2009年06月16日

Jun Miyake×今村直樹(1)

先日来、パリ在住の音楽家、三宅純さんと
メールのやりとりをしています。
それを発展させて、ここで公開することを前提に、
テーマを持って意見交換してみたくなりました。

ぼくの申し出に、快く応えていただいて、
まずは、手紙が、一往復したところです。
今日は、ぼくからの手紙を、
明日は、三宅さんからの手紙を、
読んでみてください。




三宅純さま、



朝日新聞の記事から、

少し時間がたってしまいましたが、

あれをきっかけに、

「なぜ日本のCM音楽は

つまらなくなってしまったのだろう?」

と自問しています。



三宅さんが、必ずしも、

「CM音楽がつまらなくなったから」

という、単純で一面的な理由から、

拠点をパリに移されたのだとは思っていません。

人生の転機は、結果だけを見れば、

「移動」や「所属の変更」だったりしますが、

その背景には、いろいろ複雑な理由が

絡み合っているものです。



しかし、もしCM音楽に、

80年代後半までのクリエーティブの力があれば、

まだ三宅純は、東京にいたのかもしれない、

と考えてもみたくなります。

なぜなら、少なくても、

三宅さんがパリに拠点を移したのと、

ぼくが考える「日本のCM音楽が

つまらなくなった時期」とぴったり符合するから。



そこで、このところ、せっかく三宅さんと

何度かメールをやりとりする関係になれたので、

「なぜ日本のCM音楽はつまらなくなったのか?」

について、ちょっと意見を交換してみたくなりました。



日本のCM音楽がつまらなくなった、とすれば、

その理由は、実にシンプル。

CM音楽からオリジナリティーがなくなったからだ、

とぼくは考えます。



いまから5、6年前、ある飲料のCMで。

有名な雅楽奏者が、だれでも知っている

既成曲のカバーをする、という企画があり、

70年代から80年代にかけての

ポップチューンを探しに探したことがあります。

その時、愕然としました。

もう残っていないに等しいのです。

ありとあらゆる海外のヒット曲が、

ことごとく日本のCMに使われてきた。

ごく一部の「CM使用、絶対NG」のアーチストを省き、

いまや、ビートルズの名曲も、使いたい放題

(もちろん、条件や予算のハードルはあります)。

とうとうボブ・ディランまで、担ぎ出されました。

こんなにも惜しみなく、アーチストに楽曲使用料を

払っている国が、他にあるでしょうか?



ぼく自身は、いわゆる楽曲タイアップが

前提のCMは、ほとんどやってこなかったのですが、

企画を進めて行くうちに、

「あのアーチストを起用したら?」

という話が起ることが、しばしばありました。

もちろんどんなアーチストに曲を書いてもらう

(歌ってもらう)かも、CMの企画の一部です。

実際、そのアーチストの起用なしには

ありえなかった話題性を獲得したことだって、

数知れずあったわけです。

しかし、CM音楽の歴史を振り返る時、

アーチストとCMの蜜月時代は、案外短かった、

とぼくは思っています。

あっという間に、「タイアップ」という手法は、

楽曲を売るための手段に、つまり音楽ビジネスに

飲み込まれて行きました。

そして、CMの制作者や企画に

まったく向き合うことなく、

アーチストサイドの「都合」だけで

曲が作られる事態に、かつて何度となく、

ぼくらは振り回されても来ました。



そして、これがもっとも深刻な

「CM音楽がつまらなくなった」理由だと

思うのですが、ある頃から、CM音楽に、

「わかりやすさ」が求められるようになりました。

かつて、CM音楽は、極端な場合、

CMディレクターの頭の中で鳴っているだけ、

あるいは、まったくの作曲家任せで、

音楽スタジオに行ってみなければ、

どんな曲になるかわからない、

リスクの高いものでした。

それが、事前にスケッチ(デモ)を作るようになり、

「こんな曲です」とプレゼンで約束するようになり、

打ち合わせでは、だれもが

「あのCMのような曲みたいな」とか

「この曲のこんな感じ」と言うようになりました。

つまり、かつてあった何かが

アイデアソースになっているか、

あらかじめ約束していた通りの上がりを求める、

いやば「予定調和」が一般的になって行きました。



既成曲やタイアップでない場合でも、

果たして、CM音楽を生み出す現場に、

真のクリエーティビティーがあったのか?

どんな曲ができあがるかわからない、

というリスクがなくなったのと同時に、

企画や映像をもっと膨らませるチャンスを

失ってしまった。

自分自身のこととして振り返ってみても、

映像の作り手と音楽の作り手との、

ドキドキするようなコラボレーションというものが、

(もっと率直に『戦い』と言ってもいいのですが)、

どれくらいあったのか?



要約すれば、

◯既成曲の多用、

◯間違ったタイアップ音楽の作り方

(あるいは、悪しき音楽ビジネスとの関係)、

そして、

◯CM音楽そのものの「予定調和化」。



なんだか、CM音楽評論家みたいな語り口に

なったかもしれませんが、

そのあたりが、日本のCM音楽が

つまらなくなった理由だと、ぼくは考えています。

三宅さんは、活動の拠点をパリに移される前、

日本のCM音楽に、あるいはCM音楽を作る環境に、

どんな問題意識を持たれていましたか?

まずは、そのあたりをお聞かせ願えれば

うれしく思います。



今村直樹より。






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