2019年11月07日

孔子と論語

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明治大学

今日の授業の最後に、氣賀澤先生は孔子の「論語」のさわりを話された。

「子曰。・・・・六十而耳順。七十而従心所欲。不踰矩。」
「六十にして耳に従い(人の言うことを聞く)、
 七十にして心の欲する所に従えども矩(のり)をこえず」

60歳代半ばを超えた人には、目指す姿として心にしみる言葉だ。また「温故而知新」とは、昔習ったことをもう、一度勉強しなおすと、新しいことを発見できるという意味で、これも私のようにリタイアした老人には大いにうなずける。



明治大学、29.4km(Rw)、76.2、24.1%
★★★



氣賀澤先生の授業

「文化」から見た中国史
ーー諸子百家を生み出した春秋戦国時代ーー
  (今回は孔子と論語)


今日の授業には20分ほど遅れていった。しかし前半は、前回の復習をしていたので、遅れて行っても話についていけた。春秋戦国時代の「春秋」は、孔子が、彼の生きた「魯」の歴史を記述した「春秋」という書からきている。それは「魯」の隠公(前722年)から始まり哀公14年(前481年)で終わる。そのあと前403年に韓・魏・趙が諸侯として周王朝から認められるのだが、そこまでを「春秋」時代、それ以降、秦が天下統一をする前221年までを「戦国」時代と呼ぶ。「春秋」時代は、周が殷を滅ぼし天下を取ったものの、その後弱体化し、周囲の公たちが覇を競った時代である。

孔子は前551年に、魯国の下級役人の家に生まれ、母も身分が低かったようだ。しかし長じて優秀な役人になり出世をした。当時の魯国は、魯桓公の長男・荘公が公室を継承したが次男・三男・四男の系統(三桓:孟孫氏、叔孫氏、李孫氏)が権勢を誇り(三桓の実権),孔子は彼らに気を使う立場であったが、本心としては公家が主権を持つべきだと考えていた。(当初は李孫氏に仕えたのだが.....)。
その後、公家(昭公)は斉に亡命し、孔子も付き従った。8年後に魯に戻り、在野で人を育て、自分の思想を高めたが、魯国は名声を聞き、彼を国政に戻した。しかし結局、公家に権力を戻すべく画策することになり、三桓と衝突し失脚する。前496年、魯を脱出し弟子たちと諸国を遊説する。12年後、魯にもどり、政治に関与しない立場で教育に専念し、儒教のもととなるテキストを集約した。
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孔子の思想のポイントは以下の二点である。
1)論語で述べている思想は、超越者(一神教の神、大日如来の類)を語らず、
  預言的な言説はない。
2)現実主義者であり、常識の下に隠された真理を求めている。重視した
  道徳は「中庸」。

彼の生きた世界の現実は乱世であるが、それを生み出す根本的な原因は「力による政治」であり、これを断ち切る(平和を実現する)には、力による政治を否定し、道徳による政治を行うべきだと考えた。

その中身は、道徳と礼。周の封建制度の基本は家族制度と血縁関係であり、この精神が失われたことで封建制が崩れ乱世となった。道徳は家族内の仁愛が基本であり、近親への愛(孝に凝縮される)が最高としたが、これは差別愛で、これに対する反論として墨家は兼愛を主張した。
また道徳による政治を強調し、法や刑罰を否認し、道徳政治を補うために「礼」(礼儀作法、社会的しきたり・風俗、社会的伝承、文化、外からの拘束力)を説いた。

このあと徳(徳治主義)は孟子の立場(性善説)に引き継がれ儒教の主流となるが、礼(礼知主義)は荀子(性悪説)の立場となり法家に繋がり、のちに弟子の李が整備した秦の厳罰主義に展開される。そこまでいかなくても、この「礼」は、社会秩序の維持、さらに言えば保守主義・伝統主義に繋がり、既存秩序維持の思想的背景になり、もしかしたら清の時代に外国から侵略される遠因になったのかもしれない。

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徳治は、中国の理想であったが、そのあとの歴史を見ると、秦王は礼の究極系の姿である法治主義(厳罰主義)で国力を養い、武力で中国を統一した。そのあとも、武の力で王朝は倒され、現代の中国も、いわば秦帝国的力で国をまとめていると言えるだろう。中国は孔子学院を全世界に造っているようだが、やっていることは、孔子の徳治にはほど遠い。しかし、絶対者(神)を置かない現実主義者の考えを中国の伝統にしみこませた功績は大であろう。大乗仏教が中国に伝わったわけだけれど、絶対者を置く大乗仏教は、実は中国には浸透しなかったのではないだろうか。

先生に、論語や孔子を体系的に学べる薄い本はないかと質問したら、初心者には岩波新書の「諸子百家」貝塚茂樹著が良いのではということだった。早速図書館で予約。

end





liveokubo at 20:47│Comments(2) 勉強会 | 自転車

この記事へのコメント

1. Posted by JFK   2019年11月08日 10:35
昔々、今から45年ほど前のことでしたが貝塚茂樹師の本はまあまあ読んでいたように思います。
しかしながら、内容は思い出せないというのが実態でして、改めて「諸子百家」を読んでみるのも一興かと思います。
私なりの温故而知新というところでしょうかねェ。
2. Posted by kincyan   2019年11月08日 11:45
>JFKさん
なるほど、45年前からあるオーソドックスな本なのですね。一読して、良ければ購入して本箱に入れましょう。岩波新書はうすいので助かります。新書は、いらん事を書いてないので読みやすいですね。

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