2012年04月27日

東京高等裁判所:平成22年(行コ)第168号 

担当:民事第24部 裁判長三輪和雄、裁判官小池喜彦、比佐和枝

控訴の提起:平成22年4月13日

第四回期日:平成23年4月28日(結審)

判決言渡し:平成24年4月26日



今回は立法の委任の範囲を逸脱した行政による規制。労働行政にも多くの同じような立法の委任の範囲を逸脱した規制があり、いろいろReviewの必要が高い問題です。行政の事実上の裁量が大きい環境はビジネス環境としては最悪で対内投資を呼び込めない理由です。

(16:14)

2012年03月30日

Interesting argument from the supreme court judges. Solicitor General Donald B. Verrilli Jr. faced a barrage of skeptical questions from four of the more liberal justices, suggesting that a 5-to-4 decision to strike down the law is a live possibility.

(13:32)
財政難に直面した先進国がとるべき選択肢は、増税、支出の削減、産業構造の転換や世代間格差是正の為の人材流動化策が筋としては合理的です。政治的には難しいですが、財政難に直面したイタリアとスペインは労働法の規制緩和を少なくともやろうとしているようです。ところが日本では、労働法の規制強化を行うようです。また、社会保障の削減も行いません。このままの状態で10年程度経過するとかなり危険な状況になるようですので、今からさまざまな選択肢を真剣に検討するべき状況のようです。子供の教育に関しては、いつでも日本から一時的に逃げ出せるように英語力の強化をしておくことが重要となります。

(12:58)

2012年02月21日

How the baby boomers took their children's future and why they should give it back.

The theme is that we should be looking for ways to restore the balance between the baby boomers and the younger generation.

(18:09)

2012年01月24日

年金関連法により、お金の少ない若い世代から、個人金融資産が1000兆円以上あると言われるリタイア世代にせっせとお金が移され、「世代間格差」が拡大しています。しかも、現在の年金受給者と同じレベルの給付は、極端な増税をしない限り将来は無理であり、サステイナブルな制度ではないことがほぼ明確になっています。この法律、本当に合憲と言って良いのでしょうか。そこで、現時点で明らかになっている客観的事実をまず確認してみましょう。

1。 日本の年金は基本的に賦課方式の国民皆年金制を採用しており、原則として国民に選択肢が提供されているわけではない。
2。 経済成長、人口増加といった賦課方式を支える社会的事実は消滅している。
3。 人口減少が顕著な状況では、若い世代全員が万が一投票しても、年金受給世代が反対票を投じれば人数的に勝てない状況にあり、不当な立法の改廃を行うことを通常期待できる政治過程が機能しない。
4。 高度経済成長期に蓄積されてきた判例の傾向からすると、福祉国家的な観点からなされる積極的パターナリズムに基づく「財産権」の規制と配分の方法は、立法府に広い裁量があたえられ、事後的な司法的解決は望めない。

若い世代の財産権が搾取されて老人世代に強制的に配分され、現在の老人の生存権が確保され、将来の若者の生存権が侵害されている悲しい状況のように見えます。立憲主義憲法秩序を回復する手だてとして、抵抗権は行き過ぎなので現実的な「市民的不服従」の一環として年金不払い運動の展開、なんて面白いかもしれません。

表現の自由はあるものの、人数的に若者は老人に勝てず、政治過程が機能しない現実なので、司法的な救済はなんとかなりませんでしょうか。年金の場合、以前は高度経済成長期での年金の併給付禁止規定が「平等」との絡みで議論となった判例でありますが、世代間格差の場合、現在の給付水準と、まだ実現していない将来の給付水準との「平等」問題となります。現実を無視して観念的に考えれば極端な増税をすれば給付水準の維持は可能とも言えます。その他、物価スライドにせずにハイパーインフレに持ってゆくなど、いろいろ考えられます。司法の能力の問題、司法的消極主義、付随的違憲審査性、二重の基準論、原理に基づく裁判、社会権と経済史の流れ、パターナリズム、自己決定権、プログラム規定説、平等、隷従への道、法の支配、縮小するパイの中でのゼロサムゲーム、20世紀から21世紀への変遷、立法裁量と人口構成、立法の不作為と国家賠償、一票の格差と世代別代表制、そもそも人権とは。



(13:31)

2012年01月13日

2012年1月10日に日銀総裁がロンドンで行った講演で、失われた20年かどうか等いろいろ説明したそうですが、その中のある部分で、「金融緩和効果を創出する努力をしている間に、必要な構造改革を進めることが不可欠」と言っています。

構造改革は、日本では高度成長期に適応した社会保障や税等の社会システム、企業組織、雇用慣行を見直し、人口減少期にふさわしいシステムに変えることと経済学者などの方々が指摘していますが、現時点では「今まで通り」を維持する為の無理な規制強化しか政府から提案されていないようです。現在の年金制度は人口増加を前提とするねずみ講のような構造になっており、それにより、お金の少ない若い世代から、個人金融資産が1000兆円以上あると言われるリタイア世代にせっせとお金が移され、「世代間格差」が拡大しています。アメリカでは貧富の差の拡大が問題とされますが、日本で問題なのはこの「世代間格差」と言われています。昨今の消費税増税分もそのまんま、個人金融資産が1000兆円以上あるといわれる世代への年金支払いに事実上つぎ込まれるので、そのような世代だけにとってはすばらしい改革となっているようです。しかし、現在の年金制度は民間企業に例えてみれば破綻会社のようなもので、破産して清算すべき状況です。そうは言っても、蓄えのない高齢者にとっては、年金カットは死ね、と言われるようなものだと感じるかもしれません。縮小するパイの中でのゼロサムゲームのような状況で、誰が何を諦めればよいのか、ということなのかもしれません。現時点では、若い世代が、将来の希望を諦めればよい、という状況のようです。

ところで、そもそも、規制強化とは、何でもやって良いのでしょうか。憲法ではよく、19世紀的な近代から20世紀的な現代への変化の中で、立憲主義が変容してきたと説明されます。近代立憲主義では国家は警察的機能以外には国民生活の領域に介入すべきでないという消極的な権力の観念を前提としている。しかし、社会・経済の発展と変革の中で新しく権利・自由の保障を確保しようとするのであれば、政治の民主化を通じて、その権力を通じて国民の自由と生存を確保してゆくという積極的性格を持つようになるのは、当然だと言われています。人間の自由は生存の保障によって物質的に裏づけられない以上、絵に描いたもちに過ぎないとの考えから、いわば20世紀的自然権として社会権が憲法上保障されるようになり、(芦部、憲法学I)、この傾向を憲法レヴェルで初めて体系的に表現したのが1919年のワイマール憲法ですが、日本では社会国家化への変容の憲法的具体化の基本条文として憲法25条が現行憲法に盛り込まれて、近代立憲主義から「現代」立憲主義へと変遷してきたと説明されます。

そういえば、今は21世紀になってしまいました。今まで、社会経済情勢により、19世紀的な近代から20世紀的な現代へと変遷して来た以上、今後も経済情勢に従って「変遷」してゆくのが自然な流れと言えます。社会国家の追求は、国家の巨大化・硬直化を内包する“管理化国家”ともいうべき事態を惹起する危険を随伴していることは否定できない、との指摘も随分まえからなされていました(佐藤孝治、憲法)。今後の「変遷」はどのような方向なのでしょうか。


(16:07)

2011年12月15日

日曜日の午後8時からやっていた大河ドラマ「江」が終わりましたが、関ヶ原から大阪夏の陣までの流れをみていて、日本の置かれている経済情勢とオーバラップするイメージがふと思いつきました。

1)淀君の大阪城が日本、2)江戸の徳川がインドや中国などのアジアの新興国、3)その二つの狭間で、流れを見極めようと右往左往する大名が日本企業、といった感じです。淀君の大阪城は豊臣秀吉が貯め込んだ金銀財宝などの資産を城内に蓄積し、ろう城を続けても安泰なので徳川家康が死ぬのを待って現状を維持しようと目論む。しかし時代の流れは変わってゆく中で、関ヶ原で敗退したものの、時代の流れを認識せずに、そのまま大阪城に蓄えた金銀財宝の上にあぐらをかいて漫然と現状を維持しようとする。しかし、大名は次々と徳川方に与して、浪人以外はどの大名も大阪方にはつかず、結局、大阪夏の陣で淀君の大阪城は滅亡してゆく。

関ヶ原から大阪夏の陣での滅亡まで15年。現在の日本は、個人金融資産が膨大であることや構造上の理由等から国債の暴落はすぐには起きないといわれています(詳しくは、東洋経済新報社から出版されている「日本のソブリンリスク−国債デフォルトリスクと投資戦略」参照。)。しかし、今の日本が関ヶ原だとすると、15年後の日本の国債はどうなっているでしょう。

現在の民主党政権は高度成長時代に作られた社会システムを「維持」することを大前提として年金や税制の変更を考えていますが、例えば、国家が運営するねずみ講システムと揶揄される年金は、蓄えのない若い世代から貯蓄のある裕福な老人世代に所得を移転する機能を果たしており、人口減少経済では維持が不可能であることは自明です。更に、65歳まで企業に雇用を義務付ける案など、若い世代の雇用を減らす効果のある雇用規制強化を提案しており、中長期的視点にかけています。そこでは、「現状を維持する為にはどうしたら良いか」という発想のみしか見受けられません。イギリスではリーマンショック後には、若い世代の雇用の創出のために解雇規制を緩めることも議論にあがっていたり、かつてのドイツも組合側の政権のときに雇用の流動化を進める政策を実施しましたが、日本では既得権維持と現状維持の発想が前提となっているので、そのような雇用規制を緩和する提案は出てきません。

規制が強化され、少子高齢化が急速に進む日本には投資の魅力はどんどん欠けているようであり、対内直接投資が減ったことから準拠法が日本法となるディールは減って、円高と規制強化を嫌う国内企業が外国に出てゆくディールが増えるようですが、残念ながらそのようなディールの準拠法は日本法にならず、日本法弁護士の需要は減少するようです。

そろそろ日本に見切りをつけて海外進出する企業や個人が増えていますが、シンガポールは高いレベルの人材を引きつける為に、そのような子弟が学ぶ学校環境の整備にも力をいれているそうです。英国の名門学校であるダルウィッチが2012年8月よりシンガポールで学校を開校するそうです。世界のトップ人材の子弟だけでなく、シンガポールの中産階級で「英語」の重要性を正当に認識している国民の子弟もターゲットだそうです。日本の学校も渋谷教育学園がシンガポールに学校を出しています。

日本国内でも、世界の大学にアプライする資格となる「国際バカロレア」のディプロマのカリキュラム認定校が少しずつ増え始めているようです。元々はインターナショナルスクールが認定校になることが多かったのですが、日本の通常の高校(1条校)も認定校になるケースがあり、そこでは、日本の高校の卒業資格と外国の大学のアプライの前提となる国際バカロレアのディプロマの両方が取得できます。加藤学園暁秀はそのような高校のひとつで、東大合格実績も高めながら国際バカロレアコースもあります。今年の4月からは、玉川学園の高校が国際バカロレアのディプロマの認定校になりました。まだ、日本の大学の受け入れ態勢が不十分といえますが、東大も9月入学の導入を予定する等、教育界も海外に目を向けた改革をスタートさせており、高校でも国際バカロレアの認定校が増えるなど、どんどん先を見る目を持った集団は活発に動きだしているようです。

世界経済は先進国と新興国の両者の収斂の大きなうねりの中に突入しているようであり(Michael Spenceの「The Next Convergence」参照)、そこで何もできない日本を見限らざるを得ない時期が刻々と迫って来ているように感じられます。究極的には、人間のマインドセットを変える必要もあるかもしれず、根本的な根っこの部分で教育の仕方を変える「国際バカロレア」の高校への導入は、次世代の為の長期的な処方箋の一種かもしれません。

国際バカロレア International Baccalaureate



(18:00)

2011年10月05日

東洋経済の記事でFrancfrancを運営する東証一部上場のバルスのMBOの記事が面白いと思いました。一般に非上場化する場合、創業者などのマネジメント個人の資金で公開買付の資金をまかなうことは出来ないことから、どこかから資金調達する必要がありますが、当該資金の貸付主体は将来資金を回収しなければなりません。回収はビジネスからのキャッシュフローでちんたら回収しようと思うようなのんきな貸し手は普通おらず、内部収益率(Internal Rate of Return)を高めて成功報酬を最大化しようとする場合には短期に回収することを目論みます。そうだとすると、非上場化した企業が再上場しなければ貸付主体は投資資金を回収できないことになり、非上場の意味を会社運営の選択肢を柔軟にするという目的に設定することは現実問題として出来ないことになります。

そこで今回のFrancfrancを運営するバルスの非上場化の目的な何なのか、と思い記事をさらに読むと、法人税が高く規制緩和が進まない上にビジネスの意思決定の遅い日本から会社の中心を香港、シンガポールに移すことにあるそうで、香港、シンガポールでの再上場を目指すそうです。そして社長自身、既に香港に移住しているとのこと。国内のサービス分野のビジネスは残るので、産業の空洞化そのものではないものの、中心が日本から逃避する点ではその要素の顕在化と言えるかもしれません。最近は日本脱出の特集が週刊ダイヤモンドでも組まれていて、企業と個人双方の日本離れが大きな流れとなってゆくような印象です。

政治的に見て、今後日本が規制緩和を実現したり年金支出の削減に手を付けることができない以上、外資系法律事務所としては日本企業に上記バルス型のMBOをどんどん提案するとビジネスチャンスが広がるかもしれません。国内の非上場化から香港、シンガポールでの再上場までをワンストップサービスですべて提供できるのは強みと言えるでしょう。今後、プレゼンテーションが活発化する可能性がありそうです。


(13:34)

2011年09月13日


http://www.nytimes.com/2011/09/11/business/business-investment-as-a-key-to-recovery.html?_r=1

(12:48)

2011年08月18日

シカゴをベースとするKirkland & Ellisが香港オフィスを拡大しSkadden、LathamやAllen & Overyから8人のパートナーを引き抜いたそうです。日本以外の話題は定期的にありますが、日本はあまりなく、あっても準拠法が日本法とならないディールが多いようです。

Legal londate, Asian legal jobs
Asian Lawyer



(14:51)