娘の中学受験と妻の子宮がんとトーキョーライフ

タイトルどおりです。普通の企業に勤める人事部マネージャーが、困難な毎日を過ごしつつ、個人的な幸せを目指しています。 http://twitter.com/TokioTokio2 フォローいただけると嬉しいです。

クリパ対決

昨日は娘のクリスマスパーティーについて書いた。
当然、私が若かった頃を思い出す。
バブルといえばそれまでだが、華やかな大騒ぎが朝まで続いたことが多かった。

それはともかく、その頃の12月で思い出されるのが、ユーミンとドリカムのアルバム(CD)対決である。
私の知る限りなので間違っていたら恐縮ですが、吉田美和さんは中学だか高校だかの卒業アルバムに「ユーミンなんかに負けるもんか」と書いたとのことである。
その時代、毎年年末にユーミンが大々的にアルバムを出すのに、ドリカムがぶつける形でリリースして、どっちの方が売れるか、という話題になった記憶がある。
私自身はさほど、どちらかに思い入れがあるわけでないのだが、ただ周囲の女子はドリカムに一気に夢中になっていった時代であった。

対決の結果は忘れてしまったし、調べるほどでもない。
ただ、あの頃、女の子を乗せてクリスマスパーティーへと向かうクルマの中では、ドリカムかけときゃオッケー、みたいな記憶が残っている。

おそらくその時代にクリパなんて言葉が出てきて、娘もそういう言葉遣いをしている。
逆に、私はもうダサいそんな言葉は口にできないけれど。

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WONDER3
Dreams Come True
エピックレコードジャパン
1990-11-01

天国のドア
松任谷由実
EMI Records Japan
1990-11-23



 

センス磨き

予想はしていたが、娘が学校の友人たちとクリスマスパーティーをやるらしい。
代官山だか恵比寿だかの友だちの家が会場で、クラスの女子のほとんどが参加するようだ。どんな家なんだ、一体。

どーせ男子も来るんだろ、と思わなくもないのだが、まあそれはとやかく言うことではない。
問題は、プレゼント交換と、会場家へのお土産だ。
お金がかかることは構わない(仕方ない)のだが、それよりもセンスが難しい。

お金をかけ過ぎてもダメ、安くてもダメ、安っぽいのはもっとダメ。
おそらくだが、高く見えるけど、実はそうでもない、といったあたりが狙い目か。
高そうで高い、というのはダメではないが、それはセンスがない、ということになりかねない。

最近では私も、娘がもらってきたプレゼントなどは、こっそりwebで値段を調べたりする。
イヤな時代で、大体の値段は判明してしまう。
娘が同級生から頂くものは、高く見えるけど、実はそうでもない、というものが多い。

単なる金持ち自慢にならず、そこはかとないコンサバ感を出すのが、下から(小学校から)上がってきた子(家庭)はうまい。絶妙である。
むしろ、中学からの子たちは、若干成金的に見える。我が家もそう見られているのか、いや成金ですらない。

センスは金で買えない。
けれど、本当の金持ちにしか手に入らないのだろうか。

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近くに合わせるか、遠くに合わせるか

アメリカのボストンの空港は、ローガン空港(ジェネラル・エドワード・ローレンス・ローガン空港)が正式名称である。
職場などで、この空港の話題になると、老眼について考えることになる。

老い全般について、何回か文章を書いてきたが、最近は目の衰えが著しい。
私はもともと近視なので、メガネか1dayのコンタクトを使用している。
先日、使ってたやつがまるで合わなくなってしまったので、眼科で処方箋をもらって、コンタクト屋さんに行った。
新しい度数を合わせようとしたのだが、困ったことに、遠くを見ようとすると、手元の文字が見にくい。
近くに合わせると、遠くがいまいちである。
クルマの運転もするので、まずは遠くを見る必要がある(だからこそ、メガネやコンタクトが必要なわけだし)。
しかし、そうすると、手元の腕時計やスマホの文字が見にくい。
メガネなら外すことができるが、コンタクトはそうはいかない。

結局、若干中途半端な度数にして、遠くも完璧でなく、近くも完璧でないという中途半端なものにした。
まさに、妥協の産物である。

歳をとると、何かを得て、何かを捨てる決断が迫られる。
若い時には相反することを両立できたが、いつまでもそれを続けることはできない。

歳をとること自体は、悪いことではないが、単純に不便である。
しかし、まだこんなの序の口なんだろう、というところが、老いの怖いところである。
そのうち、ハズキルーペなんかが欲しくなるのだろうか。考えたくない。

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九十歳。何がめでたい
佐藤愛子
小学館
2016-08-01


 

ストーリーが追いつかない

娘が友だちと待ち合わせるので、朝からクルマで送って行く。
クルマで送る必然性はないのだが、まあ何となく。

行きがけに、スターバックスに寄る。
私はいつものコーヒー、娘は(寒い朝なのに)キャラメルフラペチーノ。
受験が終わっても、二人で仲良くスターバックスに通うことは、結局あまり変化がない。嬉しいことに。

私は相変わらず、Macで仕事関係。
娘はスマホ。

娘は、インスタグラムを見るのが追いつかないと嘆く。
よく分からないが、主に学校関係の友人何百人と、フォローして、フォローされているので、それを見て回るのも一苦労ということらしい。
特に、定期試験などがあると、しばらく溜め込まざるを得ないので、その後が大変らしい。
そして、ストーリーという、24時間で消えてしまうものを追う必要もあって、てんてこ舞いである。

なんだかなあ、ともちろん思うが、本人が疲れてイヤになるしか解決方法はないだろう。
おそらく、現代っ子の誰もが辿る道なんだろう。

ああ、こんな時代に生まれなくて良かった。
昨年、その情熱で勉強していたら、余裕で桜蔭にでも合格していただろうに。
別に、僻みでも妬みでもなく、桜蔭に興味も関心もないけれど。

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トラックワークだから諦めよう

海外に住んでいた頃、驚いたことの一つが、堂々と「トラックワーク」と称して、一日単位で電車を止めて保線作業を行っていたことだ。
運悪く、私の自宅近くの電車というか路線は、その頃毎週末に運休となっていた。
すぐさま、会社からクルマが与えられたので、ことなきを得たが、電車は止まらないもの、という日本での感覚は覆された。

ニューヨークの地下鉄だって、週末にはよく止まる(快速だけだったり、止まるはずの駅を通過したり、実害が少なくなるよう工夫はしているように見えるが)。
マンハッタンであれば、バスやタクシーなどの代替もあるとはいえ、郊外になるとそれなりに不便ではある。

日本でも、数年に一度、こういうことは起こる。
ちょっと前に、銀座線が一部止まったり、JRでも線路の付け替えみたいな大掛かりな工事を連休中に行って、代替バス云々という話題は聞いたことがある。
しかし、インフラは止まらないものだ、という感覚が根強い。

最近の日本では、地震や台風の際には交通機関を止めちゃえ、というオピニオンもあるが、工事だ保線だで電車が止まるとツイッター等で罵詈雑言が溢れることであろう。
そりゃ、実害があれば、文句を言いたくもなるだろう。

しかし、そこまでインフラを止めないことは、世界的には当たり前ではないのではないか。
もちろん、医療機関で電気が止まったりすることは許されないが、たまには電車も止まるし、断水も起こる、というのが、私はむしろ健全な社会ではないかと思う。
もちろん、面倒ではあるけれど、時々そういう面倒も起こります、という前提で社会が成り立ってもいいのではないか。

昨日の話の続きで、電波も時々止まるものだ、と思えばいいじゃないか。
そもそも財布だって、スマホだって、落としてしまえばそれまでだ。
むしろ財布をなくすよりは、スマホをなくしても、しっかりセキュリティを保っておけば、実害は少ないはずだ。

もちろん、計画的に止まるのと、いきなり事故で止まるのでは違うけど、いきなり止まるもの、という認識を共有できればいいのにと思う。
事故で電車が止まると、異様な剣幕で駅員さんに文句言ってる人がいる。
そういうもんなんだよ、電車って、と私は思う。

重ね重ね、私はいまだにガラケーも使っていて、スマホ依存みたいなタイプではないのだか、キャッシュレス決済には前向きである。非常時のことは、別途考えよう。
それ以前に、お店ごとのポイントカードをまとめられないかとは思っているが。

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ザ・ベスト・オヴ・メン・アット・ワーク
メン・アット・ワーク
エピックレコードジャパン
1997-02-21


 

電気や電波がなくても

ソフトバンクが大規模な通信障害を起こしたとのこと。
私には全く影響がないが、上場直前かつキャッシュレス決済が盛り上がるところで、大きな痛手ではないかと推察する。
まあ、起きてしまったことは仕方ない。

キャッシュレス決済で大きな障害となるのは、災害時、特に停電時に機能しないことであろう。
それは分からなくはない。
他の国と比べ、地震や台風などの自然災害が多く、停電も起こりやすいときている。
でも、それがキャッシュレス決済を躊躇する理由になるのだろうか。

子どもの頃、何回か停電を経験したことはある。しかし、記憶のある範囲では私は(日本では)停電を経験したことがない。
つまり、停電するなんて、何十年に一度、ということだろう。
東日本大震災の時だって、計画停電はあったが、私には全く影響がなかった。
先日の北海道での地震でも停電は起こったが、そのレベルになると、救援物資が届けられるレベルではないのか。
関空が水没した時だって、コンビニに行列ができたが、お金払って解決するレベルでの災害ではなかったように見える。
つまり、それくらいのレベルの災害時には、そもそも商取引なんてできやしないんじゃないか。

何十年に一度の災害を考えて、キャッシュレス決済に反対するのは本当にナンセンスだ。
もちろん、使いたくない人が強制されることはないに越したことはないが、キャッシュレス決済は社会インフラとして、必要不可欠なものだ。
これがないと、社会経済的に、日本の国力が低くならざるを得ない。

もちろん、災害の多い国に生きるうえでの知恵を絞る必要はあるだろうが、キャッシュレス決済を進めることを前提に、社会を作っていかなければならないわけで、今さらできない理由を並び立てるのはやめた方がいい。

どこにでも変化を嫌う人々はいる。
でも、こればっかりは、もう止められない。
あとは、いかに現金派の人を保護するか(しないか)を考えるしかない。

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プラチナが呼んでいる

クレジットカードは、アメックスのグリーンを使っている。
普通というか、何の変哲もない。

あとは、visaとマスターを、三菱系と三井住友系でお義理で持っているが、普通は使わない。
海外などでアメックスが使えない場合に、仕方なく使うだけ。

何の自慢にもならないようだが、しばらく前からアメックスからプラチナの誘いが来るようになった。
そりゃそうだろう、年間数百万使って、滞りなく決済しているのだから。
おまけに飛行機にも乗るわ、高級ホテルも使うわ、ハイオクのガソリンも入れるわ、アメリカのアップルストアでムダ遣いするわ、というカード明細を見る限りは、消費社会の申し子みたいだし。
さほど浪費家でない友人にも届いているみたいだし、ネットではあまりアメックスのプラチナは評判が良いとは言えないみたいだが、日本ではダイナースが壊滅的なので、理性ある大人としてどう考えるべきか。

多少の見栄もあるので、プラチナにしようかと思うが、年会費10倍以上の14万円も支払う価値があるか(それだけの価値を使い切れるか)自信がない。
そう、まさに「見栄」だけのために、14万円払うことができるか。
もちろん、価値を使い切ればいいのだが、いらない価値ばかりだ。
日本語コンシェルジュサービスなんていらないし、空港ラウンジだっていらない。

言い換えれば、アメックスのグリーンで十分満足しているのだ。
以前より神通力は落ちているが、アメックスを使い続けてきて良かったとは思っている。
楽天カードやYahoo!カードというわけにはいかないが、アメックスのグリーンでいいじゃないか。

会社の若者は、訳の分からないゴールドカード(ヤンエグ用?)や、丸井のカード(EPOSカード)などを使っている。
恥ずかしくないのか、と言いたいが、余計なお世話だ。
そういうところに見栄を張らないのが、今の若者なんだろう。
立派なカードホルダーから見れば、私だって、恥ずかしくないのか、と思われていることだろう。

一方、娘はプラチナに変えろとうるさい。
娘の同級生の親は、グリーンなんて使ってないんだろう。
確かに、パパママで飲みに行って、財布を出して、アメックスのグリーンだと、次から誘ってもらえないかもしれない。

しかし、そのためにプラチナに変えるかと言われると、躊躇せざるを得ない。
見栄とは面倒で金がかかるものなんだな。

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欽ちゃんのどこまでやるの! DVDボックス
TVバラエティ
ポニーキャニオン
2006-04-05

見栄晴では何も見つからなかった。
 

カタカナはイヤかな?

高輪ゲートウェイという駅名で盛り上がっている。
多くは批判的な論調だ。

公募したくせに、という正論は置いておいて、カタカナの名前が気にくわないというのが多い。
まぁ好みはなくはないけど、なんだっていいじゃないですかと思う。
マンションの名前はカタカナばかりで、その方がよっぽどおかしい。
パークホームズとパークハウスなんて、二大デベロッパーが似たような名前を使うなんて、それ自体いかがなものか。
そもそも漢字名のマンションもない。

もう既に、カタカナは外来語なんて思う事が違うのではないか。
ヒルズもゲートウェイも、立派な日本語じゃないか。

クルマの名前もプロスポーツのチームも、カタカナばかりだ。
そもそも、日本語だって、外国の文字を輸入した側面だってあるじゃないか。

スマホだって、テレビドラマだって、カリテだって、シラバスだって、インターンシップだって、エントリーシートだって。
もうカタカナ語なしでは生きていけないのが、今の日本だと思う。

カタカナ語に文句を言うなら、中国みたいになんでも自国語にしなければ。
どうせ高輪ゲートウェイの駅前のコンコースを抜けると、ファストフードや、コンビニ、オフィスビルとマンションなんだから。

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SUITS連想ゲーム

もっと観たいドラマはあったのだけれど、結果として大恋愛だけ継続している。まさに成り行きとしか言いようがない。
SUITSは何故か2週目に録画に失敗した。残念だ。織田裕二じゃない方の若い彼、ジャニーズの中では結構好きだ。

大恋愛についてはまたいずれ書くが、SUITSは、いかにも翻訳調というか、アメリカン(コメディ)的なところがなんとも言えなかった(良くも悪くも)。
アメリカのドラマを輸入したとしても、あそこまで「いかにも原作はアメリカです」という演出にしなくてもいいのに、と思った。
初回しか観ていないので大きいことは言えないが、あれができる織田裕二も大した役者である。

また、SUITSの番宣のために、東京ラブストーリーが再放送されたのは凄かった。
いつも思うのだが、柴門ふみの原作というか漫画は、設定は面白いのだが、ストーリー展開に発展性がないので、最初は面白いのだが、途中で息切れしてしまう。

あすなろ白書も、、、そうそう西島秀俊さんって、あすなろ白書ですよね。
あれから近年の(再)ブレイクまで、何をしていたんだろう。

そんなこんなで、平成の始まりから平成が終わりまで、走馬灯のように思い出させる、このシーズンのドラマでした。
つまりは、カンチが青島刑事になって、大物弁護士に至る、というのが平成という時代であった。

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サラリーマンの兼業はどこまで許されるのか

我が社は古典的なので、副業は原則として禁止である。
裁判で争えば負けるような気がするが、そもそも普通には兼業させないオーラが出ている。

自分自身としては、自分の時間は好きにしていいと考えているのだが、人事として、いま解禁したら、結構面倒なことになると思ってしまう。
というのも、昔想定していた副業と、現実に行われつつある副業は変わってきていて、どこまでが「副業」なのか、という定義自体が悩ましい。

自己資金を投資するのは副業じゃない。
では、不動産の現物投資をして、オーナーとして実際に不動管理の業務が発生したらどうするか。

ブログを書くのは副業じゃない。
では、有料サイトにしてコンサル的な収入を得たらどうするか。

友人の結婚式(披露宴)で司会をするのは副業じゃない。
では、フリーランスの司会者として、営利目的で司会を毎週日曜日に行ったらどうするか。


報酬/謝礼の範囲なら構わないとも言えるが、会社を作ったり、給与収入を得たらどうなんだ。
やはり利益相反や機密保護の視点もあるが、そもそもこのご時世、疲れて体調を崩されたらたまらない。

とは言え、そこそこ待遇の良い会社なので、金のために副業をしようというインセンティヴははたらかないと思う。
でも、自己実現のためには、やりたい社員は多いと思う。

実は、あっさり人事部のマネージャーが認めるのもまずいが、結構みんな隠れていろいろやっている。
私もいくつも知っている。ネット時代だからね。
でも、よほどの事がないと問題にはしない。

いい大人なんだから、うまくやってくれとしか言いようがない。
もちろん、会社として認める方向で舵を切りたいが、ちょっと頭の固い年寄りも多いので、すぐには無理だ。
50代のエラい人たちは、副業というと、女性社員が夜のお店で働くという発想しかできない。
だから、この話題を出すのも嫌になり、私も新たな展開に踏み出せない。

イケてる会社は副業解禁という。
国もその方向だ。
我が社の年寄りの意識改革に、妙案はないだろうか。

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環状2号経由でコスプレーヤーに囲まれる

環状2号を使って、豊洲市場を横目に、有明のアウトレットというかヴィーナスフォートにやってきた。
私の記憶が正しければ、バブル期までは、隅田川河口に一番近い橋は勝鬨橋だったが、レインボーブリッジが出来て、一気に海側に進展した。
とはいえ、レインボーブリッジを隅田川河口というのは若干無理があるかもしれない。

その勝鬨橋とレインボーブリッジの間に、環状2号として、築地大橋が架り、築地と豊洲の新旧市場を繋ぐ道路として、先日、暫定開通した。築地大橋は、間違いなく、隅田川河口の橋と言えるだろう。
ターレ(ターレー、正式にはターレットトラック)が築地から豊洲に移動した写真の、あの道、あの橋である。
ちなみに環状2号は、ほぼ外堀通りであり、オリンピックを契機にその延長が進んでいているが、未だ全通していない。

築地から隅田川を渡ったところは、中央区豊海という倉庫街だった場所だ。
レインボーブリッジが出来てからは、このあたりはレインボーブリッジを見る穴場であった。
クルマがないとアクセスできず、今のようなタワーマンションもなかった。

ヴィーナスフォートは不思議なショッピングセンターだ。
ラフォーレやヒルズの森ビル経営だが、一時期はガラガラでこりゃだめだと思っていたが、インバウンド需要を飲み込んで、盛り上がっていた。
それこそバブル期にデザインされたんじゃないかと思う建物設計だし、公共交通機関のアクセスは悪いくせに駐車場の収容台数、料金、止めやすさ、いずれも劣悪である。

しかし、いつの間にか、コスプレの聖地化したようで、今ではその手の方々が多く見られ、いつの間にか完全復活を遂げたかに思われる。

ヴィーナスフォートでは、妻が買い物をするのをひたすら待つ。
スターバックスで休憩していたのだが、周囲は100%コスプレの女性ばかりだった。
新しい文化に寛容なつもりだが、さすがに(決して悪い意味じゃなく)理解できない。
ハロウィンでコスプレしたいとは思うけど、なんで普通にしてれば(おそらく)普通に可愛い子が、わざわざおかしな格好をするのだろうか。
でも、みんな楽しそうで結構なことである。

平成が終わるというけれど、バブル崩壊が平成の始まりで、30年かけて想像つかない場所に辿り着いたな、と変に実感する。
有明などを含むこのお台場も、この国も、自分自身も。

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もう10ヶ月、あと2ヶ月

毎月、1日になると、2月1日から何ヶ月経ったな、と考える。
もう10ヶ月か。

今度受験する方にとっては、あと2ヶ月か。
特に意味もないが、予想R4を見てみる。
注目の(?)香蘭2月2日午後は、中大横浜と仲良く55とのこと。
2月1日午前の定員が減った分、そちらの偏差値も上昇するかと思ったが、そうはならず。
結局、受験しなかった香蘭だが、もっと人気出て欲しい。
一方で、申し訳ないが、終わってしまえば高みの見物で、娘の進学先や合格した学校が高値安定だと嬉しい。勝手なものだ。

あの頃は、偏差値の1とか2の違いに一喜一憂していたのが、振り返ればアホみたいだ。
まあ、繰り返しになるが終わってしまえば何とでも言えるわけだ。

12月1日。
ジョンレノンの命日やクリスマスまでのカウントダウン。
それよりも、まずは昨年度はフル参加できなかった忘年会の日程調整だ。

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柔軟であってはならない

今日、ランチで行ったレストランの入口に「香水と柔軟剤お断り」という表示があった。
柔軟剤の全てがいけないわけじゃないだろうけど、言いたいことはわからなくはない。
しかし、香りがどうのこうのという柔軟剤のCM、多すぎやしないか。そんなに売れているのか。

以前にも書いたが、自分で自覚はまったくないのだが、こんなにCMをやるようだと、ひょっとして自分は臭いんじゃないだろうかと思わざるを得ない。
若い人が気にしているのに、私の世代で加齢臭をケアしないのは、それ自体が相当ヤバいのだろうか。
他人に聞くわけにもいかない。

もっとも、恋をすると、そういうことが気になるものなのかも知れない。
単に私が恋をしていないから、自分の匂いが気にならないだけなのだろうか。

そもそも、他人に比べ自分は劣っているんじゃないか、と思わせる広告はどうも好きになれない。
コンプレックスは誰にでもあるだろうが(あるよね)、他人と明確に比較が困難なところを突くのは、なんとも言えない不快感がある。
特に、身体的なものや、若い人(中高生くらい)を対象としたものは。


ところで、香水のレベルはわかるが、他人の柔軟剤の香りを感じたことはない。
鼻が悪いのだろうか。そんなことはないと思うのだが。
というのも、自分以外のおじさんの加齢臭は結構感じる。
でも、結構それって、ヘアトニックみたいなものと混じっている気がする。
人工的な香りと相まって、特徴的な臭いになるんじゃないか。

もちろん、自分を美しく保とうという自意識、美意識は大切だと思う。
でも、若いうちにそれが見当違いな方向にいかないセンスを身に付けることが大事だし、中学生の親として、それを身に付けさせたいと思う。
とは言え、若いうちというのは、誰でも見当違いなコンプレックスを持つのが当たり前なのだろうけど。

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辛すぎて

私は、特段好きな食べ物がほぼない。
何でも好きである。
味覚が乏しいと言ってしまえばそれまでだが、何でも美味しく食べられる。

あえて言うならば、辛いものが好きである。
食べ物としての体をなしていないような激辛でも平気というわけではないが、辛さが選べるなら、一番辛いものを注文する。

先日、日比谷の帝国劇場の地下(厳密にいえば帝劇の地下が繋がっている隣のビル)の喫茶店が閉店するとのことで、名物のナポリタンを食べようと思って昼過ぎに行ったら、なんと「品切れ」とのことであった。
ナポリタンが品切れってなんだよ、パスタが切れたのか、と思ったが仕方ない。焼きそばやオムライスは普通に注文できるようだったが。

仕方ないので、近場の中華料理屋で、麻婆豆腐を食べた。
お上品ではないが、私は麻婆豆腐をご飯にかけて食べるのが大好きである。
ここでも辛さを選べたので、一番辛くしていただいたのだが、それが半端なく辛い。
汗が噴き出てくる、という感じだ。
午後の仕事もあるので、さすがにやばいと思わなくはなかったが、とても美味しく頂いた。

しかし、カラいとツラいは何故同じ漢字なんだろうか。
艱難辛苦という言葉もあるが、辛いことは必ずしも辛いとは限らないじゃないか。あ、カラいことは、ツラいとは。
逆に、スイーツ食べ放題などに行くと、後半戦には甘いものが辛くなってくる。もちろん、ツラく。

季節外れの大汗を拭きつつ、そんなことを考えていました。

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にゅういんのおもいで

私は一回だけ入院、手術を受けたことがある。
小学校2年生の時、声帯に問題があって、声がうまく出なかったらしい。
正直言って、自分では問題があったという自覚がまるでなかったが、あれよあれよと言う間に段取りが組まれた。
手術は全身麻酔をかけて、眠って起きたら終わっていた。
痛みもまるでなく、そのまま帰ってもいいくらいだったが、それから1週間に渡って声を出してはいけないということで、何もしない入院ライフが待っていた。
まあ、喋る機会がなければ喋らないで済むものなので、特段、苦痛ではない。 
上げ膳据え膳というか、学校も休んで、快適このうえなく、読書に明け暮れた。

妻や父の入院は、自身の健康に対する不安との闘いという側面が大きいと思うが、今振り返ると、私はそうではなかった。
もちろん一般論化するつもりはない。

ただ言えることは、入院は、その家族にとって大きな負担 を強いるものだし、仕方ないとは言え、なかなか患者本人は、そこに思いが至らないものだ。
昔の私のように。 

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入院中にこの本を読んだ記憶があります。 

貴様に一発お見舞いしてやる

父が入院して、私は病院が家から近いこともあって、数日に一度のペースでお見舞いに行っている。
よく分からないが、妻はそれが気に入らないようで、そんなに行くと、かえって父に迷惑だと言う。
気を遣わせちゃって良くないわよ、と経験者的に語る。

何を言ってるんだ、と思う。
自分は毎日どころか朝晩来るよう強要して、朝出した洗濯物を洗って乾かして夜に持ってこいと主張していたくせに。


ただ最近思うのは、父のために見舞いに行ってるわけじゃない、ということ。
自分が後悔したくないのである。
父も喜んでいるように見えるが、喜ばせようなんて思っておらず、私自身のためだと思っている。
また、ちょっとした下心としては、娘や息子に、親が入院したら、見舞いに通うことを当然だと思って欲しい、ということも否定できない。
私は、近くに住んでいたら来てほしいと思うだろう。一日に二回来る必要はないけど。

妻としては、そんな時間があるなら、もっと家事をやれよと思っているのだろう。
でも、別に家事から逃げることもしないから、もう少し好きにさせて欲しい。
眠る時間を削ればいいんだろ。

本当は私だって病院になんか行きたくない。
でも、そんなところに入院している人を励ますために見舞いに行くのだ。
もちろん、私は大人になってから入院したことがないので、見舞われる側の気持ちは分からない。
ただ、自分を肯定したいだけかもしれないが、自ら行きたいから行く、というのが、見舞いの理想形だと考えている。

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病院へ行こう
真田広之
2015-06-03



 

死の足音

自分も今、その真っ只中にいるのだが、40代後半の私の周辺には、親が入院したり、手術を受けるので、という理由で会社を休む人が多い。
毎週、代わりばんこに、人事部内で誰かがその理由で休んでいるみたいだ。

介護休暇を使うには至らないが、年次有給休暇の大半をそのために使っている社員もいる。
ちょっと前まで子の看護休暇を使っていたと思ったら、今度は親だ。

ムファサが死んで、シンバの時代が来るように、サークルオブライフは続いていく。
わかっちゃいるけど、いつの間にか自分の人生も下り坂。

衰えていく父親を自分に重ねる。
随分と声が小さくなって、普通に喋る声が聞き取りにくい。

娘が結婚するどころか、成人する頃、父親は90歳超えだ。さすがにあり得ない。
それ以前に、大阪万博どころか、東京五輪も微妙な気がする。

そんなこと言ってるうちに、私だって、あっという間に60歳になるのだろう。
そして、死に近づいていく。

父は今、どんな思いなんだろうか。
正直、想像がつかない。

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ライオン・キング ダイヤモンド・コレクション (期間限定) [Blu-ray]
ディズニー
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2011-10-08


 

がんと受験の情報収集

父の入院している病院の掲示板には、「がんレクチャー」「がんの基礎講座」「FPによるがん患者と家族のためのお金相談会」といったものが並ぶ。
そこそこ若かったり、リテラシーがあればwebで情報を得ることはできるだろうが、がんとわかった時に途方にくれる人は多いのではないか。
しかし、やはり受験と同じで、一般論と個別の問題がどこまで同じで、どこからが違うのか、見極める必要があると思う。
特にwebでは、個別の問題をさぞ一般論として語っているケースが多くて、ちょっと経験者として如何なものかと思うことがある。
これは就職活動でも同じで、終わった人がアドバイスをしてくれるのはいいが、それが一般論化できるかは、プロが見ないと分からないというか、プロから見れば、そりゃ特殊事例だよということは一目見ればすぐ分かる。

要するに、現代における情報収集リテラシーが高い人というのは、その見分けが上手にできる人だと思う。
株式投資でも、不動産購入でも、何でも同じかも知れないが、多くのソースから情報を得て、一般論と個別事例が判別というか判断できるようになるということが大事だと思いました。

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また病院通い

ちょっと誤解を招くタイトルにして申し訳ないのですが、私の父が入院しました。
正確にいうと検査入院ということになりますが、その割りには2週間という長さです。

なんだか解りにくい、説明しにくい症状というか体調で、そもそも病名も判然としないので、検査をするというイメージです。
父自身はがんじゃないかと恐れていますが、80歳過ぎてがんと言われても、私にはピンときません。
失礼だとは思いますが、妻の父が50代でがんで亡くなり、妻も、私の非常に仲の良い友人も40代でがんに罹患し、同僚も亡くなった。
若い世代のがんは悲劇性も高いのですが、平均寿命を超えてがんになられても、今さら手術や抗がん剤治療をするのか、イメージが掴めません。
もちろん、幾つになっても人の生命の価値が変わるわけではないし、長生きして欲しい、という一般論は否定しないのですが、なんだかもうすっかり年老いて弱った父を、これ以上どこまで生かすのだろうか。
私って、やはり冷たいのだろうか。

病院は、千葉の実家よりも、圧倒的に私の現在の自宅に近いので、必然的に私が一定程度の負担を追うことになる。
母だって、もちろん高齢だから、世話も大変だ。
実家が遠い方々や、病院が近くにない方に比べれば格段に恵まれているとは思うが、家族の負担であることは間違いない。

仕事を半日休んで、ラテンのクルマで病院に送った。
妻とは違う病院だが、あの頃の重苦しい思いが蘇る。
病院の建物は新築で、病院らしくない造りになっている(建築家がそういう努力をしたと思われる)が、やはり決定的に病院の匂いがする。

また病院通いか。
もちろん、大変なのは本人だが、実際の負担よりも私の気持ちがブルーになる。
というわけで、可能な限り、病院に通うことになる。

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次の次の時代

昨日、次に車を買うなら、そのナンバープレートの数字は何にしようかと考えたのだが、そういえば先週、自動車業界の友人と話をした。
その際、今のようなクルマ、まだ買うつもりですか、と言われた。
要するに、内燃機関(ガソリン車など)はもうなくなりますよということ、そして、クルマ買う時代は終わりつつありますよ、ということらしい。さらに自動運転ともなれば、「クルマ」の位置づけ自体が変わってしまうのだろう。

現在、私の乗っているラテンのクルマは、あと10年近くは平気で乗るつもりだ。
ころころクルマを買い換えない私は、おそらく人生であと2回、クルマを買い換えるだろうと漠然と思っていた。
1回目は50代の終わりころ、2回目は60代の中盤か後半で。
1回目はクルマ好きな人生の集大成として(マセラティなんかがいいな)、2回目はコンパクトかつスポーティな、できればマニュアルシフト(今だったらホンダS600)。。。
という夢が叶わなくなるのか。

ああ、夢も希望もない。つまんない。
電気自動車が嫌だとか、自動運転は不要だとか言いたいわけじゃない(思ってはいるけど)。
なんか進化の方向性が違う気がする。
例えがしつこくて恐縮だが、どうしても本田美奈子や菊池桃子のロックシンガー化みたいな感じで、そうじゃない、求めてるのはそっちじゃない、と言いたい。

そんなの開発する資金があれば、完全自動食器洗い機や、洗濯物を放り込んだら、洗って乾かして畳んでクローゼットに入れてくれるロボットを開発してくれないか。トイレや風呂の掃除を完全にやってくれるとか。

もちろん、一気にクルマが進化するかは分からないが、少なくともガソリン車はなくなっていくのだろう。
別にハイブリッドやEV、水素でもダメじゃないけど、そういうクルマって、これみよがしに「どうだ、これが未来だ」的な、走るモーターショーみたいな、あざとい感じが嫌なのだ。

私が何を言っても無駄だとはわかっているが、もっと(私の)需要にあった進化をしてくれないか。
ガラケーが絶滅しつつあるのと、同じ構図である。

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進化論
SOPHIA
トイズファクトリー
2001-03-07


 
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