March 2012

March 30, 2012

野田総理の遅刻・早退

韓国で開かれた「核セキュリティ・サミット」への野田総理の遅刻・早退には心底あきれた。

野田は多忙のつもりだろうが、オバマ、メドベージェフ、胡錦濤は暇だったとでも言うのか。

フクシマの件は当然として、北朝鮮の目下の恫喝や最終的な非核化にもっとも切迫した利害を有するのは韓国とともに日本ではないか。両国のために開かれたといってもいいくらい。それを袖にしていいのか?

この国のポリティシャン(ステーツマンはいない)はつくづく優先順位がつけられないのだ。しかし、優先順位付けができない政治家なんて語義矛盾もはなはだしい。

こと外交に限っても、戦後日本はこの種のサボタージュを繰り返してきた。

国連で中国の加盟が議論されていたとき、反対の票工作に奔走。それは、一時休戦のようにして総会議場で開かれたパブロ・カザルスの演奏時にも、舞台裏で続いていたという。その「報酬」が頭越しのニクソン訪中だったとは、思い出すだに哀しい皮肉である。

京都議定書のあとの地球温暖化対策を協議するブラジルでの国際会議にも、たしか日本の総理は、政局優先のために出席しなかった。

ここに共通するのは「歴史感覚の欠如」であり、「歴史にコミットする意思と決意の欠如」である。

消費税上げ? 個人的には苦しいが、しかしこれは歴史の要請するところだろう。反対を叫ぶ論者からは、上げない場合の代替策を聞いたことがない。ただ呪文のように反対を叫ぶだけ。かれらには次の選挙のことしか頭にないのだ。これを歴史感覚とはいうまい。

野田総理はメルケル首相にならって経済学者や官僚を排した「倫理委員会」を立ち上げてはどうか。そこで、「巨額の付けを後世にまわすことは倫理的に容認できるか」を問うべきなのだ。

嗚呼、またぞろドイツの脱原発のことを思い出す。かれらはフクシマを契機に、2022年までに脱原発することを宣言したわけだが、フクシマの当事者日本の脱原発がこれより遅れていい理由がどこかに存在するだろうか? 倫理的にはもちろん、政治的にも。

唐突だが、いつも歯切れのよかった寺島実郎が、数ヶ月ぶりにたまたま「通りかかった」報道ステーションで、脱原発にかんして否定的なコメントを、それもじつに歯切れ悪く語っていたのには心底がっかりした。
30MAR.2012

live_on1 at 16:26政治・歴史 

March 29, 2012

配所の月

「罪なくて配所の月を見ばや」とは中世、文人貴族のあこがれの境地だったとか。

手を汚すでもなく、ただ社会に寄生した有閑階級のふざけた能天気、ということはさておき…

今度見つけた仕事場はチョッピリ似てる、と思ったことだった。建物の隅の細長い三角形の小部屋にひとり。上司もいなければ部下もなし。8時から5時、週に4日と週に2日を交互に繰り返すのが流刑の中身。

違いは、この配所には出入りの自由があること、夜の勤務がないだけに月を望むべくもないこと。(ただし、晴れた日には屋上から遠くスカイツリーが見える。)

罪なくて:利権や天下りポストにしがみついて不労所得をむさぼるでもなく、他人の金を預かったうえ丸投げし、あげくは紙くずにしてしまうこともなく、放射能を垂れ流して多くの人に故郷を喪失させるでもなく、…

清く正しく、とまでうそぶく気はないが、人生最後の仕事としては悪くない気がしてきた。副産物は家内の「亭主在宅ストレス症候群」とやらをいささかなりと緩和できること。

で、月は? 

なにせ考える時間は山ほどある。天空の月はあきらめて、紙の上の月を反芻しよう。

定家の月、荷風の月、そして蕪村の月、…

<月天心貧しき町を通りけり>
29MAR.2012

live_on1 at 19:11エッセイ句・歌・詩 

March 25, 2012

さよならチューター

きのうふたりのチューターのうち引退する先輩とお別れをした。今年1月で70歳。マンツーマンで手とり足とり教えてもらった。わずか5日間だったが、会話は公私をまたいで縦横に及んだ。

振り返れば、これくらいの年の差の人と、裃を脱いでこれだけ踏み込んだ話をしたのは初めての体験だった。上司と部下ではこうはいかない。別れ際、目が潤んでいたのには参った。それはそうだろう。定年退職後10年、この日が本当のリタイアメントなのだ。

某家電メーカーの営業マンとして勤め上げた彼は、1942年生まれというから、まさに高度成長時代を駆け抜けた人。転勤も10回を数えたという。

去る先輩に残る先輩。ふたりを見ていると、いろんなことを考えさせられる。ふたりは筆者と違い、経済的必要から働いてきたのではないらしい。この10歳前後のギャップに存在する年金事情の差を実感させられると同時に、暗雲垂れ込める子や孫の年金事情を思い、気持ちが沈む。

おまけに放射能・借金付きときた。

「国なきが如く」、哀しいかなこれが若い人達への唯一の忠告である。
25MAR.2012


live_on1 at 16:00エッセイ 

March 24, 2012

君子の豹変 日独の差

きょうの報道特集で、メルケル首相の決断の裏側(続篇)を観た。

原発推進派だったメルケル首相の、フクシマを契機とする、脱原発の決断に「君子豹変す」という名言を想起させられた。その後「倫理委員会」を立ち上げたことも大人だが、彼女の路線変更をあげつらわなかった(多少の非難はあったようだが)、ドイツの政治風土の成熟を想う。これが日本なら、ここぞとばかり揚げ足取りが始まり、政局化したことだろう。(嗚呼)

「2022年までに脱原発」という政策転換のフォーマットも賢明で、大人を感じさせる。我が国にはいまだにこうした大方針・大原則がない(1年も経つのに!)から、個々の原発ごとに、再稼働をめぐっていちいち空気を読み合うような「政治決断」じつは「風見」を迫られる。喜劇といわずして何といおう。(嗚呼)

ここではたびたび、これだけ時間が経過してなお刑務所に入る人間がいないことを疑問視してきた。べつに皮肉を弄んでいるわけではない。こうしたけじめや処罰がないから、懲りない面々が従来通りの「原発再稼働」や「原発政策維持」を無責任に放言できるのである。

かつて軍部と軍備の突出によって亡国の淵にのぞみ、非武装を宣言する憲法を持ちながら、非武装思想の宣教を怠った日本。ヒロシマ、ナガサキを体験して核と放射能の恐怖を知ったはずが、ふたたびフクシマの惨事を招いた日本。

これだけでも世界の嗤い者だが(もちろんかれらは表立っては嗤うまい)、なにより、後世の日本人から嗤われることは必至である。
24MAR.2012



live_on1 at 22:39フクシマ&脱原発 

March 18, 2012

脱原発に落ちる影

さきに脱原発を決めたドイツ国民がうらやましいと書いた。もちろんこの気持に変わりはないが、冷静に考えれば、不安がないでもない。

国々が密集し、国境を互いに共有するヨーロッパでは、一旦事が起きてしまうと汚染は簡単に越境してしまう。ドイツがいくら脱原発を貫徹しても、国境の西でフランスが原発事故を起こせば、その影響を免れることはおそらくできないだろう。一蓮托生である。これが原発にまつわる一国主義の「影」であり、限界である。

話を身近に戻す。

わが町田の住民のなかにも、フクシマの後、勇躍決断して沖縄に移住した人がいたのだ。入園前の娘がいたというから30歳前後の母親か。彼女は決然と夫を残し、娘を連れて沖縄に移り住み、職を見つけたという。娘もこの春保育園に入るらしい。最近車もむこうに送らせたという。茶化してはいけないが、人のよさそうな旦那の笑顔がいじらしかった。

女は強し。母親の決断に敬意を表するのはやぶさかではないが、この決断にも影が落ちている。

最近韓国の原発でも電源喪失事故があったとのニュースが流れたが、中国でも類似の事故が起きないとの保証はどこにもない。放射能でなくとも、黄砂やそれに混じって日常的に飛来する工場煤煙は防ぎようがない。

つくづくむずかしい時代になったものである。
18MAR.2012

live_on1 at 16:15フクシマ&脱原発 

March 17, 2012

反面教師

期待どおり、TBS報道特集は橋下の「教育改革?」への疑問と批判を提示してくれた。

かれのめざす競争原理の導入、懲罰をちらつかせる統制主義の強化は、アメリカで頓挫した「教育改革」に類似していることを紹介。それもある意味当然で、両者ともルーツはサッチャーにあるらしい。なるほどと腑に落ちた。

その日米では、たかが映画の宣伝にすぎないとはいえ、メリル・ストリープのオスカー獲得によってサッチャーの政治的大罪が免罪されるかのようなセンチメンタルな取り上げ方が気になっていたところ。

番組では数年前に橋下と討論した高校生の発言とその後も紹介されていた。彼女が発したキーワードが自分のそれと一致していてカタルシスを感じた。すなわち、「反面教師」。

戦前戦中の墨塗り教科書、戦後の教科書検定等々、教育統制という津波は今後も尽きないだろうが、なによりの防潮堤は、それらを反面教師と規定することである。(「踏み絵」を教育と思いこむ小人たちを、これ以外にどう呼べばいいのか!)

消極的で負け犬的かもしれないが、司法さえ頼りにならないこの国では、これが最後の砦である。
17MAR.2012


live_on1 at 21:02政治・歴史 

March 13, 2012

雑感

予想どおり川内くんはマラソン五輪代表から落とされた。選考レースで一度も一番になったことのない選手がなぜ一番になった川内を押しのけるか、日本陸連の真意はあまりにも見え透いていてかなしくなる。表向き「戦える選手を」と言っているが、「完走」が目標としか思えない。

米朝協議でアメリカが北への食糧援助に合意し、「まもなく実施される」と北の高官がカメラの前で話していた。一定の飢餓人口があれば、食糧援助には純粋に人道的な理由を挙げられれば、反対するのはむずかしい。しかし、結果として北の、国民の飢餓を前提とした先軍政治を支えることになるのは明らかである。このアポリアをどう考えるべきか? サンデル先生なら答えてくれるのか???

橋下は、卒業式で起立した教師が実際に歌っているかいなかをチェックさせたことを「当たり前でしょ、ルールだもの」とにこやかに答えていた。嗚呼。起立だけかと思っていたら、起立斉唱がルールなのだそうである。橋下はみずからが大きなアイロニーのなかに立っていることを自覚しているだろうか。

強制されて歌わされたひとびとの心には、天皇(制)への違和感だけが残るだろう。なぜなら「君が代は千代に八千代に…」と歌うのは、天皇を愛するからではなく、ルールだからであり、橋下が怖いからにすぎない。天皇自身「強制ということがあってはならない」とかつて発言したが、弁護士橋下より、よっぽど歴史のアイロニーを分かっていらっしゃる。

橋下政治は、既成政党政治家たちが束になってもできないこと、すなわち既得権や利権にメスを入れてくれそうな気がして、期待させもするのだが、上の陰湿さには、心底迷ってしまう。

澤穂希の病名「良性発作性頭位めまい症」への疑問;

・頭位でないめまいってあるのか?
・良性発作性というが、ヘディングをするサッカー選手特有の職業病ではないのか? 引退後に脳の損傷が見つかることもあると聞いたことがある

とまれ、早期回復を祈る。
13MAR.2012

live_on1 at 16:13政治・歴史 

March 11, 2012

浅いようで深いこと

最近ニュースはほとんど見ない。

きょうはきょうとて、1周年を待ちかねたように、アホなキャスターたちは、「あのとき私はそこにいた」というアリバイづくりのために現場取材とやらに総出動。(なんとかスポーツ番組を探したことだった)

唯一の例外は土曜夕方のTBS「報道特集」。金平の知的で冷静な語りと日下部の硬派ぶりが好ましい。昨日は脱原発を特集。「フクシマ」の数カ月後ドイツは脱原発を宣言したが、その経緯を取材。

前稿との関連で牽強付会かもしれないが、観ていて、あの決断はメルケル首相が女性だから可能だった、と思った。(浅いだろうか?) メルケルは、2002年に決定されていた脱原発の方針を2010年に反故にした首相である。彼女はもちろん首相としてしかるべき手続きを経て、改めて脱原発を宣言したのだが、物理学者でもある彼女自身は、フクシマの直後に「原発は終わった」と判断したという!

公式にはある委員会の結論を受理する形で正式決定したわけだが、17人の委員のなかには原子力の専門家はひとりも入れず(嗚呼)、結論の主旨は「原発は倫理的にノー」だったという(嗚呼)。

「現世代の利益のために核廃棄物のツケを後世にまわすのは倫理に反する」と(嗚呼)。

番組のなかでだれかが「ドイツ国民が羨ましい」とつぶやいていたが、同感である。さて、この発言は浅いだろうか?

べつに技術力がないわけではないドイツはまた、リニア鉄道も、勇気と叡智をもって撤退した国である(嗚呼)。
11MAR.2012




live_on1 at 22:49フクシマ&脱原発 

March 10, 2012

「皿洗い」再考

前々稿で朝吹真理子の「皿洗い」にまつわる断案に触れ、人生の洞察力は年齢・性別を問わないのだ、と書いた。

しかし、よくよく考えると、年齢はともかく、女性だからこそ書けたのかもしれないと思い直した。

先月芥川賞の選考委員を辞した石原慎太郎がいい例だが、文壇をはじめ日本のエスタブリッシュメントを構成する男たちが「皿洗い」どころかゴミ出しひとつひきうける姿は想像できない。

政治家、高級官僚、大企業の役員たちが鎧う男性優位主義が私生活でのゴミ・汚れ・廃棄物に無縁だとすれば、社会における廃棄物(処理)に想像力が及ばないであろうことは容易に分かる。

それが水俣病、イタイイタイ病の遠因(垂れ流し、後は野となれ、…)であり、ひいては原子力村の原発推進であった。

原子力村の村民にとっては、不可視の放射能をはじめ、使用済み核燃料や廃炉のプロセスなどは、まったく視界と考慮の外であったろう。かろうじて気づいていたとしても、だれかがいずれ面倒をみてくれる、カスミのような、抽象的可能性でしかなかったのだ。

事故調の報告書を報道するにあたって、レベルの低い日本のメディアは、例によって事後処置の混乱の揚げ足取りに終始。べつに菅直人のかたをもつのではないが、あの状況でだれが当事者であっても目くそ鼻くそだったろう。もともと想定外だったのだから。

ほんとうに重要な問題は、そうした状況を出来させてしまったことだろう。「死の町」発言で罷免された大臣がいたが、そう表現したくなる状況をつくりだした黒幕を追い詰めなくてどうする。

メディアは放っといて、件の報告書は、そこをほんとうに深堀りしているのだろうか、それが気になる。

というのも、くどいようだが、1年経過するも、いまだにお縄を頂戴する人間(たち)が特定されていないこと。きょうも、斑目春樹原子力安全委員会委員長が今月末で退任と出ていたが、かれをこのまま逃してしまっていいのか!? 

訴追がダメでも、斑目はじめ原子力村の村民には、もれなく、「安全な」福島第1原発を取り囲むように終の棲家を建て並べ、修羅のような老後を過ごしてほしいものである。

それにしても、「ゴミ・廃棄物への敏感さ」は自分のなかでは再論である。1994年、当時の科学技術庁長官江田五月宛に書いた「反原発」の拙文でこれに触れていた。「総括原価制度」についてもしかるべく非難していた。

べつに自慢で書いているのではない。知識のむなしさを書いている。
10MAR.2012

live_on1 at 12:21フクシマ&脱原発 

March 09, 2012

OJTスタート

7日、パート仕事が始まった。今月はOJTの月。

チューターはなんと73歳の好好爺。70歳までと聞いていたのだが…

大体想像していたとおりだったのでホッとした。あまり頭を使わないのは自分にピッタリ。そして信じてもいない御託をこねくり回す必要がないのもいい。もしかしたらわが職歴で最適職かもしれない。

自転車で通勤できそうなのもラッキーだった。
9MAR.2012

live_on1 at 06:50エッセイ 
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