女性議員
特別議会招集日5月16日、議員バッジを付け合う女性代議士たち。
右から沢田ひさ、米山ひさ、山口シズエの各氏。

今日(4月月10日)は「女性の日」(婦人の日)である。
女性の活躍が取り沙汰される昨今、「女性の日」とは、どのような記念日なのだろうか。
労働省(2001=平成13年の
中央省庁再編に伴い、厚生省と統合し現「厚生労働省」となる)では、我が国の女性が初めて参政権を行使した1946年(昭和21年)4月10日を記念して、1949年(昭和24年)以来、4月10日に始まる一週間を「婦人週間」と定め、女性の地位向上のための啓発活動を全国的に展開している。(1998(平成10)年から、「女性週間」に改称)その第1日目である。

婦人参政権は1945(昭和20)年12月の衆議院選挙法法改正により実現した(※1参照)。
第二次世界大戦後、日本に対する一連の非軍事化民主化の諸改革は、・マッカーサー元帥を連合軍最高司令官とし、彼を政策的に補佐するGHQ(総司令部)を背景に、占領軍の主導によってなされた。
そして、すでに、マッカーサー元帥は、同年10月、
幣原 喜重郎首相に対して、日本民主化のための「五大改革指令」(日本の戦後改革、および※2も参照)を発し、その第1に「婦人の解放」を挙げていた。その意味では、婦人参政権もGHQの民主化政策の一環と見ることが出来るが、一方では市川房枝他の婦選獲得同盟など戦前からの婦人参政権運動の成果でもあった。
これらを踏まえ第89回臨時議会で衆議院議員選挙法改正案が提出され、12月15日に成立(※3参照)、17日 に公布され20才以上の男女に
平等選挙権が認められ、翌1946年(昭和21年)4月10日に戦後第1回総選挙(男女普通選挙=第22回衆議院議員総選挙)で初の婦人参政権 が行使され、89人の婦人が立候補し、一挙に39人の婦人議員が誕生した(※4参照)。[戦後第一回総選挙ポスター]以下参照。

国立国会図書館デジタルコレクション[戦後第一回総選挙ポスター]


新日本婦人同盟の肝いりで紙芝居による婦選教育などもおこなわれたが、この第1回総選挙の投票率は、男78.52%に対し、女66.97%であった。女性にとって重要なこの選挙の投票率が男性よりも低いのは、この当時、大変な食糧難時代(飯米獲得人民大会参照)であり、戦争で男手を失って選挙どころではない女性も多かったのであろう。
この第1回総選挙では、婦人運動家の市川房枝は
疎開先の選挙人名簿登録漏れによって自ら立候補することも、投票することもできなかった。
初代女性議員の中にはオシドリ代議士として名を馳せた
加藤シズエ、 のちに「白亜の殿堂に結ぶ恋」((1949年、園田直代議士との結婚をこう呼ばれた)と騒がれる松谷天光光、社会党の山口シズエ、現地妻と子を連れ帰還した夫との離婚が当選と重なった山崎道子(藤原 道子)などがいた。
冒頭に掲載の画像は、朝日クロニクル「週刊20世紀1946年号、36Pより。以下では、この時の選挙の投票所の様子や当選した女性議員たちの様子(写真)なども見られる。

戦後70年日新聞ビジュアル年表>新憲法と民主化

しかし、婦人代議士への注文は多く、当時の新聞への投書(5月6日付朝日新聞「声」欄)の中には以下のようなものがある。
婦人代議士となられた某女史は、「保守勢力と戦う」と言っておられます。私たち女性の真の願いは法律上、社会上、家庭上の婦人問題から、小は配給所の行列にいたるまでの婦人の苦悩をまず解決していただきたい。このためには党派をも超えて婦人戦線を張っていただきたいということです。私は結婚後まもなく夫に戦死され、しゅうとの専横に泣かされていますが、現行
民法ではどうにもなりません。こういった婦人の開放をくれぐれも忘れないでください。(東京都遺族)

「婦人代議士のずらりと並んだ顔の多くが、どうも働く私たちの見方ではないように思えるのです。ある婦人代議士は自家用車で
書生2人もお伴にしてあるくとあっては、真に自分たちの見方として1票を投じた勤労女性、生活にあえぐ主婦たちは裏切られたという感じがいたします。どうか私たちの生活の中にとけあって共に感じ、そして戦っていただきたいのです」(東京都・主婦)
・・・・と(朝日クロニクル「週刊20世紀1946年号、36Pより)。

雑誌などでは、衆議院議員に当選した加藤シズエの、
もんぺに下駄履き姿での選挙活動なども見られるのだが、貧困に喘いでいる庶民が多い中、そのような庶民の気持ちも理解できない議員も多く居たのだろう。その為か、第2回の女性議員の当選者は15人に激減している。
兎に角、
新憲法も成立し、衆議院選挙での女性議員の当選他、昭和21年以降、警視庁において初の婦人警察官官の採用 (昭和21年4月)、労働基準法の制定(昭和22年4月7日男女同一賃金女子保護規定の明確化)、教育の機会均等を定めた教育基本法(昭和22年3月31日)及び学校教育法の制定、姦通罪の廃止(刑法第183条が昭和22年法第123号により削除。姦通罪参照)、 第1回公務員採用試験での女性の合格(30名、昭和24年2月)等々もあり、労働省も婦人参政権の行使の日を記念し、「婦人週間」と定め、女性の地位向上のための啓発活動を全国的に展開してきた。

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1946(昭和21)年の東宝映画、「わが青春に悔いなし」は黒澤明監督の戦後第1作であるが、この映画のラスト部分、原節子扮するヒロインの幸枝が世間の冷たい仕打ちに耐え、自立していくくだりは、当時のアメリカの検閲官が絶賛したという。原の演じる幸枝は理知的で意思の強い自己主張にあふれる女性で、それまでの、日本映画に登場していた強い男のかげで健気に生きる従順なタイプの女性とは対照的なヒロインとして描かれていた。当時の女性の自立を促したもので、流石、黒澤監督といったところか・・・(左画像は同映画ポスター画の絵葉書、マイコレクションより)。
このヒロインではないが「戦後、靴下と女性が強くなった」(※5)とよく云われるが、特に、
夏季オリンピック(※6参照)での女子レスリング柔道の選手の活躍等を見ていると本当にそう思う。ただ、政治家としては、目だった活躍をしている女性議員が見られないように思うのだが、これは、永田町のお年寄りたちの女性軽視のせいだろうか?
それと、女性が、逞しくなったのは良いのだが、その分、女性から
女性らしさが薄れたのは、ちょっと、寂しいような気もするのだが・・・これは、敗戦により男性が、自信喪失により、軟弱になった(男らしさ を失った)男のひがみ根性かな・・・??m(。-_-。)m
戦後の焼け跡の中、娘 のため、女性のために、子ども服作りにまい進し、元気にかけぬけていく ヒロイン(
ファミリアを創業した主婦、坂野惇子がモデル)とその家族、そして、彼女の仲間たち(主婦)が夢へと向かう姿を描いたNHK朝ドラ「べっぴんさん」でも、そんな女性たち(主婦)とは対照的に、敗戦で自信喪失した男性像が描かれていた。
戦後強くなった女性とは対照的になぜ男性が弱くなったかなど語るつもりはないので参考※7:「子育てにおける父親の役割」
第2章 日本の男性、日本の父親など見てもらうと大体わかるだろう。

今年は、女性が初めて参政権を行使した日から71年目になる。今年のことはわからないが、
内閣府特命担当大臣男女共同参画)、女性活躍担当大臣 加藤 勝信の昨・平成28年4月発表の「女性参政権行使70年」についてのメッセージでは、
昨年現在、衆議院議員に占める女性の割合は、45名で9.5%、参議院議員に占める女性の割合は38名で15.7%、都道府県議会議員に占める女性の割合は259名で9.7%と、諸外国に比べ、依然として低い水準に留まっており、残念ながら、衆議院議員に占める女性の割合が8.4%であった70年前と比べ状況が顕著に進展しているとは言い難い状況にあるようだ 。
一昨年末に閣議決定した第4次男女共同参画基本計画においては、衆議院議員及び参議院議員の候補者に占める女性の割合を2020年までに30%とする目標を、政府が政党に働きかける際に示す努力目標として掲げているそうだが・・・。(※8:「内閣府男女共同参画局ホーム ページ」 主な政策 >
女性参政権行使70年参照)。

日本では、2015年(平成27年)8月には女性活躍推進法(正式名称「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」。※8の
ここ参照)が国会で成立。女性が希望に応じ職業生活で活躍できる環境を整備することを目的としたもの(施行から10年間の時限立法となっている)。同法により昨:2016年(平成28年)4月1日から、従業員301人以上の企業と、雇用主としての国や自治体は、女性の活躍推進に向けた「行動計画」の策定と公表が義務づけられる。罰則規定はないが、同様のことが従業員300人以下の企業にも努力義務として課されているようだが・・・・。

少子高齢化の進んでいる今の時代、能力があるとみた人物はどこの企業でも必要・大切であり、その人物が女性だからと言って、特別、男性と分け隔てしているような企業など私が現役時代には見なかったと思うのだが、もしあれば、改善しないとその企業が損するだけだよね~。
選挙で、政治家や知事など選ぶときでも女性だからと言って差別している男性はいないんじゃ~ないだろうか。今、
豊洲市場問題で大揺れの東京都知事だって、女性が選ばれているものね~。国民も馬鹿ばかりじゃないから、選挙では、単に学歴があるだけや、おしゃべり(演説)が上手下手だけではなく、その人が、それまでに何をし、どのような実績を残してきたかを見て、投票しているはずだものね~。今は女性の社会進出も進んでおり、社会での実績を上げていけば、必然的に女性議員も増えていくことだろう。


参考:

※1:
公文書に見る「日本のあゆみ」衆議院議員選挙法中ヲ改正ス

※2:日本の民主化 - 世界史の窓

※3:第89回帝国会議 -三大法案の成立:再建日本の出発

※4:5-5 総選挙| 史料にみる日本の近代 - 国立国会図書館

※5:戦後強くなったのは女性と靴下 - ケペル先生のブログ

※6:オリンピック競技大会ーJOC

※7:子育てにおける父親の役割

※8:内閣府男女共同参画局ホームページ