January 13, 2020

深奥幽玄、風光明美、井田秀夫

2020年が明け、数日が経った。

年末、新年が明ける緊張感を少しは感じていたが、
いざ明けてしまうと、
すぐにいつもの日常に戻った、そんな感じがする。

それでも、新年は、
何かめでたいもの、縁起のいいもの、
あるいは、
雄大なもの、象徴的なものに触れたいと
思うもので、昨年の年明けは、
「富士山の初日の出」というフレーズが浮かび、
一人車を走らせ、
富士山の麓でテントを張り、ご来光を浴びた。

そして、今年、ある人に会うことが最も新年を
迎えるに相応しいのではないかとないかと、
今年は家族3人と車を走らせ広島に向かっていた。
長距離の運転も慣れなのか、
一昨年家族で鳥取、岡山、香川などに廻る
車の旅を経験したこともあり、
広島までの距離は、さほど気にならなかった。

ある人というのは井田さんで、絵描きさんだ。
身長は190儖幣紊△襪里任呂覆い。
まさに見上げるような人だ。
僕は、絵に詳しくないが、彼の絵を見たとき、
ずっとその絵の前で佇んでいたい絵だなと思った。

我が家には、ハガキより少し大きいサイズの絵が
飾ってある。
軒先にツララが垂れ、雪が積もっている新潟らしい
冬景色。
この景色が、家の近所にある砂丘館の窓から
見た景色だということを、今回彼から直接聞いて、
初めて知った。

そんな彼は、病と闘っている。
だから、めでたいとか、縁起がいい状況では、
決してないのかもしれないが、
僕らは、そんな彼に会いたくなった。
お見舞いとか、元気付けるとか、
そんな大それたものではない。
今回は休みが長かったからそれも理由かもしれない。
ただ一つ言えることは、
彼に会わないと”始まらない”と
思ったのだ。
それは一年ということかもしれないし、
僕らの単なる気持ちの中だけのことかもしれない。

そういえば、その井田さんと今井さんと
昨年の夏頃一緒に、呑んだことがあった。
その時、今年の夏、みんなでモロッコに行き、
そこに少し滞在して、
それぞれが好きなことをしようという話をした。
井田さんは絵を描いて、今井さんは買い付けをして、
僕は写真を撮る?……。
それは僕にとって夢物語のようなものだったけど、
もし実現したらなんて思って想像をしては、
ほくそ笑んでいたものだった。

そんな時ぶりに会った井田さんは、
見上げる雄大さは相変わらずだったけど、
腰が痛いのか、摩っていた。
彼が住む広島呉市音戸の風景は、
幅が広くはない海峡に船が行き来し、
ゆったりした空気が流れる風光明美で
美しいものだった。
その風景が見たことがあると思えたのは、
彼が描く絵の風景が、そのものだったからだ。

帰り道、これで始まるのだと思った。
井田さんと会えて、動きだすのだと思った。

いつか、今にある絵よりもっと大きい
井田さんの絵を家に飾って、その絵の前に
佇んでいたい。
井田さんを家の屋上に呼んで、
そこから見える風景を描いてほしい。
それが叶えられたら、どんな素敵だろうと思う。



lomolc_a at 07:48|PermalinkComments(0)

December 29, 2019

「深奥幽玄」と書いた川端康成はどんな人だったのだろう

毎日書くことが何か特別かのように思っていた
このブログも、
離れてみていると別に普通のことだったと今さら思う。
普通のことだからこそ、続けなければならないとも思う。

そんなことを思いながら、
何気に当初から使っていたブログ背景のデザインを
おもむろに変えてみたら、元に戻せなくなってしまった。
まあ、仕方ない。また新たな気持ちで始めよう。

年末の仕事を終え、前の職場で一緒だった田村さんと、
古町の「すゞ家」でしっぽりと二人だけの忘年会をした。
すゞ家は、友人が昔働いていたこともあり、
知ってはいたが、初めて行くお店だった。
その昔、芸妓さんの置屋だったということもあり、
何か敷居が高そうな気がして、
なんとなく足が遠のいていた。
だけど入ってみると、その和の風情が残るその雰囲気の良さは
さることながら、メニューを見ても、
親しみが持てるようなものも多く、
値段も良心的な価格だったような気がした。

そのお店の床の間には、
「深奥幽玄」という迫ってくるような筆で書かれた
掛け軸があった。
印象に残ったので、家に帰り、
その意味を調べてみると、
"奥深くて計り知れない"という意味とわかった。
ああ確かに赤い絨毯が敷かれた立派な建具が置かれた
あのお店に相応しい言葉だなあと思えた。
しかもその書は、文豪川端康成が書かれたものらしかった。
俄然僕の中に、川端康成がクローズアップされてきたので、
これを機に、彼の作品を読んで見たくなった。

lomolc_a at 07:51|PermalinkComments(0)

December 23, 2019

朝起きて、ブログを書く。そんな日常を。

キッチンに立ち、材料を広げる。
フライパンに油をひいて、
玉ねぎとソーセージを炒める。
そこに、ご飯とピーマンを入れ、
ケチャップとともにさらに炒め、混ぜる。
そこにスライスチーズを数枚置き、
卵液を流し入れ、
数分待ち、蒸し焼きする。

娘は、隣の部屋でサザエさんを見ている。

卵が半熟になったら、
フライパンに直接ケチャップで
アンパンマンを描き、オムライスの完成だ。
たまにキッチンに立つ父の、ざっくり料理。

そのオムライスを食べながら、
娘が見つけたアニメ「ペリーヌ物語」を
Netflixを二人で観る。
今夜母は、幼稚園のママたちと忘年会。
父と娘、二人だけの穏やかな日曜日の夜。

喉に違和感があった。
そういえば、昨日は友人たちと
上品で繊細な味付の「おでんやおつる」で
ささやかな忘年会のようなことをした後、
夜遅くまで、カラオケで歌っていた。

もうすぐで、クリスマスイブ。
だからといって、
特別なことをするわけではないけど、
みんなどこか浮き足立っていて、
忙しく年末に向かっていく
そんな雰囲気は嫌いではない。

カラオケで今年も、
ユニコーン「雪が降る街」を歌った。

世の中は色々あるから、
どうか元気で、お気をつけて。









lomolc_a at 05:04|PermalinkComments(0)

December 21, 2019

新居の小屋から愛をさけぶ

ここに書くのも、久しぶりだ。

SNSや、別のサイトに投稿したり、なんだか目移りして
しまって、結局書かなくなっていた。

でも本当は、観たい映画や本や、
やりたいことが湧いて出てくる気がして、
書くことを忘れていたのかもしれない。
それは、仕事帰りに聴くラジオ番組アフター6ジャンクションや、
職場でそんな話ができる同僚が身近にいたことも
その影響の一つだろう。

でも何より、家が新しくなり環境が変わり、自分の中の
何かがリフレッシュされたことが大きいのだろう。
組まれた無垢の木々が呼吸するように、
僕の中の細胞が新しく生まれ変わったかのように、
呼吸を始めたかのようだ。
そんなことを感じているだけでも、家を新しくして
よかったと思える。

やりたいことが湧いて出てきて、だけどすぐに消えていく。

今年5月の連休に、家に一人でいるとき、
どこからかメッセージが降ってきた。

“全てがここから始まる”

この家と一緒に、僕や家族も歳をとっていく。
赤子になったつもりで、色んなことを吸収していきたい。

湧いて出てくる色んなことをなるべく逃さず、
この家の歴史に刻んでいきたい。

lomolc_a at 08:34|PermalinkComments(0)

November 28, 2018

自転車ばかり乗っているせいか、歩いていても、地に足がついていない、そんな感じがする。

小路沿いの長屋に住んで、
もう5ヵ月が経った。

せっかく街中にいるのだからと、
ここにいる間にしたいことを、
10個ぐらい掲げて、
一つ一つこなしていこうと思っていたが、
ろくにそれを消化することもなく、
ただただ月日が経っていった。

朝出勤前に、早く家を出て、
建築中の新しい家の様子を
見に行くことがある。
骨組みができ、断熱材も貼られ、
家の全体像が浮かびあがっている。

あと3カ月後に、
ここでの新しい生活が始まる。
それは事実なのだけど、
まだ宙に浮かんだ話のようで、
実感はまるでない。

今のここでの生活も、
仮住まいのせいか、地に足がついていない、
そんな気がする。

 






lomolc_a at 23:39|PermalinkComments(0)

August 22, 2018

彼女にあの時嬉しかったと伝えたかった。

なんの躊躇いもなく、彼女に言った。
ずっと好きだったんだよ、って。

多分彼女を意識したのは、
小学校のブラスバンド部で
一緒になった時からだった。
僕らは、
トランペットで同じパートだった。
それまで誰かを好きになった
ときもあったが、
恋に落ちたそんな瞬間があるとしたら、
今思うと、それが始まりだった。

それから、同じ中学に上がり、
3年間を過ごした。
5クラスあったその学校では、
クラス替えが一回あるぐらいで、
結局その彼女と同じクラスになることなく、
3年間を過ごしていた。
僕らの学年は、女子の質が高いなんて、
言われるぐらいのなかなかのメンツだった。
同じクラスにそれなりの女子はいたけど、
それでも、3年間気持ちは変わらずいた。

気持ちを伝えたいと、思ったこともあった。
でもそうしなかったのは、
女の子と付き合うなんて、
僕に相応しくないと思うぐらい、
まだ産毛だったのだ。

でもいつかそんな時が
訪れるのだろうとも思っていた。

彼女とは、高校も一緒だった。
その頃から、
気持ちを伝える術を考えるようになる。
手紙にするのか、直接伝えるのか。
だが、そうこうしているうちに、
僕は部活の最中に倒れ、
それから長い入院生活に
送ることになった。

病気が病気なだけに、
見舞いに来てくれる人も
少なかった。
そんな中、彼女は友人と一緒に
見舞いに来てくれた。
その時、何を話したか忘れてしまったけど、
病室を出た彼女たちを僕は追いかけて、
もう一言が言いたかった。
廊下を出ると、もう彼女たちの背中が
遠くに見えた。

同級会に現れた彼女は、母になっていたが、
変わらず可愛らしかった。
二次会に向かおうとしているとき、
僕は彼女に言った。

ずっと好きだったこと、そしてあの時、
見舞いに来てくれて、すごい嬉しかった、
と。
もう30年越しぐらいだけど、伝えたくて、
ずっと心残りだったことを言えてよかった。

やっと一歩先に歩きだせると思った。

lomolc_a at 22:00|PermalinkComments(0)

July 18, 2018

この家の居心地の良さは、休みに親戚の家で目を覚ましたときの、非日常感があるからなのだろう。

街はいつも以上に賑やかだった。
多分その多くの人の目当ては空にあった。
そんな街のいつもと違う匂いを
嗅ぎつけた僕も、
車を停める駐車場を探しながらも、
気持ちは空にあった。

辺りの駐車場は満という表示で溢れ、
家の周りを彷徨っていると、
どこからともなく現れたブルーインパルスは、
轟音とともに、小路から僅かに覗く空を、
一瞬にして現れ消えていった。

今僕らは、仮の住まいとして、
前店舗があった場所から程近い、
長屋に住んでいる。

店舗があった頃、
人が住んでいるとは到底思えず、
足を踏み入れようとも思えなかった薄暗く
50センチぐらいの隙間に建ち並ぶ
オンボロ長屋に、今僕らはいる。

でも住んでみると、
思いの外住み心地がいいのだ。
多分、必要最低限なものがそこにはあり、
自分の生活に丁度いい狭さなのだろう。
それに、商店街も近くにあり、
住まいと商いがミックスされた雰囲気が
そこにあってそれも心地よさの
理由の一つであろう。

予定では、半年後ここを出て、
新しい住まいに移る予定だが、
その淋しさをもう既に感じ始めている。

でも多分それは、いわば夏休みに家族で、
一軒家を借りて住んでいる
非日常のようなものもあるからだろうと
思ったりもする。


lomolc_a at 12:26|PermalinkComments(0)

May 08, 2018

トムソーヤの冒険を子どもと一緒にあたらしい家のリビングで観よう。

友人が、フォッサマグナ縦断旅行だね、
と行った。
僕らはこの連休、自分たちが何処を走っているか
分からなくなるぐらい車を走らせていた。
昨日、何処へ行ったか忘れてしまうぐらいに。

移動している時が一番落ち着く。
それは今も昔も変わらない。

おそらく僕らは家を建て替える。
それはそれで楽しみではあるけど、
果たしてそれをきっかけに、
家にいることに喜びを感じれるようになるか、
少し疑問だ。

多分、新しくなった家のリビングで、
田舎暮らしの本なんかを読んでいる気がする。

でも、行きたい場所があるということは、
幸せなことだ。

最近は、旅の形態が変わって来た。
何処かに行き、観光地を巡るということより、
その場所で暮らしているかの過ごすということに、
喜びを感じるようになって来た。

今回、山の中にあるコテージに一泊した。
そこでは、食器や日用品など、
泊まり客のために綺麗に整えてあるというより、
そこに暮らしているように、
自然に置いてあり、生活の匂いがした。

薪ストーブに、薪を入れ、火を灯す。
コーヒーを淹れ、ラジオを流す。

そんな暮らしの疑似体験のように、
過ごすということに喜びを感じていた。

また、車に乗せてきた自転車に乗り、
その街の小さな映画館に行き、映画を観る。
見終わった後は、近くの公園で座り、
本を読んだりする。

そうすると、あたかもそこに住んでる人のように、
街に包み込まれていく。

また、普段会えない友人に会いに行き、
その友人行きつけのお店に連れてってもらう。
すると、その街が途端に身近に感じる。

僕は定住することに、少し不安を感じていた。
だけど、行きたい場所があって、
そんな過ごし方ができれば、
満更でもないような気がしていた。

でも願わくは、旅心がいつまでもくすぐられるような
冒険心が芽生える家であって欲しい。


lomolc_a at 02:46|PermalinkComments(0)

April 30, 2018

地球は丸かった。

家から3分ぐらい歩くと、海に出る。


お互い住んでいる場所が新潟と埼玉。

だから、

会うとしたら夏休みか、法事なときぐらい。


あれは僕が小学生の時だったと思う。

三人で海まで歩いて、

穏やかな水平線を見ながら、

叔父さんが僕らに言ったことと、

その時の風景が

今でもたまに思い出す。


そんな大層なことを言ったわけではない。

でも言われた小学生だった時から、

何回も何回も繰り返して

反芻してきたのだろう。


叔父さんは、目の前に広がる青い海の

曲線を描いた水平線を指でなぞりながら、

僕らに言った。


水平線をみると地球が丸いって分かるよね、

って。

それを聞いた僕は、強く納得していた。


それから、数十年が経ち、

あの海で言った時のおじさんの歳に

限りなく近くなった僕は、

父の車に乗って、

おじさんの住む埼玉に向かっていた。


久しぶりに会う、おじさんも、従兄弟も、

すっかり歳をとっていたが、

お互いが口を揃えていっていた。

変わらないねって。


僕らは、叔父さんの前で図面を広げ、

話を始めた。

内容は、決して聞き流す程度の

軽い話ではなく、

もしかしたらお互いのこれからの

関係に深い亀裂が入る可能性すら

生じかねないものだった。


でもなんだろう。そんなことは、

広大な海に比べたら大したことじゃない

というかのように、

君たちの好きなようにすればいい、

という言葉が返ってきた。


僕はあの水平線を眺めながら、

強く納得したあの頃に戻ったように、

おじさんの顔を覗いていた。


僕はもうおじさんになったんだよ。








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February 22, 2018

「もっとも崇高な芸術とは人を幸せにすることだ。」byバーナム「人生はエンターテイメントショーだ。」byゆう

前日の夜のことは、覚えてなかった。
ただ深酒をして、
周りの人に迷惑をかけてしまっていた
ことは、人伝てに聞いていた。
電車の扉にもたれながら、
なんだかすこぶる体調が良かった。
事実と気分が相反していた。
そんな時、僕は思った。
「人生はショーだ」って。

僕は一人でいるとき、
大抵イヤホンを耳に差し、
音楽かラジオを聴いている。

そんなとき、かかっている音楽に
時折、心奪われるときがある。

また、あの時心奪われた音楽も、
別の時に聴くと、
心を素通りすることもある。

多分、自分の今の気分や状況や時間に、
マッチした時に、音楽は光り輝く。

そんな瞬間が僕は好きで、
出会いを求めてチューニングしている。

でも、きっと自分の心の中には
その嬉しい時、悲しい時、
頑張る時、寂しい時、
その時々、音楽が鳴っているのだと思う。

それをショーにしたものが、
ミュージカルなのではないか。

なんでいきなり歌い出すのか、
そんな非日常性に抵抗があったが、
実はミュージカルこそが、
僕たちの日常をショーにしているの
ではないかとすら思う。

僕は、映画「グレイテスト・ショーマン」
を観て、むせび泣いていた。

人生がショーだとしたら、
劇場は暮らしそのものだ。

娘は、突然歌い出す。邪魔してはいけない。
ショーは始まっている。











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