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大阪の友達に会うと、

お祭りの地車(だんじり)が、たくさん出ていました。

  

変な構図ですけど、人の顔が写っていたので、

避けてトリミングしました。

 

 

 

     小学校を一緒に過ごした同級生が、

     やくざになって、刺青を入れても、

     ちっとも恐くありません。

     子供の頃に一緒に遊んで、気心が知れているので、

     背中の昇り龍を、ペタペタ、手のひらで叩いて、

     電動刺青機のほうが、痛くないのに。

     すごい名人の彫り師じゃない。

     お値段おいくら。

 

     生まれ育った村にも、

     昔からのやくざの家がありますけど、

     ちっとも恐くありません。

     村の中は、わが家の庭も同じですから。

     どうせ、何代か遡れば、みんな血が繋がっています。

 

     それなのに、お祭りって恐い。

     地縁血縁の団結力を誇示しているみたいで、

     大陸の多民族社会の、民族紛争もこれ。

     ボスニアヘルツェゴビナで、異民族との雑居を拒否して、

     セルビア人が、ムスリムのボスニアク人を虐殺したのは、

     血縁社会の心強さに、酔い痴れたのかも。

     彼らは民族浄化と称しましたけれど、

     だんじりをぶつけ合う心意気と同じです。

 

     日本は島国なので、同化を拒否する異民族は、

     完膚無きまでに、海に突き落とされたのかも。

     アイヌって、日本海側は石川県あたりまで、

     太平洋側は、茨城県あたりまで、地名が残ってるけれど、

     日本人に同化したのか、それとも絶滅させられたのか…

 

     川添いや谷添いに、滝とか、峡谷とか、

     瀬とか、淵とか、尾根の鼻とか、扇状地とか、

     砂地とか、曲がってるとか、三日月湖とか、

     池とか、湿地帯とか、奇麗なお花が咲くとかね。

     アイヌの言葉と同じ発音の地名が、

     その意味の通りの場所に、

     シリーズで、ぞろぞろ出てくるそうです。

     一本の川添いに、何十って揃っていると、

     アイヌの地名ってわかります。

 

     でも、タミール語と日本語に、

     稲作関係の同じ単語が多いので、

     タミールの稲作文化が、日本に伝わったなんて、

     信じません。

     そんなもん、偶然でも、

     100や200の単語は、同じになるもん。

 

韓国人や朝鮮人なんか、

たぶん大陸では、日本人と同じ祖先を持つ民族の分かれでしたから、

日本列島に来てから、同化させられたのよね、きっと。

大陸では同じ民族でも、先に日本列島に来ていた人は、

アイヌみたいな北方系の血が、新しく混じるから、

韓国朝鮮の人とは、別の民族になります。

 

大陸のほうの出自は、韓国朝鮮の言葉と日本語とが、

ほとんど同じって、丸わかりだから、

同じ民族の、最初に東に移動して分かれたのが日本人で、

後から移動して、日本人を追い払ったのが韓国朝鮮人で、

とうとう、日本列島まで深追いして来た人もいたように見えるけど。

当時は繋がっていました、朝鮮半島と日本列島。

 

モンゴル人が、南の漢民族の土地に侵入したのと、

似たようなものかしら。

日本って、海に近いので、

満州や朝鮮よりも、暖かくて住み易いみたい。

 

太平洋プレートが、ユーラシアプレートにぶつかって、

東アジア沿岸の海が、火を噴いて山になりました。

火山灰が降り積もって、日本列島の陸地が広がり、

氷河期に海面が下がると、

朝鮮から日本に、歩いて渡れるようになりました。

ナウマン象も歩いて来ました。

 

第四紀の更新世って、何度も氷河期がありましたけれど、

ノアの箱船の、洪水が起こった時代とされたので、

洪積世って名付けられました。

日本のように、海の中の火山列島では、

山裾と海岸の間の、火山灰の地層の積み重なった高台は、

たいてい洪積台地です。

 

モンゴル人が暖かい漢民族の土地に侵入したのと、

朝鮮半島を通り抜けて、日本列島に横滑りして来たのとは、

似たような民族移動でなかったかしら。

モンゴル民族内部での抗争があったと思います。

 

ヨーロッパの諸民族の言葉の違いに比べて、

モンゴル語と、韓国朝鮮語と、日本語の違いは、

ほとんど同じ民族の中の、方言のように聞こえます。

江戸時代でも、テレビやラジオがなかったから、

東北と関東と関西と山口と鹿児島の間では、

日常の話し言葉が、まだ通じませんでした。

日本語とモンゴル語の違いは、その程度のように聞こえるけれど。

 

江戸時代は、漢文の読み下し文が、共通語でしたけれど、

明治になって、口語小説が流行したので、

その言い回しが、新しい共通語になりました。

ラジオができてからは、NHKが口語小説の文体を真似たので、

日本中に共通の言葉が普及しました。

モンゴル語や韓国朝鮮語も、その程度の違いです。

少なくとも沖縄やアイヌの言葉よりも、

モンゴル韓国朝鮮の言葉のほうが、遙かに近い。

  

縄文人って、アイヌ人と別なのかしら。

アイヌ人って、少し白人の血が混じっているでしょう?

樺太経由で、氷河期に歩いて日本に来るとか、

モンゴル人や韓国朝鮮人のようなモンゴロイドが、

朝鮮半島経由で、日本に渡って来るとかは、

てくてく歩いて来るのだから、

凄い人数の、ヨーロッパ並みの民族移動と思います。

 

でも、沖縄と日本が、陸続きだったことはないから、

南から舟を漕いで来る人なんか、数が知れているのに、

日本人の血筋って言うと、必ず南方系のことが言及されます。

あれって、南洋の島を統治していた時代の、名残りかしら。

それとも、沖縄の人を、日本に同化させるための、配慮かしら。

 

わたしの両親が子供だった大正時代には、

沖縄も日本の内で、沖縄の人を大切にしなければいけないって、

しちくどく学校教育で教えられたそうです。

沖縄やアイヌは、明らかに異民族で、

朝鮮や韓国やモンゴルは、

日本民族と同じ民族が、最近になって枝分かれしたって、

誰の目にもわかりますから。

 

韓国朝鮮人を差別する気持ちって、

太平洋戦争が終わるまで、日本になかったはずと聞いています。

台湾や朝鮮が日本に併合されていましたけれど、

大部分の日本人にとっては、

朝鮮韓国台湾の人って、珍しい異人さんで、

朝鮮人が来ていると聞くと、子供達は見物に行ったそうです。

差別意識はなかったと、両親から聞いています。

 

     ホモサピエンスって、

     10万年ぐらい前に生まれたそうですけど、

     突然変異のせいで、奇妙な人達が繁殖したのかしら。

     それとも、少しずつ変わって、10万年ぐらい前に、

     だいたい現代人と同じ種類と言えるぐらいに、

     近くなったのかしら。

 

     ホモサピエンスの、生まれつきの知能の素質は、

     現代人と同じと、わたしは思うけど。

     文化文明の蓄積がなくても、

     合理的で論理的な思考の素質や、記憶の素質は、

     現代人と同じ。

     10万年前の赤ちゃんを育てれば、

     ちゃんと現代人になるはずです。

     その反対に、現代の赤ちゃんでも、発達障害の子は、

     間引かれなかった血筋の遺伝的素質が、目立つのかも。

 

     ホモサピエンスって、

     みんなと一緒に暮らさないと、賢くなれません。

     賢さが、ホモサピエンスの生存の最大の武器ですから、

     アリストテレスの言ったように、

     確かに人間はポリス的存在です。

 

     社会生活を拒否するのを、自閉と言いますけれど、

     たぶん、自殺の前兆なのに、

     自殺せずに、進行もしないで、

     人格障害として一生を過ごす人も少なくありません。

 

     知能は、社会生活をする能力とも言えますが、

     知能検査や学力検査で測れるのは、

     知能の内の、ほんの一部です。

     大部分は、人格として現れますので、

     客観的には測れません。

 

     人格は、性格と言うよりも、

     能力と思ったほうが良いかも知れません。

     人格障害を、性格の偏差と理解するよりも、

     性格に現れた病気の症状と、

     思ったほうが良いかも知れません。

 

     アルツハイマーや、思春期以後の統合失調症でも、

     最初に、敏感に現れる症状は、人格障害です。

     最後まで、家族や周囲の人を苦しめるのも、

     人格障害です。

     統合失調症の、思春期より前は、

     ほとんどが発達障害として、症状に現れています。

     大部分は、認知障害の内の、

     知能検査や学力検査によって測れない能力の不足として、

     周囲の人は気づきます。

 

     人格は、性格と異なり、

     ほとんど、自我機能と同じでないかと、疑われます。

     他人とのコミュニケーションによって、

     みんなと一緒に暮らす能力です。

 

     たぶん、みんなの真似をする能力として現れます。

     真似をするのが好きか、嫌いかの問題でなく、

     真似が出来るか、出来ないかの能力の差が、

     最も敏感に、性格に現れますので、

     人格障害という変な精神障害の名前になっています。

 

     ホモサピエンスは、みんなと一緒に暮らさなければ、

     絶対に賢さを習得できません。

     昔は、インドのアマラとカマラのように、

     狼少女になるよと言って、自閉を戒めましたけれど、

     最近は、アマラとカマラの話って、

     でっち上げなのにって、口答えする子が増えましたので、

     カスパー・ハウザーみたいになるよって、脅かします。

     でも、カスパーは、迫力不足で…

 

子供をコンピューターやゲーム機に首ったけにさせて、

両親が躾をサボっていると、

思春期以後に、GID(性同一性障害)になる例が多く、

家庭や社会のお手伝いを拒否する子には、

オカマになるよと言って、脅かしてやるのがいいかも。

カスパー・ハウザーよりも、効き目があるみたい。

 

小学高学年から中学生ぐらいの子供達は、

オカマっぽい子の実例を知っています。

オカマと言われて虐められる子は、

人と協調するのが苦手で、

人との言葉や態度のやり取りがぎこちなく、

男の子は頑固で融通が効かずに、すぐに拳を握ります。

 

顔つきや体つきの男っぽい女の子も、

オカマと言われて、差別されます。

男まさりの子でなく、引っ込み思案の真面目な女の子ですが、

要領よく変わり身を使いこなせません。

周囲の子たちは、テレビやゲームなどによって、性転換を知り、

女らしくない顔つきや体つきの女の子に、

性転換しろ、オカマ、性同一性障害などと言って、虐待します。

 

虐められる女の子には、排卵周期が延び延びになり、

多嚢胞性卵巣から、アンドロゲン分泌の増える子も目立ちます。

御本人も、悩んだ挙げ句に、心機一転するかのように、

エイッとばかりに、引っ込み思案を返上して、開き直ると、

男まさりになって、気持ちよくなり、

自分から性転換を望むようになります。

 

この気持ち良さを、二度と手放しません。

怨みを晴らすかのように、

可愛い女の子との、レスビアンの交際を漁ります。

 

顔つきや体つきを差別される原因が、

社会の理解を求めるGIDの社会運動です。

昔も、ウーマンリブの運動が、

女らしくない顔つきや体つきの女の子を追い詰めて、

新左翼の過激派に突き落としました。

 

性を解放しようとして、

男なら、これこれの顔つきや体つき、これこれの心や服装や行動、

女なら、これこれという融通の効かない偏見を、

闇雲に、世間に流行させるだけの結果になりました。

 

いちばん最初に、耐えられなくなり、あぶり出されるのは、

許容範囲の狭い、融通の効かない精神障害者と、

顔や体の見掛けが、反対の性別に似ていて、

差別されている人達です。

現在のGIDの人達は、前者のほうで、

昔の、年寄りのGIDと言われる人達は、後者のほうでした。

運動をしているのは、今も昔も、

現在のGIDと同じ精神障害者です。

 

いつか来た道ですけれど、

行き止まりの崖っぷちに続きますので、

勢いをつけて走ってきた人ほど、止まらずに墜落します。

具体的には、GIDでは生殖機能の自傷のほかに、

認知障害の進行が深刻です。

 

日本人は、部落差別や、韓国朝鮮人差別を、

思いやっているのかも知れません。

部落差別は、いわれもなく、人を生まれつきに差別虐待しました。

韓国朝鮮の人達は、日本人に何の危害も加えなかったのに、

日本が一方的に朝鮮半島に攻め込みました。

かつて豊臣秀吉が犯した愚かな歴史を繰り返しました。

 

部落差別や韓国朝鮮人差別をなくす運動が、

ある程度の成果を得たので、

セクシャルマイノリティーに対する差別も、

同じ要領で緩和しようとしているのかも知れません。

 

GIDには明らかに、

心療内科を受診する患者さんたちと同じ精神症状が現れています。

自分から、それらの症状を訴えて受診する代わりに、

それらの症状を、口が裂けても言わずに、

性別の違和や、心の性別や、心と体の性別の不一致などを、

呪文のように訴えて、

性ホルモン剤や、性転換手術や、GIDの診断書などを

求めて受診します。

 

こういう症状の出し方を、ヒステリーと言い、

自分の精神症状を、他人や自分の目から被い隠し、

その代わりに、体のダミーの症状を訴え、

体を自傷する結果になる治療を求めます。

体の治療の事実を周囲の人に示して、

自分の主張が正当であったと自己満足します。

 

御本人は、性別の違和や性転換の希望などを、

自由な生き方や、脳の器質の特性などと言い、

けっして精神の病気であると認めません。

他人や自分自身に対して、頑固に否定するために、

ヒステリーの症状を出していますので、

ヒステリーでは、基本的に病識がありません。

わざとしたという記憶を封印しますので、

自覚がなく、嘘とはまた違い、精神の病気と言われます。

 

GIDには、発達障害と言われる能力の不足と、

人によっては、ヒステリー症状の中でも、

統合失調症に似た症状が現れます。

統合失調症は、ヒステリーの最も代表的な診断名です。

GIDでは、はっきりとした妄想や幻覚などの興奮症状は稀ですが、

認知障害が顕著で、一部の人は人格障害に留まらず、

痴呆と言われるレベルまで進行します。

 

周囲から見れば、可哀想な自作自演の精神障害ですが、

御本人たちは、進歩的な考えが社会の支持を必要としていると、

思っています。

マスコミに優しく持てなされると、GIDの人たちは、

自分たちの発言や生き方が支持されたと、思い込みます。

 

統合失調症の人は、電磁波の弊害を訴え、

白装束を着て、御祓いを実行しますが、

マスコミは、けっして精神障害者を、非難しません。

精神の病気の人が差別されないように、

注意深く模範を示しているのかも知れません。

統合失調症の人は、テレビ出演の依頼を受けて、

好意的に待遇されると、

電磁波や御祓いの主張が、世間に支持されつつあると、満足します。

 

政府も、

精神障害者が、みんなと一緒に暮らせる運動を、支持します。

わたしも、

退院した統合失調症の人が、辞表を叩きつけて受理された会社に、

復職できるように、何度も会社を説得しました。

 

でも、統合失調症の人が眠っている間に、

何者かが脳に受信器を埋め込んだと、わたしは思っていません。

政府も、何者かを逮捕しないはずです。

 

異性装や同性愛などの、セクシャルマイノリティが、

社会の差別を受けた歴史は、日本にありません。

宝塚や歌舞伎のように、

日本では昔から、文化勲章をもらえるメジャー文化でした。

 

欧米では、

異性装や同性愛は、死刑にもなりかねない背徳の文化でした。

宗教や法律によって、禁止されて差別されて、虐待されました。

日本では、そのような差別が広まらないように、

多くの人達が望んでいますけれど、

かつて、欧米の映画が、終戦後に輸入されると、

日本の人達は、たちまち、欧米の風俗や宗教を真似て、

週刊誌や映画界などが、同性愛を差別する風潮を広めました。

 

現在でも、GID(性同一性障害)や、LGBTなどと自称する人達が、

盛んに、異性装や同性愛などを差別しようとしています。

自分達は差別されていると、声高に言います。

差別されているから、精神障害にされていると。

世界でも最も、異性装や同性愛に寛容な日本が、

世界で最も、セクシャルマイノリティを認めない後進国であると、

彼らは主張します。

 

欧米のように差別されているのなら、

とっくの昔に殺されているのに。

欧米では、GIDを精神障害と認めたのが、

差別を無くそうとする始まりでした。

精神障害にして、まず保護してあげるのが、

差別や虐待のひどかったあっちの国の手順です。

日本が真似をすると、

ああたぶん、ウーマンリブと同じになるって、思いました。

 

GIDや、生殖拒否などは、精神の病気の症状です。

自傷というヒステリーの症状が、GIDの特徴です。

精神症状という病識がないので、

社会が自分を許容しない、自分は社会に差別されていると、訴えます。

自閉の症状ですけれど、

リストカットなんか、自分でもはっきりと、

精神症状ってわかるはずなのに、

精神症状でなく、社会の差別のせいで、

リストカットさせられる羽目になったと、御本人は主張します。

 

何もかも社会が悪いから、

この世の中に、精神障害があるってことになりますけれど、

そんなことを言えば言うほど、

間違いなく精神障害って、思われるのに。

世の中に、たえて桜のなかりせば、春の心はのどけからましって、

在原業平さんが歌いましたけれど、

あの人、うちの先祖の一人なんです。すみません。

 

健常な人でも、世間に受け入れられないと、リストカットします?

わたしは、リストカットって、はっきりと精神症状って思うけど。

社会に受け入れられなくても、

健常な人は絶対に、そんな手段を取りません。

 

統合失調症の人を見ると、すぐにわかります。

人と協調しようとすると、妄想や幻覚や手先の不器用さが出るの。

嫌なことに耐えようとすると、気絶したり吐いたりします。

猪突猛進でなければ、生きて行けません。

遠回りができませんから、

十数年前に言われたノベルティ・シーキング(Novelty Seeking)に、

似ているかも。

 

後ろから急き立てられるような気持ちになります。

ドーパミン神経の、シナプスの受容体のタンパク質を作る仕組みの、

故障かも知れません。

性別に直接の関係はなく、

GIDが性別の症状を訴えるのは、ヒステリーです。

 

     異性装も同性愛も、日本では、

     人それぞれの、選択の自由が認められています。

     文化や趣味の流行に、委ねられていますので、

     具体的に、異性装は自由ですとか、

     同性愛は自由ですとかと、

     特定の文化や趣味の内容に、政府は肩入れしません。

 

     GIDの人や、生殖を拒否する同性愛の人などは、

     精神の病気のせいで、自由に選択することができません。

     欧米のように、異性装や同性愛が虐待された地域では、

     服装の性別や、性交渉の相手の性別などを、

     選択する能力の低下する種類の、精神の病気に罹れば、

     虐待されて殺されかねませんでした。

 

     日本では、異性装や同性愛は自由ですので、

     宝塚や歌舞伎のように、

     文化勲章をもらえるかも知れません。

     精神の病気のせいで、GIDのように、

     異性装や同性愛しか選べなくなる人は、

     そういう精神の病気の存在を、

     世間に周知する必要があります。

     精神障害を差別虐待しないで、優しくしてあげるのは、

     日本のお家芸ですから。

 

     自分がその精神障害ですって、

     カミングする必要はありません。

     一般的にそういう精神障害があるって、

     知らしめれば、用が足りますけれど、

     性別にかこつけたヒステリーは、病気の本体でなく、

     生まれつきの、特定の能力の低さが、病気の本体です。

     何かの能力の低さを、性別のことに、かこつけているので、

     世間の人の理解を得るのが困難になっています。

     性別のことにかこつけて、

     わざと困難にしているのは、GID自身です。

 

     ヒステリーは、精神の病気にされるのを拒否して、

     ダミーの症状を出して、体を自傷します。

     昆虫の擬態のようなものですけれど、

     人間は昆虫よりも賢いから、

     擬態は、すぐに精神障害って、バレると思います。

     性別のことに、かこつけるのはやめて、

     生まれつきの能力の不足が何であるかを、

     自分で知ることが、まず大切です。

 

     ヒステリーを取り除けば、

     そこに、どのような生まれつきの能力の不足が残るかを、

     精神科のお医者さんは、発見できなければなりません。

     お医者さんの技量と誠意が、ものを言います。

      

     GIDの性転換医療や社会運動を、

     指導しているお医者さんや弁護士さんや学者さんに、

     ヒステリーを観察する能力がなければ、

     性の解放運動のような、愚かな道を、

     精神障害者に指し示してしまいます。

     かつてウーマンリブや新左翼過激派の間違えた道を、

     また進んでしまいます。

     精神障害者のヒステリー症状は、

     自滅を目指して、社会を巻き添えにしようとしているのに。

 

     精神の病気の人が、ヒトラーのように

     指導者として物を言うことを、

     日本人は排除するかも知れません。

     精神障害者を収容所に入れて、焼却処分にすることも、

     日本人は望みません。

     ドイツ人は、それを望んで、実行しました。

     わたしは、日本人がドイツ人の真似をしないように、

     期待します。

 

     欧米のように、

     異性装や同性愛を差別したり虐待したりする文化が、

     日本に広まるのは、危険です。

     かつて、それを普及しようとしたのは、

     TV(トランスベスティズム)と言われたGIDの人達や、

     古くはウーマンリブを隠れ蓑に、

     生殖を拒否した同性愛の人達でした。

     自傷や集団ヒステリーの症状を現しますから、

     GIDの人達や、生殖を拒否する同性愛の人たちを、

     精神の症状ゆえに、差別したり非難したりしないように、

     社会を啓発する政府の姿勢は、

     もしかしたら妥当かも知れません。

 

     性を解放しようとするのは、

     いつも、精神障害者がヒステリーの症状を出して、

     自滅しようと足掻く姿でした。

     許容力のある健常な人は、

     男でも女でも、どちらでも構いません。

     どちらか一方や、両方を拒否するのは、

     いつも精神障害の症状でした。

     健常な人達の文化に襲い掛かります。

 

     けっして珍しい症状でありません。

     融通が効かなくなり、許容範囲が狭くなり、

     被害妄想が現れ、自傷するのは、

     ヒステリー系の精神障害では、普通です。

     ヒステリーの代表的な診断名は、統合失調症ですが、

     異性装や同性愛しか選択できなくなる症状や、

     拒食症や、リストカットなどが、よく出ます。

     症状が悪化すればするほど、偏食がひどくなり、

     好きな物しか食べられなくなり、選択の幅が狭くなり、

     極端に悪化すると、何も食べられなくなります。

 

     服装や性交渉の相手についても同じです。

     症状が悪くなれば、許容範囲が狭くなります。

     何が好きな食べ物かは、人の自由ですから、

     症状が悪くなった時に、

     何から順番に食べられなくなるかも、

     人それぞれに特徴があります。

     服装や性交渉の性別なども自由ですから、

     症状が悪化した時に、何から順番に拒否するかは、

     人それぞれです。

     どのような順番かは、人それぞれの自由な趣味ですので、

     病気でありません。

 

     症状が悪化すれば、選択できる範囲が狭くなり、

     何か一つのことしか、できなくなります。

     症状が悪化した時に、

     異性の服装や、同性との性交渉しか、

     選択できなくなる人もいて、

     一部の人は、GIDと診断されます。

     もっと症状が悪化すると、着替えることもできなくなり、

     いつも同じ服を着続けます。

     性交渉もできなくなります。

 

     健常な人は、同性の服装も、異性の服装も、

     同性との性交渉も、異性との性交渉も、選択可能です。

     GIDの人や、生殖を拒否する同性愛の人では、

     異性装や同性愛しかできませんので、

     銃を突きつけられて強制されるような、

     ドイツ文化の真似をすれば、射殺される運命にあります。

 

     異性装を好むか、

     性交渉の相手の性別や、自分の性別などを、

     何と思っているかなどは、問題でありません。

     融通の効く範囲が狭くなり、

     自由に選択できなくなることが、

     精神の病気を表しています。

     健常な人は、男の服装でも女の服装でも真っ裸でも、

     選択可能です。

     男とでも、女とでも、性交渉ができます。

     肉でも野菜でも、偏食なく食べるのが、

     健常に決まっています。

     選択の幅が狭くなり、一つのことしか出来なくなるのは、

     病気です。

 

人間の性交渉って、

フェロモンを感じる嗅脳の能力が退化していますので、

女でも男でも、擦ると気持ちよくなる生まれつきの仕組みや、

生殖しようとすると気持ち良くなる条件反射などを、

使っているだけです。

気持ち良くなる条件反射を導くために、

何を想像しようが、どのような行動を好もうが、人の自由です。

郷にいれば郷に従えと言うように、

場所や人によって、文化が異なります。

どこへ行っても、たくさんの人が暮らしているのなら、

わたしにも、その真似ができるはずです。

 

たくさんの人のできることなのに、

自分だけ出来ないと言って、拒否するのは、

病気の嫌疑が掛かります。

性欲の条件反射は、異民族と共通のものが多く、

誰でも簡単に習得できるのが普通です。

拒否する代わりに、

思想や生き方などを口実に、自分や他人を誤魔化そうとするのは、

ヒステリーかも知れません。

 

GIDの人や、生殖を拒否する同性愛の人が、

性別の思想や生き方などを吹聴するのは、ヒステリーです。

助けを求められれば、不足している能力が何かを探り、

一緒に回避策を考えて、慰撫して、許容することを社会に求めます。

御本人が助けを求めなければ、社会に適応できずに、

多くは、自滅する嵌めになります。

御本人は、不足している能力を自覚できません。

自覚を拒否するために、ヒステリーを出していますから、当然です。

GIDの性別に関する能力は、ヒステリーを引っ込めれば健常ですので、

セクシャルマイノリティでありません。

 

GIDの人や、生殖を拒否する同性愛の人の、精神症状の特徴は、

異性装や同性愛は自由な文化や趣味ですと言われると、拒否します。

GIDの人達は、男なら、これこれの顔かたち、体つき、

これこれの言葉、態度、服装、振る舞いなどと言い、

女なら、これこれと言います。

そして、自分達は、

心の性別や、性交渉の相手の性別が逆転している、

あるいは体の性別と違っていると言います。

 

自由ですと言われると、

許容力が低く、選択できない自分たちは、病気とされますので、

拒否します。

ヒステリーの人は、自由になると生活能力が低く、自滅します。

社会にぶら下がらなければ、生きて行けません。

 

性別の文化や、性交渉の相手の性別などは、自由でなく、

男ならこれこれ、女ならこれこれに固定されていると、

頑固に主張した上で、自分達は標準と違うと、思い込んでいます。

 

この人達の病気の症状と、

それを認めたくないために、誤魔化そうとするヒステリーが、

よく現れています。

 

病気と言うのは、性別のことでなく、

何事につけても、融通が効かなくなり、頑固になり、

許容力が低くなり、選択の範囲が狭くなる病気のことです。

ヒステリーと言うのは、GIDでは、

精神の病気や障害を認めたくないために、

性別に関する文化運動や社会運動などにかこつけて、

自由な生き方や考え方のように主張することにより、

病気や障害に目をそむけ、

自分や他人の目を眩まそうとすることです。

 

性別のことは、煙幕や隠れ蓑としての、ダミーの症状にすぎず、

おおすじは、発達障害からヒステリーの線です。

ヒステリーは、症状によって、

統合失調症や拒食症やGIDなどと言われます。

なかには、発達障害の代わりに、

過酷な生活環境に暮らしていることが、

ヒステリーの原因になっている人もいます。

 

これらを、うまく許容してあげて、

病気や障害を、治したり回避したりして、

なんとか、社会に適応できるように、持って行きます。

けっして、自殺や自滅や自暴自棄にならないように、

子供のいない人が、

自分から生殖機能を除去することのないように、

子供のいる人が、

社会生活を拒否して、麻薬に溺れたような生活にならないように、

社会全体で、うまく人間関係を調節して行きます。

 

GID(性同一性障害)ならば、

ホルモン療法や性転換手術などを受けなくても、

いつでも自由に、何度でも、

事務的に好きな性別に変われるようにしてあげるのが、

この人たちの、心と体を守ることになります。

生殖機能の除去や、生殖器の外観の美容手術などと引き替えに、

事務的な性別の変更を認めるのは、阿漕な優生医療です。

 

性別のことは、病気の本体でありません。

GIDの性別の機能は、正常です。

自分から放棄しているだけのヒステリーですので、問題ありません。

性自認の性別も、性欲の対象の性別も、

GIDの人は、ノーマルのセクシャルマジョリティです。

けっしてセクシャルマイノリティでありません。

オナニーやナルシズムの方法を使っているだけです。

 

性別の心や、性別の体の外観なるものは、

人の自由や、人それぞれの個性です。

文化や風俗や趣味や、個体を識別する特徴などにすぎません。

許容する能力や、選択する能力や、融通の効く能力や、

生命や生殖が大切です。

心は、ひょっとしたら、許容する能力や、選択する能力や、

融通の効く能力のことなどかも知れません。

 

     ゆうべ、帰って来たばかり。

     カムチャッカから。

     帰りに大阪に寄って来ましたけど。

     今日はお仕事。

     とりあえず、ブログで御挨拶まで。

     ちょろちょろっと、書きました。

     すみません。

 

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