嗚呼!遂に!前橋の梨

2007年09月06日

狭き門

狭き門
その朝、小さな礼拝堂には、信者はあまりいなかった。ヴォーチェ牧師は、おそらく故意にそうしたのであろうが、黙想のための引用句として、キリストの言葉、「力を尽くして狭き門より入れ」を選んだ。(略)
牧師は先ず全節を読んだ。「力を尽くして狭き門より入れ。滅びにいたる門は大きくその路は広くこれより入るもの多し。生命(いのち)にいたる門は狭くその路は細く、之を見いだすもの少なし。」それから、問題を区切って、先ず広い路にについて語った……。(略)

「之より入る者おほし」とヴォーチェ牧師は先を続けた。(略)
―― やがて牧師は、テキストのはじめに戻った。そして、私は力を尽くして入らねばならぬあの狭き門を目の前に思い浮かべていた。私は空想に耽りながら、狭き門を一種の圧延機のようなものと想像していた。私は努力をし、並ならぬ苦しみを味わいながらそこをくぐって入ったが、しかし、その苦しみの中には天国の至福の前味といったものも混じっていた。そして、この門は、さらにアリサの部屋のドアに変じた。そこを入るために、私は身を縮め、自分の内に残っているあらゆる利己心を捨てようと努めていた……。「生命(いのち)にいたる路は狭ければなり。」とヴォーチェ牧師は続けた。

 これはアンドレジイド狭き門の一節である。岩波文庫川口篤訳に依った。
 「狭き門」は新庄嘉章訳、山内義雄訳等が見られるが、このキリストの言葉は、いずれも文語訳聖書からの引用である。これを訳す頃、現在のように、共同訳、新共同訳、新改訳等の聖書が揃っていたとしたら、訳者はどの聖書を選んで引用したであろうか。
 ちなみに、遠藤周作推薦の「新共同訳」を見ると次のようになる。
「狭い門 から入りなさい 。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者はが多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道は細いことか。それを見いだす者はすくない。」
もし、もしヴォーチェ牧師、の説教を、こういう口語体の聖書を引用したとすると、礼拝堂の雰囲気の描写は大きく変わってしまうと思う。


 たいへん飛躍した話になるが、ブロ友純情さまが、今市で見て来たという金治郎さんの銅像の前に 立っていた看板の内容をブログに更新された。様々なコメントが各地から寄せられ、感激のあまり、下手なコメントはしない方が良さそうである・・・と、仰有れている。
 ボクもそう思う。このような人生訓は、漢文の訓読の表現が、一番叶った読み方だと思うし、違和感はない。
 例えば、「尊徳夜話」など日本の論語といわれているそうだが、

論語学而篇
子曰、学而時習之、不亦説乎。有朋自遠方来、不亦楽乎。
これを、『子曰わく、学びて時に之を習う、亦た説ばしからずや。朋遠方より来るあり、亦楽しからずや。』の訓読が、分かろうが、分かるまいが、これ以上の表現は不可能であって、永く読み継がれている所以であろう。
 尊徳翁遺訓も、暗誦しやすいような文体であるから、そのまま、人間の教えとして、暗記しておけば自分の教養の助けにもなるのではないか。

人生まれて学ばざれば生まれざると同じ
学んで道を知らざれば学ばざると同じ
知って行うこと能はざれば知らざると同じ
故に人たるもの必ず学ばざるべからず
道を知るもの必ず行はざるべからず

『遠く霞ヶ浦付近にお住まいの古語にお詳しい博士』?????
きょろ。きょろ。うろ。うろ。 まさか、ボクを指ているとは思わなかったけれど、小生も、水戸学の地元イバラッケンに居を構えているが故、敢えて危険思想に依る所感を述べさせていただいた。求めよ。さらば与えられむ。赦されよ。



live05594 at 21:05│Comments(2)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by 純情おばさん   2007年09月07日 21:17
ありがとう、水戸の博士様!
その通りですね。それこそ、下手なコメントはできませんが、おっしゃりたいことはよく分かりました。
自分なりに、この尊徳様の教えはリズムよく体得していたつもりでしたが、いざ質問を受けると、さっと答えられない我が身でした。尊徳様の心に沿えば自ずから答えは明瞭な筈でした。これからもよろしくお願い致します。
アンドレジイドの「狭き門」は青春の日々に感銘を受けたのですが、今は本もあるかどうか?
「デミアン」は若い頃、憧れの騎士に薦められ、今でも大切に持っております。
それにしても、蔵書数はかなりのものでしょうね。
2. Posted by tani   2007年09月09日 10:12
こちらこそ有難う、万年少女の純情さま。
いつだったかお訊ねがありました、吾国山研修所の入り口に、「狭き門」があったような気がします。
それはそれとして、愚息嫁はんは中学卓球部活動の主任教諭(正確な名称ではありません)です。帰宅が遅くなるようです。
さてさて、きょうもまた此方は虫熱い陽気です。
パソコンの具合甚だ思わしからず、昨日ヤマダ電機を参拝して来ました。店頭では応えられない症状だそうです。

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