2019年12月02日

政策研究大学院大学でのシンポジウム

NATIONAL
六本木
政策研究大学院大学












昨日は、文化庁・文化遺産国際協力コンソーシアム主催のシンポジウム「文化遺産の意図的な破壊----人はなぜ本を焼くのか」に参加した。理由は、先日、西安旅行を引率してくださった鶴間先生が「焚書坑儒」について話されたからだ。コンソーシアムの分科会長が主旨説明をされたが、この方は、バーミアンの仏像が破壊された現場を見つめていた方だった。

76.9kg、23.1%
★★★



IMG_4482otit CRoON I DOSE


・鶴間さん(学習院大学)の話

「焚書坑儒」の概要

始皇帝の「焚書坑儒」は前213年に李斯により提案され実施された。それまでは、比較的自由に諸子に議論を許していたようだが、前212年以降、対匈奴戦(兵士30万人動員)や対南越戦(兵士50万人動員)を始めるにあたり、国内の体制を引き締めるためになされた。その間、長城の構築や長城までの直道造成、阿房宮や始皇帝陵構築、東門の構築を行うのだが、その一環として「坑儒」も行われる。

趣旨としては、先人の論を尊び現政権を批判することを禁止し、民間の詩書、百家の書を焼き払うということであった。別の方の言によれば、諸子百家の数多くのグループで学ぶことをやめさせ、文字を学びたい人は役人に学べとも言っているのだが、秦の決めた文字に統一するという意図もあったようで、国としての統一性を保つ政策としは正しかったのかもしれないと。また、司馬遷は「坑儒」(儒者を穴に埋める)とは書いておらず「坑術士」と記しており、後漢の班固が「漢書」の中で、「坑儒」と書き換えている。後漢当時の儒者が、始皇帝を貶めるために、書いたのであろうとのこと。

また、破壊とは違うが、歴史書を書く中で、書く人の思いで書かれることもあり、例えば二世皇帝胡亥に関しても、司馬遷「史記」の中では、陰謀により二世皇帝になったと書かれているが、最近発掘された竹簡「趙正書」(趙正:肇淛始皇帝の名前)の中では、始皇帝は死ぬ前に胡亥が次の皇帝になることを理解していたように書かれている。

「焼く」という観点で、もう一つの話題を話された。秦が滅びるとき、項羽と劉邦が秦を攻めたが、その政策は対照的なもので、項羽は秦に滅ぼされた楚の出身であったので、憎しみのあまり咸陽を焼き払い、秦の兵士20万人を埋め(坑)殺したが、少し先に咸陽に入った劉邦は略奪を戒め、そこにあった財宝ではなく竹簡を運び出した。(降伏した秦の兵士も許し、融和的な姿勢で秦と対したので、比較的容易に秦の城を攻略できた。)その秦から運び出した竹簡というのは、秦の時代に調べられた各地方(村レベル)の人口や地勢に関する書簡で、これらは、彼(前漢高祖)の政権の確立にとても役に立った。



そのほかの講演者の話

・近藤二郎さん(早稲田大学教授)

「エジプトの文字記録の抹殺」
エジプト王朝のヒエログラフはパピルスにも書かれたが石版に刻まれたものが正式版。しかし、王朝が変わり、消し去りたい王朝の部分は、石版の文字自体を削り取っている。ミイラの木棺なども、消し去りたい王族の木棺を壊すのではなく、名前の部分のみを削り取っている。新しい時代の王朝が、過去の王名リストを石版に刻む際も、消し去りたい部分(例えばツタンカーメン)を飛ばして彫っているが、前後の王の在位年数を伸ばすなどして整合性をとっている。


・鈴木道剛さん(東北学院大学教授)

現代の歴史的遺産とも言える建物も、簡単に撤去されている現状を説明。重要遺産と指定される前のものは、はかなく更地にされる。ただ、まっさらに整地「更地にする」ということの気持ちよさも感じられると。最近流行の、「断捨離」は知の放棄であり、この方は、いらなくなった本でも捨てないのだが、奥様と常に闘争していると......。


・伊藤未央さん(西南学院大学講師)

「テロと古文書と誇り」
この方は、アフリカのマリ共和国で調査活動をされている。マリ北部のトンブクトゥは、10世紀ごろからサハラ貿易で栄えたまちで、アラビヤ語の古文書が多く残されている。5万人の町の中に、公設私設含め56の図書館があり、古文書の管理・修復を行なっている。2012年にアルカイダがこの地域で勢力範囲に加えたときに、文書の散逸を恐れた町の人たちが、秘密裏に多量の文書を安全地帯に運んだ。これは、本にもなっている英雄談だが、その現場の人たちに接している方の話で、とても面白かった。
 テロリストたちは、フランスの介入により撤退したが、接収されていたトンブクツゥの図書館に入ってみると、焼き払われた文書の灰の横に、ビール瓶がたくさん転がっていたという。それを見た人たちは「”イスラームに反する内容が書かれている”と言って我々の本に火を放ったのは、アラビア語もろくに読めない、アルコールをたしなむ奴らだったということさ」と厳しい皮肉を。
IMG_0830IMG_0827
左:トンブクツゥの位置
右:古文書






無料のシンポジウムだったが、中身の濃いものだった。さすが国が支援しているだけのことがある。政策研究大学院大学も、いつも新国立美術館に行くときに横目で見ていたが、初めて入ることができた。賢そうな学生たち(多分外国人も混じっていた)がシンポジウムの支援をしていた。







P.S. 梅田明日佳さんの「自学ノート」の話がNHK「BS1スペシャル」で放映された

考えさせられる番組だった。小学校3年から、自分の興味のある対象を見つけては、調べて文章に書きつづけている少年の話だ。普通の学校に行っているが、同年代の同級生とは、コミュニケーションがとりにくいようだが、彼の書いた文章で、地域のインテリジェンスのある大人たちとつながっていく。友達と遊んだり、運動したりすることは苦手で、ひたすら興味のある対象を見つけて、切り抜きをして調査をして、ときには写真を撮って丁寧な文字で書く。社会に出てからどうなるのだろうという心配はあるものの、周りの大人たちは今の彼にエールを送り、彼の文章(ノート)に対して誠意をもってコメントを書いている。どんな内容だか読んでみたいと思ったが、本にはなっていないようだ。ブログを書くというのは、これに似た感覚なのだろうと思うが、梅田明日佳さんはブログを書かないのだろうか。



end


liveokubo at 11:19│Comments(0)  | 勉強会

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔