営業部、天野です。
夏休みを利用してポーランドへ行ってきました。

しかし周りの人はポーランドと聞いてもピンとこない様子・・・。
なのでポーランド出身の有名音楽家、ショパンについて書きたいと思います。

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ポーランドの玄関口になる空港・・・その名も「ワルシャワ・ショパン空港」です。
高知県には龍馬空港があるように、国民に愛されてこその命名でしょう。


街中でいくつか目にしたショパンベンチ。
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ボタンを押すと、ショパンの曲が流れます。

ショパンは1810年、ワルシャワ近郊に生まれます。(当時はワルシャワ公国)
父はフランス人、母はポーランド人。
姉と2人の妹という、女性に囲まれた家族構成でした。
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ショパンの生きた時代は、ポーランドにとって激動の時代の中にありました。
ナポレオンのロシア遠征の敗北から、ロシアに支配されていたポーランド。

パリで音楽活動をしていたショパンは、祖国ポーランドが革命を起こそうとし、失敗したことを知ります(11月蜂起)
ショパンの心の叫びは名曲「革命のエチュード」を生み出します。


ロシア皇帝からフランス内にいるポーランド人に対し、大使館へ出頭するように命令が出されました。
ロシアに忠誠を誓うことなど絶対にしたくなかったショパン。
出頭を無視し、亡命者となります。
その後亡くなるまで2度とポーランドの地を踏むことは叶いませんでした。


亡くなる少し前、ショパンは姉のルドヴィカを呼び寄せます。
「僕のところへ会いに来てほしい。どんな医者よりも姉さんが必要なのです」

再会した姉弟。でもショパンの体は限界でした。
姉や友人たちに見送られ、ショパンは39歳の若さで亡くなりました。

ショパンの遺言の1つに、自分の心臓を故郷に返してほしいというものがありました。
ルドヴィカはショパンの心臓をスカートの中に隠し、ポーランド国内へ持ち込みます。
ショパンの心臓は現在も、聖十字架教会の柱の中に埋められています。
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ショパンの曲の特徴として、優雅で大人しい曲が多いです。
私はとても女性的な音だなと感じます。
家族構成が、彼の音楽に影響していることは間違いないでしょう。

ワルシャワ中心部から少し歩いていくと・・・
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ワジェンキ公園に辿り着きます。
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ここにはショパンの銅像があります。
日曜にはショパンの曲で野外演奏会が行われるそうです。

私はiPhoneに入れたショパンの曲を聞きながら、ルドヴィカとの姉弟愛をぼんやり考えるのでした。
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