DSC_1851東武鉄道は、一昨年8月より栃木県日光市の鬼怒川線 下今市⇔鬼怒川温泉間で蒸気機関車列車「SL大樹」を主に休日ダイヤ時に運転しています。 
今回はこれへの乗車を主目的として、栃木・日光方面へ1泊旅行に出かけました。
この記事はこの旅行2日目の記事です。いよいよ本題、「SL大樹」が登場します。
1日目より続き

今回の旅行の本題、「SL大樹」には、この日の朝に乗ることにしていました。下今市から鬼怒川温泉に向かう下り列車、下今市9:02発の「SL大樹1号」の指定券を、8月13日に池袋で購入していました。

朝は6時50分ごろ起床するつもりでいたのですが、6時20分頃には目が覚めたので、そのまま起きました(外泊すると、なぜか妙に早い時間に目が覚めることが多く、以前3〜4時台に一度目が覚めたこともあった)。
DSC_1846朝食は7時から食堂で食べました。焼魚や納豆、味海苔などが入る旅館の典型的な朝食でしたが、時節柄なのか、西瓜が付いてきました。朝食の時間は7時〜9時の間となっています。

DSC_1847「あたみ館」1階、玄関入って正面にある談話スペースです。奥には中庭を望める、心休まる空間になっています。








8時40分頃、「あたみ館」をチェックアウトし、東武下今市駅に向かいました。
DSC_1848朝の「あたみ館」の外観です。この「あたみ館」は昔ながらの雰囲気の純和風の宿でしたが、料金は1泊2食付きで6,200円(税込み)と、リーズナブルな価格になっていました。多分日光地区の旅館の相場ではかなり安い部類になるはずです。また泊まってもいいな、と思わせるものでした(ただし、洗面所・トイレは共同)。

DSC_1850「あたみ館」から歩いて3分ほどのところに、有名な「日光杉並木」があります。日光杉並木は日光街道・日光例幣使街道・会津西街道を合わせて総延長約35kmに及ぶもので、江戸時代初期の譜代大名・松平正綱が、1648年に徳川家康の33回忌にあたって、紀州(和歌山)から20万本あまりの杉の苗を取り寄せて日光東照宮に寄進したのが始まりです。日光街道は下野大沢付近から今市を経て東武日光駅付近まで(途中市街地で途切れるところもある)、日光例幣使街道は日光市小倉(文挟付近)から今市(この撮影場所の地点?)まで、会津西街道は東武鬼怒川線大桑付近から今市までが日光杉並木の範囲で、世界最大の並木道としてギネスブック登録されていますが、自動車の排気ガスの影響や周辺の開発による根の切断などで枯死する木が年間100本以上に及ぶとされており、このままでは向こう100年ほどで消滅してしまうという指摘もあり、保護活動も盛んに行なわれています。
DSC_1849今市・小倉町交差点付近にあった、追分地蔵尊です。小倉町交差点で日光街道と例幣使街道は合流しますが、ちょうど合流地点に当たる“股”のような位置に鎮座する寺院です。堂内には石造りの大きな菩薩坐像があります。この石仏は北関東では最大級のものであるようです。

DSC_1851今市の市街地を歩いて6分ほどで東武下今市駅前に出ます。下今市駅の駅舎は元々、東武のローカル区間に多い木造平屋建ての駅舎で、これを2017年にほぼ新築に近い内容でリノベーションしたものになります。「SL大樹」運転に伴いリニューアルが施工された当駅と鬼怒川温泉駅は林野庁による「木の良さを再確認させる製品や取り組み」を表彰する「ウッドデザイン賞」を受賞しています。また、当駅のリノベーションが好評だったことから、東武ではその後佐野線佐野市駅、東上線ときわ台駅など、歴史的な駅舎や観光地のある駅でレトロ調リニューアルを進めています。また、駅の跨線橋は近年ホーム中央付近にエレベーター併設の新しいものが建設されましたが、日光・鬼怒川方に古い跨線橋が残っており、リノベーションに際して「旧跨線橋ギャラリー」として鬼怒川線沿線にある開業時の姿を残す鉄道産業文化遺産の紹介や、昔の東武のポスターなどが掲示されています。

東武鉄道では、下今市以北の東武線日光線下今市-東武日光、鬼怒川線全線)が500円で一日乗り降り自由となる「日光・鬼怒川エリア 鉄道乗り放題きっぷ」を発売しています。今日はこれで下今市以北各線を乗ることにします。
この乗車券は、はがき大の大きさで、下今市・東武日光・鬼怒川温泉の各駅で発売されている硬券入場券を挿し込むことができるスリットが付いていましたが、この仕様のため、自動改札機は通れません。

すでに当駅2番線に、9:02発「SL大樹1号」鬼怒川温泉行きが入線し、発車を待っていました。
IMG_0025 (1)向かい側の3番線から撮影した「SL大樹1号」です。先頭に蒸気機関車C11 207号機が立ち、続いて車掌車(この車掌車は元々貨物列車の最後尾などに連結されていたものだが、ここでは東武ATSの車上装置を搭載するために連結されている)、客車3両、最後尾にディーゼル機関車(DE10形)の、全部で6両の組成となっています。機関車はJR北海道から借り受けたもので、車掌車はJR貨物JR西日本から1両ずつ、客車はJR四国(同時期にJR北海道からも譲り受けた車両があり、このうち「ドリームカー」1両を今年から閑散期中心に連結している)、後ろのディーゼル機関車はJR東日本から購入したものです。ちなみにC11形蒸気機関車は、この「SL大樹」登場よりはるかに昔、東武に1両在籍していたことがあります(現在の青梅線青梅以遠を建設した「奥多摩電気鉄道」が発注していたが、同社の国家買収により注文流れとなった車両を1945年に東武が購入した。1963年まで使用されたようだ)。
C11 207号機の外観上の特徴として、前照灯が一般的な上部中央に1つの設置ではなく、煙突を挟むような形で2か所設置されていることが挙げられます。私は最初東武での復活運転に際してこうなったのではないかと思ったのですが、これは北海道での現役時代に濃霧に見舞われることの多い路線で使用されていたことから、視認性向上のためにこのようにされたようで、ファンの間では“カニ目”などと呼ばれる仕様です。
後ろにディーゼル機関車が連結されているのは、上り勾配での速度維持や、SL不調時の後続列車の遅れ防止のための後補機で、通常は必ず列車の最後尾に連結されますが、SLが故障・検査で使用できない場合にはこのディーゼル機関車が先頭に立って「DL大樹」として運転されるほか、最近ではこの「DL大樹」による南栗橋〜鬼怒川温泉間の夜行列車イベントなども行なわれています。
大手私鉄*に属する会社が直接観光用の蒸気機関車列車を運転するのは、これが初めてとなります。

*「大手私鉄」=京成東武西武京王小田急東急京急相鉄東京メトロ名鉄近鉄南海京阪阪急阪神西鉄の16社。他に事業規模や利用者数が大手私鉄並みの非JR事業者として首都圏新都市鉄道(つくばエクスプレス)大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)があるが、この2社は2019年時点では、通常「大手私鉄」としては扱われていない

東武鬼怒川線は、下今市で日光線から分岐し、北関東最大の温泉地・鬼怒川温泉、鬼怒川公園を経て、新藤原まで16.2kmの路線です。現在でこそ東武日光線の支線のような形になっていますが、歴史は日光線より古く、1917年の開業です。元々は東武が建設したものではなく、鬼怒川上流に水力発電所を建設するにあたって、その資材を運び込むために造られた路線(ちなみにこの水力発電所を建設した「鬼怒川水力電気」は後の小田急電鉄の源流企業)で、「下野軌道」の名前で軌間762mmの軽便鉄道として開業しました(法的には路面電車と同じ軌道法で運営されていた)。1922年に社名を「下野電気鉄道」に改めて、電化が行なわれています。当初は国鉄日光線の今市駅前から路線が出ていましたが、1929年に東武日光線が開業して下今市駅が開設されると、従来の国鉄今市駅前への路線を廃止して下今市駅構内に乗り入れ、軌間を東武と同じ1,067mmに改軌しています。東武の路線に組み込まれたのは1943年に戦時統合で編入された時のことで、これは東上線東武の一部になるよりもはるかに後のことです(ちなみに、野田線東武に編入されたのはもう1年後)。「下野電気鉄道」は途中の新高徳から分岐して、東北本線の矢板に至る路線(矢板線)も建設しましたが、矢板線東武に編入後、電化などの近代化も行なわれずに1959年に廃止されています。

もう発車まであまり時間がないというのに、アミーゴ氏が3・4番線ホーム上の売店でグッズを探し始めて焦りましたが、なんとか発車1分ほど前に、2番線に停まっていた「SL大樹」の車内に乗り込みました。「SL大樹」に使用される14系客車の乗降ドアは折戸になっています。昨年、小田急ロマンスカー7000形LSEが引退した後は、この東武「SL大樹」が唯一、東京の大手私鉄で折戸を搭載した車両による営業列車となっています。

DSC_1853座席に座ると、すぐに「SL大樹1号」は発車しました。「SL大樹」は機関車が客車を牽引する列車ですが、思ったほど発車時の震動はなく、静かに発車しました。

出発すると、鬼怒川線は複線の日光線から右に分かれて北に進みます。鬼怒川線は単線です。
DSC_1854ほどなく大谷川を渡ります。大谷川は中禅寺湖に発し、日光山(二社一寺)手前の神橋の下を抜け、そこから今市まで国道119号(日光街道)・東武日光線にほぼ並行するような流路を辿り、今市の北東、日光市と塩谷町の境界付近で鬼怒川に合流します。

「SL大樹」は下今市〜鬼怒川温泉間12.4kmの走行で、途中停まるのは東武ワールドスクウェア駅だけですが、時速標準的な運転時間は下り(鬼怒川温泉行き)が36分、上り(下今市行き)が33分となっており(下りと上りで運転時間が異なるのは、鬼怒川線沿線が下今市から鬼怒川温泉方面にかけて上り勾配になる地形の影響と思われる)、各駅に停まる普通電車よりも所要時間は長くなっています(もっとも、この区間は元々が軽便鉄道で線形が悪く、特急でも20分程度の時間を要する)。「SL大樹」は時速20〜30km程度でゆっくり走ります。
途中で車内販売も2回ほど回ってきました。「SL大樹」の車内販売は特急「スペーシア」や「リバティ」とはやや毛色が異なり、「SL大樹」オリジナルグッズや、食品でもSLのような黒い色で竹炭や栃木県産大豆を使用した「SL大樹 黒いアイス」などのオリジナル商品が中心となる一方、特急の車内販売でよくある酒類の販売はなかった気がします。また、車内では記念撮影も行なわれます(写真は希望するとフレームに入って1つ1,200円で販売される)。

東武と日光市観光協会では「SL大樹にみんなで手を振ろう!」運動を行なっており、沿線ではこの列車に手を振る地元民や、途中駅ホームの電車待ちの人々も手を振っているのが見えました。また、休耕地に季節折々の花を植えたり、オブジェなどを飾って「SL大樹」の車窓に彩りを添える取り組みも行なわれています。
新高徳駅手前で鬼怒川の鉄橋を渡ります。並行して国道121号の橋があり、路傍には「これより 鬼怒川川治温泉郷」と書かれた標柱があります。新高徳では上りの「スペーシア」(「きぬ116号」浅草行き)とすれ違いました。

途中停車駅の東武ワールドスクウェアではそれほど下車はありませんでした。東武ワールドスクウェアの最寄り駅は当初、700mほど下今市寄りに元からあった小佐越(こさごえ)駅でしたが、2017年に東武ワールドスクウェアのメインゲートから徒歩1分の位置にこの新駅ができました。東武ワールドスクウェアが営業している日中時間帯は特急を含む全列車が停まる一方、朝晩は普通を含む全列車が通過します(小佐越は東武ワールドスクウェア駅ができる前も普通しか停まらなかったが、東武ワールドスクウェアへは鬼怒川温泉駅からバスも出ており、特急で来た客はそれに乗り継いで同園に向かう客が多かったと思われる)。この先、鬼怒立岩信号場から鬼怒川温泉駅までの0.8kmだけ、鬼怒川線は複線になっています。
DSC_1855下今市から36分、9時38分に「SL大樹1号」は鬼怒川温泉駅に到着しました。





IMG_0051鬼怒川温泉駅3番線に停車中の「SL大樹」です。この後、C11機関車を切り離して、機関車のみでこの先(会津方)のポイントを通過し、その先で折り返してバック運転で2番線を通過、駅前の転車台で方向転換します。

DSC_18562番線を通過する途中、客車と並んだ「SL大樹」機関車・C11 207号機です。この後上り(下今市・浅草)方にあるポイントでまた折り返し、再び前を向いて駅前広場の転車台に入ります。

IMG_0070鬼怒川温泉駅は、鬼怒川温泉街をはじめとする日光市中部、旧藤原町の観光の中心となっており、駅前には多くの土産店や観光案内所などが軒を連ねています。また、奥鬼怒方面へのバス路線が発着しています。鬼怒川温泉駅も、「SL大樹」の運転に際して駅舎のリニューアルが施工され、ここは下今市のような昭和レトロ調ではないものの、温泉地の雰囲気を高めるようなデザインになっています。東武鬼怒川線は、下今市方面からここまでは20年以上前に一度乗ったことがありました(春休みに奥鬼怒の温泉に行こうとして、特急がいっぱいだったため浅草から当時の快速に延々ここまで揺られてきた)。
特急を中心に、鬼怒川線の電車の半数程度は下今市方面からここまでの運転です。

この後、9時55分頃から転車台の回転を行なうということでした。これを見ていきます。転車台は、改札を出て左手にあります。
IMG_0062転車台にやってきたC11 207号機です。今回の「SL大樹」の運転に際して、運転区間の両端に当たる当駅と下今市駅に転車台が新設されました。転車台はJR西日本より提供を受けたもので、鬼怒川温泉駅にある転車台はかつては広島県の三次駅(芸備線)にあったものです。ただし、元の長さだとC11機関車と車掌車を連結した状態で回転させるには足りないため、ここへの移設に当たって転車台を延長する改造が行なわれています。多くのファンや観光客が転車台の回転を見に集まってきました。

転車台の回転は6分ほどで終わり、C11 207号機は3番線に戻っていきました。折り返し10:48発「SL大樹2号」で下今市に戻るダイヤになっています。「SL大樹」は1日に3往復が運転されています。

転車台の回転を見た後、土産店を見ながら鬼怒川温泉のホテル街の方に向かいます。アミーゴ氏は昔ながらの地名が書かれた「通行手形」(と呼ばれる木札)や、提灯、茶碗、湯呑などのような土産品が欲しいということでしたが、今はそのような土産はすっかり流行らず、駅前に林立する土産店にもほとんど売っていませんでした(他サイトでは、これらは“人にあげるもの”よりいわば“自分用の土産”のようなもので、これらのグッズを見ながら旅行に行った思い出を振り返るものだったのではないか、と書かれていた。だとすると、デジタルカメラの低価格化やカメラ付携帯電話の普及で写真が撮りやすくなり、なおかつそれで撮った写真をすぐに見られるようになったことがこの手の土産品衰退の原因の一つかもしれない)。

駅から東武鬼怒川線線路に近い道(会津西街道、国道121号の旧道)を7〜8分ほど歩いて、鬼怒川に架かる「ふれあい橋」手前ぐらいまで行ったところに、高齢に差し掛かった女性が1人でやっている小さな土産店があり、入ってみると、そこに奇跡的に(?)、そういった地名が書かれた雑貨や「通行手形」が残っていたため、アミーゴ氏はそれを購入していました。店の人の話だと、やはり最近はこの手の「地名が入った観光土産」は殆ど売れず、今回アミーゴ氏が購入したものも20年以上売れ残っていたものだったそうです。土産品の主流は食品類に移り、「地名が入った観光土産」はごくまれに外国人が買って行くぐらいなんだとか…。

この先で左に曲がると鬼怒川に架かる「ふれあい橋」となります。鬼怒川の左岸(西)と右岸(東)では高低差があり、右岸の方が高いため、
IMG_0082ふれあい橋に行く前に大きな階段を下ります。この階段を下りて後ろに振り返ると、階段に「鬼怒川」の語呂合わせで金棒を持った大きな赤鬼が描かれているのが見えます。鬼怒川温泉のランドマークの1つになっています。

DSC_1859「ふれあい橋」の上から、鬼怒川上流方面を向いて撮影しました。鬼怒川の渓谷の上に大型ホテルが立ち並ぶ光景は一大温泉地・鬼怒川温泉を象徴するものですが、一方でどうもこのビルのような大型ホテル群は渓谷の景観を破壊しているようにすら見え、更にこれらの大型ホテルは1960〜80年代、団体旅行隆盛の時代に建設されたものですが、近年の団体旅行の衰退や、足利銀行の経営破綻のあおりで右岸側のホテル群は軒並み廃業して“廃墟”と化してしまったものが多く、果たしてこれでよかったのか、と思います。
「鬼怒川」というと温泉地のイメージが強いですが、河川としての「鬼怒川」は全長176kmに及ぶ大河であり、日光国立公園内の奥鬼怒に発し、宇都宮市や下野市などを経由して栃木県を北西から南東に抜け、茨城県内に入り、筑西市、結城市、常総市、守谷市などを経て、千葉・茨城県境(守谷市・野田市・柏市の3市境が交わる付近)で利根川に合流します(江戸時代の治水工事で利根川の流域が大幅に変わる前は、鬼怒川はそこから現在の利根川に近い流路で太平洋に注いでいた)。

川を渡ってすぐ左手にある「鬼怒川観光ホテル」(大江戸温泉物語グループ)に寄ってみたのですが、1階にある土産店は10時のチェックアウトと同時に閉店していました(トイレを借りただけで出た)。

そろそろ駅に戻ることにします(その途中、アミーゴ氏は先程の土産店に寄ってもう1つ買い物をしていた)。

さて、先程にも書いたように東武鬼怒川線は下今市方面からここまでが乗車済み区間で、ここから先は未乗となっていました。野岩鉄道会津鉄道の区間はともかく、「日光・鬼怒川エリア鉄道乗り放題きっぷ」が使える東武線内の新藤原までは今回乗っておきたかったので、この後鬼怒川温泉駅11:45発の普通新藤原行きに乗ることにします。
ただ、それまではまだ少し時間があり、またせっかく鬼怒川温泉に来て、さすがに風呂に入るほどではないものの、全く温泉を使わないというのも勿体無い(?)気がしたので、
IMG_0099鬼怒川温泉駅の駅前広場にある足湯「鬼怒太の湯」に入っていくことにします。この足湯は無料で利用することができ、電車までの時間潰しなどに最適です(タオルがない場合は近くの観光案内所で200円で売っている)。

DSC_1860「鬼怒太の湯」の内部です。上にある寺社の手水のような槽は「手湯」です。温泉街の多くの旅館などと同じアルカリ性単純泉を楽しめます。湯温はやや熱めの41〜42℃程度です。他に、駅前広場の一角にある噴水も温泉のようで、湯気が立っていました。
「鬼怒太」というのは鬼怒川温泉地区のマスコットキャラクターで、文字通り鬼をモチーフにしているほか、女の子の「鬼怒子」というキャラクターもいます(鬼怒川公園駅寄りに「鬼怒子の湯」という足湯もある)。

IMG_0101駅前広場では、有名な「日光さる軍団」の曲芸パフォーマンスも行なわれていました。「日光さる軍団」の本拠は鬼怒川温泉の南、新高徳駅西側にあり、ニホンザルの動物園も備えた「おさるランド」というテーマパークになってます(鬼怒川温泉駅からバスも出ている)。

電車の時間も近づいたので、そろそろ改札に入ります。
IMG_0106改札を入ってすぐの2番線に、11:43発の普通新藤原行きが入線してきました。6050系の4両編成でした(下り方2両は野岩鉄道車)。この電車に乗ります。



鬼怒川温泉駅を出ると、鬼怒川温泉の温泉街を左手に見ながら、崖沿いの線路を進みますが、つまり東武鬼怒川線の線路は鬼怒川右岸、会津西街道の旧道沿いにあり、次の鬼怒川公園駅までの車窓は鬼怒川の渓谷や現役のホテル群の手前に廃墟と化したかつての大型ホテルが不気味な姿を晒す、残念なものとなってしまっています。
鬼怒川公園駅を出ると、鬼怒川温泉の温泉街は途切れ、会津西街道は旧道と新道(国道121号)が合流します。線路は両側を林に囲まれるようになります。

DSC_1862鬼怒川公園から4分で、電車は新藤原駅に到着します。この電車は当駅が終点です。一番左(構内西側)、下今市方面からの折り返し専用の1番線に到着します。東武鬼怒川線は当駅までですが、右側の2〜4番線の線路は更に先まで延びており、野岩鉄道会津鬼怒川線となります(更に栃木・福島県境を超えて会津高原尾瀬口からは会津鉄道線となり、列車は最遠でJR只見線会津若松まで直通する)。
IMG_0111当駅は東武鉄道では最北端の駅で、同時にこれより北の東北・北海道方面には大手私鉄に分類される事業者の路線がないため、大手私鉄全16社で最北端の駅となります。また、PASMO加盟事業者でも最北端の駅であり、ここから先の野岩会津線では交通系ICカードは使えません。

【大手私鉄の東西南北の端】
<最北端>東武 新藤原駅(栃木県日光市)
<最東端>京成 空港第2ビル駅(千葉県成田市)
<最西端>西鉄 福岡(天神)駅(福岡県福岡市中央区)
<最南端>西鉄 大牟田駅(福岡県大牟田市)

また、これにより東武鬼怒川線は全線完乗となりました。前日に東武宇都宮線も全線完乗を果たしているため、東武鉄道の未乗車区間は下記のようになります。
 伊勢崎線 太田-伊勢崎
 亀戸線 (全線完乗)
 大師線 (全線完乗)
 佐野線 館林-葛生(全線未乗
 小泉線 館林-東小泉-西小泉、太田-東小泉(全線未乗
 桐生線 (全線完乗)
 日光線 (全線完乗)
 宇都宮線 (全線完乗)
 鬼怒川線 (全線完乗)
 野田線 (全線完乗)
 東上線 (全線完乗)
 越生線 (全線完乗)
(当Blogで取り上げたことがない区間について…伊勢崎線東武動物公園-久喜は2006年、久喜-太田と桐生線は2015年6月 野田線春日部-船橋は2016年9月に乗車済み)

このほか、東京の大手私鉄で未乗のまま残っている区間は
 ●京成電鉄
  千葉ニュータウン中央-空港第2ビル-成田空港*
  千葉線千原線 京成千葉-千葉中央-ちはら台
*この区間のうち千葉ニュータウン中央-印旛日本医大は北総鉄道と重複

が挙げられます(相鉄新横浜線 西谷-羽沢横浜国大は2019年9月1日現在、未開業のためカウントしない)。

さて、新藤原駅に到着しましたが、この辺りは電車の運転本数が少なく、また当駅周辺は観光スポットや電車の合間の時間をつぶせそうな店舗などがありません(コンビニすらない)。
そして、鬼怒川温泉方面に戻る電車は1分後(!!!)に出た後、次は12:45発普通東武日光行きまで53分間隔が開きます。
こうなったら急いで折り返します。1分後=11:52に出る上り電車は、特急「リバティ会津128号」浅草行き(会津田島始発)で、有料特急ですが、500系「リバティ」使用列車は下今市以北のみの利用であれば普通運賃のみで利用できます(また、鬼怒川線内は各駅に停車し、本数の少ない普通を補完する)。
大急ぎで、反対側の端っこ・4番線に停まっていた500系・「リバティ会津128号」に乗りました。すぐにドアが閉まり、発車となります。
ちなみに、当駅には構内踏切があります(鬼怒川線では唯一)。

アミーゴ氏が“鬼怒川ロープウェイのグッズが欲しい”というので、鬼怒川温泉でもう一度降りて買いに行きました。
鬼怒川温泉駅に戻ると次の電車は12:54発普通東武日光行きとなり、もう少し時間があったため、一度駅前の観光案内所に寄り、その横のギャラリーで行なわれていた展示を見ていきます。
DSC_1864鬼怒川温泉エリアの初秋の風物詩、「月あかり花回廊」に使用される行灯が展示されていました。「月あかり花回廊」は今年は9月28日()〜10月7日(月)に開催されることになっています。鬼怒川温泉の新たな顔になった「SL大樹」の行灯も展示されていましたが、これはどうやら東武鉄道と会津若松市の連携による企画であるようです。C11 207号蒸気機関車、客車、DE10形ディーゼル機関車が1両ずつ作られています。
DSC_1865一般公募により募集される、絵手紙の行灯です。鬼怒川や奥鬼怒の風景を描いた力作揃いです(この中にも「SL大樹」が描かれているものもあったかも)。


再び改札に入ります。
IMG_0124やってきた12:54発普通東武日光行きは6050系4両編成でした。日中時間帯に、鬼怒川線内上りを中心に、下今市で方向転換して鬼怒川線方面と東武日光を結ぶ普通が何本か設定(これに「AIZUマウントエクスプレス」2往復も加わる)されています。この系統は2013年3月改正で一度普通電車の設定はなくなったものの、2017年4月のダイヤ改正で再設定されており、鬼怒川温泉と東武日光エリア(日光門前町、神橋、二社一寺、日光田母沢御用邸記念公園など)相互間の周遊の利便が向上しています。
ちなみにこの電車は新藤原始発(12:45発)で、もっと言うと先ほど乗った鬼怒川温泉11:43発の折返しです。つまりこの電車は1時間近く新藤原駅に停まっていたことになります。

昼食は店が豊富な東武日光駅周辺で食べるつもりでいました。この電車は東武日光に直通するため、そのまま乗って行くことにします。
IMG_0128途中の新高徳駅にて。当駅は以前100系「スペーシア」による特急「きぬ」の停車駅でしたが、2017年4月のダイヤ改正で500系「リバティ」による列車が鬼怒川線内各駅停車で運転されるようになった一方、100系「スペーシア」による列車は当駅通過(単線のため、列車行き違いで停車する場合はあるが、客扱いはしない)となりました(利用者数も隣の小佐越より少ない)。この電車はここで行き違いのためしばらく停車しましたが、やってきた対向の下り(鬼怒川温泉方面)列車は、
IMG_0129なんと「SL大樹」でした。下今市12:50発→鬼怒川温泉13:26発の「SL大樹3号」です。ここでは動画を録っていました。



「SL大樹3号」が通過した後、この電車もすぐに発車します。

下今市には13:24着。ここで5分停まった後、ここまで来た向きに折り返して発車し、左に曲がって日光線に入ります。ここから先は複線となり、最初から東武が高速運転を想定して建設した区間となるため、スピードも上がります。途中、上今市に停まり、
DSC_1866終点・東武日光には13:37着。鬼怒川温泉からの所要は43分でした。同じ日光市内の移動にしてはずいぶん時間がかかっているような気がします(この区間は、道路が渋滞していなければバスの方が早いようだ。もっとも日光市は栃木県の北西1/4を占める広大な市であり、新藤原からさらに25kmあまり奥、福島県境手前の野岩線男鹿高原や、西は足尾銅山なども日光市の一部)。
DSC_1868東武日光駅の駅舎です。日光観光の拠点として土産店や観光案内所などを内包したロッジ風の大きな駅舎は多くの観光客で賑わい、JR東日本の日光駅とはまた違った風格を感じさせますが、この駅舎になったのは1979年と、意外と最近のことです。東京から日光へは東武の方が近道で、JR東日本に比べて運賃・列車本数、また鬼怒川温泉や奥日光など周辺観光地への回遊性の面でも優位に立っています。

そろそろ昼食にします。筆者が元々考えていたものとしては、昨年家族で日光に来た時に行った(記事気が向いたら執筆するかも)、二社一寺手前・神橋の袂(日光金谷ホテルの手前)にある、明治期の古い建物(登録有形文化財)が残る土産店「日光物産商会」の2階・カフェレストラン「匠」で食べようと思っていたのですが、それだとここからバスに乗って行くことになり(歩いても行けないことはないが、20分ほどかかる)、なおかつアミーゴ氏はなるべく安く上げたいということだったので、東武日光駅の近くで食べて行くことにします。ただ、筆者としては日光名物・湯波*は譲れないところでした。
*「ゆば」は京都では“湯葉”、日光では“湯波”と書き、豆乳を加熱して上にできた膜を引き上げる製法はどちらもほぼ同じだが、引き上げる時の方法が京都の“湯葉”では端の方に串を入れて引き上げるのに対し、日光の“湯波”は中央に串を入れて2枚重ねにするようにして引き上げる。
IMG_0144東武日光駅前です。広い駅前広場の中央に、二社一寺(日光東照宮、日光二荒山神社、日光山輪王寺)・日光田母沢御用邸記念公園・中禅寺湖・湯元温泉方面への東武バスが発着するバスターミナルがあり、それを囲むように土産店や食事処が建ち並びます。観光地の駅前らしい雰囲気です。

駅前広場の一角、そば・うどんの「あずま」(上の写真、中央の黒い建物の2階)に入ります。観光地ということで、食事もある程度の値段がするところが多いのですが、ここは最も安いざるそばは500円と格安でした。私はせっかくなので「日光湯波そば」(1,100円)を注文します。
DSC_1869「あずま」の「日光湯波そば」です。中央に大きく出汁の染みた巻き湯波が鎮座し、さしみ湯波も2切れ入り、山菜やキノコも入った具だくさんの蕎麦です。蕎麦の麺はやや太めの田舎風となっていました。


食べ終わると、ギリギリ1本前の14:29発普通新栃木行きにも乗れそうな時間でしたが、もう少し東武日光駅前でゆっくりしていたかったので、予定通り15:18発を待つことにします。のんびり、土産を品定めすることにします。
アミーゴ氏が欲しがっていた“昔ながらの地名の入った土産品”は、鬼怒川温泉地区よりもむしろ修学旅行生や外国人観光客の多いこの辺りの土産店に多いのではないかと思ったのですが、その読みはだいたい当たり、鬼怒川温泉周辺よりもここ東武日光駅前の方が、その手の昔ながらの土産品を置いている店は多く見受けられました。

土産を買ってもまだだいぶ時間があったので、東武日光駅前名物、「揚げゆばまんじゅう」を食べていくことにします。
DSC_1870「揚げゆばまんじゅう」は東武日光駅前広場の一角にある「さかえや」が販売している商品で、生地に日光湯波や国内産の豆乳を使用し、天ぷらのように衣をつけて揚げたもので、本格的な販売開始は2000年からと新しいものの、多くのメディアでも取り上げられ、東武日光駅前の新たな名物としてすっかり定着しているようです。
DSC_1872「揚げゆばまんじゅう」です。現地では熱々の揚げたてを食べられます。1個200円で販売されており、麦茶がサービスで付いてきました。天ぷらのように衣をつけて揚げているため(英語では“Sweet Tempura”と書かれていた)、外はサクサク、中はモチモチの食感です。わずかに塩がかかっており、これがまた餡の甘味を引き立てます。

「揚げゆばまんじゅう」に舌鼓を打ち、再び電車に乗ります。
DSC_1873東武日光駅の5番線(左)と4番線(右)に並んだ、500系「リバティ」と100系「スペーシア」です。100系は紫基調の「雅」編成で、この電車は折り返し15:23発の「けごん36号」浅草行きになります。

DSC_18742番線(左)・1番線(右)に並んだ6050系です。これから乗る普通下今市行きは右側、1番線の電車です。
東武日光駅はホーム手前で線路がY字型に分岐するような変わった構造になっており、1・2番線と4〜6番線の間に中庭があります(3番線は欠番)。ホーム有効長は1・2番線が4両、4〜6番線が6両になっており、この関係で特急(6両が多い)や繁忙期に運転される6両編成の臨時列車は必ず4〜6番線からの発車になります。

9分で下今市に着きます。この電車は下今市止まりで、この先栃木方面への普通電車の接続はありませんが、当駅で「スペーシアきぬがわ6号」(JR湘南新宿ライン直通)新宿行きに連絡します。この日3度目の下今市駅です。
IMG_0166下今市駅の跨線橋を駅舎とは反対側(北側)に進むと、「SL大樹」運転開始に合わせて整備された「SL展示館」や、SL関係の業務を行なう下今市機関区があります。「SL展示館」は東武鉄道の蒸気機関車運転の歴史や、「SL大樹」列車に関わる知識を深められるパネル展示、また休憩コーナーがあり、いわば東向島にある「東武博物館」の分館のような様相です。
IMG_0174「SL展示館」の先(栃木・浅草方)には、下今市機関区の機関庫と、やはり転車台が設置されています。機関庫は新築です。転車台は鬼怒川温泉駅と同様にJR西日本からの譲受ですが、下今市駅に設置されたものは山口県の山陰本線長門市駅にあったものです。ここも機関庫すぐ近くまで見学できるようになっていましたが、転車台の回転が終わってすぐだったので閑散としていました。鬼怒川温泉駅のものは駅前広場(改札外)にあるので電車利用者でなくとも見ることができますが、こちらの転車台は改札内にあるため、見学には当駅に有効な乗車券か入場券が必要になります。

一度外に出ます。この後は16:38発区間急行南栗橋行きに乗ることにします。
今回の宿であった「あたみ館」に戻るようなルートをたどり、途中の小倉町交差点で右に曲がって、歩いて6〜7分ほどで、
DSC_1875道の駅日光 日光街道ニコニコ本陣」に到着します。「道の駅日光 日光街道ニコニコ本陣」は、日光二社一寺に至る日光街道・日光例幣使街道・会津西街道の3つの道路が合流し、かつては宿場町として栄えた今市の中心市街地に、日光二社一寺・奥日光・鬼怒川/川治/湯西川温泉など、日光市が擁する豊富な観光地の情報提供や、今市地域の振興を目的に、日光東照宮四百年式年大祭を控えた2015年4月に開設されたものです。道の駅お馴染みの新鮮な農産物や土産品の販売、地元食材を使ったレストランのほか、日光市ゆかりの作曲家・船村徹の事績を紹介する「船村徹記念館」を併設した大規模な施設です。

「道の駅日光」には20分ほど滞在した後、そのほぼ後ろのような位置にある、
IMG_0197「報徳二宮神社」に立ち寄りました。文字通り二宮尊徳(二宮金次郎)を祀る神社です。二宮尊徳は現在の小田原市(東海道線二宮付近のような感じがしてしまうが、駅でいうと小田急栢山付近。そもそも東海道線二宮はギリギリ小田原市ではない)の生まれで、「報徳二宮神社」というのもどちらかというと小田原城近くにある同名の神社の方が有名であるようですが、二宮尊徳の終焉の地はここ今市であり、この神社の境内には二宮尊徳の墓もあります。最近では、「SL大樹」の運転開始にちなみ、「SL大樹」のヘッドマークをあしらったお守りも販売されています。

報徳二宮神社にもかれこれ20分ほどいました。歩いて5分ほどで下今市駅に戻ります。ここからは東京方面に帰るので、「日光・鬼怒川エリア鉄道乗り放題きっぷ」は使えず、普段使うPASMOで乗ります。
IMG_0208下今市駅3番線に到着する16:38発区間急行南栗橋行きです。6050系の4両編成でした(中でも上り方2両は6050系のトップナンバー・6151Fだった)。この電車は東武日光駅始発です。

東京に帰る前に、アミーゴ氏の希望もあり、栃木県内でもう1か所立ち寄ることにしていました。新鹿沼(17:00着)で途中下車します。
IMG_0212区間急行は当駅で、特急「日光8号」(JR湘南新宿ライン直通)新宿行きの待ち合わせをするダイヤになっていました。新宿発着の東武日光線直通特急において、JR東日本は2006年の営業開始当時、485系改造車を充当していましたが、東武側の100系「スペーシア」に比べて大きく見劣りしたうえ、車両の老朽化が進んできたことから、ちょうどE259系による「成田エクスプレス」置き換えで余剰になっていた253系のうち、経年の浅い200番台(2002年製造)を改造してこの系統に導入しています(1000番台に改番し、改装やVVVFインバータ制御への機器更新を行なっている)。
DSC_1878新鹿沼駅です。鹿沼市にはJR日光線の鹿沼駅もありますが、JR東日本の鹿沼駅は川(黒川)を挟んで反対側にあり、2.5kmほど離れていて、両駅間を歩くと30分かかるようです。この新鹿沼駅の側が、日光例幣使街道の宿場町として栄えた鹿沼市の中心市街地にあたります(ただし、ここは栃木駅や日光とは異なり、乗車人員レベルではJR鹿沼の方が利用者が多いようだ)。

駅を出て2つ目の交差点で交わるのが国道293号(日光例幣使街道)で、そこを左に曲がると鹿沼市の中心市街地に入っていきます。この後は18:04発区間急行南栗橋行きに乗ることにします。
IMG_02306〜7分ほど歩くと電線が地中となり、所々昔からの建物や、純和風に造られた店などが出てきて、栃木市ほどではないものの、昔ながらの町並みの雰囲気が出てきます。この辺りは、毎年10月にはユネスコ無形文化遺産にも登録された曳山祭、鹿沼今宮神社祭の屋台行事で賑わうようです(有名な川越まつりを筆頭に、とちぎ秋祭り、久喜の提灯祭り…と、東武沿線にこの手の祭りが多いような気がするのは気のせいか)。

DSC_1879新鹿沼駅から歩いて15分ほどのところに(実際には途中で寺に寄ったりしたのでもう少しかかったが)、「まちの駅 新・鹿沼宿」があります。いわばここも「道の駅」のような施設で、物産館や食事処、トイレなどが設置されていますが、鹿沼は日光や宇都宮と比べると観光需要が少なく、更にここは食事処が16時で閉めてしまうようで、そのせいもあってか(また、東京方面から車で日光に行く場合の標準的なルートからも外れている)先程の「道の駅日光」と比べると閑散としていました。

17時40分頃に「まちの駅新・鹿沼宿」を後にして、新鹿沼駅方面に戻りました。
IMG_0248乗るつもりだった18:04発区間急行南栗橋行きの1本前に、300系(350型)の特急「きりふり64号」浅草行きがやってきました。東武300系は元々先代の「りょうもう」用車両だった1800系を、1991年より日光地区の勾配に対応した改造を施工し、内外装の改装を行なって日光線方面の急行(当時は有料種別だった)に投入したものです。車内設備が100系や500系と比べると劣るため、2006年3月ダイヤ改正での種別整理で「特急」に格上げされてからも特急料金はそれらに比べて安い料金が設定されています。「きりふり」は日光の霧降高原からつけられた列車名で、100系・500系の「けごん」を補完するような位置付けの列車であり、現状のダイヤでは休日ダイヤに浅草⇔東武日光の1往復が定期設定されているほか、繁忙期に臨時列車もあります(この「きりふり64号」は臨時列車)が、以前のダイヤでは定期列車が平日夜の通勤ライナー的な下り2本のみの設定、それも春日部終着と南栗橋終着が1本ずつで、「きりふり」を名乗るのに日光に行くどころか埼玉県すら抜けないうちに運転が終わってしまう列車しか定期設定がない状態がしばらく続きました。

IMG_0251新鹿沼駅に接近する18:04発区間急行南栗橋行きです。やはり6050系の4両編成でした。この電車に乗りました。



DSC_1884栃木1泊旅行の余韻を噛み締めながら(?)、広い関東平野を南に、東京へ帰ります。
区間急行南栗橋行きは日光方面から新大平下(栃木の1駅東京寄り)までは各駅に停まります。

新大平下から先は通過運転となります。次の停車駅は板倉東洋大前で、「1日目」の記事でも述べたように同駅は群馬県に所在するので、この電車の場合新大平下が栃木県最後の停車駅です。板倉東洋大前の1つ先、柳生(通過)から埼玉県になります。

JR東北本線宇都宮線)接続の栗橋を出ると、やがて進行方向左手に広大な南栗橋車両管区が広がります。留置車両の中に東急電鉄の車両の姿も見え、栃木のローカル区間から東京近郊の都市鉄道の区間に戻ってきたことを実感させます。東北新幹線の下をくぐると、
IMG_0253この電車の終点、南栗橋です。19:00着、新鹿沼からは約1時間の所要でした。ここまで、旅情ある2ドアセミクロスシートの6050系電車で、日光・鬼怒川の余韻を楽しんできましたが、ここで接続を取る東京方面の電車、19:02発普通東京メトロ日比谷線直通)中目黒行きは、
IMG_0254ガラッと雰囲気が変わり、東京メトロの13000系でした。片や2ドアセミクロスシート、こなた地下鉄の新鋭電車で、行先は東急東横線の駅でもある「中目黒」を示しており、一気に旅気分から都心モードに引き戻されたような感覚です。ともあれ、この電車に乗り継ぎます。

東武動物公園で久喜からの急行東京メトロ半蔵門線・東急田園都市線直通)中央林間行きに乗り換えようとしましたが、アミーゴ氏が写真を撮るのを待っていたら急行はドアを閉めて出発してしまったため、引き続き普通中目黒行きに乗っていきます。この電車は北春日部特急「りょうもう」に抜かれた後、せんげん台で更に1本あとの急行中央林間行きを待避するため、
IMG_0256急行中央林間行きに乗り換えました。やはり東京メトロの車両、あっという間に東急2020系に編成数を追い抜かれた08系がやってきました。13000系と比べても見た目あまり古さを感じさせませんが、08系も今年で登場から16年となりました。この電車に乗り、
DSC_1887東京都内に入って最初の停車駅、西新井(足立区)で今回の旅行、東武線内最後の途中下車とします。




北千住までももう少しなのに、西新井駅でわざわざ降りた理由ですが、これはアミーゴ氏がここからバスで赤羽・板橋区方面へ帰るということであったので、それならここで降りて晩御飯を食べてから解散することにしたものでした。
西新井駅前は意外と飲食店が少なく、もう都内まで帰ってきたので特段こだわることもないや、と思い、西口からすぐのところにある「日高屋」で夕食としました。

夕食を済ませてアミーゴ氏と別れ、21時過ぎに再び東武スカイツリーラインに乗って北千住に向かいました。
DSC_1888往路は新宿から都営新宿線→千代田線の乗り継ぎで北千住まで来ましたが、帰りはちょっと気分を変えて、日比谷線に乗り、上野銀座線に乗り換え、更に赤坂見附丸ノ内線に乗り換えて、新宿に向かいました。

新宿には22時15分頃の到着となりました。
IMG_0275京王線新宿駅2番線で発車を待つ22:20発京王ライナー43号橋本行きです。京王ライナーは先頃利用者数が200万人に到達し、これを記念してまるで硬貨のようなデザインのヘッドマーク(ステッカー)が写真の新5000系5035Fに掲出されています。
DSC_1889新宿22:24発の特急京王八王子行き、7000系7025Fです。この電車に調布まで乗り、東府中には22:52着、これで「SL大樹」乗車を主目的とした、2019年晩夏の日光・鬼怒川1泊旅行は終了しました。思えば今年の8月は、泊りがけの旅行に始まり(8月1〜3日北海道旅行)、泊りがけの旅行に終わった月でした。

…今回の旅行は「SL大樹」への乗車が目的でしたが、「SL大樹」乗車の他にも、東武宇都宮線JR日光線など、栃木地域の未乗車路線を次々に制覇し、1泊で近場の旅行ながらも、充実したものとなりました。
「SL大樹」は、今回は運転日に当たらなかったものの、閑散期を中心にJR北海道から譲り受けた「ドリームカー」(かつて急行「はまなす」などに連結されていた。元々夜行列車用の改造車で、座席を深く倒すことができる)が連結されることもあり、いずれそれが連結されているときにまた乗りに行きたいところです。また、日光地域の観光では、昨年の夏に東照宮・輪王寺、日光田母沢御用邸記念公園、華厳の滝へ(日光田母沢御用邸記念公園以外は小学校6年の時の林間学校で行ったことがあるので、再訪となる。なお、その時は電車ではなく、往復バス移動だった)、そして今回は「SL大樹」と鬼怒川温泉へ行ったわけですが、次の機会には竜頭の滝・湯ノ湖方面や、あるいは「東武ワールドスクウェア」などにも行きたいと思いました。
「乗り鉄」面では、先に述べたように東武宇都宮線や、東武鬼怒川線を全線完乗しています。これで東武の残った未乗路線は群馬・両毛地域の3路線(伊勢崎線太田以西、佐野線小泉線)だけになりました。これで、東武京成の残った未乗路線を制覇する(それらと、おそらく開業しているであろう相鉄新横浜線に乗ると、東京の大手私鉄が全線完乗となる)というのが、筆者個人的に、向こう1年間ぐらいの目標として出てきました。

(おわり)
*トイレ情報は、「東急線・電車スタンプラリーを回る 2019」、「初の北海道旅行」の連載終了後に追加します。