2010年02月09日

話の音(67)回転寿司


戦後は闇市がたったこの雑多な街も、いつからか少しずつ
その姿をかえていったのだろう。
こどもだった70年のはじめは、まだまだ戦争の残り香
のようなものが、そんな街の片隅には吹いていた。
トタン屋根のアーケードに軒をならべた間口のせまい
商店や食堂。どぶ板と傷痍軍人のやぶれた軍服。
目の前を過ぎていくお寿司らしきものをのせた白いお皿
のいったりきたりをぼんやりながめながら、真緑に
染まった湯飲みに手をかける。

となりに腰掛けた家族づれに、いつかペンペン草の
茂ったブランコで見かけたあの女の子の顔を見つけた。
五、六歳くらいになった、ちょっとばかり知恵のついた
その口には前歯がそろっていた。
きょうは両親ばかりでなく、小さな妹まで一緒だ。
その家族には回転寿司がなによりの贅沢なのだろう。
四人の浮き立った会話や雰囲気からそう察することができる。
手をのばせばとれる好物には「わさび」がはいっている
ので、食べたいものは声にだして注文しなければならない。

「イカとはまちをさび抜きでお願いします。」
こどもたちのかわりにおとうさんが声をかける。
背伸びしたい年頃の長女は、どうやら自分の力で所望したい
様子だった。
そのむずむずに気がついた両親が、後押ししはじめた。
こそこそと
「ほら、『わさび抜きで、まぐろください』っていって
ごらん。」
「大きな声でね。」

コンベアーのなかにいる板さんは、そんなこそこそは聞こえ
ないふりをして、女の子の呼びかけを待っている。
困った顔のこころのなかは、廻るお寿司と同じくいろいろな
色の逡巡がぐるぐると流れている。
静かな時間が少しばかり過ぎて、赤の他人のこちらもどこか
『がんばれ』って、横目で見ていた。
不意に前かがみになった女の子が、小さな店の奥まで響く声を
だした。
「まぐろを、まぐろ抜きでください!」
おっ、とうとういえたかと安心しながら、なにかおかしい。
くるりと振り向いた初老の板さんが、
「まぐろは抜かないけど、わさびを抜いておくね。」

これには向かいに座っていたやくざもんも相好を崩して、
熱燗を注文した。
まわりの笑顔と笑い声に、なにがどうなったのやら気づかない
まま、かーっと赤くなった顔も、しかしどこか満足気な様子
だった。

女の子は人生のなかで何度か、大きな跳躍をするのだと思う。
それは天性の博打うちが、大勝負にうってでるようなもの。
弱々しくか細い子も、頑丈で太った子も、人気者も日陰者も、
みんな等しく、ある瞬間に「せーの」で腰をすえて、勝負に
でる。
そしてその跳躍の時こそ、女の子がもっともきらきらと輝いた
すがたに映るのではなかろうか。

まあ、お寿司を注文しただけなんだけど、いずれ「はじめて」
はいいものである。
なんだか気分がよくなって、おいしそうにまぐろを食べるの姿
のむこうに、少し高い色のお皿を探したが、幸い見つからず、
つやのいいイカがまわってきたので手をのばした。

(北原慶昭)
  

2010年02月08日

もっと、もっと。

昨日、2月7日は、56回目の誕生日だった。
と言っても、朝から、ロケハン。
昨日で、もう5日間もロケハンしたことになる。

今回のCMは、住宅あり、公共施設あり、
街の、それもナイトシーンありと、
ショートフィルム並みに、いろんな設定がある。
ロケハン4日目の一昨日のこと。
もうひとつしっくり来なくて、
さてどうしよう?と、ぼくの気分も、
ロケバスの中の空気も重くなってきた。
その時、すでに夜の9時を回っていただろうか。
昼過ぎに集合した総勢10数人の一行は、
まだ何も口にしていなかった。

横浜方面の住宅地で、そんな時間に開いていて、
その人数で入れるのは、
ファミレスと相場は決まっている。
フォルクスの前で、ぼくは「パス!」と声を上げ、
バーミヤンの前で、カメラマンK氏が、
「おいおい、ここでメシを食わせるんじゃ
ないだろうな」と低い声を出す。
空腹が、機嫌まで悪くさせる。

結局、駅前の焼き鳥屋に落ち着いた。
少し、酒が入り、
空腹もなんとか満たされてきた頃、
急に、気持ちの整理がついて、
じゃあ、こことここに決めて、
これは、もうひと頑張りしよう、
と指示を出すことができた。
肩の力が、ふっと抜けていくのがわかった。

ディレクターたる者、
「もっと、もっと」と、ついつい欲が出て、
気がついたら、スタッフを道連れに、
迷路に入り込んでいることがある。
と言うと、ああ、いいものを作るためには、
そういうこともあるんだろうな、
くらいに思われるかもしれないが、
精神的に追い込まれて、気をつけないと、
だれかが、危険な状態になることだってある。
そんな時は、
パッと休みを入れるか、うまいものを食うかだと、
以前、ベテラン助監督から聞いたことがある。
ほんとうにそうだ。
人間、案外単純に、それで、また前向きになれる。

根を詰める、という言葉があるけれど、
それを集団でやってしまった時は、ちょっと危険だ。
もっと、もっと。
そして、ふっと肩の力を抜く。
撮影という仕事、
その呼吸が、難しくもあり、また楽しくもある。
  
Posted by liverary at 11:15Comments(4)TrackBack(0)今村直樹のCM話。

2010年02月07日

ホッとPHOTO:ふゆゆいがはま。

鎌倉・由比が浜の編集室に、
ルーシーとハンナを連れていきました。

編集中は、おとなしくお昼寝。
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日差しのあったかいところを見つけて。
退屈したら、ボクの膝の上に乗っかって。
「まだ終わんないのー?」って。

仕事は、まだまだ終わらないけど、
日が沈まないうちに、お散歩しようか!?
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浜辺に着くなり、飛び跳ねて、走り回る2匹。

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ルーシーだって、負けてません。
オヤツのためなら、ハンナ顔負けの全力疾走!

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おっとっと。
ちめたいけど、がんばっちゃお。

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由比ケ浜のひろ〜い浜辺は、
いつ来ても、気持ちがいいです。

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空にオレンジのリボンを浮かばせながら、
日が沈んでいきます。
さ、そろそろ仕事に戻ろうか。

  

2010年02月05日

いちばん最初のモニター。

編集2日目の昨日の夕方、
鎌倉の編集室まで、制作のT君らが、
手みやげに草餅を持ってやってきた。
ほぼつなぎ終わったCMを見て、
「なんだか、撮影までの苦労を
忘れてしまいますね」と、T君。
そうなのだ。
ハッピーなCMと言えども、
ハッピーなだけの制作現場ではない。
前日まで、とにかく、
いろんなことがあった今回の撮影。
T君たちは、ろくに寝ていなかった
のではないかと思う。

広告代理店の人たちは、なんて言うかな?
クライアントは、喜んでくれるかな?

T君たちは、
そんなことも気にしてくれるけれど、
まずは、「いいCMができた!」と、
裏方でそれを支えてきてくれた彼らが、
素直に喜んでくれていることが、
何よりうれしい。
CMにとって、
いちばん最初のモニター(視聴者)は、
企画の段階からそれに関わってきた
制作やプロデューサーたちだ。
もちろん、彼らが満足したからと言って、
いいCMができたという保証は何もないけれど、
こんなに近い距離で制作に関わっていながら、
案外、お茶の間の視聴者に
いちばん近い感覚を持ちあわせているのも、
不思議なことに彼らなのだ。

じゃあ、編集は切り上げて、
メシでも食いに行こうか!?と、
編集室の近くの、蕎麦屋まで出かけた。
「草餅、おいしかったねぇ」とぼく。
「こどもの頃、ヨモギを近くの土手で
摘んで、草餅を作る手伝いしました」とT君。
「ええ!?そんな田舎に住んでいたの?」

オフライン編集とは、こんな風に、
ディレクターと制作君たちの距離が、
いちばん近くなる時でもある。
新橋から電車で小一時間。
ちょっとした小旅行で、編集室まで
やってきてくれるから生まれる空気かもしれない。
もしそうなら、
編集室を作った甲斐があるというものだ。
  
Posted by liverary at 12:37Comments(0)TrackBack(0)今村直樹のCM話。

2010年02月04日

ハッピーが基本。

先週末、撮影したCMを、
鎌倉の編集室でつなぎはじめた。
出演者は、ファッションモデルである
ことにこだわりを持ちながら、
タレント活動をしている人。
編集しながら、ああ、この感じ、
久しぶりだな、と思った。

カメラの前で、笑う。
理由もなく、楽しそうにしている。
気分よく、歩く。
(しかも、この極寒の季節に、半袖、
超ショートの服で、笑顔でさっそうと!)
街角に、ただ、雰囲気を出して?立っている。
何でもいいから、思いつきを、話す。
それができるのが、モデルだ。

逆に、プロの役者と言われる人たちは、
笑う、歩く、立つ、話す、
そのすべてに理由が必要になる。
そんなことにも、
役作りがないとダメなのが、役者だ。

考えてみれば、最近、
役者さんとの仕事が圧倒的に多かった。
そうでなくても、そこに、
設定やドラマがあるCMが、ほとんどだった。
役者のように、
繰り返し同じことはできないけれど、
先週撮影したタレントさんには、
屈託のない笑い、切れのいい歩き、
雰囲気のある立ち姿というものがあって、
それが、とても新鮮で懐かしく思えた。

そう、CMだもの、理由などいらない。
まずは、ハッピーが基本なのだ。
最近、ドラマや演技抜きの、
広告らしいハッピーさを、忘れていたなぁ。
  
Posted by liverary at 08:41Comments(2)TrackBack(0)今村直樹のCM話。

2010年02月03日

いつかは。

ぼくにも、もちろん、
郷里があるけれど、もう帰る家はない。
一人暮らしをしていた母も、
いまはグループホームにいて、
何年か、空き家のままだった。
主を失った家は、傷むのが早いらしく、
このままでは不用心だからと
兄弟で話し合って、取り壊すことを決めた。

昨年、最後の見納めにとその家を訪れた。
納戸に、懐かしい絵や手紙や本が
眠っているはずだと思った。
でも、大学を卒業してから
段ボールに入れて送った本以外は、
簡単には見つからず、早々にあきらめてしまった。

後日、姉から、ぼくの学生時代の手紙などが
入った断ボールが見つかったと連絡があった。
卒業アルバムや、スケッチブックや、
高校の文芸部時代の文集なども入っているに違いない。
「8ミリフィルムも、たくさん入っているよ」
と姉が言う。

浅川マキという歌手が、先月17日、急逝した。
ぼくらの世代なら、知らない人はいないと思うけれど、
多くの人にとって、彼女は、
「あの時代」に置いてきてしまった何か、
なのではないだろうか?

思い出せる歌は、「世が明けたら」「かもめ」
「ちっちゃな時から」くらいのものだ。
どの曲も、一様に、暗い。
でも、彼女と彼女の音楽は、
人々の記憶の暗がりの中で、
鈍い光を放っているに違いない。

ぼくは、大学生の時に、一度だけライブに接している。
大学の中にある、小さなホールで、彼女は歌った。
ピアノ一台に、ギターとベースが
あったくらいだったと思う。
闇のように暗いステージで、
黒いロングドレスを着て、長い髪を垂らし、
時折タバコを吹かしたり、ステージに座り込んだりして、
弟たちに語りかけるように、彼女は歌った。

それだけの記憶、それだけの思い出に過ぎない。
でも、彼女の歌と共に、
記憶のどこかがズキズキと痛み出し、
鮮やかに蘇ってくる風景がある。
そんな不思議で、唯一無二なアーチストだった。

ずっと変わらず、
ライブ活動を続けているとは聞いていた。
いつかは聞いてみたいと思っていたけれど、
それは、なかなか開けられない
古い手紙が入った段ボールに似て、
「いつかは」のままで止まっていた。

そして、いつかは、
いや、近いうちに、とぼくは思う。
あの段ボールを開けてみよう。
あの頃の自分にも会ってみたいけれど、
できることなら、古い手紙の住所を頼りに、
連絡を取って会ってみたいと思う人もいる。
思い立ったら、すぐに実行しないと、
「いつかは」は、永遠にいつかはのままなのだ。

いつかは、もう一度、
浅川マキのライブに行きたいと思っていた。
もう、それは叶わない。
合掌。
  

2010年02月02日

ある日の休日


久しぶりにボウリングをやってきました(汗)。

息子と一緒にやっているバンドがあるのですが
昨年は父の病気や息子の受験などあって
活動休止状態でした。
今は無事受験も終わり、
1月は18歳ギタリストの誕生日もあったので
お祝いに集まろうということになったわけです。

ベースのMちゃんはちゃきちゃきの浅草っ子。
たまたま皆の都合のよい日が31日で
1月末で浅草ボウルが閉館となる最終日。
というわけで
「おめでとう若者たち、ありがとう浅草ボウル」
になりました。

六区といわれる浅草寺の西側
小さい頃よく父に連れてきてもらった場所です。
お目当ては、もっぱら花やしきに新世界。
新世界という建物はもう随分昔になくなってしまいました。
ゲームセンターの先駆けというか
室内遊園地?のような記憶なのですが
なにぶん幼少の頃のことゆえ
事実は責任もちかねます。です。はい。

さてボウリング場につくと満杯のお客さん!
みな懐かしんで最後だからと来ているのでしょうか。
「いつもこれだけ人がはいっていれば
つぶれなくって済んだのに」
と、寂しそうにMちゃんがつぶやきました。
たしかにあちこちにあった映画館は閉館になり
建物は新しくなり街はきれいになっていくのですが
なにか味気ない物足りなさを感じるのは
私だけではないはずです。

肝心のボウリング、もともと上手くないのですが
まあ結果もそんなものです。
ってどんなものなんだ…(汗)(汗)。
まわりを見回せばカップルあり、家族連れあり、
友達同士の団体あり。
ボウリングって昭和の香りがしますが
老若男女楽しめる娯楽ですよね。
見直しました。今さらですが…。

夜の帰り道、息子と二人
細い路地を選んで歩くと
小さな飲み屋さんが軒を連ね、
たっくさんの赤ちょうちんが揺れています。
「うわ、千と千尋の街みたいだ。
ここで飯食ったら豚にされる気がする。」
と言った息子の言葉に
内心ちょっと嬉しくなりました。
そう、この街には妖しさがないとね。

小さな路地にまだ古き浅草は健在でした。
(山岸由美)
  

2010年01月31日

ホッとPHOTO:はんなとぺんぎん。

先週末、友人のこどもと一緒に、
油壺マリンパークまでドライブしました。
なんと、犬連れの入園もOK!の水族館。

ルーシーとハンナは初体験。
ワクワク、ドキドキしながら入っていきます。

うすぐらい水族館の中のお魚たちを見た後、
外に出てきて、やってきたのはペンギン島。

コンニチハ、ペンギンくん。
お魚のご飯をもらった後、
元気にプールの中を泳ぎ回っていたのは、
イワトビペンギンたち。
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ムム?? なんだかみなれないカオだなー。
ジロリ。

気持ち良さそうに、泳いでますね。
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               なんだ、まだいるのか?
水槽の外の犬がおもしろいのか、
まるでからかうように、
次々とハンナのそばにやってきます。

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              おい、いっしょに泳がねーか?

そっちこそ、外に出てきてボール遊びしようよ。
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やだ、だって食べられちゃいそうだもん。

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ワッハッハッ!
となりのプールで、イルカもお笑い。

春のような陽気に、人も、犬も、
ペンギンやイルカたちも、
なんだか、ウキウキな一日でした。
  

2010年01月29日

街にエネルギーを生む仕事。

CDショップ大賞っていうのが、あるんだそうです。
街のCDショップ屋さんが集まって、
大賞、準大賞、各地方賞を選出して、
話題作りしようという趣旨みたいです。

その準大賞に、ちょうど一年前、PVのディレクション
をさせてもらった清竜人さんが、
ファーストアルバム「PHIROSOPHY」で選ばれたのだとか。
さらに、このCDショップ大賞というプロジェクトに、
以前、仕事でご一緒したコピーライターのIさんが、
立ち上げから運営まで、深く関わっているとのことで、
PVの制作をお願いしたプロデューサーの方から
ご連絡いただいた、という次第。

ふと気がつくと、
街から音楽が消えている、と思いませんか?
何気ない瞬間に、音楽が聴こえてきて、
「この曲、何だろう?」と気になったり、
いま、この曲が流行っているんだなぁ、
という気配をキャッチすることが、
激減している気がします。
あのアーチスト、カッコイイなぁと、
目から入ってくる情報だって、
最近、あまり記憶にない。
音楽をダウンロードする時代は、
音楽を流行りにくくするということが、
だんだんはっきりしてきたみたい。
「この曲、いいよ。流行っているよ」
という情報を発信しないと、もう、
ヒット曲すら生まれない時代なのかも知れませんね。

CDショップの店員さんたちが、
耳から、目から得た情報で、
「カッコイイ!」と思う曲を選ぶ。
いいなぁ、こういう草の根企画。
街に、音楽が戻ってこないと、
世の中が元気じゃなくなって行く気がします。

そして、以前は、某大手広告代理店にいたIさんが、
それに関わっているというのも、うれしくなる話。
広告代理店を飛び出して、
広告制作で得たセンスやノウハウを、
広告作り以外のジャンルで生かして行く人が、
どんどん現れてくる時代になると思います。
その一歩先を行くIさんの活動には、
なんだか勇気づけられます。

自分のエネルギーが、
街のエネルギーを生み出すことに関われること。
それこそ、ぼくらが広告制作で得てきた
最大のヨロコビですもんね。
  

2010年01月27日

35mmムービーカメラが基本。

昨年末から準備していた撮影が、近づいてきた。
今週末、ロケとスタジオ、2日間。
その撮影で初めて、ムービーも撮れる
一眼レフカメラ、キャノン5Dを使うことにした。
(正確には、オフ・コマーシャルの撮影で、
カメラマンのm.hasuiさんが出たばかりの5Dを
持ってきてくれて、部分的に使ったことがある。)

前もって、制作の人から
5Dで撮ったCM集を見せてもらっていた。
でも、なるほど、5Dで撮ったからこうなったのか、
と感心するものは、正直言ってひとつもなかった。
もともと、企画が良かった、
あるいは演出のネライが良かったのだな、
という作品ばかり。
逆に言えば、5Dのおかげで、たとえば
暗いところでいくらクリアーに映像が映っていても、
つまらないものはつまらない。
「いいものは、結局、何で撮ろうといいのだと思う」
という話をしたら、
間髪入れず「そうなんですよ」と
カメラマンのS氏が加勢してくれた。

そう言えば、Sさんとは、
過去に何度も実験的な撮影をしてきた。
16ミリで撮影したことはもちろんのこと、
わざわざソニーのハンディーカムで撮影したことや、
8ミリでアイドルタレントを撮影したこともあった。
ぼくには、根っこのところで、
高校生の時に8ミリで作品を撮った経験があり、
Sさんは、70年代前半に、
16ミリでさえ贅沢な撮影だった時代の経験がある。
そのせいか、周囲の人が思うほど、実は
35ミリのムービーカメラでなければと、
頑なわけではない。

正直なところ、
ぼくやSさんは、こう思っているふしがある。
カメラなど、なんでもいいではないか。
5Dであろうとレッドであろうと、かまわない。
いっそのこと静止画でCMを作ったとしても、
かえって新鮮かもしれない、と。
Sさんが撮影・監督された作品に、実際、
そういうものがある。

でも、これだけは言っておきたい。
最近、何かと言うと、撮影に5Dだ、レッドだと、
デジタルカメラを使おうという傾向があるけれど、
あくまでも、35ミリのムービーカメラで
撮影することが基本。そう思っている。

そう言うと、ギョーカイ関係者は、
「それは、そうだ。
やっぱり、35(サンゴー)の方が、
いい画が撮れるに決まってるよ」
と思うかもしれないけれど、
理由は、もうちょっと別のところにある。

確かに、35ミリフィルムの表現力は、抜きん出ている。
しかし、それ以上に、大事なことがある。
ほぼすべての現役カメラマンは、
35ミリフィルムで培った技術を基準にして
撮影というものを考えているはずだ。
それに、使い慣れた35ミリカメラでなければ、
後輩たちに、しっかり技術を教えることもできないだろう。
アシスタントの人たちだって、
35ミリのムービーであることを基本に、
すべての動きが頭に入っている。
そして、35ミリカメラがあってこそ、
撮影現場にスタッフの集中力が生まれる。
何のために、だれが、どう動けばいいか。
35ミリカメラの長い歴史が、
撮影現場にその空気を作ってくれるのだ。

最高の表現、技術の伝承、現場の精神性。
それをなくしたら、CMは文化じゃなくなる。
大げさかもしれないが、
性急な撮影のデジタル化は、
CMを、文化であることから、
映像ビジネスに変質させて行くのではないだろうか?

それでも、今回の撮影は、5Dを選択した。
そのおかげで、いろんなメリットがありそうだ。
人が大勢行き交う都心や、狭いロケセットで、
短時間に撮影できる。
この機動力は、35ミリムービーカメラにはない。
現場にカメラが2台あることだって、
5Dなら、何と言うことはないだろう。
コストダウンこそ、5Dをはじめとする、
デジタルカメラの最大のメリットだ。
そのメリットを使わない手は、やっぱり、ないのだ。

カメラを何にするか。
しばらくは、この話題を避けては
撮影というものが始まらないかもしれない。
でも、もう一度、いや、何度でも言おう。
あくまでも、35ミリのムービーカメラで
撮影することが基本だと、ぼくは思っている。
  
Posted by liverary at 10:00Comments(0)TrackBack(0)今村直樹のCM話。