こちらは、3/3に発売されたステレオサウンド第222号の中の当店の広告ページ「オーディオファイルのためのLPガイド」の文章です。

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最近聴いたLP

金子 学

内田光子とラトルのベートーヴェン

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の自主レーベル、「ベルリン・フィルレコーディングス」から、一年半ぶりにLPがリリースされた。2010年に録音された、内田光子とサイモン・ラトルによる、ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲である。(CDSACDはすでに発売されていて、高い評価を得ている。)

ベルリン・フィルとしては、カラヤン時代にはワイセンベルク、アバド時代にはポリーニと同曲の全曲録音を残しているので3回目のレコーディングである。

内田光子は、ラトル&ベルリン・フィルとの共演も数多く(ベートーヴェンをはじめ、モーツァルト・メシアンなど実に30回)、2008/9年のシーズンには、「アーティスト・イン・レジデンツ」としても招かれ、ベルリン・フィル自体とも親密な関係がある。

内田光子はインタビューで「イギリス人は、ベートーヴェンを“所有”したことがない。だから寛容なのです。それが、私がロンドンに住んでいる理由なのです。」と述べている。

そして、イギリス人のラトルとの共演とあって、いままでなかなか聴くことができなかったユニークなベートーヴェン像を描くことに成功している。

具体的に言うと、「力強さよりも、優美さそして繊細さ」を非常に感じることができるベートーヴェンであるということ、であろうか。

特に私が感動したのが、各協奏曲の第二楽章(ゆっくりとしたテンポの楽章)である。

彼女の紡ぎだす、表情豊かでなおかつ繊細さを極めた見事な音楽の美しさには、息をのむばかりだ。もちろん、奇数楽章の生命感に溢れる音楽も何度聴いても新しい発見がある。ラトルの指揮も実に充実していて、ある時は内田のソロにぴったり寄りそり、またある時はベルリン・フィルを雄弁に語らせ実にフレッシュなベートーヴェンである。

この演奏、実は私はすでにCDSACD)で聴いたことがあったが、今回のLPで聴き直してみると、ベルリン・フィルハーモニー・ホールの空間の中でピアノを聴いているという臨場感がLPでのほうがより感じられ、好ましく思い一気に全曲を聴き通してしまった。

なおこのセット、従来通りボックスの装丁や解説書なども非常に豪華で、付録(!)として、このときのライヴ映像(全5曲)のブルーレイ、そしてデジタル音源のダウンロードなどなど充実した内容なっており、所有する喜びも感じることができることもうれしい。

このベルリン・フィルからのまさに贈り物といって良いLPセット、すでにいままでリリースされたものは、ほとんど売り切れとなっている。お求めは、お早めに!(当店での在庫は、これとペトレンコの「悲愴」、そしてラトルのシベリウスのみ。)

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バーンスタインの「アムネスティ・コンサート」

レナード・バーンスタインの数多くの名盤のなかで、マーラーの交響曲全集とならび多くの人々に聴き継がれているLPとして、DGGから1980年にリリースされたベートーヴェンの交響曲全集がある。(ウィーンフィルとの共演)

この全集は、カラヤンやベームのそれと同じようにベートーヴェン演奏のひとつの模範としてこれからも光を放ち続けるだろう。
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しかしながら、その直前(1976年・ミュンヘン)に録音されたこの「アムネスティ・コンサート」のベートーヴェンは、さらに熱い演奏で、バーンスタインの人間性や芸術家としての個性が色濃く感じられる名盤であることがあまり知られてないことは、誠に残念だ。

その原因としては、この演奏会がアムネスティのためのチャリティコンサートとして開催されたために、著作権の関係からLPは限定発売、CDとしてもなかなか入手ができなかったことである。

プログラムは、オールベートーヴェン。(ピアノ協奏曲第4番はアラウとの共演、交響曲第5番「運命」ほか。)

アラウとの協奏曲も素晴らしいが、「運命」が実にバーンスタインの体臭(良い意味で)を感じることができるような熱気あふれる名演となっている。

第二楽章の実に深みのある表情や、第3楽章からフィナーレへのブリッジの緊張感は文字通り「手に汗握る」という表現がぴったりである。

LPはもちろんこと、もしどこかでCDを見かけたら、だまされたと思って一度聴いてみてほしい。

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ギーゼキングのバッハ

20世紀を代表するピアニストのひとり、ワルター・ギーゼキングのちょっと珍しいバッハの録音を。

まずは、彼のプロフィールから。

1895115日フランスのリヨン生まれ。19561026日、ロンドンにて没。両親はドイツ人で、1911年からハノーファー音楽院の名教師カール・ライマーの元で、新しいピアノ演奏のシステムの指導を受ける。1916年に卒業したが、本格的な演奏活動は第1次大戦後となった。親即物主義の作曲家、ヒンデミットやプフィツナーの現代音楽を積極的に紹介したため、親即物主義の信奉者とみなされがちだが、メカニックな意味で「楽譜に忠実」なのではなく、作曲家の精神に忠実な演奏であった。「モーツァルト弾き」と、「ラヴェル・ドビュッシーの大家」という2つの顔を持ち、その両方で他の追随を許さなかった。透明で美しい音色と完璧な技巧で20世紀を代表する名ピアニストであった。(参考:CDジャーナル)

このプロフィール通り、彼の名盤といえばまずは、モーツァルト・ラヴェル・ドビュッシーが挙げられる。(ベートーヴェンのソナタ全集は彼の早すぎる死により未完に終わった。)私も彼のモーツァルトは子供のから聴いていた。
 さて、今回紹介するバッハは、レコード用の録音ではなく、彼の死の6年前の1950年に集中的にザール放送協会によって行われた放送録音のLPで、彼の死後ずっと後になってからDGG(ヘリオドール)でLP化されたがその後ずっと廃盤、CD化されたのはごく最近なので「知る人ぞ知る」名盤となっているのは、実に残念!

録音は1950年の放送録音なので、最近のハイレゾを聴きなれたオーディオファイルにとっては、始めはちょっと物足りないかもしれないが、聴き進めていくにつれ、そのクリスタルみたいな透明な音色と即物的でありながら温かみのある音楽の表情に魅了されていくに違いない。

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