2010年10月11日

久しぶりに外泊す

金木犀匂う部屋なり外拍す    谷人

久しぶりに谷下舘に帰って来ました。
終日熟睡しました。間もなく獄舎に帰る時間です。皆さん宜しく。そんでわ。

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2010年09月26日

帰る時間となりました。

メールを頂いてもご返事差し上げられず。申し訳なし。
ただし元気です。食欲まだダメです。そんでわ。

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2010年09月25日

十五夜や故郷を偲ぶ汽車の窓

病室の中にいると、外は晴れているのか、雨が降っているのか、さっぱり分からない。数日前、
「今夜は十五夜だから、見るなら車椅子用意する」と見舞えにきた娘に言われたが、見る気力全くなし。
天気が悪くなるとは云っていたが…。

十五夜や故郷を偲ぶ汽車の窓

タイトルの句は、古〜い、戦争末期小生の学徒動員で勤めた海軍軍需工場の男子用便所の落書きである。
おそらく当時17〜8歳の少年工の書いたものであろう。
ふと、そんなことを思い出した。

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2010年09月20日

何とかの日

s-何とかの日


       冷房の無言の館白き壁  谷人


←  余の枕元にあった。

  一句やっとモノした。

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2010年09月19日

山川草木轉荒涼

眠れない夜がつづいた。


『十里 風腥(なまぐさ)し 新戰場。』

『征馬(せいば)前(すす)まず 人語らず、』

『金州城外 斜陽に立つ。』

乃木希典の漢詩、承、転、結の3句は思い出せるのだが、起句がどうしても思い出せない。夢の中のパソコンでは、どうしても開けなかった。

今日臨時外泊、やっと解決した。今夜は眠れるだろう。

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2010年09月12日

慌ただし

一昨日(9日)急遽入院。昨日週末なので外泊許可を取り、風呂に入り、
飯(病院食に倣った粥)を食べ、自宅の寝床に入りました。
あっという間にもう12日も正午になります。

病院にはパソコンが持ち込めないので、昨日、今日とブログ更新です。
時間の経つのは早いですね。
実に慌ただしいです。メールも頂いておりますが、以上のような次第なので
当分欠礼します。
また牢屋さ戻る(3時頃)準備もしなければなりませんのでパソコンに向かっていられません。そんでわ。

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2010年09月11日

入院の記(入牢、出牢の如きもの)

s-キャプチャ食べ残し



10日(昨日)は、これまでやった「検査総合結果」の判る日である。
T病院go.
採血(検査室混雑)→内科受付
 非常にムズカシい男が受付のオレの前にいて、係員を困らせていた。(オレも困った)係の対応に何とも納得せず、繰り返し繰り返し、難題をぶっつけて、承知しない。ケンカ腰なり。オレの番にならない。5分以上経過。
延々モンクを垂れていたが、別の係が出てきてやっとオレの受付を済ませてくれた。(その男はその後どうなったかモンクは続いていた)

外来処置室前に待つことしばし。
Dr.やっと現れ、別診察室みたいなところで説明を受ける。

(1)癌、腹水、両足のむくみ、貧血、食欲不振の症状。
  利尿剤、その他飲み薬にて治療を進める。
(2)検査結果を含め今後の治療法を考える。

以上のような診断結果で、入院となる。今日から入院するに越したことはないが、週末なので来週早々手続きをとってくれれはそれで良い。
Dr.は冷静だった。

ある程度覚悟は決めていたので、何の用意もしてこなかったが、即日突然入院をオレも妻も決断した。
入院手続きをする前、X線、心電図等。

Go,入院手続き。早速癌病棟○○号室に案内された。
早速に昼食でる。(12,19分)粥の量多く、オカズ塩分全くなし。ほとんど食べずに残してしまった。(添付写真参照:粥上にのせたモノは梅干しではない。なんだか分からないが塩味全くなし)

週末なので、明日にでも外泊出来ると言うから、早速申し込み手続きをした。今日は早速の外泊、自宅に戻る。(12日之記)

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2010年09月09日

鶏頭の十四五本もありにけり

s-鶏頭の十四五本

鶏頭の十四五本はありにけり
盗作??いいや、撮ってみたら確かに十四五本の鶏頭だったというだけのこと。

台風9号の影響で今度こそは本格的雨になると思った。(8日午前福井市敦賀(つるが)市付近に上陸後、本州付近を東寄りに進み熱帯性低気圧に変わった。北陸への上陸は1951年の統計開始以来初なりという)最初の予想とは大分外れて、わがイバラッケンにも大雨洪水警報が出るなどした。
 午前中から雨模様なりしが、正午を過ぎると間もなく降り出す。 テレビニュースなどで放映の酒匂川(さこうがわ)の状況現場などは、大変な被害があったようだ。同情を禁じ得ないが、こちらでは猛暑が一層され、待ち望んだ恵の雨であった。  
 幸い洪水もなく風も大したことなかったようだ。 朝わが家の庭隅の鶏頭である。


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2010年09月08日

ようやくインターネット接続

s-成功

ず〜っと、インターネットの不具合が続いた。
8月28日(土)
 朝インターネット繋がらず時間を浪費。システムの復元、セーフモード、色々弄っているうち突然接続されるのである。 今日も暑し。一雨(ひとあめ)無いうちはダメだな。
 午前中から居眠りばかり。

8月29日(日)
ここ数日来のことだが、朝インターネットつながらず、8時過ぎまでおしまわす。昨夜はブログ更新で10時過ぎまで起きてパソコン。便秘気味、体調甚だ悪し。何もやらず。(出来ず)外へも出ず。曇りがちなるも暑さ続く。 部屋でクーラーかけっぱなしなり。
 (体調最悪。出るべきモノが出ず、シャックリと、げっぷばかり出る)
 猛暑が続く。しかしいっときよりはやや凌ぎやすし。(ただし、終日冷房のパソコン部屋に籠もりいる為外の暑さと別環境にいることも否めない。)

8月30日(月)
今朝は4時に起きる。昨夜3回くらいトイレに起きたが、排便捗々しらず。最後ドーッと出て清々した。
 パソコン室に行き、インターネットが今朝も昨日と同じ症状、繋がらず時間を費やす。9時頃漸く接続出来た。原因不明だが、モデムやルーターの電源を切ってしばらく置いたのが効果あったようだ。
 今日は昼寝昼飯後30分ぐらいしたか?
 両脚で立っていることや、歩くこと殆ど不可能なほど容体悪し。
 田圃の出穂写真に撮りたくて通りに出てみた。

8月31日(火)
 数日来インターネット繋がらず、朝すぐパソコンを弄りはじめ、なんだかんだやっているうち、1〜2時間ぐらい突然繋がるという日々が続いた。何が原因であるかは特定出来ぬ。
 今朝はルーターの「IP設定ユーティリティ」を起動させ万事OKとなる。

9月1日(水)
協同病院。胃内視鏡検査なり。長男に運転手役を乞う。
 院内今日も予約患者数多し。大腸の検査もあり、早速「ニフレック配合剤」の2L壜を渡された数人(10人ぐらいはいたと思う)がいたがオレのような若年齢層(?)の者は見えなかった。
 場所を間違えたかな?と思ったら、オレの呼び込みはすぐで、
「今日は大腸の検査のある方も一緒なので混み合っています」と看護士(女性)より説明があった。

 今の胃カメラは以前に比べ管が細くなったので、ずっと楽になったと聞いていたが、2度とやりたい検査ではない。苦しかったがその割には時間かからざりき。
 終わって本館にて今日も血液採取。本館中央検査室という処なり。10時頃終わったのだが、採血の結果が分かるようになるのは1時間以上かかるので、外来処置室前の待合い室で待つように言い渡された。処置室前にいく時。写経の某子さんに似くさい人がいたが、人違えなるやも知れず声をかけなかった。

 今日は胃カメラも、採血も順調で診療が終わったのは10時頃である。採血結果が出るのに、役1時間以上はかかると云われたが、これからどのくらいの待ち時間になるのか先が思われた。
 車椅子に乗った老婆(老婆と言った風采ではない。痴呆の顔なり。)しきりにわめいていた。「かんごふさあ〜ん・かんごふさあ〜ん」と絶えずくちばしり、何か買ってくれとねだり、時折「死ねば良いんだろう」と悪たれを吐いた。付き添え2人(連れ添え旦那さんと倅らし)は相手にしなかったが、車椅子を自分で動かすので、目が離せなかったようだ。非常に面倒見のよい2人であった。
 お午を超えやっとドクトルお見えになる。随分長く待たされた感。
 処置室で説明あり。今度はまた明日胃のバリューム検査なりという。
 初めて薬の処方あり。
 (1)パリエット錠10ミリグラム(胃酸の分泌を抑える薬。胃潰瘍十二指腸の薬。消化管潰瘍の治療に用いる)(2)フェロミア錠50ミリグラム(鉄欠乏性貧血の治療)処方さる。
 更に明日また今度は胃のバリーム検査をして見ると言うなり。
 明日も尽き添えが必要と云う。


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2010年09月01日

靄晴る

キャプチャ朗報

今朝、わが地方(イバラッケン)は一寸先も見えぬような深い靄であった。
朝靄のひどい日は、かならず後にからりと晴れるとされている。
ちょっとでも良いから一雨欲しいところだが、今日も日中晴れが続くとすれば、猛暑日の記録はさらに伸ばされることは間違ない。

ボクは「靄」と「霧」の区別が分からないから、最初タイトルを「霧」としたが、「霧」より「靄」のほうが適正な表現かと思って訂正した。

以下インターネット接続出来ず9日付の追記である。

写真朝日新聞「小沢氏出馬 菅氏と決戦」の朝刊を載せたが、特に深い意味はない。9月1日の証拠を表示したかっただけである。ただ「靄晴る」のタイトルに関連づけた積もりはなかったのだが、何となく靄晴るにマッチした記事が出てきて「うん」とうなずいている。

 問題はその上に乗っている新聞折り込みのようなチラシである。過日「茨城の日本酒ファンクラブ:いばらきの酒仲間」事務局にあたる茨城県酒造組合から郵送された『いばらき酒仲間の集い』の案内と、ボクの会員証である。

県北にお住まいの日本酒愛好家某氏の勧誘で入会した。2004.3.25の入会日となっている。ハ、ハ、ハ、ハ、ハ!キャプチャ会員証

勿論月乃至年会費の必要はない。ただし会員証には格式を慮り、次の注意事項が記されている。
(1)本会員証は会員本人が携帯し、必要に応じ提示すること。
(2)本会員証は他人に貸与又は譲渡してはならない。

会員には、随時きき酒や、契約酒造米水田の稲刈りだとか、いばらき県酒蔵の新酒の試飲会などに誘いがかかる。ただボクはまだ行ったことがない。
今回は10月1日のきき酒大会。一度その雰囲気を味わってみようかと思っていた矢先である。だが、それも今日の胃カメラ検査の結果次第だが…。

Dr.の説明:胃の状態は、下部の方が大分あれている。念のため明日また胃のバリュム検査、さらに7日に造影CT検査という密度の混んだ検査スケジュールを言い渡された。これで今の体調から考えると、きき酒などはとても耐えられないと思った。まして会場は水戸市内である。


その下のwindows「タスクトレイ」。そこにある「ブロードバンド接続」のアイコンを見てくれ給え。
このアイコンが今朝はこのように一発で有効マークになっていた事だ!嬉しかった!
今日のDr.の説明では当分部屋に籠もるだけで、外の仕事は出来ないであろう。
そこで、当ブログの毎日更新を思い立ったのである。あたかもよし。今日は1日である。
 ところが、げに世の中は侭ならず。病院から帰ったらこのアイコンに!印が付いてどうしても修復出来なかった。以下8日までインターネット接続不能となる。


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2010年08月31日

思い出のカメラ

想い出のカメラ

 
現在ボクの所持しているカメラである。

左から

(1) RICOH XR7(リコー)
(2)Canon (左傍は交換レンズ)
(3)Polaroid(ポラロイド インスタントカメラ)
(4)Canon PowerShot S50






過日(8月7日〜15日)図書館ギャラリーで、町在住写真家K氏による『「甦(よみがえ)るクラッシックカメラ」写真展』があったという。1923〜64年に製造されたクラシックカメラで撮影した写真34点と、使用したカメラ33点が同時に展示されたのだそうだ。

 8月の第2木曜日(12日)は、図書館会議室で、われわれの「読書会8月例会」でもあり、また最終日の15日は俳句会の友人から、「もし見に行くのだったら送り迎えしてやるょ。」とまで云って誘ってくれたのだったが、体調甚だ思わしからず断念した。
 こういうイベントは、これからなかなか見る機会もないだろうし残念に思っている。


とは云っても、ボクはクラシックカメラのマニアでもないし、カメラのことも、デジカメを含めてこれと言った知識もない。しかもここに並べてみたボクの所持品の3台のうち身銭を切って購入したものは1台もないのだ。まして骨董価値のあるものはキャノン(交換レンズ付き)ぐらいだろう。
しかしダ!これらのカメラには、それぞれに秘められた思い出があって手放さないでいる。

この中で唯一のデジカメPowerShots50は、ボクが最初に手がけたデジカメである。
何年前になるだろうか、次男夫妻からプレゼントされた。
一体幾らぐらいの値段かと思って、街のpc店の店舗に陳列してあった表示をそっと覗いたら、かなりの高価なものであった。(やつら相当ムリしたな!)、とほくそ笑んだものである。
 昨年モニターが写らなくなってしまったので、修理を見積もってもらいに行ったら、買い換えなさいとテンデ相手にして貰えなかった。


 何と!このデジカメを買った頃の値段の10分の1ぐらいだせば、これ以上の性能のカメラが出回っているのである。嗚呼!



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2010年08月30日

日録抄

s-稔りの秋2020



 今は飯が不味いね。拙宅では元運転手だったG君(農家)から玄米1袋(30kg)づつを購って、自分で村にある有料精米所で精白し食している。
1袋で何日持つのかはよく知らないけれど、市販の米より搗きたてである分だけ美味い筈だと思っている。この次購う時は間違えなく新米となるであろう。
新米が出来るのが待ち遠しい。

 ボクの所へ持参するG君ちの玄米は、嘗て宮内庁「献上米」の誉れ高い場所の隣の田圃で獲れたものだそうで、特に高値で売れるのだと自慢話を聞かされている。確かに余所よりは美味いと思っているが、それでも今頃になると毎年粘り気のないまずさを思い知らされる。
猛暑が続いた暑さの所為であろうか、今年の不味さは格別である。

 ボクは大腸検査以来「お粥」ばかりの食事が続いたので、強健だったわが体力のガタ落ち、ウオーキングが苦痛のこの頃である。
 今日は、今月無理して購入した18年式新車(?)を駆って、試運転方々、豊葦原瑞穂の国の出来秋視察としゃれ込んでみた。

s-愛車

 見渡せど、この広い田圃に人っ子一人いない。あと1週間も経つと、稲刈り機が入って来てあっという間の取り入れ作業がある。
 今は銘々の田圃の持ち主が、機械を持ち込んで操作するのではなく、その道の専門家に委託してしまうので、せいぜい2台ぐらいの機械でこの田圃全部が刈り取られてしまうのである。

 帰宅して、去年の新米の出来はいつ頃だったか、わがパソコンから日録を拾い出してみた。
何と!昨年の今日は日本国に政権交代が起こった、歴史的総選挙の日だったのである。

 2009、8、30(日曜日)
 
 颱風が近づいているという。蒸し暑し。
 午後から、とうとう雨になる。選挙は棄権しても良いと思ったが、体調ホンコでない妻に促されて、3時頃投票に行く。とうとう雨降り出す。コウモリを持って行った。
 投票所は小学校体育館。若者が二人投票に来た。上がり口に近所に住む役場職員のY君が、来場者の案内役だった。
 正面の投票所に対して、左右にのテーブルを並べ受付の係員を配した。
役場職員と思われる若者は、みな地元の職員らしかった。
 今流のスタイルの女性も座っている。
 これも村のK君が正面の記入所のわきに立って皆の投票を見守っていた。

 最初は知事選。
 競輪選手の新人に投票したかったが、この場に来て迷ってしまった。
とうとう現職に入れてしまった。(抵抗感があったが、自民党新人は敬遠した)
小選挙区は民主元、比例区は(これも迷ったが)「新党日本」と書いた。有効であったかどうかは知らない。

 裁判官は、分からないのは分からないと書いたらどうなんだっぺと受付で訊いてみた。書いても書かなくても同じだとも説明された。
 

栗が落ち、小ざるにいっぱいあった。早速妻が茹で、タカヤマさんに持って行って差し上げたら…というので、電話をしたら、貰いに行くとのこと。
 雨は少し小降りになり茹で栗と、ピーマンを採って差し上げた。

選挙は予想以上民主党が伸び、自民は落ち込んだ。(惨敗だった!)
 何よりも異変だったのは元大臣まで勤めた有力候補と、安泰を誇ってきたわが選挙区のせんせいが落選したことだ。(復活当選もならなかった)
 イバラッケンの珍事だよ!きみ!

 日録によると、わが家では昨年は9月21に新米を搗いて食べた。サンマが空前の豊魚で、毎日サンマの刺身が続いた。






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2010年08月29日

古本二題

キャプチャ読書2題

 イバラッケンに生まれ、半世紀以上居をイバラッケンにおきながら、これまで高田保の著作を一冊も読んでいなかった。
高田保の代表的作品は云うまでもなく「ブラリひょうたん」である。

<戦後は1948年から『東京日日新聞』に随筆『ブラリひょうたん』を連載。軽妙な文体ながら、「単独講和」「天皇制」「再軍備」などの政府の方針に反対する論を展開。「昭和の斎藤緑雨」と称えられた。(ウィキペディア )

一昨日早起きして寝室から明け方の月を撮った際、枕元に置いてある書棚に仕舞いこんであったものから拾い出した。こんな本があったのをすっかり忘れていた。
(上)(中)(下)3巻昭和53年4月毎日新聞社刊である。
パラパラパラっとページを捲り、これは面白いと思った。今でも充分通用するコラムである。何故読まなかったのだろう。次の読書会は自由読書だからこれを発表することにしようと心に決めた。
隣市の菓子舗に「ブラリひょうたん最中」という銘菓があるが、文学作品を最中に冠したのが、作品のイメージを壊してしまったのではないか?
因みに田中真紀子語録から採った「伏魔殿最中」は当時大好評だったときくが…、「伏魔殿」が大いに流行った世相で文学作品ではない。

なぜ「トラ大臣」が出てきたかというと、全くの偶然、コラムの巻頭当時の大蔵大臣泉山三六が出てきたにあわせて、この本が一緒に仕舞いこんであったのだ。

高田保曰く、
酒をのむ事は決して悪くはない。孔子は有名な美食家だったが、酒の方も大いにやったらしい。無量不及乱とあるから底なしに飲んでなお正体を失わなかったのだろう。酒にも聖賢の道はあるものである。中国のある詩人は彼を讃えて「飲宗」といい、すべからく彼を祀るべしと説いた。孔子に比べると李白などは下の下であるとなるらしい。ぐでんと酔払って「天子呼来不上船」などと管を巻いたところ、泉山殿の類らしいが、しかし李白はよかったことに大蔵大臣ではなかった。だから酔態がかえって彼の美名に光彩を添えるものともなったのである。どうも大臣になるよりも詩人になった方が人間は幸福のようである。(二三・一二・一七)


泉山三六氏曰く、

(略)しかし、さて筆をとってみると、別に我執が伴ったわけではないが、どうしても自叙伝式になり易い。従って碑文を書くようなもので、折角その人の徳をたたえることにもなるし、尚また折にふれての随想とはいっても、今度改めて書くのであるから、想いでは自然手柄ばなしに傾いてしまうようだ。やはり碁将棋と同じことで、勝った時ばかりで、負けたときは覚えてはいない、人間は勝手なものだ。まして失敗談になるとやはり相手もあることだし、そうズケズケ書ける訳のものではない。だから本書でも、例の山下問題、大トラ事件の失敗を書くだけでその方は勘弁して戴くことにした。「トラ大臣になるまで(序)」((二八年癸巳の夏)


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2010年08月28日

夏山へ―タカヤマ・ノボル大兄のペェジ

烏帽子岳全容野口五郎岳遠景








登山道には

(左)烏帽子岳全容
(上)野口五郎岳遠景
(下)登山道にはこんな所もある。






 タカヤマ兄にメールを送っても返信がないので、ウオーキング方々出かけて行ってみた。車庫に兄の車が入っていない。??
ボクがお寄りしたのは21日だから、居ないのは無理もない話。
次のようなメールが写真とともに届いたからである。
 
  
19日から2泊3日の山旅に…。
山名は野口五郎岳(2.924m)だが、烏帽子岳、三つ岳、真砂岳、南真砂岳、湯俣岳と5座を踏破してきた。今回は一人旅で気侭に歩けた。
最初烏帽子小屋までは俗に言う三大急登らしいが、先日テレビで見た『ためしてガッテン流』で歩いた。

 烏帽子岳の山頂付近は、縦這いあり横這いありで、また山頂は尖った石で立つ事も出来ない。野口五郎岳までの道は尾根歩きで、野口五郎岳も平凡な山頂だ。

 山頂から湯股温泉まで竹村新道を約6時間、1.600mある標高差で筋肉が悲鳴を上げる。湯俣温泉からの下山道は高瀬川沿いの平坦な道で、長いトンネルを幾つか抜けて、漸く出発地点に着く。歩いた時間は21時間位なり。

 兄の山歩きは病気(膏肓の病)だから特に驚きはしないのだが、今回だけは驚いた。
 兄が梯子から落っこちるという事は、なお魂消た事だが、事実あってしまったのである。
 高い自宅の庭樹の木障払いで、二連梯子の安全装置をかけるのを怠ったらしい。梯子が樹の枝から外れて、かなりの高所から墜落したばかりだった。たぶん受け身の心得があったのであろう、大事に至らなかったとは云っても、打ち身や内出血で方々が腫れ難渋したようだった。
 しかも兄は腎臓結石(膀胱結石?)だかで、時折出尿騒ぎのバクダンを抱えている身なのである。
 まさか?…7月末にも、福島県鬼面山(1,482m)と一切経山(1,949m)に遊んで(?)きたばかりなのに。
しかし、何はともあれ元気であることは嬉しい事である。

このトンネルが登山の入り口川原に湧く露天風呂最期は900mも









1.このトンネルが登山の入り口
2.川原に湧く露天風呂、気分良く入れました
3.最期は900mものトンネルを抜けて

北の烏帽子岳を起点とした北ア・裏銀座コースは、終点の槍ヶ岳までおよそ25キロメートルあり、名の知れた10ほどの山は、南の樅沢岳(2,758メートル)をのぞき、すべて2,800ートル以上の標高がある。
 その中で、南の鷲羽岳(2,924メートル)と同標高で最も高いのだが、茫洋とした山容と比較的らくに登れてしまうゆえに、歌手の名前と同じ野口五郎岳のほうが有名である。ちなみに、南西の黒部川源流よりさらに奥にある黒部五郎岳(2,840メートル・富山、岐阜県境)も同じ名前であることから、しばしば混同されるきらいがある。
 さて、その名称について。全国に五郎の名のつく山は17座ほどあるが、むろんこの山が最高峰である。五郎は“ごおろ”または“ごーろ”のあて字で岩石によって山体の全部、あるいは目立つ部分がごろごろしているからといわれる。ともあれ、この山は長野県側の大町市野口集落から望める花崗岩質の石の多い山、というのが野口五郎岳命名の由縁といわれる。裏銀座コース中、最も大きな山である。(信州山岳ガイドより)

ところで話が変わるが、9月には、町主催の「敬老会」がある。
何と!タカヤマ兄にも、今年初めて「敬老会」の招待状が届いたという。
兄が「出席する」にチックを入れたかどうかは訊きはぐった。
プライベートなことを公開してまずかったかなぁ…。
もし、タカヤマ兄から抗議を受けたら…、すぐ削除する積もりでいる。


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2010年08月27日

明けの月

s-明けの月

牢獄の小窓のように撮れたが、これは小生の臥所に月の光が射し込んでいるさまである。(或いは牢獄かもしれぬ。)
8月に入ってから、体調を崩して、日中も座敷にごろ寝する時間ばかりが多く、生活のパターンが大きく変わってしまった。

夜トイレに何回も起きた。最後に起きたるとき、
窓より月光差し込む。はて?
今何時頃なりや?明かりを付けたらジャスト4時であった。
 階下に降りカメラを持ってきて急いで撮った。7月には4時ではもう明るかったのに、今ではまだ真っ暗である。

 あと4日で8月も終わり。日々の経過の疾きこと嘆いても始まらぬのだが…。
 24日先の大腸ポリープ切除の経過の説明をうけ、こちらから今度は胃カメラ検査の予約を取ってきた。9月1日である。この結果で安心出来るのか不安がますのか、今日はかかりつけのS医院に行ってこれまでの投薬をうけ経過を説明するつもり。
 寝てばかりいるので早起きは苦でない。起きて雨戸を開け、新聞を取ってくる。

 菅・小沢氏全面対決
  民主代表選 党二分の様相
大きな活字である。
当然社説もこれを取り上げている。
小沢氏出馬へ―あいた口がふさがらない 

 
どうしてここまで民意とかけはなれたことができるのか。多くの国民が、あぜんとしているに違いない。
 民主党の小沢一郎前幹事長が、党代表選に立候補する意向を表明した。
 政治とカネの問題で「責任を痛感した」と、幹事長を辞して3カ月もたっていない。この間、小沢氏は問題にけじめをつけたのか。答えは否である。
 いまだ国会で説明もせず、検察審査会で起訴相当の議決を受け、2度目の議決を待つ立場にある。
 鳩山由紀夫前首相にも、あきれる。小沢氏率いる自由党との合併の経緯から、この代表選で小沢氏を支持することが「大義だ」と語った。「互いに責めを果たす」とダブル辞任したことを、もう忘れたのか。
 二人のこのありさまは非常識を通り越して、こっけいですらある。
 民主党代表はすなわち首相である。党内の多数派工作に成功し、「小沢政権」が誕生しても、世論の支持のない政権運営は困難を極めるだろう。 (略)


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