NHK大阪放送会館(左)・大阪歴史博物館(右)(大阪市中央区)5月7日()〜10日(火)にかけての関西方面旅行の記事、その10です。
3日目の午後、NPO法人 まちの案内推進ネット本部えきペディアを運営)に立ち寄った後、同法人の方からの勧めで大阪歴史博物館に向かい、同館を見学しました。この記事では大阪歴史博物館の展示を中心に、3日目午後の行程を取り上げます。
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その9…住吉大社と阪堺電車 より続き


【京阪神乗り鉄紀行2011初夏 3日目】
その8その9その10その11

この記事で示す行程は下記の通りです。
<その9より>→なんば-(大阪市営地下鉄御堂筋線)→心斎橋-(大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線)→谷町六丁目→【昼食】→【NPO法人 まちの案内推進ネット本部】-(自転車)→【大阪歴史博物館】-(自転車)→【大阪城周辺】-(自転車)→【NPO法人 まちの案内推進ネット本部】→<その11へ>

大阪市交通局21系電車(なんば駅にて、'11.05.09撮影)なんばから御堂筋線に乗車し、谷町六丁目への長堀鶴見緑地線の乗り換え駅である心斎橋に向かいます。やってきたのは先ほど千日前線で乗車した25系の兄貴分に当たる21系車両でした。

【乗車車両】
なんば→心斎橋:大阪市交通局21013/新大阪行き(286列車)
大阪市交通局10系電車(心斎橋駅にて、'11.05.09撮影)心斎橋駅にて。御堂筋線で最初(1933年)に開業した梅田-心斎橋間ではどの駅も天井が高くドーム上になっていて、広々とした開放感のあるホーム空間になっています。このように、改札からホームに降りる階段から電車を俯瞰した写真を撮影することもできます。車両は10系で、VVVFインバータ制御に更新された編成です。

ここからは長堀鶴見緑地線に乗り継ぎます。長堀鶴見緑地線は「花の万博」にあわせて1990年に最初の区間が開業した路線で、東京の都営大江戸線などと同様にトンネル断面が小さく、リニアモーター駆動を採用しています(大江戸線は当路線の1年後に開業している)。都営大江戸線とともに、日本でのリニアモーター駆動の地下鉄の草分け的存在の路線です。
大阪市交通局70系電車(心斎橋駅にて、'11.05.09撮影)長堀鶴見緑地線では各駅へのホームドアの設置工事が進み、以前利用した時とはやや趣が変わっていました。ホームドアの可動部には東京のJR山手線東京メトロ有楽町線で使用されているものと同様にガラス窓が設けられています。大阪市営地下鉄では今里筋線に開業当初からホームドアが設置されているほか、千日前線や御堂筋線でも今後設置されることが決定しています。
【乗車車両】
心斎橋→谷町六丁目:大阪市交通局7158/門真南行き(165列車)
大阪市交通局70系 車内LEDの「Linear Motorcar 7000」の表示長堀鶴見緑地線の70系電車ではLED車内案内表示機が車端部(および乗務員室背後)に設置されています。おそらく車体断面が小さいことからこのようになったのではないかと思います(東京都交通局12-000形の試作車もそうだった)。
日本初のリニアモーター地下鉄ということで、この70系は1991年度の鉄道友の会ローレル賞を受賞しています。

エスカレーターの進行方向表示@谷町六丁目駅谷町六丁目駅のエスカレーターです。エスカレーターの乗降口にはこのように矢印でエスカレーターの動いている方向を表示する装置が付いていました。このような装置は東京では殆ど見たことがないのですが、大阪周辺ではかなり多く見かけました(特に阪急電鉄の駅構内にあるエスカレーターでは殆どにこの表示部があった)。

谷町六丁目駅では長堀鶴見緑地線のホームは駅の北寄りにある一方、NPO法人 まちの案内推進ネット本部がある新谷町第二ビルはもっとも南側の3番出入口が最寄で、長堀鶴見緑地線ホームから南側の改札口に行くには、
大阪市交通局30系電車(谷町六丁目駅にて、'11.05.09撮影)谷町線のホームを経由する必要があります。ちょうど大日行きの30系が入ってきました(この画像は動画からのキャプチャです)。



まだ昼食を食べていなかったので、とりあえず新谷町第二ビルに近い、空堀(からほり)商店街アーケード(谷町筋を境に東西で雰囲気が異なり、どちらかというと谷町筋の西側、松屋町方面のほうが賑わっている。私が向かったのは東側)内のうどん店「月み庵」に入ります。
うどん・酒と肴 月み庵(大阪市中央区)「月み庵」の外観です。個人経営のそれほど大きくない店で、夜はむしろ居酒屋としての色彩が強くなる店のようです。
まずは先にトイレを取材します。トイレは店内左手奥にありますが、バックヤードとの境界のような場所を通ります。
所在地:大阪府大阪市中央区谷町7-1-49
■「月み庵」店内トイレ
●器具カラー:ハーベストグリーン(製造終了、TOTO色番号:#SF4)
月み庵 店内トイレ内部トイレは男女兼用の1室のみで、便器はTOTOの洗落し式便器C730+S730Bを使用しています。便座は普通便座(TC262N)を使用しています。奥行きは狭く、仮に便器に座って足を投げ出したらすぐにドアにぶつかりそうです。手洗器はTOTOのL590を使用しています。

月み庵 ぶっかけうどん「ぶっかけうどん」を注文しました。600円ぐらいだったと記憶しています。量の割りに、器は異様に大きいものでした。うどんはどちらかというと讃岐風っぽい雰囲気を感じました(ただし、麺は細めだったが)。


新谷町第二ビル(大阪市中央区)*2010年8月撮影昼食を食べて、新谷町第二ビルに移動し、NPO法人 まちの案内推進ネット本部に入ります。同法人の本部を訪れるのは3度目でした。
まちの案内推進ネット本部で1時間ほど、近況やここのところの調査活動の報告、最近の地下鉄・鉄道駅のバリアフリーの状況などについて話し合ったあと、大阪市中心部の観光スポットの話になり、大阪歴史博物館や「大阪市立すまいのミュージアム くらしの今昔館」などがお勧め、ということでした。大阪歴史博物館なら谷町線で北隣の谷町四丁目駅付近とここから近く、さらに法人の方が自転車を貸してくれるということだったので、自転車で大阪歴史博物館に向かい、そこを見学した後に大阪城周辺をまわることにしました。

■新谷町第二ビル3階トイレ
●器具カラー:ホワイト(TOTO色番号:#NW1)
▲取材日:2010年8月5日
新谷町第二ビル3階トイレ(01)洗面台はTOTOのL230Dを3台使用しています。蛇口はハンドル式単水栓を使用しています。ロゴマークは確かToyotokiマークだったと思います。液体石鹸容器はサラヤシャボネットの容器でした(西武の駅トイレでも見られる)。
新谷町第二ビル3階トイレ(02)小便器は近年になって新調されており、TOTO製CeFiONtect仕様の自動洗浄小便器UFS800C(リップ高さ350mm)を5台使用しています。一番手前の1台には手すりを併設しています。

新谷町第二ビル3階トイレ(03)大便器個室は3室(和式2+洋式1)あります。和式便器はTOTOのC375Vを使用しています。洗浄装置は押し棒式フラッシュバルブ(低水圧用)を使用しています。手すりは前方に横手すり1本です。ロゴマークはToyotokiマークでした。
新谷町第二ビル3階トイレ(04)洋式便器はTOTOのサイホン式便器C21Rを使用しています。洗浄装置は押し棒式フラッシュバルブを使用しています。便座はウォシュレットP男性用('02.6〜'05.5モデル)TCF581Mを使用しています。こちらは小便器よりやや古いロットになるので、大便器個室の1室洋式化と小便器の改修は別の時期に行なわれたのではないかと思います。手すりも設置されています。

さて、ここからはいよいよ自転車をこいで大阪歴史博物館に向かいます。谷町筋を1kmほど北上すると中央大通(地下に大阪市営地下鉄中央線が通っている)にぶち当たるので、そこを右折するとすぐに大阪歴史博物館の前に出ます。
NHK大阪放送会館(左)・大阪歴史博物館(右)(大阪市中央区)大阪歴史博物館は法円坂交差点を挟んで難波宮跡公園と斜め向かいに位置しています。左の角張ったビルはNHK大阪放送局などが入るNHK大阪放送会館で、右の丸みを帯びたビルが大阪歴史博物館となります。入口は一緒で、中で左に曲がるとNHK大阪放送会館に入り、右に曲がると大阪歴史博物館のチケット売場があります。
大阪歴史博物館は古代の難波宮の時代から、「天下の台所」と呼ばれた江戸時代、そして日本有数の工業都市として栄えた近代までを多数の模型・実物大モデルや実物資料などを用いて展示・紹介しており、東京でいう「江戸東京博物館」のような施設といえます。2001年に開館しました。
所在地:大阪府大阪市中央区大手前4-1-32
NHK大阪放送会館 1階入口付近「おかあさんといっしょ」展示コーナー大阪歴史博物館の入口に入る前にあった(NHK大阪放送会館の入口右横)、NHK『おかあさんといっしょ』のディスプレイです。写真を拡大してよく見ると、下の方を汽車が走っているのがお分かりいただけると思います。
NHK大阪放送会館 「おかあさんといっしょ」展示 プラレール?その汽車の線路はタカラトミー・プラレールの線路を流用しており、複線が敷設されていましたが、汽車が走っていたのは内回り線だけでした。また、近年のプラレールの線路では表面に「TOMY」のロゴマークが刻印されているので、それを隠すためか軌道の中央部分が埋められていました。

このディスプレイから見て後ろ側に進むと大阪歴史博物館の受付と入場券の売場があります。私は学生なので、学生料金(400円)で入館します。
■大阪歴史博物館 1階トイレ
●器具カラー:ペールホワイト(TOTO色番号:#N11)
●多機能トイレのドアは手動
大阪歴史博物館1階トイレ(01)洗面台はカウンター式で、TOTO製CeFiONtect仕様のL582CMSを3台使用しています。蛇口は自動水栓アクアオート(TEL31AX?お湯が出たような記憶も)を使用しています。1台には手すりを併設しています。カウンターは大理石製で高級感のある雰囲気ですが、手指乾燥機はありませんでした。
大阪歴史博物館1階トイレ(02)小便器はTOTO製CeFiONtect仕様の自動洗浄小便器ジアテクトUFS620CES(床置き式大型、'00.2〜'02.7モデル)を4台使用しています。1台(一番手前)には手すりを併設しています。掃除は行き届いており、綺麗に使われています。
大阪歴史博物館1階トイレ(03)大便器個室は2室(和式・洋式各1室)あります。和式便器はTOTOのC755(非CeFiONtect仕様の前期ロットだったと記憶)を使用しています。洗浄装置は押し棒式フラッシュバルブを使用しています。手すりは前方に横手すり1本のみです。
大阪歴史博物館1階トイレ(04)洋式便器はTOTO製CeFiONtect仕様のサイホンゼット式便器C480Sを使用しています。洗浄装置は押し棒式フラッシュバルブを使用しています。便座はウォームレットG(脱臭付き暖房便座)TCF223を使用しています。
洋式個室内には手すり・ベビーチェアも設置されていますが、ベビーチェアは殆ど見かけない形状のものでした(海外メーカー製?)。
大阪歴史博物館1階トイレ(05)多機能トイレです。2室設置されています。便器はTOTOの車椅子対応サイホンゼット式便器C48AS(上面高さ417mm)を使用しています。洗浄装置はタッチスイッチ+光電センサー併用のフラッシュバルブです。便座は私も自宅で愛用しているウォシュレットGB TCF771を使用しています。小型手洗器(TOTO L593+オートストップ水栓)も設置されています。
大阪歴史博物館1階トイレ(06)この多機能トイレにはオストメイト対応設備も設置されています。汚物流しはTOTOのSK434R(洗落し式)を使用しています。蛇口はセンサーに手をかざすタイプのシャワー水栓で、サーモスタット混合栓を使用しているのですが、電気温水器が止められていたのか、取材当時は水しか出ず、水流も弱かったです。洗浄装置はタッチスイッチ+光電センサー併用のフラッシュバルブです。
オストメイト対応設備側にも紙・液体石鹸が備え付けられているほか、鏡(傾斜鏡)も設置されています。
大阪市内はもとより、全国の公共施設でもかなり早い時期に整備されたオストメイト対応トイレではないかと思います。
大阪歴史博物館1階トイレ(07)多機能トイレの洗面台はTOTOのL103を使用しています。蛇口は自動水栓アクアオート(TEL30ARX)を使用しています。洗面台の鏡は傾斜鏡ではありません。







大阪歴史博物館1階トイレ(08)多機能トイレはもう1室設置されており、こちらはオストメイト対応ではなく、ベビーシートが設置されています。便器は先ほどの個室と同じ機種でやはりウォシュレットGBが設置されており、器具配置も同一です。どうせ2室設置するのであれば、片麻痺の方などに配慮して器具を逆勝手に配置すべきだったのではないかと思います。
大阪歴史博物館1階トイレ(09)洗面台も先ほどのオストメイト対応設備が設置された個室と同一のものを使用しています。









大阪歴史博物館1階トイレ(10)多機能トイレ内にはベビーシートも設置されています。移転前の小田急座間駅の多機能トイレなどでも見られたタイプです(どうやらアメリカ製らしい)。






1階の受付から正面にあるエレベーターに乗って、一気に10階まで上がる順路になっています。時代を下るにつれて、階層も10階→9階→8階→7階→…と下ってゆきます(ちなみにこのビルはかなり天井が高く、10階は一般的な高層ビルの20階程度の高さにある)。
■大阪歴史博物館10階トイレ
●器具カラー:ペールホワイト(TOTO色番号:#N11)
●多機能トイレのドアは手動
大阪歴史博物館10階トイレ(01)洗面台はカウンター式で、TOTO製CeFiONtect仕様のL582CMSを2台使用しています。蛇口は自動水栓アクアオート(TEL31ARX)を使用しています。内装は1階のトイレと同様です。1台(向かって右側)には手すりを併設しています。
大阪歴史博物館10階トイレ(02)小便器はTOTO製CeFiONtect仕様の自動洗浄小便器ジアテクトUFS620CES(床置き式・大型)を3台使用しています。向かって一番左側の1台には手すりを併設しています。とても綺麗に使われています。

大阪歴史博物館10階トイレ(03)大便器個室は2室(和式・洋式各1室)あります。和式便器はTOTOのC755を使用しています。洗浄装置は押し棒式フラッシュバルブを使用しています。
手すりは便器前方に横手すり1本のみの設置です。
大阪歴史博物館10階トイレ(04)洋式便器はTOTO製CeFiONtect仕様のサイホンゼット式便器C480Sを使用しています。洗浄装置は押し棒式フラッシュバルブを使用しています。便座はウォームレットG(脱臭付き暖房便座)TCF223を使用しています。
洋式個室内には手すり・ベビーチェアも設置されています。ベビーチェアは1階のものと同じ、海外メーカー製と思われるものでした。
大阪歴史博物館10階トイレ(05)多機能トイレです。この階では1室のみの設置です。便器はTOTOの車椅子対応サイホンゼット式便器C48ASを使用しています。洗浄装置はタッチスイッチ+光電センサー併用のフラッシュバルブををし要しています。便座はウォシュレットGB TCF771を使用しています。小型手洗器も設置されています。
大阪歴史博物館10階トイレ(06)多機能トイレの洗面台はTOTOのL103を使用しています。蛇口は自動水栓アクアオート(TEL30ARX)を使用しています。








大阪歴史博物館10階トイレ(07)多機能トイレ内にはベビーシートも設置されています。1階にあるのと同様の、海外製と思われる、縦長の形状のものです。








大阪歴史博物館10階から難波宮跡公園を望む大阪歴史博物館10階から南側を眺めます。南側には中央大通を挟んで難波宮跡公園があります。ここに大和時代(飛鳥時代)から奈良時代にかけて断続的に宮殿が置かれ、天皇が居住し、日本の首都となっていた時期がありました。
難波宮は『日本書紀』にも記載があり、その存在事実は古くから知られていたものの、詳細な場所については記録がなかったようで、これが明らかになったのは戦後の1950〜60年代に行なわれた発掘調査によってのことになります。
大阪歴史博物館 10階:古代フロア 難波宮大極殿の再現(01)10階では奈良時代の難波宮の大極殿(だいごくでん)の儀式の様子を再現した展示がされており、朱塗りの直径70cmの太い柱など、当時の様子が原寸大で復元されています。

大阪歴史博物館 10階:古代フロア 難波宮大極殿の再現(02)難波宮は大和時代の645年(大化の改新の後)孝徳天皇が遷都したのが最初で、その後686年に一度全焼したものの、聖武天皇の時代に副都として造営されました。
その後786年に桓武天皇が長岡京に遷都する際に、大極殿をはじめ、一部の建物はそちらに移築されたようです。



大阪歴史博物館 10階:古代フロア 難波宮大極殿の再現(03)女官たちの人形です。この衣装は奈良時代のものを再現しているようです。









大阪歴史博物館 10階:古代フロア 難波宮大極殿の再現(04)日によっては、来場客がこれら、奈良時代の官人が着ていた衣装を着ることを体験できるイベントが行なわれることもあるようです(主に隔週の土曜日に行なわれる。このほかにも大阪歴史博物館では「ハンズオン」と呼ばれる体験イベントをほぼ毎日実施していて、月曜日は9階で江戸時代の両替商を体験できるイベントをやっているようだ。おそらく5月9日にもやっていただろうから、申し込んで参加すればよかったかも)。
大阪歴史博物館10階から通天閣方面を望む10階の窓から南方向を眺めます。ちょっとわかりにくいですが、中央少し右側には通天閣が見えています。大阪都心の南側には意外と高いビルがありません(通天閣の高さは約100mで、30階建てのビルに相当するが、この大阪歴史博物館ビルよりも低い)。なお、この窓は等間隔でスクリーンが下りて古代の宮廷の儀式の様子の映像が映し出されます。
大阪歴史博物館 10階:古代フロア 天井10階の天井です。古代の大極殿の天井を再現しており、骨組みや天井の格子が目を惹きます。下の人形が大勢いる宮廷の儀式の展示に目を取られ、つい天井には目が行かない、という方も多いのではないかと思いますが、細かく造りこまれており、大阪歴史博物館10階ではこちらにも注目です。

北側のエスカレーターから9階に下ります。9階は中世・近世のフロアで、室町時代から江戸時代にかけての大阪(当時は「大坂」と表記)の変遷を展示しています。
大阪歴史博物館9階から大阪城方面を望むエスカレーターの途中の踊り場の窓から大阪城方面を撮影しました。大阪城の北側はOBP(大阪ビジネスパーク)になっており、高層ビルが林立していますが、大阪城のバックに高層ビルが並んでいる風景というのはどうも情緒に欠ける気がします(OBP側から見ればこのビルが大阪城の背景に映る余計なものとして認識されるのだろうが)。

9階に下ります。
■大阪歴史博物館9階トイレ…10階と全く同一仕様

大阪歴史博物館 9階:中世・近世フロア 中世の大坂の町並み(模型)中世(室町~戦国時代)の石山本願寺(大坂本願寺)の寺内町を再現した模型です。石山本願寺の周辺の10の町が寺内町を構成し、領主権を確保して戦国大名の領地に匹敵する独立王国を築いたといわれています。
大阪歴史博物館 9階:中世・近世フロア 石山本願寺御影堂(模型)石山本願寺の御影堂の模型です。石山本願寺は寺院でありながら、堀や塀、土居などを設けて防備を固め、ほぼ城郭といってもいいような構造になっていたといわれており、浄土真宗(一向宗)の中心をなす寺となっていました。
1570年に織田信長の矢銭(軍事費)納付や寺の敷地の明け渡しの要求に対抗して全国の門徒を集め、「石山合戦」と呼ばれる10年に亘る戦が発生し、1580年、石山合戦の終結(天皇の調停により和議が成立した)のすぐ後に火災で全焼してしまい、跡地には豊臣秀吉が大坂城を建設したため、石山本願寺の詳細な規模や構造は殆どわからなくなってしまいました。
大阪歴史博物館 9階:中世・近世フロア 中世〜近世の大坂の地層江戸時代までに、現在の大阪市中心部に堆積した地層の断面模型です。上から2段目、説明板にピンク色の帯で示されている層は1615年の大坂の陣で大坂城が焼け落ちた時に発生した瓦礫の層です。この大坂の陣により豊臣家は滅亡しましたが、大坂城天守閣が焼け落ちる際、その炎により大坂の空が赤く染まる様が京都(45〜50km離れている)からも確認できた、という記録もあるようです。
また、この頃は「大坂」は「おおか」ではなく、「さ」を濁らせて「おおか」と発音していたようです。
大阪歴史博物館 9階:中世・近世フロア 安治川橋・難波橋(模型)安治川橋と難波橋(なにわばし)の模型です。安治川橋は現在の西区阿波座付近にあった橋で、元禄期の1698年に架けられました。1873年に新しく西洋から輸入した鉄橋が架けられ、この鉄橋はマストの高い帆船がとおる時には橋げたが回転する仕掛けを持っていましたが、1885年の洪水の際、他の橋が崩壊した瓦礫が安治川橋の下に集まり、大阪市内が洪水になる恐れが生じたために爆破されました。難波橋は現在の北区と中央区の区境にあたる旧淀川に架かる橋の1つで、現在は堺筋が通っており、途中に中之島を挟んで2つに分かれた構造になっています。現在では京阪中之島線の駅名(なにわ橋駅)にもなっています。
大阪歴史博物館 9階:中世・近世フロア 新清水寺(模型・イラスト)「新清水寺」(しんきよみずでら)のディスプレイです。「新清水寺」自体は現在も天王寺区にあり、上町台地の西の端の高台、夕陽ヶ丘付近にあって京都の清水寺の舞台を模した舞台も残っているようです。また、同寺境内の「玉出の滝」は大阪市内では唯一の天然の滝として知られています。現在は付近の四天王寺の支院になっているようです。この寺は江戸時代前期には荒廃していたものの、1640年に僧:延海が観音のお告げを受けて京都・清水寺を模した舞台造の本堂を建立し、更に同寺より千手観音像を迎え入れて再興し、暫く後の享保年間になって「新清水寺」と呼ばれるようになった、と伝えられています。
大阪歴史博物館 9階:中世・近世フロア 住友家蔵屋敷(模型)住友家蔵屋敷の模型です。江戸時代の大坂には諸国の年貢米や特産物を販売するための蔵屋敷が建ち並び、後に「天下の台所」と称される日本有数の経済都市として反映しました。また、蔵屋敷への貨物の運び込みには水路が使われ、この水路の発展により江戸の「八百八町」に対して「八百八橋」などと呼ばれた橋と水路の町となり、「水の都」と呼ばれるようになりました。写真の蔵屋敷の模型は裏側の様子も見られるよう、回り舞台のように回転する仕掛けになっていました。
大阪歴史博物館 9階:中世・近世フロア 江戸期の大坂の街並み江戸時代の大坂の街並みの模型です。土蔵造りの建物が目立ちます。手前にある広い敷地の建物はやはり蔵屋敷のようで、少しわかりにくいですが右に積出港が見えます。

大阪歴史博物館 9階:中世・近世フロア 菱垣廻船の模型菱垣廻船の模型です。菱垣廻船は江戸時代初期に大坂の南・堺の商人が紀伊(和歌山県)の廻船を雇って江戸への行路を開設したのが創始で、後に登場した「樽廻船」と並び江戸時代を代表する貨物船として知られています。
大阪歴史博物館 9階:中世・近世フロア 天神祭の山車天神祭の山車です。実物が展示されています。天神祭は大阪の夏を代表する祭として現在も広く知られ、鉄道ファンの間では阪急電鉄能勢電鉄が各線の電車にヘッドマークを掲出することでも知られています(阪急電鉄能勢電鉄はこの少し前、京都の祇園祭の時にも各線にヘッドマークを掲出する)。天神祭は大阪天満宮が鎮座したすぐ後の951年に始まったと伝えられていますが、「日本三大祭」に並べられるようになったのは江戸時代以降のことで、山車が使われるようになったのも寛永期以降のことになります。
江戸時代の天神祭の壮大さは『東海道中膝栗毛』や『世間胸算用』といったこの時代の名著の中にも取り上げられています。
大阪歴史博物館 9階:中世・近世フロア 文楽(人形浄瑠璃)人形文楽人形です。実物が展示されています。「文楽」は幕末以降に人名から取られた名称で、人形を使うことと劇の進行に浄瑠璃節を用いることから「人形浄瑠璃」とも呼ばれます(浄瑠璃節の筋書きを判りやすくするために人形が使われるようになったのが始まり)。大坂の竹本義太夫による義太夫節と、竹本と組んだ近松門左衛門の脚本により、一時期は大坂において歌舞伎をしのぐ人気を博しました。
現在も文楽(人形浄瑠璃)の保存・伝承に当たる国立文楽劇場は大阪市にあり、近世の大坂を代表する芸能の1つといえます。
大阪歴史博物館 9階:中世・近世フロア 歌舞伎劇場の模型歌舞伎の公演が行なわれていた劇場の模型です。上方(関西)の歌舞伎はお家騒動物などのいわゆる「和事」と呼ばれる題材が中心でした。近松門左衛門も『けいせい(傾城)仏の原』などの脚本を著しています。
大阪歴史博物館 9階:中世・近世フロア 歌舞伎劇場の模型劇場模型の内部には花道を舞台に向かう役者とそれを見上げる観客たちの姿が再現されています。



9階からは再びエスカレーターで8階に下ります。8階は「歴史を掘る・特集展示」フロアで、原寸大に遺構の発掘現場を再現して調査の方法や遺構・異物の見方を学ぶことができる展示が設置されています。また、遺構の調査を本番さながらに体験できるワークショップを実施することもあるようです。

大阪歴史博物館 8階:「歴史を掘る」フロア 地層と各時代の食器8階にも大阪市中心部に堆積した地層のモデルがありました。更に、ここには地層の年代にあわせて、中に埋まっているであろう土器や陶磁器が再現されていました。右側のショーケースに入っているのは当時使われていた食器の例です。大和(古墳・飛鳥)時代の須恵器・土師器から、瓦器(かき)、陶器と時代を下るにつれて変わり、江戸時代には現在とほぼ同じ磁器が広く使われるようになります。


7階に下ります。7階は「大大阪の時代」と題して、近代(明治〜昭和時代)の大阪の町並みを再現した展示になっています。
■大阪歴史博物館 8階トイレ
●器具カラー:ペールホワイト(TOTO色番号:#N11)
●多機能トイレのドアは手動
8階のトイレは多機能トイレが男女別に1室ずつ設置されています。
大阪歴史博物館8階トイレ(01)7階の多機能トイレです。このトイレでは便器が取り替えられており、CeFiONtect仕様で車椅子対応(便器上面高さ417mm)のC480ANが入っています。便座は他の多機能トイレと同様にウォシュレットGB TCF771が入っています。小型手洗器も設置されています。右側にはベビーシートが設置されており、やはり海外製品と思われる縦長形状のものです。
大阪歴史博物館8階トイレ(02)多機能トイレの洗面台はTOTOのL103を使用しています。蛇口は自動水栓アクアオート(TEL30ARX)を使用しています。






8階からは吹き抜けで7階の展示が見下ろせます。
大阪歴史博物館 7階:近代・現代フロア 「新装記念大歌舞伎」の看板7階では大正~昭和初期に大阪市内でもひときわ賑わった心斎橋筋、道頓堀周辺を中心とした街角を原寸大で再現しています。
「新装記念大歌舞伎」の垂れ幕です。






では、7階に下りましょう。
■大阪歴史博物館 7階トイレ…10階と同一仕様。

大阪歴史博物館 7階:近代・現代フロア 地下鉄開業当時のイメージ下りるとまずは開業当時の大阪市営地下鉄を再現したコーナーがありました。大阪市営地下鉄の最初の区間は現在の御堂筋線の一部である梅田-心斎橋間になります。東京の銀座線に遅れること6年、1933年に開業しました。開業当時の100形車両の前頭部の形状がリアルに再現され、車内の混雑を整理する駅員(車掌?)の姿もありましたが、石膏か何かで造られているようで、真っ白でした。色は塗って欲しい…。
なお、この100形車両は1970年まで使用されましたが、大規模な改造を施していなかった105号車(ちょうど、この展示で再現されている車体の番号と同じ)が四つ橋線の緑木検車場(住之江区)に保存されており、イベントで公開されることもあるようです。
また、御堂筋は御堂筋線の建設に合わせて現在のような広い道路に改良された経緯があり、以降も大阪市は地下鉄建設を道路整備と並行して行ったため、現在も中央線の一部区間を除いて大阪市営地下鉄は路面電車のための法律である軌道法を適用しています。
御堂筋線は当初は1両編成での運転でしたが、建設当初から路線は8〜12両の列車を運転できるように設計されており、現在のような10両編成の列車の運転も大規模な改良工事を実施せずに実現できました(これとは別に梅田駅となんば駅で混雑緩和のためにホームを増設する工事を行なっているが)。
大阪歴史博物館 7階:近代・現代フロア 八百屋の店先公設市場の復元コーナーの一角にある八百屋です。店先に並んでいる野菜のモデルは本物と見まごうほどリアルに作られています。また、大阪歴史博物館の学芸員によって作成されている「なにわ歴博ブログ」によれば、店先に並んでいる野菜は「田辺大根」や「天王寺蕪(かぶら)」などの大阪の伝統野菜を中心に並べているようです(田辺:東住吉区の地名。今回の旅行で大阪での宿泊地とした長居の北隣にある)。
▲余談になるが、名古屋の漬物の材料として知られる「守口大根」は元々、名前が示すとおり大阪市の東隣・守口市の伝統野菜であったが、のちに都市化が進んで大阪では殆ど栽培されなくなり、一般の市場にも大阪産のものは出回らなくなり、現在は名古屋から近い愛知県北部や岐阜県が主な生産地となっている

大阪歴史博物館 7階:近代・現代フロア 町工場町工場の再現です。金属を加工する工場でしょうか。





大阪歴史博物館 7階:近代・現代フロア 魚屋の店先魚屋の店先です。この時代にはトレーなどはないので、店先には丸のままの魚がいっぱい並んでいます。やはり、魚は本物のようにリアルに作られています。写真の右側には赤ん坊を背負った買い物客の姿もあります。なんとなく京都の錦市場の魚屋を思い出しました。
大阪歴史博物館 7階:近代・現代フロア 歌舞伎劇場の前歌舞伎の劇場と「日の本タビ」の大きなネオンサインです。
歌舞伎の劇場は道頓堀角座で、1758年に回り舞台を初めて採用したことで知られる劇場で、戦前は歌舞伎などの演芸の興行を行なっていましたが、戦災で焼失し、戦後は映画館に転換された後、2007年に閉鎖されました。
「日の本タビ」のネオンサインは昭和初期に戎橋の袂に設置されていたのを再現したものですが、現在「日の本タビ」を生産していた会社は現存しません(似たような名称で「日本足袋」という会社もあったようだが、そちらは現在靴メーカー大手のアサヒコーポレーションとなっている)。
大阪歴史博物館 7階:近代・現代フロア 子供服店の店先子供服を扱う洋服店の前でショーケースを眺める親子の姿です。ショーケースの中には洋服を着た子どものマネキンが入っています。



戦後の大阪については、家電製品など、生活に使われた品々の展示が中心でした。
大阪歴史博物館 7階:近代・現代フロア 白黒テレビ(東芝製)白黒テレビです。1958年東芝製です。大阪市内の家庭で使われ、その後保管されていたものが博物館に寄贈されたものです。大阪には大手家電メーカーPanasonic、三洋電機(現在はPanasonic傘下)、シャープなどが本拠を置いている一方、東芝は旧社名を「東京芝浦電気」からもわかるように東京を発祥とする会社のため、関西の家庭では東芝製品は少数派であるようですが、このテレビの寄贈者の夫が東芝製品を愛用していたようです。
大阪歴史博物館 7階:近代・現代フロア ラジオ受信機(Panasonic製)Panasonic製のラジオ受信機です。もちろん当時は音響・映像機器も「ナショナル」ブランドを使用していました。左下には「ナショ文字」フォントのカタカナ表記のロゴマークが入っており、機器の上部に入っている英字表記はすべて大文字で「NATIONAL」と表記されていました。

最後は再び1階に下ります。途中2階にトイレがありましたが、和式個室がない以外は10階のトイレとほぼ同じ仕様でした。
大阪歴史博物館 1階 大阪万博時に造られたタイムカプセルのレプリカ1階には大阪万博のときに大阪城公園の地下に埋設されたタイムカプセルの複製品が展示されています。これは日本万国博覧会協会と毎日新聞社、そしてPanasonicの3者が大阪万博の後に2つ埋設したもので、1つは5000年後の西暦6970年に開封、もう1つは内容物の確認のためまず2000年に開封し、その後100年おきに開封するということになっています。
大阪歴史博物館 屋外展示 高床式倉庫大阪歴史博物館・NHK大阪放送会館の前の広場には高床式倉庫が復元されていました。古墳時代にこの付近にはこのような高床倉庫が16棟も建っていて、近代になって「法円寺坂遺跡」として発掘されました。古代の港湾施設であったのではないかといわれています。

大阪歴史博物館ではこのほか、地下に難波宮の遺構が保存されており、当日申し込みで見学も出来たようですが、これは見落としてしまいました。

その後、せっかく自転車を借りたので少し走ってみます。
大阪城公園(大阪市中央区)大阪城公園は大阪歴史博物館からすぐ近くです。大阪城公園は広いですが、園内の南側のエリアを走り抜けました。



【JR大阪環状線】JR線森ノ宮駅大阪城公園を抜けると森ノ宮の駅前に出ます。手前の地下に下りる階段は大阪市営地下鉄の駅の入口、奥に見える221系が停まっている高架駅はJR西日本大阪環状線の駅になります。


森ノ宮駅前から玉造筋を南下しました。
森ノ宮駅付近の廃屋(写真奥)(大阪市中央区)玉造筋沿いにあった住宅です。手前にはモルタル造の四角い住宅がありますが、奥に見える瓦屋根の木造住宅はすでに半壊状態になっていました。おそらくまとめて今は人が住んでいないのではないかと思います。


自転車でとりあえず南下すると、次の玉造の駅前に出ました。玉造駅前で長堀通と交差します。長堀通は地下に長堀鶴見緑地線の線路が通っているので、ここを(森ノ宮駅方面から見て)右に曲がるとまちの案内推進ネット本部の最寄駅である谷町六丁目付近に出ますが、長堀鶴見緑地線の線路は谷町六丁目駅の北側にあり、まちの案内推進ネット本部のある新谷町第二ビルは逆に駅の南側に当たるので、もう少し南に行って空堀通あたりから新谷町第二ビルに戻ろうかと思ったのですが、途中で小さい道に入ったところで現在地の把握がしづらくなり、しばらく走ったところで住所表示を見ると「天王寺区」。個人的に「天王寺」というと難波より南、JR天王寺駅(今回の旅行で初めて訪れた…次の「その11」で紹介)辺りのイメージがあったので、もしかして結構遠くまで行っちゃったのか、と思いましたが、程なくして空堀通に達したので、これをそのまま西に向かい、15分ほどで新谷町第二ビルに帰り着き、自転車を返却しました。

この後は、一度電車で梅田の阪急百貨店に行って自宅の近所2軒に送る(一度自宅に送りそこから手持ちで渡す)土産を購入し、その後法人の方が夕食をご馳走してくれるということだったので、再びまちの案内推進ネット本部に戻る行程だったのですが、これについては次の「その11」で記載します。

その11…夕暮れの大阪を駆け回る へ続く

●今回収録した動画(YouTube

大阪市交通局70系 7109F 入線〜発車

収録地:谷町六丁目駅(2番線)

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