2006年09月

2006年09月27日

面接が終わってしばらく待っていると、ゼミの先輩から「採用になったので一度事務所に来るように」との指示があった。そこで、事務所に行ってみると担当者からオファー・レターを貰った。このオファー・レターがないと、現在の仕事先に辞職届を出した後に採用先にキャンセルされたら路頭に迷うことになる。一般の日本企業で中途採用などの転職手続きに慣れていないところだとオファー・レターを出すという手続きが不可欠であることを認識していないところもあるそうだ。しかし、アメリカのローファームだったのでその辺は全く問題なかった。
ところで、日本人の弁護士は外国の法律事務所の名称をあまり知らない人が今までは多かったようだ。私も、ゼミの先輩と溜池山王近辺でばったり会って、その先輩が勤めている勤め先がスキャデン・アープスであることを告げられたときには、恥ずかしながらその事務所の名前を知らなかった。しかし、M&Aを自分の得意分野にしようとする野心のある弁護士であればアメリカのスキャデンの名前を知らない人は少ないと思う。この事務所は弁護士の総数では1,700人から1,800人程度と一番大きいわけではないし、事務所の歴史もそこまで古いわけではないのに、収益額では世界で1番になることがしばしばだ。今後、日本で弁護士になろうとする人も、外資系弁護士事務所の業容拡大傾向を無視することはキャリアプランとして非常にまずいのではないかと思う。少なくとも、世界のマジック・サークルと呼ばれる法律事務所がどこの事務所なのかぐらいは押さえておきたいものだ。日本人にとっては意外かもしれないが、イギリスのローファームが結構トップに入っている。英語を使う国がアメリカ以外にも英連邦諸国に多くあるので海外進出がしやすい土壌があったのだろう。また、世界のビジネス言語はやはり英語であるので、英語が駆使できる法律事務所は発展の可能性があるのかもしれない。


(14:24)

2006年09月25日

いよいよ面接ということで緊張したし、「面接は1日かかる」と言われたので何故そんなに時間がかかるのかが疑問だった。結局、面接してみてわかったのだが、面接はほとんどすべての弁護士と面接するので面接の相手が非常に多く、更に英語の試験まで受けなければいけなかったから時間がかかるということだった。面接の相手で日本語を喋ってくれたのは一人だけだったが、何とかすべての人との面接を無難にこなすことができた。ただ、英語の試験は契約書の英訳と和訳で分量があまりにも多かったので全く終わらなかったから不安が残った。弁護士を雇い入れる場合は1日では済まず、何度も何度も面接を繰り返し、事務所の要求する人物像に合うかどうかを入念にチェックするようだ。こういった採用プロセスは外資の弁護士事務所では比較的一般的ということを聞いたことがある。時間がかかるということだったので、私はあさひ・狛法律事務所を、一日有給休暇を使って休んで面接を受けることにしたが、そのころは面接をする場所があさひの隣のビルだったので、あさひの人に合わないかキョロキョロしながら面接を受けに行った。

(12:34)

2006年09月20日

あさひ狛法律事務所でしばらく実務を見ながら「日本の大手弁護士事務所」というものをじっくり観察させてもらった。弁護士事務所はそれぞれカラーがあるので、いろいろな弁護士事務所を見てみるのは面白いと思う。来年4月には西村ときわ法律事務所と合併の話が出ているが、両事務所はかなりカラーが違うように思えるので統合の行方がどうなるか楽しみだ。
ところで私はあさひ狛法律事務所である程度実務を体験させてもらったので、そろそろ次に進みたいと思い転職の準備をした。そこで、当時あさひ狛法律事務所で一緒に働いていたイギリス人の紹介で六本木バー・アソシエーション(バーテンダーの協会ではない。)という外国人弁護士の集まりに入会した。そして、そこで知り合ったヘッド・ハンティング会社の人に頼んで転職の情報提供等をしてもらった。この時初めて、転職にはこのような業種の人たちを利用すると何かと便利で、特に利用方法を誤らなければ警戒する必要はなく、むしろ積極的に利用すると良いことを知った。ただ、結局、私がアメリカのロー・ファームに転職したのは、当時そのロー・ファームにいた大学時代のゼミの先輩のおかげだった。あさひ狛法律事務所とアメリカのロー・ファームは当時、溜池山王の隣同士のビルに入っていて、偶然、ランチタイムにゼミの先輩と事務所の周辺でばったりあったのがきっかけだった。その時、ゼミの先輩がコロンビア・ロースクールに近々留学するのでポジションが一つ空くということを知り、先輩の紹介でアメリカのロー・ファームにアプライすることになった。そして早速面接の日程が組まれて面接へと進んでいった。


(12:19)

2006年09月14日

あさひにいたときは不良債権の処理の過程で、半年に一回、クライアントの会社の公認会計士(米国資格)が不良債権の回収の状況を監査しにきた。その為、普段から簡単な帳簿のようなものをつけて回収の状況や費用の状況を記帳していた。とはいえ、素人だったのでいろいろ会計的な視点からまずい処理をやってしまっていたので、公認会計士の人に指摘をしてもらい、いろいろ教えてもらった。法律事務所にいながら公認会計士の家庭教師をつけてもらったような感じで良かった。

あとびっくりしたことは、日本の法律事務所ではよく事務所旅行で海外に行くということだ。入所していきなり海外への事務所旅行に行ったので、「まだ大して働いていないのになんて親切な事務所だろう!」と思った。ちょっと中小企業みたいだけれども、事務所の規模が大きくなると事務所旅行はなくなってゆくことになる傾向があるそうだ。

(18:30)

2006年09月11日

紆余曲折はあったが、法律実務を垣間見てみようと思い、まずは、あさひ・狛法律事務所という事務所の国際部門に入所した。この事務所は来年、破談にならなければ西村ときわ法律事務所と一緒になって日本最大の法律事務所になる予定だ。しかし私がいたときはまだそんな話は全くなかった。あさひでは、私は外資のクライアントのために不良債権処理業務を主にやったが、再生事業に関するデューデリや大型倒産処理を含む破産手続きをやらせてもらった。不良債権処理では銀行から不良債権を買い取るところからサービシングまでの手続き全般に関わることができて非常に良い経験をさせてもらった。この体験は法律家になるためだけではなく、会社経営をしたいと思う人にとってもいい経験となるような内容だった。銀行の本店に行き銀行の金銭消費貸借契約書などの融資関連書面を何百通も片っ端から読み進んだので、銀行勤務の経験がないのに、短期間に銀行の内部手続きを徹底的に垣間見ることができた。また、抵当不動産の任意売却、競売、賃料の差押など、執行に関わる手続きを具体的に行い、その上破産手続きにも関わったので民法の理解が非常に深まった。更に、この事務所では弁護士がさまざまな勉強会を所内で開設して行っており、私も金融や破産に関する勉強会に参加させてもらったので非常に良かった。

(17:57)

2006年09月05日

私はしばらくパラリーガルという職種を体験してきた。弁護士になろうと思う人にとって、パラリーガルを若いときにやってみるのは非常にいい体験になると思う。アメリカでは大学卒業後、パラリーガルとして働いてみてからロースクールに行くかどうか決める人もいるそうだ。私は旧司法試験を受験してみたけれども論文にすぐに合格できなかったので、制度改革の狭間でもあり様子を見極めたほうがいいと思い、紆余曲折はあったがパラリーガルを最後にやってみた。非常に有名な日本の事務所とアメリカの事務所の両方で実務体験をしたので大変面白かったし勉強になった。特にアメリカの事務所では新聞の一面を飾るようなM&Aにいくつかかかわることができたのがとても良かった。そこでその体験を生かしロースクールに行くことも次の選択肢として当然考えられるのだが、私は別の選択肢をとることにした。体験した実務知識と、法律事務所がどのようなところかという体験をもっと別のかたちで生かしてみようと思う。
そもそも私は弁護士になることを希望していたわけではない。慶應義塾大学法学部法律学科に在籍していたときは政治に興味があり選挙のアルバイトをよくやっていたし、「政治では経済が重要だ!」と思い、中谷巌先生の入門マクロ経済学の教科書を読みふけっていた。その後、ちょっと変わった大学の指導教授との話し合いで、何故か大学院に残ることになり、その頃大学院博士課程を終わって宙ぶらりんの状態だった長島明久先輩と駒村圭吾先生とともに指導教授のかばん持ちのようなことをしていた。ところが、博士課程に進む予定ではあったが、せっかく法律を勉強したのだから資格を取っておこう!と思い立ち、修士課程終了後に旧司法試験を受験してみた、というのが受験に至った経緯で、特に絶対弁護士になりたかったわけではなかった。
続く


(19:01)

2006年09月01日

イギリスから日本に帰ってきて日本の街並みをボーと眺めた。その時、日本の街の雰囲気はなんとなく雑然として統一性がなく、なんだかガチャガチャした印象を受けた。日本は比較的便利で安全な住みやすい国だけれども、街並み景観を統一的に良くしようとする意識はあまり高くないような気がする。奈良や京都に行くと違うのかもしれないけれど東京は汚い雑居ビルが不統一に立ち並び統一性のない広告が無秩序に飛び出していたりするので、きれいな印象がない。家庭でも、「庶民的」と称して雑然とした汚さが悪びれもせず正当化されることが多いのかも知れない。
最近、IKEAに行って家具などを見たが、かなり安くてデザインのいいものが揃っていた。高額所得者でなくてもデザインに敏感な人が増え、次第に街並みも、余裕のあるきれいさがそなわればいいのにと思う。


(22:59)