2019年06月16日

原始仏教(その思想と生活)中村元

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「原始仏教(その思想と生活)」中村元
「ゴータマは、いかにしてブッダとなったのか」佐々木閑

さて、大乗仏教の件はおおまかに理解できたので、いわゆる原始仏教の方はどんなものだろうと、図書館を探した。輪友の勧めてくれた中村元さんの本があったので借りてきた。また、先日知った仏教学者佐々木閑さんの著書「ゴータマは、いかにしてブッダとなったのか」も併せて読む。

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★★


・原始仏教以前の世界

インドには、もともと黄色系人種系のたちが住んでいた(シュメール系の人たちとの関係もありそうだと言われている)。そこに、紀元前15世紀ころ北西部からヒンズークシ山脈を超えてガンジス川上流にアーリア人が侵入してきた。

アーリア人は紀元前30世紀ごろアラル海の北方にいたようだが、そこから紀元前20世紀ころ西に侵入したのがヨーロッパ系人種の一つの祖先。第二陣として紀元前15世紀頃、ペルシア(イラン)やインド方面に侵入したようだ。(仮説)

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インド北西部に侵入したアーリア人は徐々に版図を広げていき、ガンジス川中流に出て行き、紀元前6世紀頃には定着し、長い間に現地の人たちと混血が行われた。現代の人種構成で言えば、インドの北西部は色の白いアーリア系が多いが、ガンジス川流域はアーリオ・ドラビダ系が多く、南に行くと色の黒いドラビダ系が多い。

そして、アーリア系の人たちはヴェーダ聖典を奉じ、それが規定する祭祀を行い、神々に動植物の犠牲を捧げていた。彼らはカーストという制度(バラモン、クシャートリア、ヴァイシア、シュードラ)を持ち込み、ドラヴィダ系の被征服民はシュードラやその下位にある不可触民とされ、階層間の結婚(移動)は厳しく制限された。

そんな中でも、ガンジス川流域の耕地開拓が進み、農業生産が向上すると、物質的に豊かになり商工業が盛んになる。商業都市においては、皮膚の色を異にする多くの人種が住み始め、必ずしも父祖のアーリア系の伝統(風習、儀礼、信仰:バラモン教)を守らない、自由闊達な雰囲気が醸成された。そこに、原始仏教やそれと双子のように似ているジャイナ教の発展の苗床ができた。釈迦入滅の頃(紀元前5世紀?)、大都市としてはチャンパー、ラージャガハ(王舎城)、サーバッティー(舎衛城)、サーケーター、コーサンビー、バーラーナシー(ベナレス)などがあった。
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また、のちにできたサンガ(教団)という集団では、修行者は妻をめとらず生産活動に従事しないが、これは農業生産性が上がり、都市社会に十分な物資が保持されていて、サンガを保持する余剰物質があり、なおかつ人口増加を抑える意味でも意味があったと考えられる。

この時代のインド思想世界はまさに百花繚乱で、いろいろな思想家が出ている。「道徳否定論」(カッサバ)、「七要素説」(バクダ)、「宿命論」(ゴーラーサ:アージーヴィカ教)、「唯物論」(アジタ)、「懐疑論」(サンジャマ)、「原始ジャイナ教」(ニガンタ・ナータプッタ)。特にジャイナ教は現代までインドにおいて生き残っており、徹底した不殺生を旨とし、そのため農業や生産活動に携われず、残された職業は小売業と金貸し業であった。前世紀まで、インドの民族資本の大多数は人口のわずか0.5%にすぎないジャイナ教徒の手中にあり、意外なところで宗教と資本主義が結びついている。



・原始仏教の基本的立場

 この時代、多くの思想家が自分たちの哲学や宗教を立てて相対立していた。お互いに相手の論は真理を述べていない、虚偽を含んでおり、自分の説が正しいと。釈尊は、そういう議論に与しなかった。左か右かと問われた時に、答えなかった。論争している人たちは自己の哲学説にこだわっており、すなわち、人間の思惟能力を持って解決し得ない形而上学的問題について論争しており、確執に陥り、さらにその結果として人間としての道を見失い、はからずも悪を侵していると看破した。「一切の(哲学的)断定を捨てたならば、人は世の中で確執を起こすことはない」。ティック・ナット・ハン氏の小説「ブッダ・いにしえの道、白い雲」のなかで、哲学的命題の問い対し、彼のYESともNOとも言わない態度を不思議に思ったが、こういうことだったのだ。

二つの基本的立場
1)無意義な、用のないことがらを議論するな
2)我々は、はっきりした確実な根拠をもっているのでなければ、やたらに議論してはならない。

 
 しかし、彼は諸哲学や宗教を否定しているわけではない。それぞれの説は真理の一端を捉えているのかもしれないとしている。初期の仏教は、特殊な教説を立てて他の宗教や哲学と戦おうとしなかったが、目指す究極の境地に到達するために、民衆のそれぞれの精神的素質や立場を尊重しながら真理を解くことを忘れなかった。そこで「同一の真理が異なったしかたで説かれる」ことが許される。これは、後代の大乗仏教における「一乗思想」(いかなる実践法も究極においては、同一目標に帰着する:法華経の特徴の一つ)の論理的根拠が、原始仏教にあるということだ。



・苦しみと無常、実践原理

 我々の人生は常に苦しみにつきまとわれていて、容易に苦しみから脱することができないことを、彼は端的な言葉で言っている。生きることは苦であると(一切皆苦)。金や名声があっても、それは永遠のものでなく、いずれなくなる。その事実を人は認めたがらず、誤った考えに固執する。

★「全世界は欲望の火が燃えたっている。全世界は焼かれている。全世界は焦がされている。全世界は揺らいでいる」(スッタニパタ)

★「この世が燃え上がっているというのに、一体何が笑いだ、何が喜びだ。お前たちは暗闇に覆われていながら、どうして明かりを探し求めないのだ」(ダンマパダ146)


 釈迦の思想の中には、この世で我々が「常住不変だ」と思っている物事は、何も実体がない、従って確固たる「自分」などというものもないという思想がある(常住に対する無常)。そして容赦なく(虚無主義的に)、以下のような言葉で、人間という存在全てを「腑分け」するような捉え方をするのが、仏教の基本である。

★「見よ、飾り立てられた形体を。傷だらけの身体であり、要素が集まっただけのものである。病にかかり、勝手な思惑ばかり多くてそこには堅実さも安定もない」(ダンマパダ147)

★「骨が組みあわさって城郭が作られ、そこに肉と血が塗られ、その中に『老い』と『死』と『傲慢』と『ごまかし』が鎮座している」(ダンマパダ150)


老病死は人の忌み嫌うものである。それゆえに、人はどのように生きたら良いか、ということを深刻に反省する。全てが、移りゆく(無常)ものであることを認識することで、現実に即した柔軟性に富んだ実践原理が成立する。


★「古いものを喜んではならない。また新しいものに魅了されてはならない。滅びゆくものを悲しんではならない。妄執に囚われてはならない」(スッタニパタ)


転換期にあたり、ある点に関しては古いものを残すか、廃止して新しいものを採用するかという決断に迫られた時に、ある原理によって判断する。それは人間のためをはかり、人間を高貴たらしめるものでなくてはならない。仏典では「義」とか「利」とか呼んでいるが、人間のよりどころであり、人間を人間のあるべき姿に保つものという意味で、それを仏教では「法(ダルマ)」とよんだ。この「法」は、無常なるうつりゆくもののうちにあって、永遠なるものである。混乱する世相に対決して、あるいは勇敢に採用し、或いは断固として排斥する決断は、この根源的なものに基づいてされねばならない。
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・学び
 
 釈迦は自分の頭を使って答えが出るまでひたすら考えることを弟子たちに説いた(「智慧」の重要性)。人生の苦しみから解放されるには、自分の中から悪い要素を取り除くには、執着する心をどう制御していけばよいのか、というような人生の難題について、考え抜いて答えを見出していけと。ウイットに富んだ言葉を残している。


★「学ぶことの少ない者は、牛のように老いていく。肉ばかり増えて、智慧は増えない」
(ダンマパダ152)

★「頭髪が白くなることで長老になるのではない。ただ年をとっただけの人は『むなしい老人』といわれる」(ダンマパダ260)


正しい智慧を養っていく心構えとして

★「行動を制御することは善いことだ。言葉を制御することは善いことだ。心を制御することは善位ことだ。すべてにおいて、制御は善いことである。すべてにおいて制御した仏教修行者は、あらゆる苦しみから逃れ出る」(ダンマパダ361)

と述べており、これは仏教で言うところの「身(しん)口(く)意(い)」を制御せよということだ。




・その他、印象的な言葉

ー執着ー
★「比丘らよ、およそ何であれ、常住で恒久で永遠で変化することがなく、いつまでもそのままの姿であり続けるような、そんな所有物というものを、私は未だかつて見たことがない」(マッジに・ニカーヤ22)

★「名称とかたちのあるものについて『私のものだ』という思いをまったく持たず、何かがないからといって憂えることのない人、そういう人こそが出家修行者と呼ばれる」(ダンマパタ367)   

★「立派に組み上げられた筏も、激流を超えて向こう岸に渡ってしまえば、もう筏としての意味はなくなる。….」(スッタニパタ21)
( = お釈迦様の教えをに従い、悟りの世界に渡ってしまえば、その教えすら執着せず捨ててしまえ)



ー四民平等ー
★「人の生まれを問うなかれ。行いを問え。火はどんな薪からでも生じる。賤しい家柄の者でも、心堅固で恥を知る聖人となれば、それは高貴な人である。」(スッタニパタ462)


ー自己鍛錬ー
★「ためになることをいくらたくさん語っても、それを実践しなければ怠け者である。それは、例えば牛飼いが他人の牛の数を勘定しているようなものだ。そういう者は修行者とはいえない」(ダンマパダ19)
★「自分の救済者は自分自身である。他の誰が救ってくれようか。自分を正しく制御して初めて、人は得難い救済者を手に入れるのだ」(ダンマパダ160)


ー釈迦の究極の教えー
★「究極の真理へと到達するために精励努力し、心ひるむことなく、行ない、怠ることなく、足取り堅固に、体力、智力を身につけて、『犀の角の如く、ただ独り歩め』」(スッタニパタ68)
(「犀の角」は一人歩む勇者の例え)


ー番外編(婦女を遠ざける)ー
原始仏教では、人間は欲望に動かされ、欲望に支配され、そのために苦しんでいると考えた。原始仏教では修行者に向かって独身禁欲の清浄行を実践することを命じている。元は、バラモン教でヴェーダを学習するものが行なっていたもので、ジャイナ教でも継承している。「婦女は聖者を誘惑する。彼らをして賢者を誘惑せしめるなかれ」と。「だだ一人にてあるとき、一人の女子と語らざれ」というほど厳重なものであった。

従者アーナンダは釈尊に尋ねた。
「わたしは婦人に対してどうしたら良いでしょう。」
「アーナンダよ、見るな。」
「しかし見てしまった時にはどうしたらよいでしょう。」
「話すな。」
「しかし話しかけられたときには、どうしたら良いでしょう。」
「そういうときには、つつしんでおれ。」


 * 一連の会話が、なんとなくユーモラスに感じるのは、わたしだけであろうか。




P.S.
前に輪友にいただいた中村元氏の「ブッダのことば」は原始仏教経典スッタニパータの邦訳をしている。同様に図書館で借りてきた「神々との対話」(中村元)では、やはり原始仏教経典サンユッタ・ニカーヤの一部を邦訳してある。読みやすいし、釈迦がどのように考えていたかがわかり、滋味深い。時間をかけて読んでみようと思う。

16日(日)は、家人が奈良に遊びに行っていないので、その輪友と金町で夕食を共にした。金町は、新しい店がどんどん出来てくる。活気のある町である。
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liveokubo at 23:50│Comments(4)  | 思うところ

この記事へのコメント

1. Posted by B   2019年06月17日 20:03
以上はその通りかと。
それだからなんと・・・・・・・・?

2. Posted by kincyan   2019年06月17日 21:44
>Bさん
個人としてのお釈迦さんにはとても興味があります。彼は、超越的な力に頼らず、真っ当なことをおしゃっていますね。でもなんでインドで仏教は消滅し差別を許すヒンズー教が残ったのかな。それだけ民衆はアホだったのか。Bさんはどう思います?現代人から見て原始仏教は至極真っ当です。


3. Posted by B   2019年06月18日 05:07
きんちゃん、確かにその通りです。
あれだけ論理的なインド人はアホなのですかね。

Wikipediaで、スッタニパタを引くと下記の様な部分があります。

『ダンマパダ』は初学者が学ぶ入門用テキストであるのに対し、『スッタニパータ』はかなり高度な内容を含んでいるため、必ずしも一般向けではない。

有名な「犀の角のようにただ独り歩め」というフレーズは、かなりの程度、修行の進んだ者に向けて語られたものである。

南方の上座部仏教圏では、この経典のなかに含まれる「慈経」、「宝経」、「勝利の経」などが、日常的に読誦されるお経として、一般にも親しまれている。

引用以上

ダンマパダ(法句経)は古い仏典としてそこここで見受けられますが、かたやスッタナパタはそう言う経典だったんです。
大乗の代表経典でもある、大般若経とか法華経とかはとにかく大風呂敷で嘘八百が描かれているから自分は嫌いです。
ただ、そうした大嘘の経典が持て囃され揚句がそこからいろんな仏教芸術も出て来ました。 仏画にしても彫刻、乃至は
建造物にもです。
どうしてそうした事に成っているのだろうとも思うし。
かたや、原始仏典はお説の通りなのですよ。
とても身近に受け入れられるし哲学としてもとても科学的じゃないですか。
自分は原始仏典はとても深く共感します。
で、インド人ってホントはアホなんなんですかね。(^^;
4. Posted by kincyan   2019年06月18日 09:08
>Bさん
一般民衆は、高邁な理想、悟りの境地、仏教で言うところのダンマ(法)なんて本当は興味がないのかもしれません。ただただ絶対神を信じよというほうが、受け入れやすいのかもしれませんよ。大乗仏教は、その傾向にありますし、そういう意味ではキリスト教やイスラム教も同じなのでしょう。仏教がインドで埋没したのは、ヒンズー教的な教義に近ずいていき(密教)、二つも宗教が必要じゃなくなったとか、仏教は葬式のような儀式をしなかったから、と書いてありましたが、どうなのかな。



でもね、現代において、理性的な人の中でも、何かの救いを得たい人たちはいるわけで、そんな中で欧米での仏教やインドのアンベードカル氏の仏教、もしかしたら日本の禅宗なんかも良いのかもしれません。なんか新しいムーブメントが出てきませんかね。(オウム真理教みたいなのは困りますけど)

過去の仏教美術は、確かに信仰とリンクしているのかもしれませんが、半分くらいは創造したいという仏師や絵師の意欲の賜物だと思います(パトロンとしての寺は必要ですね)。我々は、そこで表現しようとしている大乗思想などより、古の作家による仏像や絵の美を評価しているのだと思います。

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