March 2009

March 25, 2009

マニエル監督の予言

イチローが放った打球は真っ直ぐカメラに向かって飛んできた。ボールは贈り物のようにカメラの先、テレビの前の何千万の日本人に届けられた。

ところで、贈り物を受け取った日本人の何割がこの結果を、単なる期待を超えて、予想しただろうか? しかもWBC開始前に。

事前にあっさりと日本の優勝を予言していた男を知っている。MLBフィリーズのマニエル監督(なぜか日本のメディアはマニュエルとは書かない)である。単なるハッタリとも思えない。なにしろ彼はかつて近鉄で活躍したスラッガーであり、昨シーズンはワールド・シリーズを制した名監督でもある。

自分自身今回は無理だろうと思っていた。監督が原に決まったときもネガティヴなことを書いている。公平を期すためにいっておけば、今回の原監督には光る采配(たとえば、右投手が出てきても内川を引っ込めずに使い続けたことなど)が意外に多かった。会見での受け答えには相変わらず面白みがなかったが…

イチロー、松坂、青木、内川、中島、…、とヒーローはいくらも思いつくが、なんといっても通ごのみの最高殊勲者は岩隈ではなかろうか。
25Mar.2009

live_on1 at 20:45スポーツ 

March 22, 2009

野坂昭如の場合

けさの朝日新聞「読書」欄で野坂昭如の近況を仄聞した。奥さんの暘子さんが書いた本の紹介でだ。

「女は人類ではない」と言い放って物議をかもす黒メガネの男に、交際中の二十歳のタカラジェンヌ暘子さんが詰め寄る。「私も女性ですけど!」。男は平然と言う。「あなたは神様です」。

憎めない男野坂の面目躍如である。そもそも『アメリカひじき』や『ほたるの墓』を書いた男の愛した女性がタカラジェンヌということ自体、悪い冗談といえなくもない。

かつて私の友人は野坂を稀代の偽悪家と呼んだが、今振り返ると、自分には辺見庸が重なって見える。ぶれない辺見は全身これ岩のようだが、野坂は岩を内部に保持しながらそれを一見猥雑な自己韜晦の雲で包んでいた、という印象。

思わず過去形で書いてしまった。しばらく消息が途絶えていたからだ。聞けば6年前脳梗塞で倒れ、現在神様の介護を受けながらリハビリ中という。この点も辺見との相似を見てしまうが、さて辺見には身辺をみてくれる神様がいるのかどうか… 老婆心がうずく。
22Mar.2009




live_on1 at 09:33エッセイ 

March 09, 2009

『神器』のアフォリズム

過日、奥泉光の『神器』について辛口の感想を書いたが、なかにはアフォリズム風の秀抜な警句がちりばめられている。ほんのいくつかを書き留めておきたい。

大戦末期の戦艦大和出撃命令の非合理を述べた後、「今更いうまでもないことではあるが、こと言論の場において合理と非合理が争った場合、大抵は非合理が勝利するのである」と書く。

(私もこのブログのどこかで、日本の組織の特異性として、「合理主義を建前としながら、決定的な場面においてはいつも非合理が顔をのぞかせて事を決する」と書いた記憶がある。)

「一人ならまだしも複数の人間が抱いていたりすると、希望的観測と希望的観測が共振共鳴して途轍もないことになったりするから危ない。希望的観測に基づいて作戦を立てて痛い目に遭うのは、もはや無敵皇軍の宿痾といってもよいだろう」

「理不尽の端的な形象化、それが軍隊なのであった」

甲板上に狂気がみなぎるなか、「温厚な東上等水兵までもがカンテラの光が顔面をよぎった途端、バッタみたいにぴょんと跳ね上がり、もう死にますです! 死んでこの身を御上に捧げますです! と涙を派手にまき散らしながら叫んだのには仰天した。海軍に来てからというもの、このとき以上に俺は孤独を感じたことはない」

「何であれ存続することが天皇陛下のお望みなのだ。とりあえず国らしきものがね。国の格好をしたものが続くのが大事。中身はなんだっていいんだ。奴隷の国でも幽霊の国でもかまわない。もし人がすべて死に絶え、廃墟になった日本列島に鼠だけが駆け回るようになったとしても、天皇陛下はねずみの天皇として君臨するだろうさ」

(昭和天皇自身がそう考えたかどうかはさておき、最後の御前会議で戦争継続、玉砕を主張した軍人たちや天皇主義者たちの考えは確かにこうだったろう。現在そして未来の天皇主義者たちの議論も帰するところは同一である。)

「「橿原」乗組員の姿を右のごとくに「観察」する眼を持つ者、すなわち艦を覆う「狂気」の火に巻き込まれぬ者、精神の異郷へと誘う麻薬に毒されぬ者−−−ごく少数ながら、しかし、それはたしかに存したのである」

「負けた場合を考えずに戦争をはじめるなど、無責任のきわみです」

「吾輩は、負ける場合だけでなく、勝つ場合についても、我が邦の優秀かつ元気旺盛なエリート軍人は考えていないのではないかと、実は密かに疑って居るのですよ」
9Mar.2009

live_on1 at 15:51 

March 08, 2009

ジラルディ監督のコメント

WBCアメリカ代表について訊かれたヤンキースのジラルディ監督のコメントが秀逸だった。曰く、

「もちろん優勝してほしい。そうでなければ第1ラウンドで敗退してほしい」。

MLBの現場関係者の総意を代弁するコメントだろう。
8Mar.2009

live_on1 at 18:48スポーツ 

March 06, 2009

初孫

けさがた娘が男児を出産した。外孫だが初孫である。

父親になるときもそうだが、じぃじという立場も突然やってくる。どんな顔をすればいいのか分からない。

数日前、ふとしたことから大岡昇平が100年前1909年のきょう生まれたことを知った。

命名権はまわってこないだろうが、敬愛する作家にちなんで、ひそかに昇平と呼ぼうか…
6Mar.2009

live_on1 at 11:34エッセイ 

March 05, 2009

ぶれない 辺見庸の場合

先の日曜、ETVで辺見庸の発言を追うドキュメンタリーを観た。脳卒中にやられたことは聞いていたが、癌の治療を続けていることまでは知らなかった。

口調は静かだが、発言はいささかもぶれていなかった。病にもかかわらず、半身に残る麻痺にもかかわらず精神は死んでいなかった。知らず90分を聞きとおしていた。話が明晰だからである。感受性に富み、内容は激越だが、十分に論理的である。

44年生まれというから60代なかばだが、この年頃にありがちな回りくどさや冗長さは、この人の語りにはない。この人の文章は剛直で、実に歯ごたえがあるが、決して読みにくくはない。岩のような文体だが、よく意を尽くしている。あんなに平易で柔らかい文章を書いた司馬遼太郎でさえ、語りの冗長という弊は免れなかった。

笑われるかもしれないが、彼とは発想の根が似通っているらしく、彼の語りや文章を追いながらことばのひとつひとつにうなずいている自分に気づく。が、やがて、鋭い論理の舌鋒が返す刀でこちらのふやけた日常に向かってくる。いっとき背筋が伸びるが、半端ではないその鋭利さに息苦しさを覚え、しばらく彼の著書は敬遠してしまったが、また手にとってみようという気にさせられた。

言わずもがなではあるが、息苦しさを感じるのは彼のせいではない。自分と世界の方に問題があるからだ。

ぶれない辺見庸は現代日本のカサンドラである。うとまれるかもしれないが、それはカサンドラの宿命である。わたしは辺見庸を応援する。
5Mar.2009

live_on1 at 10:57エッセイ 

March 03, 2009

ぶれない 飯島愛の場合

飯島愛の「お別れの会」の映像を朝のニュースで瞥見した。

幾人かが弔辞を読んでいたが、なかでうつみみどりのそれが出色だった。

「あなたが偉かったのはだれにも媚を売らなかったこと」

芸能界でこれを貫くことはたしかに難しかったろう。

「よく「人間は平等だよね、絶対平等だよね」と言っていたこと。上から下まで分け隔てなく付き合い、「一生懸命やってる人が偉いんだよね」と言っていたこと」

たしかに彼女には腹のすわった平等主義を感じた。彼女特有の寸鉄人を刺すことばが肩書きをもった有名人を照れ笑いさせる場面をいく度か見た覚えもある。最近現役東大生を売りにするタレントが幅をきかせているが、学歴では語れない賢さが飯島愛にはあったような気がする。

潔く芸能界を去ったその身の処し方を含めて彼女は、ぶれなかった!
3Mar.2009

live_on1 at 11:21エッセイ 

March 01, 2009

E.トッドのメッセージ

NHK・BS1「未来への提言」を観た。フランスの人口動態学者エマニュエル・トッドへのインタビューである。

氏には『 L'illusion economique 経済幻想』で自明の善のように語られるグローバリズムや自由貿易を相対化する視点を教えられた。氏はまた『Apres l'empire 帝国以後』でアメリカ帝国の衰退を予言した。

会見の最後に何かメッセージをと乞われて書いた言葉が「Honnetete intellectuelle et realisme 知的誠実とリアリズム」。

世界中の指導者に向けてのメッセージだろうが、とりわけどこかの国の政治家、官僚、ジャーナリストに聞かせたい言葉ではある。グローバリズムを不磨の大典のように持ち上げるのなら、国の指導者や官僚も外から調達すればいいのだ。たとえばトッドなんかを引っ張ってきたらどうだろう。

政治といえば「日本はこれだけ進んだ国でありながら、どうしていつまでも親離れをしない息子のようにアメリカに甘えるのか? どうして親が歳をとるという現実を受け入れられないのか?」とインタビュアに問うたのが、なんとも痛烈であった。

51年生まれのほぼ同年代ということは知っていたが、ポール・ニザンの孫というから驚いた。
1Mar.2009

live_on1 at 17:16政治・歴史 
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