仰を働かせる人も多いことでしょう。啓示の書はまたそれらの人々が、救いをエホバとイエス・キリストに感謝するようになることを預言しています。(啓示7:9,10)
それで、昔のエルサレムから出なかった人々は、邪悪な者だけでなく、義なる者も滅ぼされたということは、現代のエルサレムアメリカの滅びである大患難の前に聖書の警告に従って行動する必要性を教えています。
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