【希望の生まれるところ!?!】  *2020/06/30*

◆先日…《あの人に会いたい》というTV番組で、塔和子さんという詩人を知った。
◆元ハンセン(=らい)病患者で、13歳から83歳で亡くなるまでの生涯のほとんどをハンセン病施設〜香川県の離島“大島青松園”で過ごした方だ。

DC57FF1E-E2E3-4FE8-A6E6-0AA6CF0ABC1E

◆長くならないように…数編の詩(の一部)を紹介したいと思います。

☝︎  = 瘤 =
「樹木の瘤をさするとき
 深い深い重さがある
 遠い遠い悲しみが伝わってくる
 厳しい風雪に耐え
 内部の傷を癒し続けた瘤
 瘤は傷痕 だが美しい」

90CC3192-3A61-4D90-8780-959983FD9463
         
*原稿を書く塔さん.

◆戦後、ハンセン病の治療が確立され、塔さんも昭和27年に完治する。が、国の強制隔離政策により、生涯療養所に留まることになる。

☝︎ = ほかのどの木より  =
「瘤を持つお前の外観は
 ひときわ目立つ
 ああ その背伸びしない
 安定の美しさに
 私のすべてをあずけて眠りたい」

◆“ハンセン病(患者)”を、こんな言葉で表現しておられる…。

C0E71657-C465-4252-81D7-E571292677CF
*高見順賞を受賞したのは70歳の時.

◆『世界文学全集』でリルカやボードレールに出会い、詩を書き始めた塔さん。多くの悩める人達に勇気を与えてきたという。

◆療養所で出会った歌人の赤沢正美さんとの師弟関係も大きかったようだ。
⁂夫婦としても、ともに過ごしたそうだ。

DD3310FB-CC87-469A-8160-3218393CC1C1
                                *国の隔離政策は続いた.

◆中村久子さんは、「どんなところにも必ず生かされていく道がある」と言ったが…塔さんは「希望があって、それが作品になっている」と言った。

☝︎ = 胸の泉に =
「かかわらなければ
 この愛しさを知るすべはなかった
 この親しさは湧かなかった

 人はかかわることから
 さまざまな思いを知る

 ああ 
 何億の人がいようとも
 かかわらなければ路傍の人
 私の胸の泉に
 枯葉いちまいも
 落としてはくれない」

◆辛くて孤独な、不毛な闘い〜葛藤!?〜を、続けておられたのだろう…。
◆全く同感である。私なら愚痴になってしまうだろうが…こんな言葉も多くの人〜病気や差別と闘う人達〜の共感を得たのだろうと思う。

9B0B8686-C867-451D-9054-97B8C761B359
                                *同じく、大石さん.

◆この番組を見て… 以下の言葉が口を吐いて出た!

 哀しみを
 知る者こそ
 真に
 美しい心を
 求める

87E06BB6-C5A3-4E8B-BA62-D0899E20565B



   

◇70年間を療養所で過ごし…生涯、故郷に戻ることも本名を名乗ることもできなかったという塔さん!! その生き方に、叱咤されているような気持ちになった。
◇◇世間に溢れる、安易な「どうにかなるさ」的な言葉にはウンザリだが…。ただ生きているだけじゃ、勿体無い。申し訳ない。“跛鼈千里(ハベツセンリ)”の気持ちで生きたいと思う!!!



★ブログ・ランキング★に参加しています。下のバナーをクリックすると、それぞれのジャンルのランキングがご覧になれます。[Hiro-A]