本日発売のステレオサウンド誌(221号)の当店の広告ページ(オーディオファイルのためのLPガイド)の文章です。

また、この広告ページに掲載されたLPの詳細は、こちらからご覧になれます。

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店主近況

金子 学

フルトヴェングラーのオーストリアプレス盤

ステレオサウンド誌の読者の方々なら、アナログレコードはプレスされる国によって、同じマスターでも音質に決して小さくはない差異が生じるということは、「釈迦に念仏」かもしれない。

このことを、私は改めて痛感する出来事があった。

 

1950年にフルトヴェングラーは、ウィーンフィルとウィーンの楽友協会でベートーヴェンの交響曲全曲録音に着手した。残念ながら、1954年の彼の死によって第2番・8番と9番は録音されなかったが、幸いにも録音が完成された6曲は、いまでもベートーヴェンの交響曲演奏の規範の一つとされ、LPはもちろんのこと、CDそしてSACDなどで多くの音楽愛好家に愛聴されている。

アナログファンの中でもこのLPを探している方は非常に多く、当店でも入荷するとすぐに売れてしまう。特にこのLPの初版(オリジナル盤)は非常に高価であるにもかかわらず、よくお問い合わせをいただく。

そんな中、1950年代(すなわちフルトヴェングラーがまだ存命中)にオーストリアでプレスされた、フルトヴェングラーとウィーンフィルのベートーヴェンの交響曲の第5番から7番までの3枚のコンディションの非常に優秀なLPがまとまって入荷した。これらは、私の古くからの友人であるウィーン在住のH氏(オーストリア人、熱心なオーディオファイルでかつレコードコレクター!)が見つけてくれた。

そこで、私は今回入荷の「貴重盤」と私のコレクション(同じ演奏のイギリスとドイツでの最初期プレス)をミュージックバードのスタジオに持ち込み、キングインターナショナルの大川氏と比較試聴を試みた。(この模様は、今年末あるいは来年初頭の「クラシックレコードの世界」でオンエア予定)

 

まずは、イギリス盤(ALP規格)を聴く。

非常にオーソドックスでバランスの取れた上品な音。誰もが、ずっと安心して演奏に浸ることができる普遍的な名録音というのが私の感想。
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次に聴いたのは、ドイツの最初期プレスであるWALP規格のフラット重量盤(200グラム)。いかにも「これぞドイツの音!」という感触の音色。分厚く重量感のある低域が印象的で、重心の低い安定感のある1950年代のウィーンフィルを満喫できる。
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さて、いよいよオーストリア盤(VALP規格)に針を落とす。

いままで体験できなかったフルトヴェングラーの音である。重厚な音バランスは先ほどのドイツ盤に近いが、高音域のつややかな音色は先の2枚にはなかった音。しいて言えば、今回は試聴しなかったが、フランス盤のそれに近いかな?という印象。改めて、何度も聴いたフルトヴェングラーの名演の新たな魅力に触れた思いがした。

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なお今回準備したLPはすべて、ドイツ・オーストリアそしてイギリスのオリジナル盤(初版)やそれに準ずるものである。私どものような専門業者でもなかなか手にすることが難しく、特にオーストリア盤は過去にも何回かは入手のチャンスはあったが、コンディションの面で難点が多く、販売を断念しことが一度や二度ではなかった。

そんな意味では、今回の3枚の同時入荷はちょっと「奇跡的」と言ってもよい。

ウィーンのH氏には、心から感謝いたします。

 

追悼:ベルナルト・ハイティンクさん(1929-2021

このページでも私が何度かとり上げた、オランダの名指揮者のハイティンク氏が1021日にお亡くなりになった。(享年92歳)

 

1929年、アムステルダム生まれ。同地の音楽院で指揮を学ぶ。卒業後、オランダ放送フィルのヴァイオリン奏者を務めるかたわら、フェルディナント・ライトナーに指揮を学び、1955年に同管弦楽団の第二指揮者となり、56年、指揮者としてデビューする。そして、同年にチャンスが訪れる。急病のジュリーニの代役で、コンセルトヘボウ管弦楽団の指揮をして成功を納め、翌年に第一指揮者となる。1958年、オランダの名指揮者ベイヌムの推薦でロス・アンジェルス・フィルに客演、1959年には、コンセルトヘボウ管弦楽団とイギリスへの演奏旅行。そして、同年に急逝したベイヌムの後を受け、1961年にわずか31歳の若さでヨッフムとともに同オーケストラの四代目の主席指揮者に就任した。1962年には、同オーケストラと共に初来日している。1962年にヨッフムが退くと、いよいよ単独でこの名門オーケストラを統率することになる(1988年まで)。1967年にはロンドン・フィルの主席指揮者、70年からは芸術監督を79年まで務めた。また、77年からはイギリスのグラインドボーン音楽祭の音楽監督も務めた。1973年にはウィーンフィルに登場、87年から2001年にはロンドン・コヴェントガーデン王立歌劇場音楽監督、という華々しい経歴をもつ現代屈指の名指揮者の一人である。

晩年は、ほとんど全部のポストを去り(名誉職は除く)、世界各地の名門オーケストラの客演を続けていた。

2019年、89歳で指揮活動を引退すると表明。その言葉どおり、同年の96日のウィーンフィルのコンサート(ブルックナーの第7番)をもって引退された。

残念ながら、もう彼の実直でありながら、味わい深い彼の演奏には触れることはできないが、幸いにも彼はPHILIPSをはじめ多くのレーベルにおびただしい名演奏の名録音を残してくれた。そのことに感謝しながら、これからも彼のLPCDを大切に聴いていきたいと改めて思った。

もちろん、心から感謝を込めて。
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ベーレンプラッテ 店主