「次の日、わたしたちはシドンに上陸した・・・。次いでそこから船出したが、向かい風だったので、キプロスの島影を帆走した。それからキリキアとパンフリアに沿って大海を航海し、ルキアのミラに入港した。しかし、そこで士官は、イタリアに向けて航行中のアレクサンドリアの船を見つけ、わたしたちをそれに乗せた。それから、・・・やっとのことでクニドスに着いた・・・わたしたちはサルモネのところでクレタの島影を帆走し・・・その沿岸を進んで、良い港と呼ばれる所に着いた。その近くにラセア市があった。」(使徒27:4-8)
使徒たちの活動27章では、パウロは地中海沿岸を船で航海します。その記録には、多くの地名が出てきます。その地名は実際に存在した土地でしょうか。確認してみましょう。
パウロがカエサルに上訴するために、パウロはカエサレアから出発して、イタリアに送られることになります。(使徒25:11,13;27:1)まず、パウロの一行はシドンから船出します。海港の町シドンは、フェニキア人の主要な都市でした。今日その都市はレバノンの都市サイダとして知られています。シドンは、首都ベイルートの40キロ南にあります。

シドン現代のサイダ
それから、パウロの乗った船はキプロスの島影を進みました。キプロスは、東地中海の島国で、現在EUの加盟国です。

Location of Cyprus (dark green) in the European Union (light green)
キプロス島の位置

キプロス島
パウロの船は、キリキアとパンフリアに沿って航海します。キリキアは、小アジア南東部の地域です。南に地中海,西にパンフリアがあります。ローマ時代には,キリキアに,パウロ(サウロ)の生まれ故郷のタルソスなどの都市が散在していました。(使徒 21:39)

was the hometown of Paul.
ローマの属州キリキアの首都パウロの出身地タルソス
パンフリアは、パウロが最初の宣教旅行の際に訪れた,小アジア南岸の小さなローマの属州です。

Minor during Paul's time.
小アジアのパンフリア
パウロの船は、ルキアのミラに入港しました。ミラは小アジア南西部の沿岸の近くの3キロほど内陸にあります。その場所は今ではトルコのデムレとして知られています。

南小アジアの地域ルキア

それから、パウロは船を乗りかえ、クニドスに着きます。クニドスは、小アジアの南西に位置するレサディエ半島にある都市です。

それからパウロの船は、クレタ島のサルモネの近くを進みました。クレタ島は、150マイルの長さで50マイルの幅の地中海の島です。クレタ島は、ギリシャの島々の最も大きい島です。サルモネは、現代のクレタ島のシデロ岬です。


クレタ島は地中海の大きな島
パウロの船は、ラセア市の近くにあった良い港に着きました。良い港は、ギリシャのクレタの南岸にあり,今でも現代ギリシャ語で同じ名称のカロイ・リムニオネスと呼ばれる湾と同定されています。(使徒 27:7,8)ラセアは、普通,現代のカロイ・リムニオネスの東約8キロの所にある廃墟と考えられています。

on his voyage to Rome
クレタ島の南の端にある良い港

クレタ島の良い港の近くにあるラセア
このように使徒たちの活動の記録に出てくる土地は、現代でも実在する土地です。ですから、パウロの宣教の記録が記載されている使徒たちの活動の記録が実際にあった出来事を述べている歴史的に信頼できる記録であることが分かります。
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