林寛子さん

田島地区在住 55歳 家族はご主人と息子さんがお一人

寛子さんと会ったのは、JR環状線 玉造駅近くのビルの一室。

ご自身の事務所だそうだ。

「家賃、高そうやな~~」といの一番に下世話なことを考えてしまう私は

かなりのお金好き(笑)

しかし、この「お金」のことが、寛子さんへの取材の重要な伏線だったのだ(サスペンスドラマか?)

まず最初に聞いたのは「いくのの日に関わるようになったきっかけは?」なのだが

この言葉さえ投げかけておけば大丈夫、と私は今日の取材で得心した。

いくの愛の深い人は、この問いかけだけで多くのことを話してくれる、と分かった。

人は語りたい、自分のことを。

いくの愛が深いというよりも(もちろん、それもある) 自分自身を愛する気持ちが、きちんと確立されている人だな、と思った。

寛子さんは言う。

「やっぱり区Pの経験が大きかった」と。

物知らずな私は「区Pって何ですか?」と問う。

区Pとは「区のPTA協議会」の略。

つまり、生野区じゅうの小・中学のPTAの協議会、ということだ。

その区Pの、なんと会長を平成24年に務められたというのだ。

会長という立場から、必然的に会議や行事、様々な場所に出向くことになり

他の団体の人々、役員、多くの学校のPTAの方々、学校関係者等々

たくさんの人と知り合えて、楽しくいい経験をさせてもらった、と彼女は言いきる。

多くの人は、もちろん私も、子どもの学校のPTAの委員に選ばれただけでも

「いややなー。めんどくさいなー」

と、思ってきたのではないだろうか?

自分の子どもの学校のPTA会長に選ばれなんかでもしたら(そんな経験は、私には無いが・・)

「えー!!そんなんできひん!!」

と言いたくなるのに。

それを束ねる、区Pの会長なんでスゴイ!

何がスゴイ!って、それを「楽しかった!」と言う寛子さんの心根がスゴイ!のである。

彼女の身上は、「明るく、仲良く、楽しく、美味しく」だそうだ。

数人のランチ会でも、大きなイベントであっても、人と人が関わるときは

そうありたいと思い、そうあるようにしていると言う。

人間関係に、勝負事を持ち込む人がたまにいる。

「あいつには勝たなあかん」

「それでは負けや」

わりと、よく聞く言葉かもしれない。

寛子さんは言う

「誰かと争ったり、敵対する気持ちは無い」と。

誰と戦っているの? 何に勝ちたいの?

嫌なことは誰にでもある。もちろん寛子さんにもある。だって、人間だもの。

しかし彼女は、背筋を伸ばしまっすぐと何かを見据えて言った。

「嫌なことの原因を作っているのは、自分だから」

これが彼女の真髄のような気がした。

「いくのの日」の話に戻ろう。

収益が上がるようにしたい、と寛子さんは言う。

それには、お金が大好きな私も同意見だ!

(ここで伏線の回収~~(笑))

ボランティア、子どもたちのため、地域のため、

確かにそこに嘘はないだろう。

しかし、ごまかしはないだろうか?というのは私の意見。

寛子さんは、収益が上がる=儲かる、ということに関しては、様々な思いをされてきた経緯があるようだ。

そのほとんどは、喜ばしいものではなかった。

しかし、ここらでそろそろ、実現させてもいいのではないだろうか?

勉強ばかりをしている時期はもう過ぎた、と思うのも私の意見。

耳障りのいい、かっこいい言葉だけではなく 醜く毒々しい、口にするのも怖い本音を言ってみようよ。

そう、彼女から突き付けられたような気もしている。

いくのの日は、まだ歩きだしたばかり。

紆余曲折を経て、平成30年4月1日から新体制がスタートした。

会則もでき、会費も決まり、ようやくすそ野ができたくらいだ。

支部を作り、軌道に乗せて、そして収益を上げよう。

そこには、イベントや物販も視野に入っている。

しかし、寛子さんの考えていることは、スケールがでかい!

1時間半ほど話を聞いて、彼女はとても芯のある人というのが

私、杉本佐希子の印象だ。

最後に、「寛子さんにとって、いくのの日とは?」の問いに

「会えるはずのない人に会える、出会いの楽しさやね」 力強い言葉が返ってきた。

(杉本佐希子)

 20180601-2