美しい気持ち

女性としての人生を精一杯に楽しみ美人になるために、 容姿だけでなく、内面・言葉・立ち居振る舞い・ファッション・健康 ・・・など、真の美を追求するブログです。 トータルバランスでの美をモットーに美意識改革を目指します。 毎日感謝を忘れずに周りから愛される美人になりましょう!

嫌いな人~どうみる?~

正直言えば、私、嫌いな人と付き合うことがないので、

今、嫌いな人は廻りに居ないというか、しかし、

意識をそこに向けた途端、そういう人は目の前に現れたりする。





もし、その人に意識を向けなければ、

その人はあなたにとっていないも同然なのです。

存在していたとしてもです。何となく意味わかりますか?





私たちは、嫌い、嫌い、と言いながら、

その嫌いな人のことを考える時間をたっぷりとっています。

たくさん想像して、たくさんその人を思い出して、

はたまた、嫌いな癖に、その人のfacebookやブログをのぞいたり・・・

ま、それをやっている時点で、結局好きなんですけどね。





嫌いなら見なきゃいいのに、結局見てしまうのは、

気になってしょうがない。そう。好きなんです。

認められないでしょうが・・・





で、今日の記事でお伝えしたいことは、

嫌いな人がいてもいいし、極論を言えば、

その人のこと、腹立たしく思ってもいいし

大嫌い過ぎて憎しみさえ湧いてもいいし





嫌いという気持ちに関して、

「いい」「悪い」というカテゴリわけを

やめたほうが、いいよ、ということ。





なぜならば、世の中、いいも悪いも、環境や状況で全く変わっていくし、

もっと大きな視点で言えば、そういう感情が存在していること自体、

私たちがそれを味わい、経験するため、そこから成長するために

そういう感情があるわけです。






そして、もっと言えば、そういう嫌いという感情は逆の感情、

「好き」や「愛している」と対(つい)をなしているものだから。






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陰陽も一体






例えば、ものすごく愛している人がいて、その人に裏切られたとき

(実を言うと裏切りということも、自分勝手な意味づけでしかないのですが)

あんなに愛していたのに、それがわかった途端、恐ろしいほどの

憎しみを感じることがあるかもしれません。





また、自分の子供が誰かにいじめられたり、傷つけられたりしたときに、

いじめた相手に対して、強い憤りの気持ちが湧き上がるかもしれません。

それは、子供を愛しているから。その反対にある

憎しみの感情が相手に対して湧き上がる。





私も先日、久しぶりに人を憎く思ったことがありました。

しかも憎しみの対象者は、会ったこともない全く知らない相手・・・





私の愛する人が、バカにされたり傷つけられているのを知った時、

そして、その愛する人の子供の心が傷ついたことを知った時、

腹の底から熱いマグマがふつふつとわき出るかのような感覚に

ひさしぶりになりました。話を聴きながらこぶしを強く握っていました。

最高にあっ・・・・・たまに来て!!!メラメラーーー!





殴りたい衝動が走りました。

見たこともない相手に対して。





自分が嫌なことを言われることに対しては、慣れているというか

寛大な対応ができるのですが、自分の好きな人や愛する人が

そのような目に合っていることを知ると、人格変わります。





そんなワタナベの豹変編 ▼

「バカにされたときの対処法」

「キレるとアホ ワタナベ薫の本性」





しかし、私自身、そういう熱いところ気に入っております。

なぜなら、嫌いな人は、たくさんのよいことを自分に教えてくれる存在だから。





例えば、ただ単に、その人とは波動が合わないんだな~と教えてくれたり、

はたまた、相手は自分の鏡とも言いますから、自分の嫌なところを

写し出してくれたりもしています。「ああ~、私もそうだな~」と

謙虚に思えたりもします。





私が父親のことが大嫌いなのは、

ホント自分の嫌なところとそっくりなんですよ。

そのまんまだったりして、父を見るたびに我ながらがっかりします。





嫌いな人に対して、好きになろうと無理したり、

許そうと無理したりする必要がなく、その嫌いな感情さえも受け入れたときに、

その嫌いという感情も少しずつ薄れていきます。

そのうちにね、その人が哀れに思えて、さらにどうでもよく思えて、

そのうち、愛着さえ湧いてくることもあるのです。ホントに。





ですから、罪悪感なんて抱くことがございませんように。

関連記事「素晴らしい教えにひそむ罠」





だから、そこの段階に行くのに、中間地点のプロセスを

ぶっとばして、聖人君子になろうとしなくてOK!

我々は、マザーテレサでもないし、キリストでも仏陀でもないし、

普通の人間ですから。





散々文句言った後、気持ちがすっきりした後で、

「私の嫌いな人が幸せでありますように」とアルボムッレ・スマナサーラの

経典にあるように、心が伴なわなくて言えたら、

ちょっとだけそんなことを言っている自分に「クスッ」って笑えて、

心まで浄化されたような気持ちになりますよ。

もっともっと素直に......

人間ももっともっと動物的に、素直に、わがままに

感情を表現できたら楽なのにな、と。





意地を張って伝えたいことも伝えずに、

心にもないこと言ってみたり......





もっともっと肩の力を抜いて

楽に感情を表現するってとても大事。





愛していることも、

感謝していることも、

時には、怒りの感情も

泣きたいくらい悲しい思いを抱えていることも。





素直に自分を表現していくと、

自分がどんな人間なのかがわかるようになる。

なぜか?なぜなら、自分と向き合っているから。

そして、人間ってすごいってことにも気付き、

自分を信じることができるようになる。これが自信。





本来人間には天才もバカもさほど差はなく、

誰でもすごい力を秘めている。

一生その力に気付かず死ぬ人もいれば、

気づいてすごいことになる人もいる。

そして、万人がその力を持っている。





そう。なぜなら、私たちは実は宇宙の一部であり、

木であり、石であり、土であり、花でもあり、

星の一部でもあり、宇宙の素材と同じ素材でできている完璧な存在。





周りの人も自分も、大きな大きなソースの一部分。

それを実感した時に、このまま宇宙や自然と調和している感覚を捉え、

この地球上において、上もなく下もなく、縦もなく横もなく、

そして、偉いも偉くないもなく、みな同じただの素粒子であると感じる




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私には使命とか熱いものがなくて、

ただひたすら自分が楽しむことで、自分の楽しく生きた、

楽しく逝くその生き様を見てもらって、そんなふうに楽しく楽に生きたい、

思い通りに人生生きることができる!ということを

誰かが知ることができればいいのかな、と。そのままの自分で。




私が発信している事で、極論を言ってしまえば、

誰も影響なんて受けなくてもよくて、

もし、私の今生の目的があるとしたら、

いい意味で利己的に生きてみる!なのかもしれない。

もっとみんなも素直に生きてもいいんだけどな。



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よいことを引き寄せる意識の活用法

ご機嫌いかがでしょうか?

闇と波と苦しみのトンネルから抜けて

晴れ晴れと過ごしている今日この頃・・・

こんにちは。ワタナベ薫です。

さっそく今日の記事に行ってみたいと思います。





よいことって、何かと言いますと、よい状態(快)、

よくない状態(不快)という意味で捉えていただきますと

わかりやすいと思います。





結論を最初に簡単に言いますと、

自分の意識をどこに向けているか?

どこにフォーカスしているか?

何を考えている時間が多いのか?


ということ。





会社で腹立つことがあると、イライラのまま

それをずっと考え続けることがあると思います。

「普通は〇〇でしょ!!」とか「ムカつくわー!」とか・・・

そういう感情が悪いわけではないのですが、

そういう感情に長時間浸り続けることが危険なわけです。





自分で早く消化して、昇華できる術を持っていればOK。

だから、感情が大暴れしてでも短時間で脱出できるならそれでもいいし、

視点を変えて、考えないようにする、という高度なことが

出来る人ならそれはまたいいですし。





私たちが心地いい場所に、心地いいところに

感情や愛情を向けたときに、それらが実現するようになっています。

感情はそれ特有の周波数を出しているので、

それと同じ周波数の事象を引き寄せます。





さらに、音声プログラムの叶え力でも少し扱いましたが、

量子学的に言っても、私たちが自分の意識を向けたものが、

現象化する、ということをお伝えしました。





私たちが意識を向ける場所が、

思いもよらない仕方で現実を招いてきます。

時々、イライラしているまま一日過ごしていますと、

これでもか!ってくらい嫌なことが続いたりします。

それが嫌だし、早く負の連鎖を断ち切るためには、

意識の用い方を上手にしておいた方が得策なのです。






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病気になった時に、病気ばかりに意識を向けるのではなく、

健康になることに意識を向ける。






新しい家が欲しいと思ったら、支払いや維持費ばかりに

意識を向けるのではなくて、新しい家で楽しんでいる

自分
に意識を向けてみる。





ダイエットしたい、と思ったら、

「あ~、このたるんだお腹~、太い足~」と

そこに意識を向けるのではなく、ダイエットに成功して

美しくなっている自分
に意識を向けてみる。





お金が欲しいと思ったら、支払いが楽になるとか、

このお金で将来の蓄えができて不安が解消されるとかではなくて、

そのお金で何をして楽しんでいるのか?

ワクワクの感情
に意識を向けてみる。





私たちの意識と心地よさと愛情を向けた部分が

現実を招いてくれるので、どこの意識をフォーカスするか?

毎日トレーニングしていますと、ホント、生活が、

そして、人生が楽になるものです。





なんて、書いている私でも人間ですから、

100%それが出来ているわけではありませんが、

出来ているときと出来ていない時の結果が、

本当に天と地ほど違うので、意識をネガティブに向けたり、

負に意識を奪われるのが怖いわけです。

どこかでブレーキを踏んだり、意識をコントロールしたり

することが非常に大切だと思うわけです。





JA

















VM

BB


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