2005年11月

2005年11月16日

MACの大量保有報告書が世間をにぎあわせている。投資家は当然以前から注目しており、MACが株式を保有した会社の株価が上昇することを見込んで買い注文を出す人が多い。MAC以外にも先週金曜日にスティール・パートナーズが江崎グリコの株式を12.45%取得した件について大量保有報告書が出されたが、月曜日の前場ですぐに江崎グリコ株はストップ高となった。最近では、大量保有報告書の検索サービスをネットで行う会社もでてきた。

この大量保有報告書は、今年の10月までは紙媒体で提出されたものに関しては金融庁の入っている合同第4庁舎2階にある証券閲覧室に直接足を運ばなければ見ることができなかった。ライブドアとフジテレビのバトルの時も、MACが大量保有報告書を提出しそうだ、という噂が流れると証券閲覧室に記者の人がどっと押し寄せ報告書が提出されるのを今か今かとまっており、閲覧室の機能が麻痺しそうになっていた。現在では即日EDINETで閲覧が可能であるが、その日に提出された大量保有報告書のリストをチェックするには検索サービスの利用がいいかもしれない。

ところでこの大量保有報告書は、上場企業の株式を5%超取得したものが5営業日以内に財務局に提出しなければならないのが原則だが、ファンドなどの場合、経営権の取得が目的でなく、株式の取得が10%未満であれば一定期間の取引を最大3ヵ月後に報告すればいい。この特例はM&Aが盛んになっている昨今批判が多く見直されることになるそうだ。ファンドなどは費用がかさむこと等を理由に反対しているが、費用もさることながら、こんなに長時間株の動きを伏せておける有利な立場を手放したくないのは当然だろう。このようなファンドの動きを調査するビジネスもすでにあり、三菱UFJ信託銀行はこのようなサービスを強化するそうだ。


(15:36)

2005年11月11日

M&Aをどのようにはじめるかという戦略立案はかなり難しいようだ。全く株式を保有していない場合に話を持ちかけても耳を傾けてもらうまでに時間がかかるだろうし、実際に経営統合や大規模な業務提携にいたるまでの時間も更にかなりかかるだろう。それでは株式を買い進めればどうなるかというと、株を買い進める会社が対象会社と規模が同じか小さければ、日本の今の現状では、「勝手に株を買い進めるとはけしからん」ということになって話は進まなくなる。対象会社と一番友好的になれる状況は、ホワイトナイトとして「たすけてあげる」というポジションで近づくことだろうか。しかしそれでは、自発的にM&Aを仕掛けることはできない。すべて一長一短のようだ。

(15:07)

2005年11月09日

英米では浮動株比率は90%に達しているのに対して、日独では70%台だそうだ。最近企業防衛の一環のとして安定株主作りに励むケースが増えているそうだが、それ自体、適法に株を買っている現象に過ぎない。しかし、上場企業がこぞって安定株主作りを行えば、経営者は安心だろうが、安定株主以外の一般株主への配慮や緊張感は減る。ドイツでもフォルクス・ワーゲンとポルシェが株式持合いをおこなったが、英米からは批判が強い。アメリカでは株式持合い慣行はないそうだが、バフェットのような投資家が安定株主になっていたりする。しかしその場合は、時価以下でTOBに応ずるような馬鹿なことはない。

結局、念のため企業防衛策を作る場合でも、株主総会で討議し承認されるべきで安易に昔ながらの安定株主をせっせと作るのは疑問が残る。上場している場合には他の投資家株主から見放される危険がある。

そうは言っても、「会社は株主のもの」ということが不自然に思えることもある。昨日、株式の出来高が非常に多くなりその原因のひとつにネット取引の普及があげられていた。短時間でゲーム感覚で売買を行っているそうだが、そのような個人投資家の群れを想像すると、「会社は株主のもの」という基本も釈然としない気持ちになる。


(15:24)
経済新聞に「会社は株主のものではない」といったタイトルの本の広告があった。株主総会、取締役会および監査役という会社の体制は国の統治体系に単純になぞらえることがある。国における行政が取締役会、司法が監査役そして国会及び国民が株主総会というなぞらえ方だ。これをさっきの本のタイトルに代入すると、「国は国会及び国民のものではない」と言い切っていることになる。それでは国は国で働く官僚のものなのだろうか。ちょっと無理がありそうだ。

起業家が会社を設立する場合、その起業家つまり社長さんは普通会社は自分の所有物と感じているだろう。そして、多くの小さな会社の場合、社長さんが100%出資して会社を設立する場合が多いので株主=社長さんであり、自己の所有物と感じるのも正当だ。また、その会社はお客さんあってのものではあるが、お客さんや債権者は会社の所有者とは誰も感じないだろう。従業員は「自分が勤めて働いている会社」と普通思うはずだし、会社を自分の所有物とは感じないだろう。

やはり会社の所有者は株主ととらえざるを得ないと思う。ただ、株式を公開すると株主の「所有者」という意識は希薄にならざるを得ない。そこで、株主は何も言わないので、今までの経営者は株式公開をしても、当初会社を設立した時期の「会社はおれのもの」という意識が抜けずそのまま何事もなくうまくいっていたのだろう。若い経営者の意識はどのようなものなのだろう。


(14:50)