2006年08月

2006年08月28日

ロンドン証券取引所の新興企業向け市場で日本の会計基準の利用を認めないことになるそうだ。投資は国境を越えて行われることを考えると会計基準は少ないほどいいので、日本も取り残されないように会計基準を早期にすり合わせることが必要になるのは言うまでもないのでしょう。理論的に正しいかどうかという点にこだわるより、基準をなるべく同じにすることに意義があるのは確かだ。ただ、国内の投資家や企業からすると、継続性の観点等から早急な変更は混乱と負担があるのもわかる。どうしたらいいのでしょう。

(23:01)

2006年08月26日

この夏、イギリスでホーム・パーティーを両親の家で行ったときに、Bank of Englandの人としゃべる機会があった。彼は昨年の秋に日本銀行との間で、それぞれの行員を派遣しあうプロジェクトに参加して、短い間だけれども東京の日本銀行で働いたそうだ。その人は奥さんが日本人で、パーティーにも3歳の子供を連れてきていた。この日本人の奥さんと、3歳のお子さんの話をしたときにびっくりするようなことを聞いた。彼女は日本の食品が優れていると信じきっているようで、ベビー・フードやその他のおやつにいたるまですべて、日本のいる彼女のご両親に日本製の食品を送ってもらっているとのことだった。ちょっと異常じゃないかと思ったが、当人がよければ私がとやかく文句を言うことではない。しかし、ちょっとね・・・・。イギリス製の子供用食品の中には砂糖が多すぎるものもあったりはするだろうが、だからといって日本製の食品のほうが絶対的に良いとは言えないだろう。それに彼女のご主人は非常に優秀なイギリス人でマクロ経済の分析をしているが、かれはイギリス製の食品を食べて育った上で優秀で健康な若者に育ったわけだ。どっちを食べても違いはないような気がしてたまらない。
世界中で日本食ブームなどもあったので、日本人の中には日本食のほうが欧米の食事より美味しいと断定している人がいたりする。日本食は確かに美味しいのだけれども、美味しいかどうかは、それを食べる人が小さいときにどのようなものを食べて育ったかが影響するかなり相対的なものだと思う。また、日本人の中には日本のお米が世界で一番美味しいと信じているひとがいるが、お米を食べて育っていない人からすると、日本のお米は特別美味しいわけではないと思う人もいる。私の母はイギリス人で日本のお米を日本に来るまで食べたことはなかったので、日本でお米を食べたときは「まずい」と思ったそうだ。そんな影響があるのか、私もお米には特に愛着はない。もちろん嫌いではないけれども、外国に行ったときでも日本のお米がどうしても食べたくなる、ということは全くない。「美味しい」かどうかということは、食べて育ったものが違うとかなり違う結論が出る。それをすぐに「まずい」とか口走ってしまうと状況によっては嫌われる。状況を見極めながら「口に合わない」とかもう少しやわらかい表現を工夫したほうがいい。日本人が外国に留学する場合は、行く先にもよるが、食生活のことも真剣に事前に考えておくほうがいいと思う。
ところで、ヨーロッパに1週間程度しかいない日本人旅行者が、あえてラーメン、うどん、その他の日本食に群がるシーンを良く見かけるが、その気が知れない。1年留学している場合などは日本食が食べたくなるのはわかるが、短い旅行の間でも外国でまずいラーメン屋さんを見つければそこで高いお金を出してあえて美味しくないラーメンを食べたりするのは理解不能だ。
ただ、ちょっと冷静に考えてみると、欧米人が日本に来た場合、日本では洋食のレストランはいっぱいあるから、欧米の旅行客は洋食ばっかり食べて帰っているのかも知れない。そうだとすると、誰でも同じような行動をとっているということか。


(23:19)

2006年08月23日

小泉首相が中央アジア重視の政策を掲げるそうだ。ところで、私の職場で隣の席に座っている同僚はスタイル抜群で美人のウズベキスタン人だ。性格までいい彼女に最近まで簡単なロシア語を教えてもらっていた。また、あまり聞いたことのないウズベキスタンの話も聞けてなかなか面白い。ウズベキスタンには朝鮮民族が結構たくさんいることを知ってびっくりした。ソ連時代に多くの朝鮮人がウズベキスタンに強制移住されたそうだ。民族を混ぜ合わせようとする政策だったらしい。

(00:01)

2006年08月17日

イギリスについた後、数日たってから日本人の知り合いのいるドイツのデュッセルドルフに行った。デュッセルドルフは観光地ではなく、戦争で街が破壊尽くされたようで新しい建物が多い工業地帯とのことだった。驚いたことに日本の会社が数多く進出しており、また、裕福な住人が多く犯罪も少ないそうだ。住んでいるドイツ人はフランス人と違い非常に友好的で、英語で話しかけると一生懸命英語で話そうと協力してくれる。非常に印象のいい都市だった。日本人用の日本語の学校だけでなく、英語のインターナショナルスクールもあるそうで、日本人やドイツ人の裕福な家庭の子弟もあえてそのインターナショナルスクールに行ったりすることもあるそうだ。英語が商売で有利なことを見越してのことのようだ。
観光する場所があまりないので、友人家族とレンタカーを借りてケルンやベルギーに行ってみた。ヨーロッパではレンタカーにオートマチック車が少なくマニュアル車を借りる羽目になった。更に、ドイツやベルギーなどの大陸諸国では車が間違った側の車線を走る為、ハンドルが左側についており非常の運転がしにくかった。ベルギーのブリュッセルには私の所属するアメリカの法律事務所の支社があるのでたずねてみようかとも思ったが、日曜日だったので観光に徹することにした。世界遺産の建造物をいくつか見ることが出来てなかなかよかった。
このドイツ滞在で、デュッセルドルフは非常に住みやすい街でフレンドリーなドイツ人が多いことを知ったのが大きな収穫だった。

(23:53)

2006年08月16日

一般的に日本ではどちらかと言うと、西洋的なイスラエルは普通の国でパレスチナ(特にヒズボラ)は過激な戦闘を仕掛ける集団のような印象を持っている人が多いような気がする。しかし、利害関係のない第三者的な立場から見るとパレスチナの主張がまともとしか言えない。
第二次大戦前にA式委任統治地域としてイギリスが施政権を行使していたところ、シオニズム運動の高まり、イギリスの二重外交そして1930年代のナチスによるユダヤ人迫害などを理由に多くのユダヤ人がパレスチナ・アラブ人の土地に流入してきた。そして問題解決ができなくなったイギリスが戦後にその処理を国際連合に委ねた後、国連総会がパレスチナ分割決議を賛成33、反対13、棄権10で可決してしまった。それをよりどころとしてイスラエルは数ヶ月後に独立宣言してしまったわけだが、もともとパレスチナ・アラブ人たちが植民地支配に服していたところを民族自決権に基づき独立するのが筋であるところ、後から短期間に流入してきたユダヤ人がいつの間にか勝手に独立してしまってはたまらないだろう。そもそも国連総会には領土の帰属について決定を下す権限はないし、委任統治の委任にも反する。そうだとするとイスラエルの独立に対する第一次中東戦争はパレスチナ・アラブ人の単なる自衛権の行使に過ぎない。ただ、居直り強盗にやられるようにコテンパンに負けてしまった。アラブ側は資金も武力も強くないのでゲリラ戦で反抗するしか方法がない。このような抵抗運動は第二次世界大戦中のフランスでも行われてた。ナチスの支配に抵抗するレジスタンスがそれであり、戦後の中東でのイスラエルの支配に抵抗するパレスチナ・アラブの抵抗運動はフランスのレジスタンスとそっくりだ。また、ナチスがレジスタンスに対して逮捕や拷問を繰り返したのも、イスラエルがパレスチナのアラブ人に対して行ってきたこととそっくりだと思う。はたから見ると、イスラエルは自分たちが最も嫌うナチスと同じようなことをやっているよう見える。
筋としては上記のようにならざるを得ない。ただ、正当性がないからといって、パレスチナ・アラブ人たちが出て行けといったから、「はい、わかりました」といってインフラ整備もなされて社会基盤が出来上がったイスラエルからユダヤ人が出てゆくはずがない。現在における唯一の超大国であるアメリカの金・頭脳・マスメディアはユダヤ系が握っているから、アメリカが安全保障理事会で拒否権を使いまくりまともな主張も可決される見込みはない。現実として、歴史は勝者が書いてゆくものである以上、今後パレスチナ・アラブ人たちがイスラエルに勝つことはないだろうから、明るい未来は予想しずらい。
更に、無差別なゲリラ活動は敵を増やすだけだし、欧米へのテロ活動とパレスチナ、イスラム教が同視されやすいことからテロの増加は同情をかき消してしまう。悪循環につぐ悪循環だ。私もイギリスのヒースロー空港でテロ未遂事件のあおりで大変な目にあったので、第三者的な視点を維持できるか自信がない。テロは単に悪循環をうみだすだけだ。この間のテロ未遂のせいで、今後、まともなイスラム系の人々がイギリスで暮らしてゆく過程で困難に直面することになってしまうだろう。一部の人のせいで多くの人が迷惑を蒙る。これも悪循環だ。


(23:57)

2006年08月15日

イギリスに到着し入国手続きを完了したとき、まるでインドに到着したような感じだった。入国審査官はインド系やアラブ系の人ばかりだったし、スーツケースをとって外に出たときに、到着した人を出迎えるために外で待っている人たちはほとんどがインド系の人たちばかりだった。おまけにヒート・ウェーブのせいで死ぬほど暑かったのでインドそのものだった。

(22:57)