February 2009

February 28, 2009

奥泉光『神器』

奥泉光の『神器 軍艦「橿原」殺人事件』上下を読んだ。

題名を新聞で最初に目にしたとき、「これだ」とひらめき、早速図書館に予約した。そのときの順位は3位。人気の本には予約が殺到するので、ラッキーだった。ほどなく上巻が手に入り読み始めると…

歯ごたえのある文章にぞくぞくするような伏線のたたみかけ。「当たり」と内心快哉をあげた。

ところが下巻を手にするとどうだ。ファンタジーが前面に出て、言葉は狂気の高まりを追うのに精一杯。伏線はついに活かされず、はぐらかされた印象だけが残ってしまった。謎解きに歴史に神話にとテーマを欲張り、小説、戯曲、ファンタジーと手法にも懲りすぎた結果の失敗ではなかろうか。

保坂和志が言うように、小説は読み進む時間の間だけ存在するのだとしたら、それなりに楽しめはしたが…
28Feb.2009

live_on1 at 23:09 

February 09, 2009

顔ふたつ

ラグビーのマイクロソフト杯決勝は素晴らしい試合だった。東芝、三洋電機とも気合十分のぶつかり合いはまれに見る緊迫度だった。08−09シーズン出色の試合ではなかったか。

17−6のロースコア。三洋がノートライだったことはノーサイドの笛が鳴ってから気がついたくらい。

リーグ戦でワンサイドになったのは三洋にケガ人が多かったせいと言われていて、トニー・ブラウンらが戻ったこの試合は期待通りの競り合いだった。しかしそのブラウンも完全ではなかったのか、珍しいミスが出たり、後半はひっこんだりと痛々しかった。しかし泥にまみれるスタンドオフとしてタックルに精をだす姿はいつもどおり献身的だった。

一旦引っ込んだあと、ひとりの選手にすぎないブラウンがいつものようにピッチサイドで心配そうに戦況を見守る姿が見られた。彼の老成した彫りの深いマスクはアテネかローマの彫刻を見るような威厳をたたえている。哲学者? 政治家? いややはり戦士のそれだろう。30代前半の彼にして、辛酸を舐めつくしたようなあの容貌は日本人には絶えて見られなくなった。

夜は夜で、BS2は黒沢明特集の第一位『七人の侍』を、(何度目になるだろうか?)、観た。何度観ても感心するのは志村喬の顔である。なんと立派で包容力を感じさせる顔だろうか。とくに夜盗の襲撃が近づいて頭を僧形に変えてから、しきりに頭を撫でるシーンに父性の原型を見るような気がする。

ブラウンとともに志村の顔も化石のように稀少になったもののひとつである。
9Feb.2009




live_on1 at 12:42スポーツ 

February 07, 2009

パムク 白川静 堀田善衞

Orhan Pamuk の "Mon nom est Rouge" を読了。なんと読み始めてから3ヶ月半かかった。"Neige" の方はこんなにかからなかったから乏しい語学力のせいだけではないだろう。ペーパーバックで736ページという分量もそうだが、時代が16世紀末のイスタンブールであること、題材が宮廷画家、細密画や装丁画の世界だったこともある。

絵画や描画技術の描写が延々つづくにもかかわらず惹き込まれてしまうのは、あげてパムクの筆力である。

"Neige" のときは読んでいる最中、今度は読み終わってすぐ知恵熱と思われる熱発をしたのは、トルコ人の小説を、邦訳があるのに、フランス語で読むという無茶をしたからか…

白川静。漢字の研究に(著者の松岡によると漢字を超えた東洋学を目指していたのだとか)生涯をささげ、中国人の研究さえ凌駕する業績を残した孤高の泰斗。一方で、漢字(検定)を食い物にして、暴利をむさぼってきた、同じく京都の大久保某親子。つくづく人間の所業の幅、広大なスペクトルを思う。

同郷の大先輩堀田善衞の『上海日記』を読む。『断腸亭日乗』もそうだが、作家の日記はどうしてこうも面白いか。時期が1945年3月から1946年末というから避けて通れない。身の危険もあったのだろう、8月15日前後の記事が欠けているのが返す返すも残念だが、新たにこの前後の、しかも大陸での雰囲気が感じ取れたのは収穫だった。早速同じく堀田の『上海にて』を注文した。

いまや1945年8月という1ヶ月は、自分の頭のなかで一番文字情報が濃密な1ヶ月となっている。

文字情報によって再構成される過去と、体験の記憶から再構成される過去の違いはなんだろう、ということをふと考える、…
7Feb.2009

live_on1 at 21:33 
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