November 2005

November 25, 2005

高橋哲哉『靖国問題』を読んで

高橋哲哉『靖国問題』を読み終わった。

この本を先に読んでいたら、私はこれまでの駄文を投稿する必要はなかった。この著はまさに靖国問題を論ずる際のベンチマークである。靖国参拝を続ける議員たちは、マイクをかざすTVクルーに対してではなく、高橋氏の議論に真正面から対峙し、みずからの行為を説明すべきである。

でも、しないんだろうな。

賭けてもいいが、小泉首相は来年8月15日に靖国参拝をするだろう。あとは野となれ山となれ、とばかり。

万引きを咎められて、「だって欲しかったんだもん」と答える悪ガキを相手にしているようなもの。

25Nov.2005


live_on1 at 22:58 

November 14, 2005

沖縄県民斯ク戦ヘリ

小泉首相が鹿児島県の知覧特攻記念館で特攻隊員の遺書を読んで涙を流したという話は有名だが、この涙と、靖国参拝のあいだには深淵が横たわっている。わずか二十歳前後で極限状況におかれた青年たちを悼むことと、かれらを極限状況に追い込んだ人間たちをひとしなみに扱う靖国参拝という行為のあいだを、間違ってもひとまたぎしてもらっては困るのだ。靖国参拝議員たちはこの深淵を一歩一歩論理の言葉で橋渡しする責任がある。小泉首相そして安倍晋三にはその覚悟があるのだろうか。

ここでは、別に張り合うつもりはないが首相の知覧体験にあやかって、わたしの沖縄体験を紹介する。

1999年の2月のことだった。仕事で那覇市に出張する機会があった。それまで私は観光で沖縄へ行く気にはなれなかった。太平洋戦争末期の沖縄戦のこと、戦後の占領体制、それにつづく米軍基地の負担のことなどをそれなりに知っていたからだ。経済学的にいえば無用無益な律儀だったかもしれないが、とまれ初めて沖縄に飛び、2月に咲いている桜を見て驚ろかされる。金曜日無事に仕事を終えた私は帰ろうと思えば帰れたのだが、自費で後泊し、翌日定期観光バスの半日コースに乗った。『南部戦跡めぐり』というコースだった。

ひめゆりの史跡、平和の礎も見たが、ここで書くのは司令部が掘った洞窟陣地で遭遇した電文(額装されて貼り出されていた写し)のこと。電文の書き手は、打電ののち数日後に自決した大田実司令官。

『…一木一草焦土ト化セン 糧食六月一杯ヲ支フルノミナリト謂フ 沖縄県民斯ク戦ヘリ』

最後のフレーズは有名で、ある年齢以上のひとはだれもがどこかで耳にしているのではないか。残念なのはしかし、ここだけが取り出されて広まったために、続きがあることが案外知られていないことだ。電文は続く、

『県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ』。

一読、ショックのあまりしばらくはその場を動けなかった。

「特別ノ御高配」どころか、…!!

最近読んだ『太平洋戦争の歴史』において著者黒羽清隆氏はこの電文を引き、「「特別ノ御高配」は、はたしてなされたのであろうか。」と自問し、ついで「私は、疑問に思う。」と抑制した筆致で結ばれている。学者としての禁欲に敬意を表した上でなお、穏便過ぎる、と私は感じる。

戦後60年の日本および日本国民はこのことばによって、覆いがたく逆照射されている。この間一貫して国政を担ってきた政党には、大田司令官の懇願に応えてこなかったことの説明責任があるだろう。そしてそうした戦後政治を選び続けてきた日本人の多くは普天間基地問題を、小さなこと、他人事ごと、と思ってはいけないのだ。

大田司令官もおそらく靖国に祀られているのだろうが、自己陶酔にまみれて参拝を続ける心情政治家たちは、たったひとりの英霊の訴えにさえ、結果を出していない。大田司令官は草葉の陰で叫んでいる。参拝はいいから結果を出せと。

かつて同じく政治家の靖国参拝が問題になったとき、吉行淳之介が「要するに靖国の英霊たちは生前と死後と、二度利用されているのだ」と書いたことを思い出す。(こんなことを何度繰り返せば日本人は懲りるのか!? くどいようだが、靖国参拝問題は日中・日韓問題である前に、日本人問題なのだ。) 

特攻隊だけに焦点が当てられることが多いが、少し戦史を読めば明らかなように、ミッドウェイ海戦の惨敗以後、あの戦争は全体が特攻の構図の中で戦っていたのだ。参謀本部にも勝つための論理はなく、ただ狂気だけがあった。沖縄戦などは、知りたくもなかったが、本土決戦をすこしでも遅らせるための時間稼ぎ、ただそのためだけの、必敗の戦闘という参謀本部の明確な意図(!)のもとに戦われたのである。その結果が民間人を含む20万人近くの犠牲だったのである。その延長上に広島、長崎の犠牲者も横たわっている。

14Nov.2005


live_on1 at 12:38政治・歴史 

November 09, 2005

メビウスの環

「平和回復、それが戦時の終わりである」…

「戦争が終るということは、戦いが終った時のこと、それは我々が勝つということだ。そして、我々の国が戦争に勝つということは、結局、我々が負けないということである」、あるいは「戦争は負けたと思ったときは負け」…

語り口が小泉純一郎に似ていないか。

発言の主はいずれも東條英機。,錬隠坑苅映開戦直後に戦時時限立法として発布された通称「言論統制法」について「戦時」の定義を質した質問への国会答弁、△論鏘靴悪化した1943年の演説、談話である。(保阪正康『あの戦争はなんだったのか』より)

戦後60年というけれど、時空はちぢみ、ねじれ、あたかもメビウスの環よろしくつながって… 頭がくらくらする。時代が時代なら、と思うと背筋が寒くなるのは冬が近いせいばかりではあるまい。

ワンフレーズポリティクスにしろ、先の選挙の争点の絞り方にしろ、メディアをふくめ「あっぱれ」と持ち上げる向きが多いが、私はむしろ、小泉首相の頭は東條やブッシュと同じく、ある程度以上の複雑さについていけないのではと疑っている。あの人は「民営化」という「名=レッテル」がほしいのであって「実」はどうでもいいのだと前稿で書いたが、言い方を変えれば、「実」を論議する詳細の議論についていけないのだと思う。だからすぐに「…に一任しています」ということばが出てくる。それにつけても、民主党は「郵政民営化大賛成、ただし中身が違う」というべきだった。

この稿ではしかし、小泉首相の個々の発言は取り上げない。個々の発言を取り上げれば、それこそ面白い話が一杯できそうだが、そうではなく、一見「さわやか」と評されるかれのスタイルの偶像破壊をしたいのだ。パックイン・ジャーナルに出てきた彼女やその他大勢の小泉ファンのためにも、紹介したいかれの実像がある。

某日小泉首相が経済界を代表する面々を招いて懇談した宴席でのこと。某経済人が「日中の経済関係に鑑みて、靖国参拝のことはよくよく慎重に」との趣旨の発言をしたところ、われらが首相は「商売人に政治のことが分かるか!」と一喝し、座がいっぺんに白けてしまったというのである(日刊ゲンダイの二木啓孝氏談)。衣の下から鎧がちらり、というが、TVカメラの前のあの目を細めた笑顔にだまされてはいけない。

ふと、太平洋戦争突入を決めた御前会議での軍の要人の発言を想起させられる。開戦慎重派が繰り出す、日米の力の差や資源の圧倒的不利を示すデータに業を煮やした積極派が放った啖呵は「われわれは数字で戦うのではない」だった。

商売人と違って学者にしては政治が分かると小泉首相にやけに見込まれたのが竹中平蔵(余談だが、竹中氏の容貌は小泉内閣に入ってから日に日に卑しくなっていないか――)。かれにも似たようなエピソードがあって、これもなぜか二木氏実見のエピソードである。竹中平蔵が国会議員となるべく打って出た先の参議院選挙中のできごと。新橋の駅前での演説中だった。道路公団民営化や郵政民営化のことを得々とアピールしていたそのとき、聴衆のあいだから「年金問題はどうなんだ」という野次が飛んだ。これに対して放った竹中平蔵の切返しは「黙れ!」だったという。立候補者と有権者という立場を忘れて(というか念頭にない人)の本音である。かれの信奉する新自由主義の民衆観がよく出ているエピソードではある。

以上 9Nov.2005 風塵




live_on1 at 16:14政治・歴史 

November 06, 2005

強い日本、自信のある日本て何?

5日土曜日の『愛川欽也パックイン・ジャーナル』を観ての感想を書く。

どんな人選なんだと言いたくなるような紅一点のコメンテータ。名前は忘れたが松下政経塾の出身らしい。田岡、藤井、川村、そして愛川らの、私からみれば優しすぎる反論にたじたじで、はしなくも歴史認識の貧困をさらけだしてしまい、終始浮いてしまっていた。こんな御仁にもギャラが払われるのかと余計な心配をしてしまった。

ところでなぜ彼女が集中砲火を浴びてしまったか。その発端となった彼女の発言は大筋こうである。小泉首相の支持率が高いのはみんながその政治手法に共感を感じるからではないか。たとえば、「過去にこだわらない未来志向の自信に満ちた日本を体現している」からではないか、と世論調査が専門らしく、ひとごとのように言っているが、聞き返されて自分の意見でもあることを肯定。さらに「強い日本、偏狭なナショナリズムでなく、パトリオシズムを支持する」というのである。

愛川も繰り返し、フォローのつもりで言っていた通り、彼女の意見は小泉政権を支持する層のおおかたの意見を代表しているのだろう。上記のなかでもとくに田岡、藤井両氏の豊富な歴史認識からする反論はまったく間然するところがなく、それはそれで圧勝のおもむきなのだが、私が見ていて心配だったのは彼女が終始ニタニタ笑いを絶やさなかったことでも分かるように、彼女(たち)は歴史認識などはなから気にもかけていないふしがあるのである。彼女自身がポロリと暴露していたが松下政経塾では歴史の勉強はあまりしないのだそうである(さもありなん)。「もう謝罪外交はやめて未来志向の」と彼女たちが繰り返すのも、じつは歴史の勉強不足を糊塗するための言い訳ではと思えるくらいである。

そこでこういう御仁に対するときには別の攻め方があると私は考える。

なにより、彼女には「自信のある日本とはなにか」と問うのである。彼女によると、いままでが自信のない日本で小泉の政治が自信のある日本らしいが、なにをもって自信のあるなしを判断するのか、その基準を訊くのである。たぶん彼女はしどろもどろになって、上のテーゼは雲散霧消することだろう。

さらに、彼女が「強い日本」というときの強さの定義を問うのである。軍事的、経済的、外交的のいずれか? さらには学力テストの結果でいうのか、スポーツか、ノーベル賞の数でいくのか… 一国の強さを定義してくれ、と。彼女は他国を見下す強さではないといっていたが、果たしてどんな定義が出てくるか?

そもそも強い弱いの概念は何かと比べたときに初めて意味を持つ相対的な概念であって、絶対的抽象的強さなどは、彼女も承知の通り、論じてもほとんど意味がない。ところで、従来の日本が弱腰である、あるいは靖国参拝批判は、中韓を想定した上で、弱腰であると彼女はいいたいのだろうが(首相の靖国参拝に賛成か反対かを問われて「わからない」と逃げていたが、他の発言からして支持していることは明らか)、それなら彼女はなぜ、対アメリカの弱腰を突かないのか。彼女は日米地位協定や思いやり予算のことを知っているのだろうか?

ことほどさように彼女の愛国主義、愛国心とやらも、地道に理詰めに攻めていけばいずれ雲散霧消、淡雪のように融けてなくなる概念(より正確にいうと、あまりにも多義的でさらには文脈依存的なために概念としての体をなさない概念)なのだが、とっかかりはやはり定義である。彼女に、あるいは憲法草案にこの言葉を入れたくてしょうがないひとびとに、愛国心の定義を問うのである。さてどうなるか???

以上 6Nov.2005



live_on1 at 16:31政治・歴史 

November 03, 2005

心情政治家たち

前稿で心情自家中毒者小泉と書いたが、先日の内閣改造で官房長官に任命された安倍晋三は、ある意味もっと危険な男である。世論調査は小泉後継としてこの男をダントツで好感しているという調査結果を聞いてがっくり疲れが出た。新内閣紹介後の記者の質問に「中韓の反応は心情的には理解できる」ときた。語るに落ちるというか、この人も政治を心情の世界と切り離して考えられない心情中毒者なのである。

戦争責任者を弔いたいなら、小泉、安倍をはじめ靖国参拝議員たちは政治家ではなく坊主か神主になればよかったのである。それが信念に正直な生き方であって、われわれ国民からすれば、わざわざ政治家になって一国の外交をないがしろにしていただく必要はまったくなかったのである。こんな意見を聞けば、かれらはまたぞろ国会で「個人には職業選択の自由がある」とわめくんだろうな、やれやれ…

こんな小泉や安倍に一票を投じるひとびとはかれらの発言や行動の帰結をよく考えてみるべきである。政治家の発言や行動は、本人もあまり意識していないような含意や射程を持つことがある。「心ならずも亡くなった方々」という無神経かつ大雑把な表現で戦争責任者を追悼するということは、畢竟かれらの意思決定、あやまち、それらがもたらした結果を黙許し是認するということである。そのことはさらに、同じ為政者として、みずからを含めて、条件さえ整えば再び300万人の国民を死に追いやるような決断も可なり、といっているのである。

これは空恐ろしいことではないだろうか。

小泉総理が心情政治家であるという傍証はほかにもある。「自分の総裁任期中は消費税は上げない」というのもそれで、政治家たるものみずから政策選択の足を縛るなんてことは非常識もいいところだろう。一国の経済情勢が要求するのなら、自分の美学や信条に反してでも消費税は上げなくてはなるまい。

こうしてみると、かれ小泉首相の歴史観が透けて見えてくる。かれは歴史を年表のようなものと高を括っているのである。所得倍増の池田、沖縄返還の佐藤、日中国交回復とロッキードの田中、国鉄分割民営化の中曽根、等々。これに続いてかれはさしずめ道路公団民営化と郵政民営化の小泉と後世呼ばれたいのである。間違っても消費税を上げた小泉とは記憶されたくないのである。安っぽい歴史観とさげすむなかれ。この国のメディアの実力、この国の民度からして、日本の歴史にはそうしたフレーズしか残らないと見切っているのである。賭けてもいいが、かれにとって、たとえば郵政民営化の中身はどうでもいいのだ。民営化というレッテルさえ残れば。

以上 3Nov.2005


live_on1 at 19:26政治・歴史 
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