2009年11月03日

文化の日

文化の日
















文化の日明治は過去となりにけり    谷人
快晴の朝なり。午後妻と町のショッピングセンターに行く途中で撮った。
このお宅は毎年祝祭日には必ず国旗を掲げたものだが、何故か今年は元旦を初め、その後の国民の祝日に掲揚が絶えて無かった。(見落としたかもしれないが…。)ご主人に何か心境の変化があったのか、あるいはご一族の方の喪中なのかもしれないと勘ぐったりもした。
それが今日は嘗ての国旗掲揚が復活したのである。
住にしこの日は「明治節」であった。小生のこどもの頃の小学校は、田舎の小さな木造平屋建てだったもので、講堂も体育館もなかった。だから4大節(元旦、紀元節、天長節、明治節)には総児童数400人を収容するのに、高等科3教室をぶち抜た式場を拵え、この日を奉祝したのである。
明治天皇・昭憲皇太后のご真影が式場正面に飾られ、式次第の上段に「式歌」が掲げられてあった…。
>亜細亜の東日出づる処 聖の君の現れまして
  古き天地とざせる霧を~
思い出深い明治節の式歌がましま様の「反戦塾」から流れてきた。名曲だそうである。

 >明治節11月3日は「必ず晴れる」という伝説?があった。事実、太平洋岸は西高東低の快晴、その代わり校庭の土は冷たく(休みではない式典があった)、終わると足踏みをして体を温めたものだ。その明治節は新憲法公布を祝す「文化の日」になった。
 小生は初めて知った知識だった。これまで「明治節」の延長だとばかり思っていたのである。
 憲法を改めようという空気がある。自民党ばかりでなく政権交代して華々しいデビューを飾った現与党内にも…。
 そうなった場合、この祝日はどうなることであろう乎。

(廃棄本人影なき公民館
閑話及第。
「文化の日」には各地で文化に関するイベントが催されているようである。
わが町に限って言えば、これまでの惰性で、予算を消化している行事のように見えて仕方ない。恒例の絵画・書・彫り物・陶芸・和歌・俳句等々、町民の作品展が町の体育館で開催されるのだが、駐車場はがらがらに空いていた。
 毎年、この日前後に行われる「廃棄本の無料提供」の図書館前には人影はなかった。段ボール箱5〜6個に週刊誌類の雑誌がいっぱい詰まって並んでいただけである。
 折角だから1人当たり10冊の規定に従って次の10冊を頂いてきた。
 モリエール全集2・3・4巻中央公論社、 3冊
 島崎藤村全集6・13・14巻 新潮社、3冊
 筑摩現代文学全集 筑摩書房
   森鴎外集  巻7
   島崎藤村集 巻9
   梶井基次郎・三好達治・堀辰雄集 巻43
   椎名麟三集 巻56
青春時代「永遠なる序章」を読んだ。過去が美しかった。

「腹が減って、声も出ねえよ。」
 だが、後の方から、メーデー歌が押し寄せて来ている。
  聞け、万国の労働者
  とどろきわたるメーデーの
  ………………
  安太も、それと合せながら大きく歌っている。だが、その彼は、ぼんやりあの意味のない幻想を思いうかべている。光る闊葉樹。楽しくはしゃぎながら縄とびをしている裸足の少女たち、くるくるいつまでもゆるやかに廻っている縄。(「永遠なる序章」終章より)

昔読んだ思い出がオレの心に一気に突き刺さって来た。



live05594 at 16:40コメント(4)トラックバック(0) この記事をクリップ!

トラックバックURL

コメント一覧

1. Posted by ましま   2009年11月05日 15:33
文化の日にふさわしい1日。
明治節にふさわしい1日。
tani兄にふさわしい1日、慶賀申し上げます。

小生、単身駅前にできた高層ビルの展望台にはじめて昇ってみました。富士山が見える反対側が拙宅方面ですがその彼方にツクバ山がありました。

帰りに同ビル3階にできた図書館で本2冊を借りてきました。帰って読んだら何となくかつて読んだような気がします。棚を探したら同じ本を持っていました。

小生らしい1日でした。
                ましま
2. Posted by 純情おばさん   2009年11月05日 23:03
タニ様青空の中、素晴らしい文化の日をお過ごしだったこと、私まで嬉しくなりました。
そして、文化の日が、明治節だったことを、実際に経験なされた方の文章から知り、かっきり場面が想像できました。
ありがとうございます。
図書館の10冊、さすがのものをお選びですね・・・
ちなみにわが市でもこのような催しがありますが、1時間前から並び、数十人ずつ図書館の中に入れて好きな数だけもらえるのです。
あっ、それから、3日のこの日、私めは、皇居付近を散策していました。
3. Posted by tani   2009年11月08日 20:18
ましま様
メッセージ恐れ入ります。
我孫子手賀沼湖畔に楚人冠の句碑、
「筑波見ゆ 冬晴の 洪いなる空に」
というのがありますが、明治とは言わず、昭和も遠くなりました。 
拙宅からは富士山は望めません。これから西風の強い燈刻や、次の日の朝などに、6国からも見えるときがあります。
そんでわ。
4. Posted by tani   2009年11月08日 20:43
純情さま
流石の本とは畏れいりました。
これらの本のなかの、筑摩現代日本文学全集の見返しには、
東海硫安工業株式会社
厚生図書
購入月日 昭和33年12月25日
保管 勤労課のスタンプが押してあり、
またその上部に
三菱油化貸出し図書印なるボタモチバンが押してあります。
また新潮社島崎藤村全集は昭和37.6.10収受のスタンプで、当時図書館は無く、公民館蔵書の判子うが押してありました。
昭和33年(1958)といえば、純情さまお生まれになったかなぁ。
それはナイショの秘密にしておきませう。

コメントする

名前
URL
 
  絵文字
 
 
Categories
Recent Comments
畳とカメラは… (純情おばさん)
晴耕雨読 (tani)
晴耕雨読 (純情おばさん)
文化の日 (tani)
文化の日 (tani)
文化の日 (純情おばさん)
文化の日 (ましま)
Recent TrackBacks
livedoor 天気
訪問者数

    狸便乱亭俳句
    livedoor ポイント受取り
    このブログにポイントをあげる
    記事検索
    月別アーカイブ
    • livedoor Readerに登録
    • RSS
    • livedoor Blog(ブログ)