今日、7月16日は、ヘルベルト・フォン・カラヤン(HvK)の30回目の命日である。

1989年のこの日、彼はこの世を去った。

 幸い私は、1980年頃から死の前年まで、彼の演奏に東京、大阪、ウィーンそしてザルツブルグで接することができた。
 その時聴いた、「ばらの騎士」をはじめとするオペラ公演、ジェーシー・ノーマンとの「”トリスタン”からの前奏曲と愛の死」などは、いまでも時々折に触れて思い出すことがあるが、今日は、1986年の大晦日と1987年のウィーンでの「ジルヴェスター」と「ニューイヤー」コンサートのことをちょっと。

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 1986年秋、HvKは大病を患い、この年10月のサントリーホールのオープニングコンサートとはじめとする、多くの演奏会をキャンセルした。
 そのため、この年の大晦日と翌年元旦のウィーンでの、世界の音楽ファン待望のイベントも、当然キャンセルかも?、と多くの人が思ったに違いない。

 1986年の大晦日、その日はやってきた。
 
 彼は、帰って来た。
  
 カラヤンが登場した時の、楽友協会の聴衆が総立ちとなっての熱狂的な拍手とブラボーの歓声はいまでも覚えている。(演奏の後のスタンディングオベイションは、何回も体験しているが、演奏前のそれは、あとにもさきにもこのときだけ)
 カラヤンが、何度も演奏を始めようとして、ウィーンフィルの方を向いても、一向に拍手は鳴りやまず、一曲目の「ジプシー男爵」始めの何秒かは音楽と拍手が被ってしまった。その後、客席を見渡したら、多くの女性(男性も)が、目に涙を浮かべていたのを、昨日のように思いだす。 
 ウィーンフィルも指揮に合わせて演奏するとういうよりは、恍惚とした表情で、夢見心地の表情で弾いていたのを、いまでも覚えている。

 その後何回か、いろいろな指揮者でジルヴェスターとニューイヤー(マゼール、ム−ティ、小澤、アーノンクール、メータほか)を聴いたが、こんな体験は最初で最後だった。


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カラヤンのLPはこちらから。

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